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第89話 Who are me

 翌日、彼は蛇ヶ原と会う前に吸血鬼部の部室に来ていた。

 来てはいけないと思いながらも来てしまう。暁の皮肉か嫌味の言葉が懐かしく感じてしまうのだ。


「ジョン君、本気であのモグラのもとで訓練をするんですか?」

「隠君」


 部室で暁が不機嫌な顔で机に突っ伏していた。

 モグラとは蛇ヶ原の事だろう。部員が他の組織の人間と親しくしているのが気に入らないとふてくされた表情に実年齢を疑う。本当に彼の先輩にあたる人なのかと、その可愛らしい表情は、末っ子特有なものなのだろう。


「僕は吸血鬼部のままだよ?」

「わかってます。そうではなく、彼らは吸魂鬼を殺すことしか考えていないんですよ。そんな人たちと貴方が仲良くなる必要なんてない」

「蛇ヶ原君は、そう言う人じゃないよ?」

「貴方を唆しているんですよ」

「必死だねえ~、暁」


 新形が部室に来ると暁は「当然です」と顔を伏せた。


「モグラなんて」

「それ、家にいた頃の名残でしょう? 今は、あんたも同類だよ?」

「くっ……吸血鬼部しか、俺は、認めないッ」


 必死に非公式組織を認めない暁だったが歯を食いしばって悔しい表情をする。


「それに蛇ヶ原君とは、話は付いてるでしょう? モグラは、勧誘目的でジョンを連れて行ったわけじゃない。ジョンは個人的に活動していた。吸血鬼部ではない個人活動。それを先生は黙認してる」

「し、知ってるんだ」


 彼がモグラと過ごしていることを知っている件を谷嵜先生が知っていることに言いようない気持ちになりながら二人の会話を聞いていた。


「しかし! 彼は、ゲートを開くことも出来ない。万が一モグラに置いて行かれるようなことがあれば」

「千里眼があるじゃない。大丈夫、モグラって言っても、依頼人を置いて行ったりするような非道な連中じゃない。非道を身に受けるのは吸魂鬼と縄張りを荒らした吸魂狩りだけ」


 ぬぐっと言葉を詰まらせる。話はついているが、納得できないのだとうめき声が聞こえて来る。


「それに、私たちじゃあまだ吸魂鬼を倒していく術は浅はか。餅は餅屋だよ」

「……わかりました。でも、もしもジョン君が気に入らないと言うことがあれば、俺はモグラの総長に直談判します。クライアントを満足させることも出来ないのなら、存在している意味なんてないとね!」

「はいはい」


 しぶしぶ、断腸の思いと言いたげに暁は怒りを鎮めているのを横目に新形が椅子に座ってスマホを取り出した。その拍子にパスケースが落ちた。パスケースには、彼が渡した谷嵜先生の学生時代の写真が差し込まれている。


「新形さん、コレ落ちましたよ」

「あ、ありがとう」


 文化祭の唯一の写真。若い頃の、今の新形と同じ年ごろの谷嵜先生の写真に新形は目を細めて眺める。


「やっぱ、若い頃もカッコいい! いや、寧ろ可愛さ百倍? 大人になったら魅力が増し増しになって、直視できない!!」

「顧問を直視できないってどうなんですか」

「寧ろ、私以外の女子も男子も、谷嵜先生を見過ぎなの! すれ違う人みんなを振り向かせる駄々洩れる魅力!! 一期一会を後悔する人だっているんだからね! あんたたちは、谷嵜先生が担任、顧問になってもらえることを有難いと思わないと!! 希少価値、その身分すら烏滸がましい」

