第88話 Who are me
正門前に停車する車の持ち主は佐藤先生だった。新形を待っていたのは、佐藤先生であり、運転席でスマホをタプタプと操作していた。
こんこんっと助手席の窓をノックしてドアを開く。
「学校に入ったらよかったのに」
「面倒だろォ?」
助手席に座って新形は「レッツゴー!」と行先も分からず告げると「仰せのままに」と車は発進する。
サイドミラーから見える学校が遠く離れていく。二つ目の交差点を抜けると佐藤先生にグローブボックスの中を見てみろと言われてボックスを開けると複数枚の書類が飛び出してくる。
「なにこれ」
「組織ぐるみで調査してる要警戒吸魂鬼資料。ほら例の吸魂鬼のだ」
「ワォ。本格的」
「当たり前じゃねえのよォ。ウチを狙われたんだぜ? 校長もお冠よ?」
「カモノハシでも怒ることがあるんだねぇ~」
ぺらぺらとファイル分けされた吸魂鬼の資料。
文字を追ってみると、以前回収した仮面の吸魂鬼に関しての情報だと気づく。
「オレを襲ったのは、一番最後から二番目」
言われて複数のファイルの中から後ろから二番目のファイルを引っ張り中身を見る。
自称イノセント。ピンクと白の仮面の道化面を頭部に持っており、
ピンク側の口角を釣り上げて、右目が「ハート」左目が「星」のマーク。
少女のような甲高い声質をしており、吸魂鬼狩りがこの個体と遭遇すると七割の確率で死傷者が出る。既に十七人が殺害されている。
知性は、遊びが好きな子ども。吸魂のキスを積極的にするタイプではない。
「生きる為つーか、遊ぶために活動してんな」
「ふぅん。危ないね」
「だろォ? ついでに刺された奴、切られた奴は」
「その部位が変色し始める」
「! まさか」
佐藤先生は、新形に視線を向けると新形は刺された患部がある、右肩に触れた。
「うちを襲ったのもコレだよ。喧しい子どもだったね」
「Shit。先に言っとけばよかったぜ」
「言われても無理。どっちにしても、暁に当たってた。で? 変色した後は?」
「……」
「ねえ」
「動かなくなるみたいだぜェ」
「なんだ、腐っていくわけじゃないんだ」
「オイオイ」
さすがに腕が使えなくなるのは問題なのではと口を噤んだが、新形は言わないことに苛立ちを見せたため、正直に言えば呆気ない返事が返って来る。
「お前さァ。少しは自分を大事にした方がいいぜェ? 谷嵜の為じゃなくてよォ」
「谷嵜先生が全部やってくれるって言うしね」
「なにを、終活をか? ジョンより、お前をゾーン侵入を禁止しろって」
「嫌だなぁ、私は悪いことなんてしてないのに? 悪いことはしてない。だから禁止される筋合いがない。だいたい自分の身体を目いっぱい大切にしてるのに、大切に扱わせてくれないのは、向こう様の方でしょ? 一概に私の所為にしないでよー」
その前に使い物にならなくなってるかもしれないけどね。と新形は笑う。そうして手元にある書類に視線を落とす。
「てか、どこに向かってんの?」
「オレの店」
「公務員が副業してるぅ~。ダメなんだぁ~」
「ダメなことしてる部長チャンにだけは言われたくねえよォ!?」
街灯照らす道路。すれ違う車は、皆一様に疲れた顔の運転手。早く家に帰りたいと伝わって来る。だというのに、此処では不良待ったなしで教師の車に乗っている。
「なんか、イケないことしてるみたいだね~。こんな美人をとっ捕まえてホテル?」
「行かねえよ!? 一応、吸魂鬼狩りの一人として話してんだけど?」
「わかってる分かってる。初心だなぁ~。バーテンダー君は」
言うと佐藤先生は舌打ちをして、車を走らせる。五十分ほどの長いドライブも終わりを迎える。
パーキングエリアに車を停めて、少し歩くと人目を憚るように、狭い路地で経営している『ヴェルギンロック』と看板が建てられたBARの前に来る。
吸魂鬼狩りの隠れ家であり、そこはかつて胡蝶から情報を受け取る為に指定した店だ。他にも野良の吸魂鬼狩りが情報を求めてやって来る。
店内に入ると店番をしていた無口な店主がこちらを一瞥して、そのままグラスを磨く作業に戻った。「バーテンダー」としての佐藤先生の隠れ蓑。吸魂鬼狩り同士が直接会い話が出来る護られた場所。
「相変わらず、閑古鳥が鳴いてるねぇ~」
「この時間は基本、誰も来ねえの!」
なんて言いながら仕切りのある席にドカリと座る佐藤先生と向かい合うように椅子を引いて座る。
「こう言うのって谷嵜先生も来るもんじゃないの?」
「野暮用」
「なに?」
「言うわけねえだろォ。追いかける気かよ」
「勿論」
「そこまで行くとストーカーだぜェ」
「ストーカー上等! 愛ゆえの行い」
「それが免罪符になると思うなよォ」
くだらない話をするために連れてきたわけではないと呟いて佐藤先生は車から持って来た書類、数枚を指をさす。
「無邪気のイノセント。仮面の吸魂鬼の中でも狂気的。奴のナイフに刺されたら患部から広がるように変色、その後、部位に機能を停止。切断しなきゃ身体に広がって植物人間の出来上がり」
「廃人との違いは?」
「意識はあるってところだなァ」
「じゃあ、放っておいても問題なさそうね」
「オイオイ、随分と毒舌じゃねえの。いつかなるかもしれねえのによォ」
