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第90話 Who are me

 彼の無理を叶えるために蛇ヶ原が糸雲に連絡を入れて、二日。

 公園に向かえば、糸雲がいた。羽人や他の廃人たちの対処が大変だと思っていた二人は、糸雲の登場に少なからず驚いていた。


「箱の用意は二日じゃあ無理。俺が周囲を遮断する壁を作る。それでいいね?」

「わぁ~。今日はパペッティアが本気出してくれるんだ~」

「アホ。こんなの本気のうちに入るわけない。俺を侮り過ぎ」


 浜波や筥宮、荒幡を往来する糸雲は若干、その顔に疲れが見えるが、革ジャンの袖口から糸を伸ばして、彼を包囲する。銀色の硬質な糸が彼の周囲を埋め尽くす。銀色で目がチカチカと眩しい。球体上に隔離された彼に蛇ヶ原は「ほな、自分らがしていることを当ててみ」とまずは覚えたての千里眼の使用を告げる。


 彼は深呼吸して、空想を発動する。発動する事も慣れてきて、目の痛みも気にならなくなってきた。

 そうして、彼は糸の壁の向こう側で蛇ヶ原と大楽がしていることを口にする。


「じゃんけん。蛇ヶ原君がパー、大楽君がチョキ」

「正解や。それじゃあ、次、自分と蝶さんどっちがじゃんけんで勝つか、視て? 何分でも待ったる」

「でも日が暮れるまでにね~」


 なんて楽観的な声を聞きながら見えない相手に「うん」と頷いて空想を発動する。


早合点はやがてんしないように落ち着け。そして視たいと思え。僕っ)


 深く息を吸う。違和感はすぐに現れた。銀色の視界が歪み彼は、糸の向こう側が視えたが、向こう側がただ視えるだけではいけない。その先を知らなければならない。

 視えない先を視る。蛇ヶ原と大楽がじゃんけんをしてどちらが勝つのか。そして、その先をもっと知らなければならない。数秒単位ではなく、分単位、もっと先を知り、止められる未来を止めて、求める未来へと向かう。


(誰かを護ることが出来れば、僕の想像力だってただの妄想で終わらない)


 未来を視て、誰かの不幸を救うことが彼の願い。


『じゃんけん、ぽんっ!』


 二人の掛け声を共に開かれた手。


『俺の勝ち~。ジュースで良いよ~』

『しゃーない』


 蛇ヶ原がパー、大楽がチョキ。

 蛇ヶ原が負けてジュースを買ってくるまで視えた。


「っ……次の、じゃんけん」

「お?」

「なぁに?」

「大楽君が勝つよ」


 彼は目の激痛を押さえながら言う。確信する。

 大楽が勝ち蛇ヶ原に飲み物を奢る。その流れであることを伝えると「なにそれ~うける」と大楽は良いじゃんと自分の都合のいい未来視に、さっそくとじゃんけんをするために拳を握った。


「ほな、やりますか。じゃんけん、ぽんっ!」


 彼が視た通り蛇ヶ原がパー、大楽がチョキを出した。


「俺の勝ち! ジュース、おねがーい」

「はあ、しゃーなしやで。これ、経費で」


 蛇ヶ原がぼそりと糸雲を見て言えば、「落ちると思ってる?」と経費では落ちないことを言われて肩を竦める。


「……別にかまへんけど」


 仕方ないと蛇ヶ原は公園を後にするのを糸雲は一瞥して、硬質な壁の向こう側にいる彼を凝視する。

 二人の会話は違うが、それでも間違いのない未来視。少し先を視ることが出来たと彼は深呼吸する。


「数秒後の未来か」

「基準はわからないけど、もしかしたらあと、少しで」


 確かに未来を視ることが出来たことに彼は有頂天になっていると「アホ」と糸雲から咎められる。


「二分の一の確率で上機嫌になるな」

「痛ッ」


 糸雲が指先を動かして硬質な糸で彼の腕を傷つける。彼自身が見えても、他者からは口先だけと思われる。一切の疑心を与えないように確実な予知をしなければならない。未来を視ると言うのはそう言うことだと糸雲は言う。


「いちいち、傷つけなくてもよくなぁい?」


 ベンチでべべんっとギターを軽く音を立てる。その音に大楽の空想は宿っておらず、単純に暇つぶしに音を奏でていた。


「痛みが最高の教育法だ」

「ハラスメント~! 抑止力だぁ~」

「誰に訴える? 訴えたかったら好きに訴えろ。ゾーン内で虐められましたって」

「うぇっ……性格悪ぅ」


 ベーっと大楽は舌を出すと糸雲はしたり顔に「俺と喧嘩したい?」と大楽を視るとギターの音がぴたりと止まり「じょーだんだって~。ほんと、戦闘狂は怖いなぁ~。そう言うの俺向きじゃないから~」と必死に弁解した。焦っている声色をしていない辺り、大楽は糸雲と対峙しても困らない程には、自信があるのだろう。音波は、相手を吹き飛ばすだけの力ではないのだろう。