「あー、はいはい。感謝してますよ。感謝はね」


 写真を掲げて喜びの舞をする新形。朝から元気がいい。


「あれ、これって新形さんプリクラとか取るんですね」


 写真と重ねるようにパスケースに入っていたのは、黒髪の女子と新形が二人で映るプリクラだった。


「そりゃあ撮るよ。女の子だもん」

「この方って、同じ学校の人なんですか?」


 新形と違って目を引くイメージはないが、よくいる女子生徒と言った雰囲気だ。私服の為、三つの谷高校の在校生かはわからない。


「残念! 中学卒業以来会ってない!」

「へえ、新形さんが誘えば来てくれそうなのに」

「そうだね~。良い子だったと思うよ?」

「覚えてないんですか?」

「だって、私可愛いもん!」

「これが友人を大切にしない生徒会長の姿です。その様子にならないようにゆめゆめ忘れないことですね」


 暁が呆れた様子で言うため、後頭部を掴まれて机に叩きつけられる。「痛ッ」と悲痛な声が机から聞こえて来る。


「大切な親友だよ」


 会えないし、話も暫くしていないが友人で留めるのは勿体ない程に出来た子だと笑う。


「でも、新形十虎さんは先生に会うのが忙しくて友人の事を疎かにしてしまうのです!」

「自業自得ですね」


 他愛無い話を終えて彼はそろそろ蛇ヶ原との約束の時間が迫っているため、部室を後にする。パタリと閉ざされた扉の向こうで「谷嵜先生と同い年で産まれたかったぁ!!」と聞こえてきた。通常運転で、彼は少しだけ元気づけられる。



 ――――



「おはよーさん、ナナさん」

「おはよう、蛇ヶ原君、大楽君」

「はよ~」


 三つの谷駅から荒幡駅で降りる。いつも通り寂れた公園で二人は待っていた。「時間通りやな」と満足げな表情をする蛇ヶ原と「もっとゆっくりでも良いんだよ~?」とサボりたいのか、だらだらとベンチでギターをいじくる大楽。


「お願いしてるのは、僕だから」

「ええ心がけや。昨日は、ハプニングもあって、吃驚さんやったな。おつかれさん」

「あ、そうだ。あの羽人君は」


 彼は大楽に視線を向けて尋ねる。蛇ヶ原が彼とバニティの件を追及してこないということは、大楽は本当に誰にも言ってないのだろう。もしくは、彼自身が泳がされているからだ。

 もっとも彼は大楽を疑うなんて選択肢はない上に、大楽の性格を鑑みるに誰にも報告していないだろう。


「一応、うちの組織のバックサポート的な人たちが回収して、病院に連れて行ったよぉ~。検査結果で言えば、異常はなくて廃人のままで、パペッティアの方も手を焼いてて、笑った」

「笑い事やあらへんし」

「パペッティアが何かしたの?」


 糸雲が手を焼くなんてどう言う状況なのか彼はわからず首を傾げた。


「自分ら、専門は吸魂鬼さんや。廃人なった人間さんが動き出してもどうしようもない」

「ゾーンにいるわけでもないし、保護しようにも人の目があるもんね~。ゾーンに突っ込めって言われてたけど、よくよく考えると後から俺たちが回収するんだよ~面倒だよね~」


 知っている者たちだけでは手のつけようがない。奇病として相手されている者たちが意識を朦朧とさせて動き出したとなれば、集団洗脳の可能性も視野に入れられる。


「まあ、下っ端のペーペーは黙って吸魂鬼の相手をするだけでいいの~」

「今は、自分さんたちの出来ることしよか」

「はい」


 知恵の無い者たちがいくら頭を絞っても出て来ることなど希望的観測だけであり、実行できなければ意味がない。


 彼は千里眼の強化に努めた。瞳孔の色が僅かに歪み紫色になる。

 遠く離れた自分の部屋。親戚の家、学校、建物を視ることが出来た。

 目の奥が熱くなるが、痛みはない。遠くまで見える。


(なんだか、空を飛んでるみたい)


 いろんなものを、いろんな人を、景色を見ることが出来る。空を飛ぶ、テレビの向こう側を見ている。そんな気がした。


「ナナ、ついに千里先を見通すことは出来るようになったみたいだね~」


 彼の様子を見て大楽が呟いた。

 感覚を掴んだ。気持ちが穏やかだと何処へでも行ける気がした。


「うん、だけどやっぱり焦っちゃうと……見たいものも視られない」


 空想を終わらせて蛇ヶ原と大楽を見る。


「そうや。空想は気持ち次第で何にでもなれるんや。ナナさんがどうなりたい、どうしたい、どう使いたいかで決まって来るんよ」

「次は未来視だね~」

「未来視」

「まあ、未来なんてどうなるかわかんないしね~。嫌なものを視たら良いものに変えちゃえばいいんだよ~」


(前に視たのが、未来だったのかな)


