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第77話 Who are me

 彼が一人暮らししていることを知り、ゾーン越えが出来ない彼が、いちいち家から電車で荒幡市まで来るのも手間だろうと蛇ヶ原が「うちに泊まってき」と誘う。

 蛇ヶ原は父親と二人で暮らしており、温厚な父親な為、大楽が何度も泊った経験もある。別の友だちが泊っても問題ないと言われて、その言葉に甘えた。


 その日から、寂れた公園での訓練は行われた。糸雲は彼を完全に死ぬ切る寸前まで殺し続けた。

 彼の四肢が何度も切断した。いっそ殺してくれと何度も思いながら、それでも死に切る事が出来ない。死に切ってしまえば、解放されるだろう。


 彼は糸雲の硬質な糸に蹂躙される日々が続いた。両足の次は、両腕、四肢欠損など厭わないほどに容赦なく彼の心は崩れ続けていた。明日など来なければいい。早く終われと地獄を堪能する。


「もう十分やろ。虐めすぎやパペッティア」


 その日も、見かねていた蛇ヶ原が言う。いったいなんの恨みがあって彼をこれほどまでに虐げるのか。空想の乱用だ。最悪殺人が行えてしまう。証拠の残らない完全犯罪が成り立ってしまう。

 大楽は見飽きたのか、いつの間にか姿を消したり、現れたりと必要な時に現れないのだ。つまり、彼を長生きさせることが出来るのは、蛇ヶ原しかいない。


「吐血しとるやん」


 灰色の空間で人間の血を見るのは、吸魂鬼と相手しているだけだと思っていたがそうではないと気づかされる瞬間だった。もっとも蛇ヶ原自身は目にしたことはないが、空想をぶつけ合い喧嘩をしている者たちもいると聞いている為、この行為自体は珍しいものではないと認識はしていた。

 地べたに這いつくばって起き上がろうとする彼を前に冷徹な瞳を向ける糸雲。

 双方、蛇ヶ原の言葉すら聞こえていない。


(自分、此処にいる意味あるんやろか)


 蛇ヶ原の空想が治癒系ではないと糸雲もわかっているだろうに、なぜ此処にいるのか。どうして同級生が虐げられている場面を見せられているのか。

 限界が近づいても糸雲はやめたりはしないだろう。

 蛇ヶ原がいる理由は、彼を介抱するための要員である。大楽はただいるだけに役に立たない。他人の世話が好きな蛇ヶ原ならば、否が応でも彼を介抱する。


(殺す気はないが、一度二度殺すって勢いか。いや、もう二度以上死んどるんよ)


 べちゃりと彼が地面に倒れ伏す。自分の血で真っ赤に染まった彼は、惨殺現場と言っても問題ほどに凄惨だ。それでも生きているのは、この空間が特殊故だろう。もしもゾーンではなければ、形容し難い激痛に苛まれながら息絶える。

 もう涙と血しかでない。声は枯れて、喉も腫れ上がっているだろう。身体は痙攣して、前後不覚。這いつくばって脅威から逃れるしかない。


 空想、千里眼。その目を以て糸雲の攻撃を回避する。

 どれだけ強力な技でも、当たらなければ意味がない。物理系の空想は全てにおいてそうだ。彼がもしも一秒二秒、一分二分先の世界を見据える力を有すれば、相手を出し抜き退くこともできるだろう。

 

「ほら、どうした。立て、動け。寝ている暇があるのか? ただ一億払って得るのは昼寝か? 随分と贅沢なご身分、もっとも地面に寝ているから謙虚と言うべきか。俺はどちらでもいい。寝ていようが起きていようが、お前を嬲り殺しにする。時間は無限になる」

「煽るんやないよ。大人気ないやろ」

「吸魂鬼狩りを志すなら、矜持なんて捨てる」


 硬質な糸の上を器用に立つ。まるでサーカスの綱渡りだ。もっとも棒一本と持っていないで、バランスを取っている。サーカスの見世物小屋に売れば大儲け出来てしまうほどの芸当だが、その器用さは、ゾーン内でしか発揮されないのが唯一の欠点だ。公園周辺に立てられている電灯に硬質な糸が絡み足場を強固なものにする。

