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第9話 Who are me

 男性は、呼吸することをやめた。呼吸をやめるなんてこと可能なのかと思うほどに呆気なく呼吸をやめて息を引き取ってしまった。

 彼はただ本当に何もできずに見ていることしかできなかった。傍にいることしかできずに悔しく悲しい気持ちに苛まれ、人の死とはなんと呆気ないものなのだろうかと思い知らされた。


「いやイヤいやぁ! こんにちは! なんとお優しい清らかなお心をお持ちの方なんでしょう! 感激雷撃衝撃の三拍子!」


 彼が顔を上げて暁に向かおうとした刹那、彼の目の前に広がるのは、赤いバラの花。手と思しきところは、緑の蔓で、うねうねと蠢いている。バラの花が人間の服を着て立って歩いて、話をしていた。


「え、えっ……?」


 彼は困惑する。突然なにが起こったのか分からない。目の前の花が花弁を揺らして音を発している。


「下がれ!!」


 暁の叫び声に彼は咄嗟に後ろに転ぶように下がると暁は滑るように彼とバラの間に割って入る。


「吸魂鬼!!」

「ん~~!! こちらは、刺々しいお心をお持ちのようだぁ!! それもまた多様性!」


 そう言いながらバラの吸魂鬼は棘を暁に飛ばした。しかし、その棘は暁に当たる前に空中でピタリと止まり床に散らばる。暁に張られていた結界が棘を防いだ。その現象にバラの吸魂鬼はゆるりと首と思しき茎を揺らして、暁を凝視するようにズイっと顔を近づけた。


「おやオヤおやぁ? これはこれは! 噂に名高い吸血鬼部の方々でしたかぁ!! これはまた好都合!! ご馳走が向こうから現れて感謝雷撃衝撃にして……ハァイ。いただきましょう!!」

「六角結晶! 封印!」


 バラの吸魂鬼は、棘のある蔓を暁に向けると六角形の結晶が蔓を包みその場で停止させる。


「封印? はてハテはてぇ? そのような空想をお持ちの方は、……あぁ!! あなたは、かの有名な透明人間君でしたかぁ」

「っ!?」

「知っていますとも! 全て奪われて、首の皮一枚しか残らなかった可哀想で、愚かで、規則破りの透明人間君!!」

「黙れ!!」


 暁は髪を逆立て空想を発動する。暁の周辺に浮かぶ空っぽの結晶が、バラの吸魂鬼を襲う。僅かに棘が暁の頬を掠める。


「あ、暁さん!」

「新形さんがすぐに来ます! それまで貴方は隠れてなさい!」

「そうですよ! ここは危ない。危険な吸血鬼部がいるなら、隠れていましょう!! そうしましょう!! 特に規則破りのろくでなし君を傍に置いていたら、貴方の命が枯れて、養分にされてしまうことでしょう!」


 キャヒヒヒと奇妙な笑い声に彼は身体が硬直する。動けない。頭が追い付かない。恐怖なのか別の感情なのかわからない。逃げなければ、隠れなければ、言われた通りにしなければ迷惑をかける。足手まといになってしまう。そんなの本意ではない。まだ慣れない場所では先人の知恵に縋るしかないのだ。


「五芒星結晶! 裂ッ!!」


 不安定な五芒星が暁とバラの吸魂鬼の間に移動して破裂する。破裂した欠片がバラの花びらを傷つけると「痛ったぁ~」と反応するだけで、痛みを感じているようには見えなかった。


「綺麗な花には棘がある。そうでしょう?」

「っ! ぐぁっ!!」

「暁さん!」


 暁に飛び出した棘が突き刺さる。痛みに身体が鈍った隙に茨に拘束されてしまう。

 上半身が茨で縛られている所為で手が使えず結界を練ることが出来ない。棘が暁の身体をさらに突き刺す。


(に、逃げないと……逃げないと死んじゃう。でも、暁さんはどうなるの。このまま放っておいたら暁さんは、助かるの? それとも、魂を食べられて……)


 彼の思考に先ほど息を引き取った男性を思い出す。すぐそこに倒れている男性。連れて帰ることはできない。誰にも知られずに行方不明になってしまう。名前も知らない、どう言う人かもわからない。