「だって、別に死んでるわけじゃないし、魂だって取られてない。通行料も必要としない。それに関しては、シンプルに医師の力に縋って無理でしたって言うしかないでしょう?」
刺して動かなくなるまで遊ぶ。アリの巣を崩壊させる無邪気な子ども。逃げ惑う相手を蹂躙する。そして、動か無くなれば、飽きてイノセントではなく別の吸魂鬼の餌となる。
一般では口にする事のない会話を平然とする二人の席に店主が近づく。
コトンっと客人にお冷を出す無口に店主に「ありがとうございます」とお礼を言うが店主は一瞥してその場を離れる。
「でも、始末しておかないと面倒ではあるね。殺せば、コレも無事に消えてくれるかもしれない」
吸魂鬼を殺しても、またどこかで現れる。それでは完全に殺し切ったことにはならない。その場しのぎでいつかまたどこかに現れる。ゾーンを支配する吸魂鬼を捕縛する事も出来ない。
「オレのやり方は、吸魂鬼を完全に倒し切る方法じゃない」
「でも、一時期的にでもこの世から完全に消えてくれさえしたら、呪いみたいなのは消える。そう言うことでしょう?」
刺されてしまった以上、時間との闘いだ。新形の身体が完全に機能停止になる前に解呪することで、いつも通りの生活が出来る。と本来ならば、そう考える。しかし新形は違った。
(谷嵜先生に危害が及ぶ前にどうにかしないと)
あくまでも、自身が敬愛する人物のためにイノセントの処理を視野に入れる。
「……。次に目撃情報は、コイツだ。自称バニティ。礼儀正しい物言いをするが、真意は不明。コイツを模倣した実物が、御代志町って言うちっこい町にいるが、面識はない」
「確認済みなんだ。仕事速い」
「不明瞭な情報を部長ちゃんに出したらゾーン越えして確認しに行くだろォ」
「勿論太郎さん」
「誰だよ」
佐藤先生が持っていたのは、新形と二人と回収したものではなく、それとは別で調査したものだった。写真などは全て引き継ぎだが、それでも得られる情報は多いだろうと紙を広げた。
「ま、冗談はさておき、つまり存在してる人間をわざわざ模倣してる?」
「模倣云々は、今に始まったことじゃねえ。部長ちゃん、嘆きの川って聞いたことあるかァ?」
「ない」
即答する新形に佐藤先生は苦笑して続ける。
「嘆きの川、別名亡者の川。死んだあと未練を残した魂が行きつく川。水かさが増すと地上に出現するかもしれねえ。湧き溢れた後のことは考えなくても分かるだろ?」
「豊富なバイキング状態、吸魂鬼が溢れる」
「ご名答!」
「ちっ……解決策は?」
忌々しいと表情をする新形に「舌打ちしないの」と注意する。
「何も見つかってない。世界最大の災厄になるかもなァ」
「絶対に日本だけの話じゃないんだから、海外はなにしてんのさ!!」
「おぉ~コワッ。海外は吸魂鬼狩りつーより、二十六人の魔術師と魔女探しに精を出してるからなァ」
「はっ! 吸魂鬼に比べたらどうってことないっての。寧ろ空想が使える私たちが魔女だっての」
他はなにか危険な吸魂鬼はいないのかと新形は不機嫌なまま水を飲み尋ねると佐藤先生は、書類を眺めながら一人の仮面の吸魂鬼の名前を読み上げた。
「ジュード」
「は?」
「銀色の頭髪に、白い仮面であとはァ」
「仮面に目の穴はなくて、あり得ないくらい口角がつり上がった口」
「知ってんの?」
「……知ってる。私たちの通行料を奪っていった吸魂鬼。私たちの人生を台無しにした。クズ」
殺意に満ちた瞳は、息を呑むほど美しい色をしていた。
一人の人間を不幸に突き落として、今も意気揚々と生きている。それが気に入らないと新形は、ジュードを殺すために吸魂鬼狩りになったと言っても過言ではないだろう。
「なあ、お前ってさ。もしかして」
佐藤先生が何か言おうとすると新形のスマホが振動する。佐藤先生に許しを得て画面を見ると新形の両親から『何時ごろ帰って来るの?』とメッセージだ。
「親に行ってねえの?」
「だってぇ、愛する谷嵜先生に会いに行くって言えないじゃん。それにぃ、実際会ってるのは、臨時教諭なんて、どこで波風立つかわかんないしぃ~部活で遅くなるって言うしかないじゃ~ん」
先ほどの殺気に満ちた瞳は消え、学生の新形十虎がそこにいた。
本当に魔女みたいな奴と佐藤先生は口にせず思う。
「不良生徒」
「その不良生徒を連れ回してるのは、どこの誰かな~」
新形は、情報を頭に叩き込み立ち上がる。
今まで集めてきた仮面の吸魂鬼の情報はほとんど頭の中に入っている。新しい情報も特にない。
「さて、楽しくて可愛くて綺麗な新形十虎ちゃんとの逢引、お楽しみいただけましたか? またのご利用お待ちしてます! 次は、ご飯食べられる時間にでも」
店主を見て「また来ますね」と言ってBARを出ていくと佐藤先生も店から出て来て「送っていくぜ?」と提案するが断る。
「あーあ、星。見たかったなぁ」
見上げた夜空は、星は見えない。都会の空は、明るすぎる。星が見られないなら、わざわざ歩いて帰る必要もないと深呼吸してゲートを解放して、「ばぁい!」と佐藤先生に告げた後、躊躇なくゾーン内に侵入した。
「たく、ルール違反を目の前でするなっつの」
黙認している以上、咎める権利など佐藤先生にはない。




