第86話 Who are me
吸魂鬼の始祖。吸魂鬼の始まり。全ての吸魂鬼の父であり母。
吸魂鬼全てを統括する存在だが、いまだ見た者はいない。
そんな中、元吸魂鬼が見つけ出した。
バニティが言っていた。吸魂鬼の始祖は、嘆きの川にいる。
嘆きの川に落ちる前に吸血鬼は始祖を見つけた。
「その人、今どこに」
「死ンデシマッタヨ」
「っ!?」
「始祖ヲ突キ止メタ際ニ、邪魔サレテシマッタンダ。仮面ヲ被ル特殊ナ吸魂鬼ニ」
「仮面の吸魂鬼。それじゃあ、吸魂鬼の始祖に近づくには仮面の吸魂鬼と接触する」
「可能性ガナイワケジャナイケド、ソレハ、余リニモ危険ガ伴ウ。ソレニ仮面ノ吸魂鬼ハ一人ダケジャナイ」
そう一人だけではない。確かに彼は知っている。彼に協力を求めてきた吸魂鬼、バニティ。
いつどこで見ているかもわからない。今も姿を消して見ているかもしれない。吸魂鬼は神出鬼没で、アカツメクサの吸魂鬼の事も知っていたのだ。知らないことなどないとばかりに翻弄してくる。
嘆きの川にいると言う始祖も、もしかしたら嘘で罠に嵌める暗号なのではと勘繰ってしまう。疑いたくないが、疑ってしまう。疑うしかない。吸魂鬼は彼に何も与えてはくれないのだ。そんな相手をいまだ、信じてみようとしている彼は相当に気がどうかしているとしか言いようがないのだろう。
「始祖を見つけたらどうするんですか?」
「ワカラナイ。ソコガ一番ノ悩ミダヨ」
各組織によっては殺してしまえばいいというだろう。十中八九、ハウスは口を揃えて言い、真の意味でゾーンを掌握できてしまう。生かしたところで相手が人間とまともに話をしてくれるかわからない。生み出していく吸魂鬼が癖のあるやつらしかいないのだ。
生かしても殺してもダメ。ならばどうしろと言うのか。
「キミナラ、ドウスル?」
チナミニとカモノ校長は吸血鬼部の部長と副部長に答えを聞いているという。
新形は「谷嵜先生に媚びらないなら好きにして」暁は「他人に害をなすのなら生かしておくのは危険極まります」と言うことらしい。二人らしい回答だ。
チクリと彼の胸が少しだけ痛んだ気がした。
どうしてそう思うのか分からない。不快なことなど何ひとつとなかった。
「すいません。僕にもわからない」
どちらかを選ぶと言うことは、どちらかと意見が合わない。
彼の苦手な分野だ。選ぶ。選ばされる。選ばなければならない窮地に追いやられる。
「まだ、見つからない。見つかった後、出方……とか、そう言うので決めちゃうと思います」
「ウン、ソウダヨネ。普通ハソウダ。間違ッテナイ」
本校舎の前まで来るとカモノ校長は昇降口の階段にひょいと座った。
「校長。校長から見て、僕たちってちゃんと正しい方向に進んでいると思いますか? 僕たちはちゃんと通行料を取り戻すことが出来るんでしょうか」
「ボクハキミノヨウニ全テヲ見通スコトハデキナイ。デモ、年長者トシテ、アドバイススルナラ……コノママデイイト思ッテルヨ。苦楽ヲ共ニシテ、成長シ続ケテ、イツカ必ズ、納得ノイク結果ヲ得ラレルト、ボクハ信ジテル」
信じている。信じてくれている。人間ではない動物にだが、それでも確かに信頼を得られていることに嬉しさを感じたが、同時に一抹の不安がよぎった。
「谷嵜先生のことも信じてますか?」
「モチロン、ボクノ目ニ狂イハナイトモ!」
「僕も?」
「ウン。キミハトクニ谷嵜クンガ気ニシテイタカラネ」
「…………最近、わからなくなるんです」
相手が人間ではないからか。ぬいぐるみ相手に話をするように彼は心の奥底に眠る蟠りを口にしていた。
「谷嵜先生は、寡黙な人です。必要以上の事は言おうとしない。その分、新形さんとか隠君が教えてくれるけど、先生の本当の気持ちまでは知れない。先生は本当に、僕たちに、通行料を取り戻すことを目的としているのか。……ただゾーンにいることで生きている意味を見出しているだけなんじゃないかって、大切なものなんて本当はなくて、知っていることをあえて言わない。言う必要がないと言ったら、僕たちはまだ知識の浅い子供だから口を閉ざすしかない」
