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第8話 Who are me

「人の精神世界。白とも黒ともつかない。虚無。灰色の空間。それがゾーンです。ゾーンに属した者は色を持ち、それ以外は影となります。皮肉ですね。影の世界では、現実の人たちが影なんて」


 暁がゲートから出て来るとゲートを消滅させ周囲を見る。自分たちと違う。色のない人々を見て「彼らは現実に存在している人たちです」と教えてくれた。


「わっ!」


 彼に迫って来る人。ぶつかりそうになり、彼は一歩後退りするが躓き尻餅をついた。通行人は彼が見えていないように通り過ぎていく。その最中、彼に重なると通行人は半透明になり、すり抜けてしまった。


『ああ、買い物行きたくない』

『帰っても、お母さん煩いし、カラオケ行きたいな』

『人多すぎ。なんでだよ』


「え……」

「聞こえましたか? 貴方が聞えたソレは、無意識に思っていることです」


 灰色の通行人は、彼にすり抜けていく。「慣れれば聞こえないようにする事も出来ます」と平然と言う暁にもサラリーマンがすり抜けていった。何を思っているのか、何を感じているのか。嫌なこと、嬉しいことが渦を巻いている。

 誰もが不幸を唱える。欲望で埋め尽くされて、誰もが終わりを望んでいた。


「駅は特に顕著に出ますね。人が多いため、俺たちが意図して避ける必要がある。慣れないうちで聞きたくないなら、頑張ることです」


 立ち上がる彼に暁は気にも留めずに周囲を見回す。

 自分たちのように色がある人を探す。その人が、吸魂鬼なのかどうなのかは暁の空想で調べることが出来る。彼が吸魂鬼と判明した時と同じようにするのだろう。

 いまだに警戒されている彼の気持ちは重たい。


 先にこちら側に来ているはずの新形の姿が見えないとして、違う意味で周囲を見回した。


「新形さんは?」

「さあ? 彼女の事ですから先生の為になるようなものを探しているのでは?」

「一人で、大丈夫、かな? 複数行動が規定になってるんだよね?」

「規定を守らないのが新形さんです。忌々しいですが、仕方ない。それに一人で平気でしょう。俺より長いですからね彼女」


 暁は手を揉みながら話をする。何かを練っているような手の動きに彼は不思議そうに見ていると手が広げられる。そこから青いキューブが出現する。


「そこから動かないように」

「え……」


 青いキューブは徐々に大きさを増し、彼を覆い込む。膜のようなものが彼を包み込み。青いキューブは見えなくなる。それがいったいどういう儀式なのか彼はわからない。当然、警戒されているのだから何か彼の行動を制限するものだと思っていた。ぺたぺたと自身の肌に触れるが特に変わった印象はない。


「結界を張りました。これで貴方が吸魂鬼に襲われても、怪我はないでしょう」

「僕を認めてくれたんですか?」


 彼は純粋に尋ねる。吸魂鬼ではなく、ただの人で、被害者であると認めてくれたのかと濁りのない瞳で言えば、心底嫌悪の表情をさせて「んなわけないでしょう」とばっさり切り捨てられる。


