第80話 Who are me
蛇ヶ原が吸魂鬼狩りになる経緯としては、母親を取り戻すのは当然のこと、吸魂鬼に惑わされることがないように吸魂鬼狩りを続けている。
本来、糸雲は筥宮を拠点にしているらしく、筥宮の吸魂鬼を狩っている。時々巡り巡った任務を引き受けて遠出をする。
浜波に来たのも、きっと何かしらの仕事だったのだろう。そして、仕事終わりに夏祭りを堪能したら次の問題に巻き込まれてしまった。
蛇ヶ原は定期的に吸魂鬼狩りのアプリを起動させて情報を収集していた。修行中に吸魂鬼の邪魔が入ってはいけないと荒幡市で吸魂鬼の目撃情報を重点的見ていたが幸運にもこの数日は目撃もなく、襲われた人もいない。
蛇ヶ原が糸雲に教わったのは、空想のことと吸魂鬼の殺し方。
それだけを捉えておけば、多少の問題も事なきを得る。大雑把な性格もあり、糸雲の言葉を借りるのならば、時間は無限にあるから後から説明しても問題ないだろうと言うことだ。
「まあ初歩のことやけど、空想については、ナナさんも知っとるやろうし、多くは言わへん。まずはコレや」
その日は、蛇ヶ原と公園に赴くことなく、蛇ヶ原の部屋で話をしていた。
「テスト?」
「一晩かけて、作ってみたんや。自分がナナさんの知識量を知っとかな」
蛇ヶ原は二枚のプリントを彼に差し出した。受け取り見ると『ゾーンと空想についてテスト!!』とゴシック体で書かれた文字。蛇ヶ原の部屋にはノートパソコンとプリンターもあり、本当に一晩かけて作られたものだと気づいた。
言葉で理解しているか聞いても規模が分からない。蛇ヶ原が知りたい、彼が知っていることを知り、知らないところを知りたい。その為の代理でテストを作成した。
時間制限はない。わからないことは飛ばしても構わないと言ってペンを持たせた。
『第一問ゾーンについて教えてください』
(ゾーン。本来で言えば、人の無意識領域で無心状態になるとき、それこそ、新形さんが使っていた白昼夢がゾーンって呼ばれるものだけど、この場合は違う。世界の裏側、現実と全く同じで別物。吸魂鬼によって連れて行かれるか、迷い込む。どちらにしても、ゾーンに触れて入ると、自分自身にとっての大切なものを通行料として往来の際二つ取られてしまう。取られた通行料は気づかなければ、なんだったのかもわからない)
『第二問イマジナリーについて教えてください』
(イマジナリーは文字通り、想像で、妄想で、空想。その人の想像力。一度、手に入れたら別の空想を操ることはできない。手放したら、同じ方法で使えない。自分が思っていること、想像していることしかイマジナリーでは再現できない。吸魂鬼に攻撃を与える一つの手段で、殺し方を知らないと、どれだけ優れた空想でも軽傷も与えることができない)
『第三問吸魂鬼について教えてください』
(ゾーン内を巣窟にする人の魂を食べて生きてる怪物。吸魂のキスをされると身体から魂が抜き取られて、取られた人は、廃人になってしまう。一部の吸魂鬼は始祖を探しているって言っていた。話をしても通じない。通じたと思えば、別の話題になっている。恐ろしく、冷たい、会ったら逃げられない危険な――……違う)
彼は書いていた文字を横線を引いて消した。
脳裏に過るのは、アカツメクサの吸魂鬼。友だちになることが出来たかもしれない吸魂鬼。
ちゃんと感情があった。たとえ子供の魂を吸ったことで、模倣したとしても意思を伝えようとしていたはずだ。恐れていたのは向こうで、こちらではない。その時に限っては強者は人間の方だった。生まれたばかりの上下左右前後の分からない赤ん坊だったに違いない。容赦無用で殺されてしまった。けれど、殺される理由がないとは言えなかった。
アカツメクサの吸魂鬼も吸魂のキスをしていたのだ。子供と言えど被害が出ている。無感情となった子供たち。だが子供は心を芽生えさせる段階の為、幾ら吸い上げても、別の想いや願いを生み出すことが出来る。
子供だから良いのではない。子供でもいけないことだ。
不可抗力だからと許されることはない。罪は必ず裁かれるべきだ。反省して、もう二度と引き起こさない為に誰かが導かなければ成り立たない。
(傲慢、なのかな)
糸雲が聞いたら「随分とご立派な考えで尊敬してしまえる」と皮肉を口にするだろう。吸血鬼部の人たちに言っても吸魂鬼を完全に敵視しているのだから、彼の思想など理解してくれない。
誰も理解してくれないことを、理解させるのは難しい。
『第四問貴方はこれからどうしたいか教えてください』
(これから?)