「谷嵜クンハ、自分ヲ犠牲ニスルコトニ慣レ過ギタンダヨ。ナニモ言エナクナッタ」
口は災いの元。言えば、信憑性が高まり危険になってしまう。言わぬが花。
「コレ以上、言葉ヲ失ワナイタメニ、ボクハ彼ニ、新形クンッテ言ウ良心ヲツケタ」
自分を愛してくれる。嫌わずに嫌悪しない。肯定するが、たまに咎める。
飴が十倍、鞭が一割と矛盾比率の中で、谷嵜先生が谷嵜先生たらしめる人。
「キミタチニトッテ、タダ愛ヲ口ニスル。可愛イ先輩ダト思ワレテイタノナラ、彼女ハ演技派女優ダネ!」
新形は、ただの生徒ではない。そんなの一目見たらわかる事だ。ただの高校三年生で、学校いちの美人だと言われているのに、新形の事を本来の意味で知る生徒は一人としていない。元から吸血鬼部は訳ありの生徒が多い。言えないようなことを、知られないようにするために、この学校が全面的に協力している。
その理由も先ほど聞いた。吸魂鬼が憎い。飼い主を殺された。その場面を見た。弁解の余地もなく、情状酌量の余地もない。けれど、殺したからと言って、飼い主が戻って来るわけがないという典型的な思考を持っている。
「ホラ! マダ夏休ミハ終ワッテナイヨ! 残リモ、愉シマナキャ! 学生ハ愉シムノガ本業ダヨ!! アトノ事ハ、我々ニ任セテホシイナ」
「よろしく、お願いします」
その後、彼は帰宅した。
カモノ校長にはああは言いはしたが、彼は自分のやることを認識した。
仮面の吸魂鬼に近づくのだ。近づいた後のことはまだ考えてはいないが、直接会えるかもわからないが、近づけたら、どう言う存在なのか知りたい。嘆きの川を見つければ何か分かる気がした。
人を簡単に襲うことが出来る生物を生み出した始祖。
五十澤乃蒼と呼ばれた人物が始祖を見つけた。その近くには仮面の吸魂鬼。そして、仮面の吸魂鬼と呼ばれているのは、彼が知る中で四人いる。
蛇ヶ原を襲った黄色の仮面の吸魂、彼の前に現れたバニティ、襲撃したピンク色の仮面の吸魂鬼。洋館で消滅した悋気。
彼が直接会ったことあるのは、バニティだけだが、吸血鬼部を襲撃したピンクの仮面の吸魂鬼はバニティと知り合いかもしれない。でなければ、同じ場所に現れるなんてことはないはずだ。
(バニティともっと交流したら、僕たちにとって良い結果があるのかな)
「バニティ」
「お呼びですか?」
「わっ!?」
勉強机の前で考えていた彼は突然背後から聞こえてきた声に驚愕してひっくり返りそうになったが、椅子の背に打撃を与えられて。「うぐっ」とうめき声を上げると「大丈夫ですか?」と心配そうな声を驚かした張本人が言う。
「ど、どうして、此処にいるの」
部屋が灰色になっている。ゾーンに取り込まれたのだと気づいた。目の前にいるのは、青い仮面の吸魂鬼、バニティだ。バニティは彼のベッドに腰かけて長い脚を組んでいる。
「貴方が私を呼んだと思ったので」
邪魔でしたか? と不安そうに首を傾げる。人間と同じなのに違う。
「いつから」
「先ほどです。私たちは、獲物には横取りされないように唾を付けておくんですよ」
「つ、唾!?」
「ああ、いえ。人間が口内に分泌するものではなく、匂いや気配と言ったものです」
「マーキングってこと?」
「まーきんぐ。……ああ、それで間違いが無いと思いますよ」
バニティはわからないといった雰囲気な声色から理解したように肯定する。
「私と協力してくれる方を死なせるわけにはいきませんからね」
バニティは比較的人間らしい見た目をしている為、まだ話が出来る。これがカエルや携帯電話だと何とも居心地が悪いが、奇妙な柄をしていても人間でもつけることがある仮面をしているのは、いい誤算だ。
「それで? 私になにか御用でしたか? まさか、貴方に呼ばれるとは思わなかったので、戸惑っている」
「……本気?」
「どうでしょう?」
数時間前に会ったばかりだ、気持ちの整理だってまだ出来ていない。だが呼んでしまったのは、彼自身だ。どれだけ不可抗力で、無意識でも出てきてしまったのなら、気持ちを整理しながらでも知りたいことを知るべきだった。
「僕も、吸魂鬼の始祖に会いたい」