 けれど、今回は少しだけ知っている。


(意地悪だけど、暁さんは良い人だよ。僕に教室の場所を教えてくれたし、嫌っているのに結界を張ってくれる。放置したって怒られないはずなのに)


 意地悪で、嫌みも言う。すぐ睨んで、殺すように進言する。訊いたら答えてくれる。本当に嫌いならば、答えずに置いていくだろう。しかし、暁はそうしなかった。一言一句、聞き逃すことなく話をしてくれる。


「や、やめて……ください! どうして、傷つけるんですか!」


 彼は小鹿のように震えた足を床につけ必死に立ち上がる。

 自分が吸血鬼部に入部した理由。戦いなんて怖くて、喧嘩なんてしたことがない。

 怖くてこわくてしかたない。それでも立ち向かわなければ、怪我をしても暁を解放してもらわなければと彼はバラの吸魂鬼を見る。


(足手まといになってもいい。暁さんがいなくなるくらいなら僕は足手まといになってやる!)


「あ、貴方たちは僕たちよりも優れた生物なのに、どうして人間を蹂躙するんですか。ほかにも食べ物なら沢山ある。人間じゃなくてもいいじゃないですか」

「ふむフムふむ? 何を言っているのでしょう?」


 バラの吸魂鬼は、彼の言葉が心底理解できないと茎を傾げている。表情がない為、感情は分からないが、声色からして困惑だろう。


(大丈夫、相手は知恵がある。言葉が成り立っている。話せばわかってくれる)


「僕が美味しいごはん。教えるから、暁さんをこれ以上傷つけないで」

「な、にを……貴方は早く逃げろと! ぐあっ!!」


 暁が彼に逃げろと言えば蔓の拘束を強めて彼の言葉を聞いているバラの吸魂鬼。

 彼は、暁が傷つけられていることに表情を歪める。痛みに歪む表情を見ていられるわけもなく視線を逸らしてしまう。


「暁さんっ…………食わず嫌いなんだよね。きっと。素晴らしい生物が人間なんて汚れた生物を食べるなんてことしないはずだよ。だから、もっと美味しいものを食べよう!」


 彼の無謀な挑戦を見せられている暁は、苛立ちながらも、何も出来ないでいた。早く逃げろ。どうして逃げないのか。何を考えている。相手は人間を食事としか見ていない怪物だ。

 逃げて、新形が来るのを待っていたらいいのに、どうしてそれが出来ない。言われたことをしないのか。


 普通ならば、逃げている場面で逃げずに立ち向かおうとする愚か者に、さすがのバラの吸魂鬼も訝しむ。


「透明人間君、貴方の知り合い。バカなんですかぁ?」

「っ……吸魂鬼を錯乱させているようなら、まだ、優秀でしょう。期待の新人だ。化け物め」


 きょとんとした雰囲気のバラの吸魂鬼が青い結界に覆われた。暁を捕らえる蔓は、トカゲの尻尾のように切断されて、床でうねうねと蠢く。

 蔓が切断されたことで身体が自由になっても、棘が暁を痛めつけていた所為で、シャツに血が滲んでいた。


『ふぅん? なるほど。そう言う作戦だったわけですか!! 素晴らしい!! これぞエンターテインメント!! 始祖が大喜びしましょう!!』


 コンコンと結界を叩くが暫くは解けることはない。バラの吸魂鬼は二つの蔓を打ち付けて拍手を送る。結界の中、籠っていても声は、よく聞こえる。

 暁は痛みに表情を歪ませながら彼を睨みつける。鋭い眼光に彼は肩を震わせる。


「上司の命令を迅速に実行しない。規定違反ですよ!」

「ご、ごめんなさい」


 上司? と彼は首を傾げるが先輩であることは事実。暁の身体を一周する茨で縛り上げられて出た血の跡に目を逸らす。

 痛みを感じる前に彼を叱らなければと気持ちが勝ったのか拳を握っていても暴力を振るう気配はない。


「相手は言葉を交わしているように見せているだけで、こちらの意思を尊重しない。鏡越しに話をしているだけ、相手を翻弄するだけ、期待させるだけさせて裏切る。それが薄汚い吸魂鬼と言う怪物だ」