 もっともそうでなければ、バニティと話をしていた彼の傍にいて平然としていられるわけがない。


(パペッティアも普通に僕と話をしてるし、報告はしてないのかな)


 大楽が何を考えているか分からない。糸雲の様子からも本当に面倒だから言っていないのだろうか。万が一彼が引き金でモグラに危険が迫ったら大楽はどうするのか。好奇心がないわけではないが、意味深長な言葉を送られて、仕掛ける気にもならない。そもそもクラスメイトに仕掛ける度胸なんて彼にない。


「じゃあ、ナナ。入間がなにを買ってきて、何を言うか。視てみよ」

「え、うん、わかった」


 大楽の声に思考の海から引き上げられた彼は、素直に返事をして、もう一度目を閉ざして集中する。

 暗い空間、自分だけの空間は、集中するのには申し分ない。風の音が耳を掠める。糸雲と大楽の会話する声が遠くに聞こえる。





「パペッティアさ~。どうして、ナナを弟子入りさせたの?」


 未来予知が終わるまで退屈な大楽は欠伸をしながら糸雲に尋ねると「それ」と大楽の質問の答えは与えられず、訊き返された。


「どうして、ナナって呼ばれてる?」

「えーっとぉ、今回、狙われた羽人ロク君いるじゃん? そっちにあだ名としてつけられた」

「本名は?」

「知らない。それが通行料でしょー?」


 名前が通行料。別段珍しいことではない。ただ学生として名前が大切なことに違和感を抱かざるを得ない。高校生と言えば、名前や家族を蔑ろにする人種だと思っていた。趣味嗜好に走り、それらを奪われる。名前を大切にしているなんて高校生であり得るのか。


「つーか、俺の質問はガン無視?」

「弟子入りじゃない」




 カッと目を開くとそこは、銀色の世界ではなかった。蛇ヶ原が不満げな表情をして、自動販売機に向かっている。録画を早送りするように景色が動く。買ってきたのは、以前間違って買ったイチゴケーキサイダーと普通のどこにでもある麦茶だ。

 負けた腹癒せだろう。飲み物の要望はされていなかったため、何を買ってきても咎められる筋合いはない。


『ジュース買うてきたで、はい、これ。パペッティアに!』

『ふざけてるな』

『嫌なん? しゃーない。これは蝶さんにやな』

『うげっ……嫌がらせだ~。パエリアにあげる~』

『お前、本気でいつか殺す』


 蛇ヶ原が糸雲にゲテモノサイダーを差し出すが断られて、大楽に譲るが、こちらも断られてしまった。それだけならば、それで済んだが、大楽はわざと糸雲の通り名を間違えて呼び、苛立たせていることを、その言葉をそのまま口にする。


「……縛るか」

「うぎっ。ちょっとー。まだ言ってないじゃーん!」


 糸雲の額に青筋を浮かべながら未遂に終えるかもしれない未来を知ったことで、糸雲は、先手必勝と大楽を硬質な糸で拘束する。


 大楽の行動は、目に余ると日々の鬱憤を晴らすように糸を操る。生意気を超越するほどには何もしない。それでも吸魂鬼狩りのライセンス持ちかと疑いたくなるほどには、何もしないのに、いざ行動をしたとなれば、余計なことばかりで、冗談が過ぎる。一度、反省させなければ、あのバカは死んでも治らないと吊るし上げた。


「ナナのばかぁー」

「ジュース買うて来たで。はい、これ……ってどないした?」


 そうして数分後に現れた蛇ヶ原は彼が予知した通りイチゴケーキサイダーと麦茶が抱えられており、彼が予測した通りの言葉を口にする直後に糸雲の手によって吊し上げられて蓑虫のように木にぶら下がる大楽を見て目を点にする。


 糸雲が掻い摘んで蛇ヶ原に彼が見た未来を告げるとほぼ合っていた。


「合格でええんちゃう?」

「……いや、まだだ」


 糸が回収される。彼の視界が見慣れた灰色の空間に戻って来る。久しぶりに見たような蛇ヶ原と糸雲、そして木に吊るされている大楽に彼はほっと息を吐いた瞬間、彼の頬が傷ついた。


「痛ッ」

「俺の行動を先読みして回避してみろ」


 それは当初の訓練と同じものだった。違うのは、蛇ヶ原が手を貸した日から数日経過していること、出来なかった未来予知。視えていなかったものが視えるようになった。成長しているはずだ。目の奥が熱くなっても、空想を止める事をせずに硬質な糸を避ける為に視る。