 新形が携帯電話の吸魂鬼に撮影された際に消えた。本人に伝えた時、腕だけだった。もっとも状況が状況なだけに腕でも重傷であることに変わりなかった。

 正確な情報を入手する事が出来れば、彼は求める未来を迎えることが出来るのであないだろうかと淡い期待と共に未来視するために集中するが、未来など想像するのは難しい。過去ならば、追体験のように視ることが出来るだろう。


 暫く彼は空想発動を続けていたが、双眸が熱を帯びて痛みだしたため、中断した。

 遠くを見ることは出来たが、未来を見ることは叶わなかった。


「今日はこれで終わりやな」


 進展がないとわかれば、続けても仕方ないと蛇ヶ原は終わりを告げる。

 ゾーンから出て大楽は「お疲れ~」と帰宅していくのを一瞥して彼は蛇ヶ原に何も成長できずにごめんと謝罪を言うと「かまへんかまへん」と笑っている。


「昨日、隠君となに話したの?」

「お? んー、モグラとしての在り方やろうか。自分ら勘違いされやすいんよ。ルールも簡単に破ってまうから、その所為かもわからんな」


 そのルールも破れる範囲のものだ。本当に破ってはいけないルールは破らない。

 規定の中にひっそりとある規則。破っても咎められないものと、破ったら人生を棒に振るものまである。弁えなければ後が無い綱渡り状態で、何とか首の皮一枚を繋いでいる。それが苦だと思うことはない。糸雲も蛇ヶ原も、大楽もそのルールを理解して、甘んじて受け入れている。


「別にこういう抗争はよくあることやし、気にせんでええよ。重要な時は、互いに力を借りとるし、ツンデレさんなんよ。どこの組織も」

「ツンデレ……」

「だから、ナナさんが気にせんでええよ。なんてナナさんに言うでも気になってしかたないかもしれへん」


 当たっていると彼は苦笑いをする。

 争いが無くなるなんて吸魂鬼に願っても無理な話だと笑いあっていると蛇ヶ原は「せや!」と思い出したように口を開いた。


「自分がどうやって空想を強化したのか教えたるよ」

「! どうやったの?」

「とりあえず、箱の中に突っ込まれた」

「え」

「そんでもって、豆電球の中で巨大な蛇さんを作り出すまで外に出さへん脅された」

「え」


 明かり一つ通さない暗闇の中で、豆電球だけが周囲を照らす唯一の明かり。

 必死になって蛇を操れるようにした。強引にでも、出来るようにならなければ、父親が捜索願を出しかねないからだ。

 急いで、早くと焦燥する気持ちに駆り立てられながら、空想に裏切られ続けた。腕を瞼を、頬を、足を腹を、暗闇の中で襲って来る脅威。それらが全て自分の影だと言うのに、蛇は言うことを聞かずに、襲って来る。


「空想が自分を裏切るの? 自分が生み出したものなのに」

「意思があるものを生み出せば、裏切られる。自分が主人やぁ示さな、攻撃されて、共倒れ。「死にたくなきゃ足掻け」ってパペッティアの声が外から消えるんよ。まあだからと言うて、それがきっかけで使えるようになったわけちゃうんやけど……。なんやろうなぁ、もう腹が立った。なにも出来へん自分が嫌でしかたなかったんや」


 自分が嫌いになりそうになって。それが嫌で、吹っ切れた。

 母親を通行料に取られながら自分の落ち度を受け入れようとする自分が嫌だった。罰を受けたくなかった。罰だと思いたくなかった。もっと自分に相応しい罰がある。

 そうこうして、箱の中で、たった一つの豆電球で、巨大な蛇を生み出す術を生み出した。

 大蛇は生憎と糸雲に拘束されて消滅させられてしまったが得られた成果は大きかった。


「なら、僕も箱に入れて!」

「は? いやいや! 何言うとんの!? これは、自分のやり方で」

「僕も同じだよ! 箱の中で、景色なんてない。何も見えないところで、何かを見る。それが千里眼じゃない?」

「そら、そうかもしれへんけど……んな荒っぽい」

「夏休みが終わる前に僕は空想を確かにしたいの。お願い、蛇ヶ原君」

「……はあ、わーったよ。パペッティアに訊いといてみますわ。準備したるから、明日まで待っとってください」


 髪を掻いて蛇ヶ原は深いため息を吐いた。しかたないと表情をする蛇ヶ原に彼は「ありがとう」とお礼を口にした。

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