糸雲から空想の使い方を教えてもらい、吸魂鬼の殺し方を教わる。
それは一重に友だちである羽人が吸魂鬼に襲われた復讐心によるものだ。
彼が抱きたくない感情の一つ。吸魂鬼が憎いと思ってしまったが、この感情だけは消してはいけないと思ってしまった。
(たぶん、今まで僕は、自分は大丈夫って思っていたんだと思う)
目の前で暁や新形が吸魂鬼に襲われても打開策があると信じて疑わなかった。しかし、無力な、空想を持たない者たちが目の前で被害に遭ってしまった。それも身近な人が廃人となってしまったことに彼は気づかされたのだ。自分がどれだけ安全圏にいるのかと言うことを、自分は大丈夫だと思い込み。
いつか失った名前を誰かの口に音として出て来る日を、気長に待っていたのだ。誰かがやってくれると知らず知らずのうちにやってしまっていたのだ。放っておいても問題ないとふんぞり返っていた。
自分では何もできない。攻撃系の空想ではないのだ。ただ視ていることしかできない。それで、悲観するなんて資格は彼にはないと甘えていた。
(僕がこれからしたいこと……)
彼はペンを動かした。正解も間違いもないなら彼は思う通りに文字を書いた。
壁掛け時計が音を立てる。蛇ヶ原はスマホをタプタプと操作して暇つぶしをする。
SNSで『浜波祭で、高校生が流行中の奇病に感染!?』とニュースが表示されている。画面をスクロールして、コメントを眺める。
『奇病とか言うけど、遊び過ぎただけじゃね』
『その高校生は大丈夫なの?』
『伝染病かなんかだっけ?』
『奇病って? 熱中症じゃないの』
『浜波祭 自分もいたけど鳥居近くで友だちっぽい子とガラ悪そうな大人がふたりいたけど それ?』
他人に見られていても、詳細まではつづられていない。もっとも情報が少ない上、下手な誤報はバレた場合収拾が面倒になる。
一時間ほどして彼は書き終えたと蛇ヶ原に言って、用紙を受け取り目を通す。
その間、彼は緊張な表情をさせて手元を見たり、部屋を見回したりと落ち着きが無かった。黙って、蛇ヶ原の感想を待つしかない。
「うん、わかった。了解やナナさん」
「了解って?」
「ナナさんの気持ち、ようわかった。ナナさんの鍛え方も何となく計画立てれたで」
「本当?」
そんな稚拙な文字列で彼を鍛えられるのだろうかと不安になっていると蛇ヶ原は「なに不安がっとん?」と無邪気な笑みを浮かべていた。
「ナナさんが知っとること、ナナさんが思っとることを、知ることで自分はナナさんを吸魂鬼から大切な人を護る術を教える方法を模索しとるんや。ナナさんはなにも悪うないやろ?」
大切な人を護る術。それはあくまでも、人間とか吸魂鬼とか、種族に分けられた話ではなく、彼が思う。彼が護りたいと思う者たちを護れるだけの力を手に入れること、その言葉に「殺す」なんて混ざっていない。
「喧嘩、したないんわ。自分も同じや。痛いのはイヤやし。ナナさんには、吸魂鬼から逃げる方法を教えたる」
「でもそれじゃあ……」
「逃げることも戦略やで? 立ち向かうことは正義やないし、負けることも別に悪いわけやない。命あっての物種言うやろ? 生きててほしかった。なんて後になっていったって遅いんや」
自分が、その人が、誰かが死んでからでは遅すぎる。言いたいこともやりたいことも、全て生きている前提で行えることであり、戦うことも逃げることも、一重に「生きている」から出来る事である。
「喧嘩したないなら、わざわざ戦地に行く必要もあらへん。重要なんは、最後には笑っとることや」
蛇ヶ原はそう言ってニカッと笑った。
その後、蛇ヶ原の指導のもと、彼は空想を使いこなす訓練が始まった。
荒幡市に来て一番初めに訪れた公園が彼らの訓練スペースであり、彼が何度も死んだところ。蛇ヶ原も、かつては公園で空想を習得したり、教えられていたという。
そして、蛇ヶ原の時は、空想と言う概念すら教えられずに、糸雲がどう言う原理で硬質な糸を生み出しているのか、どう言う力を持っているのかの答えを強引に導き出すスパルタ教育が続けられていた。蛇ヶ原、そして大楽は、彼が身に受けていた以上の苦痛の末にゾーン内で吸魂鬼狩りとして吸魂鬼の相手が出来ている。
「やほー、ナナ」
「大楽君」
「蝶さん、今日は逃げなかったんやな」
「うん、だって~パペッティアいないって言うしー。おもしろそー」
なんて言いながら滑り台の柵に器用に腰かけてこちらを見下ろしている。少しでもバランスを崩したら落ちてしまう危機感などないようで、寧ろ落ちるなんて決してしないと雰囲気が漂ってくる。
「蝶さん、なんかやるん?」
「やらなーい。見てるだけー。それにー、パペッティアが手を出すなって言ってた~」
手は出さないが口は出すと言って、高みの見物をする大楽に「かまへんよ」と了解した蛇ヶ原。そんな二人の様子に彼は首を傾げる。
蛇ヶ原が糸雲と出会った経緯は聞いているが、では大楽はどうなのだろうかと気になってしまった。
不思議そうな表情をしている彼に気づいた大楽は「なぁに? 俺の事気になる感じ?」とにやにやとする。
「大楽君はどうして」
「どうして、ゾーンに入ったのかぁ~? いいよ、教えたあげる。ある日俺は! 犬の散歩中にどんぐりを見つけて、拾い上げようとしました! しかし、そのどんぐりは吸魂鬼が化けた偽物だったのです! 大切にしていた、クレヨンを通行料として取れてしまったのが、俺の悲しくも儚いゾーン入りの結末だったのです!」
清々しいほどの嘘に彼はどう言う反応をしていいのか分からなくなる。
「放っといたらええよ。ほんまのこと言わへんから、蝶さん」
「酷いよぉ~、言っても面白くないから脚色してるのに~」
「どの辺がや」
「えーっとクレヨンあたり?」
(どんぐり拾おうとしたのは本当なのかな?)
考えてもしかたないと彼は思考を放棄して蛇ヶ原を教師に訓練を開始する。