(真っすぐ、来る)


 僅かな残像。彼を拘束しようと迫り来る糸。身体を捩り糸を避けるが、糸は意思があるように曲がり彼の右腕を拘束して、きつく縛り上げて切断した。


「ッ……!」


 炎に炙られるような痛みが右腕に来る。歯を食いしばって痛みに耐える。顔をあげてソレを視る。


(軌道を視るんだ。パペッティアが僕を襲う場所は決まってる。殺す気が無い人の行動だから)


 数日間蹂躙された彼が見つけた糸雲の行動理念。手足だけを狙う。腕が狙われたのなら次は足を狙って来るだろう。だが、どちらの足だ。間違えれば激痛が彼を容赦なく襲う。


(……! 左)


 伸びる糸、彼は左足を狙う糸を見つけた。一歩後ろに下がって糸の行動を先読みする。


「ちっ」


 糸雲が初めて表情を歪めた。糸は触れなければどうと言うことはない。当たらなければ、捕われなければ問題はない。どれだけ強い攻撃も当たらなければ意味がない。


(僕の空想は攻撃するための物じゃない。だから、行動は決まって来る。糸が届かないところまで走る!)


「追いかけっこか」

「俺だぁいすき~」

「煩い。虫は黙ってろ」

「ひどすぎ。泣きそう」


 糸雲は大楽にきつく言い放ち。彼を拘束するために糸を操る。捕えなければ、糸雲は彼を身体を支配することが出来ない。

 糸の許容距離まで詰めて彼を支配しようと目論むが、その瞬間彼が踵で地面を削り、戻ってきた。突然の行動に糸雲は困惑する。


 そして、数秒の熟考の末にその行動の意味を理解する。

 糸雲の空想は中遠距離型の糸。近距離になればなるほど扱いづらくなるはずだ。


(あと、少し)


 彼は糸雲を掴もうと手を伸ばした。触れてしまえば、相手だって抵抗できない。そんな曖昧な予想で行動する。

 右腕が無い所為でバランスが取りづらい。それでも左手は、まだ生きている。


「慢心だな。視えたなら最後まで見続けろ」

「……! ッ」


 スッパリと彼の左手の指が切断された。


「アあァアあァッ!!!!」


 押さえたいのに押さえるための手が、腕が無い。

 胸に押し付ける形で彼は蹲る。屈んで痛みを緩和させるために必死になる。


「一度や二度避けられても、三度四度が来ること忘れるな。少し先の未来を生きていくつもりなら尚更だ」

「パペッティア、スパルタすぎるで。これじゃあ何も変わらんやん」

「変わった。ちゃんと今度は俺の空想を回避してみせた。それが結果だ」


 糸雲は彼に近づき屈んだ。目線が合わされる。糸は完全に回収されて、彼はただ糸雲を見つめるばかり、痛みで麻痺した手。痙攣する身体。

 冷たく吐き出されるであろう言葉に覚悟する。自分の不甲斐なさ、慢心が引き起こした負傷。次は絶対にと言葉にならないまま荒い息が漏れる。


「オメデトウ。よくやった」


 ぽんっと糸雲は彼の頭を撫でると「は? え?」と困惑する。嫌っている相手に褒められても嬉しくはない。それなのにどうして糸雲は褒めたのだろうか。嫌いな相手を褒めたくないはずだ。だから、これほどまでに厳しい訓練をしていた。

 仲間が同情して、声をかけてしまうほどに酷い訓練を糸雲はしてきたのに、今更優しくされてもと彼は頭の中で考えがまとまらない。糸雲の考えていることが分からないのだ。


「パエリアが褒めるの珍しぃ~。俺にはぁ?」

「仕事したら、ご褒美に仕事をプレゼントしてやる」

「……今のままがんばりまーす」


 糸雲は、ゲートを出現させる。


「一億。忘れるなよ」

「わかってる」


 なら良い、と糸雲は現実に戻っていく。現実世界に居ないと言うことはゾーン越えをしたのだろう。


「大丈夫? ナナさん、現実戻って怪我治そう」

「うん」

「ね~、俺どーなるのぉ~?」


 未だに木に吊るされている大楽に蛇ヶ原は苦笑しながら「反省したん?」と尋ねるが、当然「してないけどぉ~」と悪びれる様子もない。


「解放してくれないと吸魂鬼の餌食になっちゃう~。ギターないと空想、使えないんだけどー」


 蛇ヶ原はしかたなく大楽を解放する。吊るされている為、逆さまだ。頭に血がのぼって死んでしまう。


「疲れたぁ~」

「今日はとことん何もせぇへんかったやん」

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