「先生曰く、貴方は特殊な例。所謂生け捕りですよ。生きている状態で、人間の真似事をどれだけできるのか」


「見物ですね」とニヤァと怪しい笑みを浮かべた。性格が良いのか悪いのかよくわからない人だと彼は苦笑する。


「先生は来ないんですか?」

「こんな調査如きに先生の手を煩わせるわけにはいきません。俺たちがするのは吸魂鬼の撃退ではなく、迷い人の捜索。三十分して見つからなければ、帰ります」


 三つの谷駅前、放課後でもあり学生たちが集まっている。カラオケや本屋に行こうとするグループでひしめき合っている。


「羽人君だ」


 定期券の入ったパスケースを片手に時刻表を眺めている羽人を見つけて彼は呟いた。


「今なら、彼の気持ちを理解できますよ」

「……! そ、そうだよね!」


 ゾーン内では思っていることが明け透けになる。少し触れるだけで何を思って、感じているのか知る事が出来る。

 羽人が学校の初日で何を感じたのか知りたくなり、彼は羽人に近づくと暁は驚いた声を上げる。


「ちょっと、躊躇とかないんですか! 知り合いでも考えていることを知りたいなんて、プライバシーとか考えたりしないんですか!」

「え、でも。羽人君が、今日をどう感じたのか知りたい」

「……貴方、ゾーンにいたらいけないタイプですよ」

「良いじゃん。私、谷嵜先生の心の中、知りたいと思うし」

「わっ!」

「っ……! 新形さん」


 券売機の横から突如として現れた新形に二人は驚愕する中、驚かせた張本人は、平然と話に加わる。「立ち止まってどうしたのかと思ってね」と羽人を一瞥する。


「谷嵜先生が心を読ませてくれたら私だって苦労しないのにね。あ、今からでも部室に行こうかな。そうしれば、寝てる谷嵜先生を」

「そんなことしたら俺は先生に報告します。そして、貴方は退学処分ですよ」

「抑止力になると思ってる?」

「ええ、貴方のよりも俺の方が谷嵜先生の信頼を得ていると自負してます」

「あっそ、でもま今のうちだけだよ。こうして知り合いに会って、声を聴くの……いつか、この声も鬱陶しくなって、人を避けるようになる」

「とか言いながら、通行人の声を聴かないでください」


 新形は重みのあるセリフを吐きながら手を伸ばして、近くにいた主婦や会社員の声を聴いている。


「彼女、今日は焼肉だって! 向こうの人は、取引先と内容の行き違いのせいで直接会いに行かないといけなくなってうんざりしてるみたい。やっぱネットでのやり取りは言葉の齟齬が生まれるもんだよね~」

「悪趣味ですよ」

「どうせ誰も気づかない。自分の心を見透かされているなんて気づくわけないんだって……そう言う意味では通行料を取られた利点ってところかな」


「あ! あの人財布落としたって! 見つけに行こう!」と駆け出して行ってしまう。

 暁が心底呆れ返った声色で「アレ」と猛スピードで駆け出した新形を指さした。


「あのように、情緒もない人に心を見られる。いい気はしないと思いませんか?」

「……う、うん」


 知り合って間もない彼に考えていることを読まれてしまうのはいい気はしないだろうと新形を見て理解した彼は、手を引っ込めた。


「さて、時間が勿体ない。今から三十分、調査を開始します」


 自分たちのように色を宿してる人を見つけろと暁は言って先を歩いて行った。駅の脇にあるコンビニ。現実にいる灰色の人たちが行き交う。鏡に映る自分に色があるというのは違和感を感じる。自分だけが他とは違う。

 実際、存在している空間が違うため、他とは違うのは本当のことだ。


「あの、暁さんたちっていつからゾーンに?」

「新形さんに関しては知りませんが、ゾーンの存在は結構前から知っていましたよ。と言うか、俺はそう言った吸魂鬼を罰するために結成された組織の出です」

「組織?」

「ええ、大きな組織、ハウス。暁家。吸魂鬼を狩る者たち。その家系でかなり優秀でしたよ」


 先行く人を眺めながら、色を探す。

 吸魂鬼狩りと呼ばれた人たちの中の吸魂鬼と対峙する一家。話を聞くだけで山籠もりしていそうだと彼は偏見が思考を過る。


 暁家と呼ばれた一族は、それほど権力を有していたわけではないが集団行動においては断トツであり、吸魂鬼を何度も退けた実績を持っている。規定通りに事を遂行して、空想使いとして間違いのない一族としてハウス全体への支持も高い。

 暁の空想は戦闘向きではない。特殊能力で言えば、優秀だが目立たない空想、使い方によっては相手が人間に化けた吸魂鬼なのか否かを調べることも出来る。バックアップ優秀型と自称する。


「だというのに、貴方と言う不穏分子の出現で、俺たちは危険に晒されている。これじゃあ、規定違反に他ならない!」

「……結局そこに行きつくんですね」

「当然でしょう」


 ふんっとそっぽ向いた時、「あれは」と暁は何かを見つけたようで駆け寄った。彼も後を追いかける。その先には、柱に背を預けた会社員のようでビジネススーツを着た男性がいた。


「うっ……ぅう」

「大丈夫ですか!」

「あれ、僕のときと違う!?」


 暁が片膝立て男性に近づき尋ねるのを彼は突っ込むが、男性に視線を向けた時、彼は絶句した。なぜなら彼と同じように、色はあるが、その色の中には見えてはいけない「赤」がある。

 男性の下腹部が食い千切られたようにギザギザと服も身体もボロボロだ。紺色のシャツは黒く染まり乾いている。腹部に置かれた腕には、安物の時計が時間を刻まずにいる。呼吸が浅く、動く気力がないように見える。男性の口からは必死に呼吸しようとか細い声が漏れる。


「この状況で表に戻すことはできない。仕方ないですね。諦めましょうか」

「えっ。諦めるって……」


 暁は立ち上がり新しい迷い人を探し出そうとする。死んでしまうなら放っておくかのように。置いていかれそうになる男性は、引き留めることもなく虚ろな瞳でこちらを見ている。見ているだけで「ぅう……ぁあ……」と声を漏らしているだけで意思を告げようとしていない。


「待って! 放っておくの!?」

「俺たちの仕事は、人命救助じゃないですからね。既に魂は食われてしまっている。それじゃあ、意思疎通も出来ないですよ」

「そ、それでも! こんなに重傷なのに……人助けは規定違反になるんですか!?」

「なりませんが、何も出来ないでしょう? 医療キットを持っているわけでもない」


 何もできない。それが今の現状である。どれだけ優れた空想持ちでも奪われた魂を取り返すことは出来ない。彼が出しゃばっても救えないのだから口出しをするのは無駄だと暁は言う。