 自由になった両手でパンっと合掌するとバラの吸魂鬼を封じている結界は徐々に小さくなっていく。いまだに『美味しいオイシイ惜しい!! そして、期待の新人君!! さあサアさあ!! 更なるエンターテインメントへと向かいましょうか!! 今日はこれにてお暇ぁ!!』と別れを宣言する。バラの吸魂鬼が透明になり見えなくなりかけたその時、突如として獣の叫び声が聞こえ小さくなっていく結界を、叫びの主であろう獣が鋭い爪を一振りして八つ裂きにした。


 バラの吸魂鬼を閉じ込めていた結界は、ダイヤモンドダストのようにキラキラと粉砕して空中を舞う。灰色の世界に色が乱反射する美しい光。その光の発生源が余りにも残酷であると彼は目を奪われた。


「っ……」

「暁さん!」


 縛られていた腹部を腕で押さえて、ふらりをバランスを崩して膝をつく。酷い汗を掻いている。座り込んだ暁に気づき、彼はどうするべきなのか分からず右往左往する。


 突然現れた獣、黄色に黒の斑模様をしたトラ、もしくは豹はこちらを凝視しているだけで襲ってくる気配はないが、いつその牙が剥かれるか分からず恐れ慄く。

 ひと鳴きされた日には、腰を抜かせてしまうだろう。いまはまだアクションを起こされていないから暁に気を向けていられるが、一歩でもこちらに近づいて来たら彼は金縛りにあったように動けなくなるに違いない。


 ブォンとゲートが開かれた。誰が出したのは言うまでもない。


「現実に戻り、学校の保健室にいる。浅草という女子生徒を連れてきてください。いいですか。相手が何を言っても、強引に連れてきてください」

「え、でも。暁さん」

「いいから! 俺を死なせたくないなら急いでください!!」

「は、はい! わかりました!!」


 暁の大きな声に彼は肩を震わせて、ゲートに飛び込む様に入る。獣のことを忘れるほど、寧ろ獣の方が可愛く見えてしまうほどに暁の表情が悪鬼も逃げる鬼の形相だったのだ。



 ゲートを通過する際に生じる肌を撫でる感触は、むず痒くなる。

 彼は、色のある世界に戻って来ると急いで旧校舎を飛び出す。

 ゲートに入った時は、駅前だったのに出ると吸血鬼部の部室に戻って来る。そんな摩訶不思議な仕組みがどういうものなのか、頭の隅で思考しながら今は暁が呼べと言っていた「浅草」という人を見つけなければならない。まだ校舎に残っていることを願いながら走る。


 時刻は、午後五時三十分を少し過ぎた頃だ。昇降口を通過して、保健室はどこにあるのか校内マップを見る。普通は一階や校庭に面した位置にあるはずだと、ざっと眺めたあと『保健室』という文字を見つけて、駆けだした。


「おーい、廊下は走るなぁ」


 間延びした話し方をする男性教諭に背後から言われて「ご、ごめんなさい」と足を止めて、曲がり角を曲がってすぐにまた走り出す。

 C組の教室を見つけるよりも簡単に保健室は見つけることが出来た。保健室がある壁には『手洗いうがいは忘れずに!』『牛乳飲んでストレス解消!!』『温泉で日々の疲労を取っちゃおう!!』と掲示物が張り出されている。


 保健室の扉を前にノックをして返事を待たずに入室する。


「し、失礼します。あの浅草って言う方を探しているんです! き、緊急で」


 消毒液の匂いの満ちた部屋。保健室特有の匂い。不思議と緊張してしまう空間に彼は顔を上げて浅草を探す。

 保健室内には、生徒と思しき女子が驚いた顔をして立っていた。若草色をした髪と瞳の女子生徒は、スタスタこちらに歩いてくる。


「およ? You!」


 スッと指をこちらに指して言うため何のことかと彼は戸惑う中、そんな事よりと「浅草さんであってますか?」と尋ねれば「うい」と返事が来る。


「荒波?」

「荒波? いや、えっと暁さんが、その怪我をして、貴方を呼べって」

「おー! 御意!」


 グッと親指を立てて、踵を返して片付けを今までしていたであろう作業を終わらせて簡易椅子に置かれていた鞄を持ち保健室を出ていこうとする。ちゃんと話が通じているのか不安が募る。


「あ、あの」


 彼の横を抜けた浅草は親指で廊下をさして、まるで「レッツゴー」と言っているようだった。話は通じていると信じて彼は再び旧校舎にあるゲートに向かった。

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