「いますぐ帰って病院に連れていけば!」

「身体の半分を失った成人男性を連れていって、見える先は俺たちが何らかの事件に関与しているという警察沙汰。ゾーンの存在を知らない警察機関は俺たちを何か薬をしている危ない若者と見るでしょうね。新しい学校に入学して有頂天になっているところに、うまい話を持ち込む先輩と言ったところでしょうか? 学校に迷惑の掛かることは極力控えてください」


 言わんとする事は理解できる。彼自身もゾーンの存在を知らされなければ、空想をすぐには信じられない。

 洗いざらい警察に伝えて、いざゾーンに連れ行けなんて言われた日には、吸魂鬼に餌を運び込むようなもので、最悪それらが公に晒されたら、世間が大混乱するのは目に見えている。


「っ……このまま、放置したらどうなるの?」

「行方不明として処理されるでしょう。遺体も見つからず、此処で朽ち腐り、消滅する」

「そんなの可哀想だよ」

「そうですね。可哀想です。結局、一般人からはそう言った感想しか出ない。見捨てること以外に解決策はないんですから。貴方は、過剰に死にかけた人に触れない方が良い」

「関わるな……そう言うことですか」

「はい。そうです」


 暁は冷たく言い放ち。歩き出す。彼はただ息も絶え絶えの男性を見つめる。

 彼の両手がぶらぶらと揺れる何もできない手が拳を握る。不甲斐ない。何も知らない、何も出来ない。言いようのない焦燥感に苛まれる。

 男性は、どこかでそうなるはずだった自分なのではないのかと彼は恐怖を覚える。下半身の血がほとんど失い。顔も青白くなる。「うぅう」「ぁあ」と意味を宿さない言葉が男性から放たれる。

 これが吸魂鬼に襲われた人の末路なのだと彼は目に焼き付ける。もしかしたら、なにか伝えたいかもしれないと声を掛けるが意味を持たない言葉ばかり。


「無駄ですよ。その人に何を言ってもこちらの言っている言葉を理解することはない。何も感じない、何をする気も起きない。虚無。心がない。感情がない。魂その物を奪われた人間は、そうなる運命にあるんです」


 少し先を行ったあと彼がついて来ていないと気づいたのか立ち止まり言う。


「な、名前だけでも! 貴方のことを誰かに伝えられたら……いつか」

「いつか、なんですか? 戻って来るつもりですか? その頃にはその人、もう消滅してしまっていますよ。仮に彼の知り合いを見つけたとして、ゾーンに連れて来るとなれば、貴方は吸魂鬼の良いように使われるだけとなるでしょうね。来ること自体通行料が必要になる。被害者を増やすだけです」

「じゃあ、どうしたら」

「どうにもできない。それが今の俺たちの現状ですよ」

「……それって、なんだか。寂しい」

「寂しい?」

「僕も、先輩たちが現れなかったら、人知れず死んじゃっていたってこと、ですよね? 一人は、寂しい。そんなの嫌だ」

「なら、潔く彼を殺しますか? 魂がない状態はほぼ死んでいるようなもの、殺したって罪に問われることはありません。此処で殺しても遺体は現実に流れることもない。ただ消滅するだけ……その方を必要としている人が、彼の失踪に気づき捜索届を出すだけです。一生見つからない。此処で腐り行くだけなら、一思いに引導を渡した方がその方も幸せですよ」


 吸魂鬼に魂を取られて助ける事が出来ないのだから、殺すしかない。潔く殺して楽にする。一介の高校生が「殺す」など口にする。

 暁が魂を抜かれた人たちを殺してきたのだろうか。もしもそうならば……と彼はそこで思考することをやめた。それ以上を考えてしまえば、一緒にはいられない。相手は彼を警戒していた、彼も暁が不機嫌であるため、穏便に事を勧めようとする。


「ただ……少しだけ、待ってくれませんか?」

「待つ? まさか、彼が息絶えるその時まで一緒に居ようなんて言いませんよね?」

「ダメですか?」

「時間の無駄でしょう」

「なら僕は置いていってください。僕なんかのお荷物、居ない方が調査が捗るでしょう?」


 彼はそう言って男性の横に体育座りをした。虚ろな瞳が僅かに彼を見る。

 意味がないことに時間を割くなんてと暁は険しい表情をさせる。どれだけ結界を張っていたとしても、此処で離れ離れになるのは得策ではないと離れたところで様子を見ていた。


「不満かもしれませんが、僕が貴方を看取ることを許してください」

「……ぁあ」


 家族や恋人がいたかもしれない。大切な人ではなく偶然見つけた彼が男性を看取る。誰かもわからない。どういう人かも知らない。本当は意地の悪い人で嫌われ者だったかもしれない。その逆もあったかもしれない。何も知らない赤の他人の最後を見る。

 一切感情が動くことなんてないだろうと思われていた。けれど、彼は少なからず、動いていた。この男性は自分なのだと、見つけられなかった、どこかの自分だった人なのだと。


 暁はため息を吐いた。向かいの壁に背を預けた。置いていくことをしないのは、ゾーン内が危険だからだ。

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