 もっとも柱の役割が存在しなくとも硬質な糸は、至るところに張り付く。それこそ、しつこく纏わりつく蜘蛛の糸のように。常識なんてゾーンでは意味を持たない。深く考える方が無駄。


「パペッティアの時間が無限でも、自分らは学生なんや。堪忍してくれてもかまへんやん」

「それで吸魂鬼狩り務まると思ってるのか?」

「思っとらん」

「なら、黙ってろ」

「へーい」


(返事はしたものの、コレは弱い者いじめ)


 糸で身動き取れない彼を死なない程度に殺し続ける光景は見ているこちらの気が滅入ってしまう。精神安定を図るため蛇ヶ原は、ついに自身の空想を使った。足元にある影が意思を持ち細い形を形成する。紫色の瞳が黒い影に浮かび上がる。


「影蛇さん、護ったって。可哀想や」


 半透明の黒蛇は地面を這って彼と糸雲に近づき、這い蹲る彼の前にいる糸雲を見上げていた。

 チリチリと舌を出してこれ以上はやめろと訴えると「はっ」と嘲笑した。


「見かねて助けてくれるみたいだ。お前の人柄、それとも手を出したくなるほどに可哀想に見えた同情心。俺に一矢報いることも出来ずに、ただ助けを待つだけの結末」

「そうやない。もっと有力な教育方法があるやろ」


 蛇ヶ原は自分が彼の教育の出しに使われるのを嫌い。尚且つ、彼が抱く必要のない自己嫌悪に苛まれるのを許容できなかった。


「お前の言う有力な教育方って?」

「一から全部教える」

「一からね。なら、吸魂鬼を殺す方法だが、現実の武器と呼ばれたものは吸魂鬼の連中には通用しない。よって唯一吸魂鬼を出し抜く方法は自己想像の発現だ。空想だ。そして、今は、空想の強化中だ」


 基本中の基本。初歩を糸雲は語る。わざとらしく教師のような物言いをして「理解しましたか?」と尋ねるが、蛇ヶ原は深いため息を吐いて「アホか、そうやない」と呆れ果てる。


「蛇ヶ原君、いいよ。僕がちゃんと出来ないのがいけないんだから」

「いけるいけないの話やない。教育する者としてなってない」

「説教か」

「したくもなるわ。パペッティア、ナナさんのことを殺す気やろ。ゾーン内言うても、容認できひん。順序立って物事を進めていけば、誰もが満足する結末が待っとるとちゃうんか」

「はぁ……もういい。勝手にしろ」


 糸雲はうんざりした顔をして糸を回収すると踵を返した。話を聞く姿勢を取らずにゲートを開いた。


「そんなに言うならお前の言う順序ってやつを見せてくれ。もし何か一つでも変わっていたら俺が間違っていたと、過ごした時間を無駄にしたと認めてやる」

「ホンマか!」

「ああ、俺に二言はない。時間は無限にある。間違っていたらもう一度やり直せばいい」

「かまへんかまへん! ナナさん。明日から、自分が臨時センセーや! ……ってナナさん!? アカンッ! ナナさん、気絶しとる!?」


 蛇ヶ原は慌てて彼を介抱するのを一瞥して糸雲は現実世界に戻る。


 彼の血で汚れることも厭わずに起き上がらせて、ゾーンから現実に連れて行き、ベンチに横にする。寂れた公園で、同じ蹂躙を受けていたら気も滅入る。

 糸雲が彼にする仕打ちを見て、蛇ヶ原は治療道具は一式用意してきている。鎮静剤を投与して、彼が少しでも気を楽にできるようあの手この手を尽くした。


「っ……蛇ヶ原君?」

「おぉ! 起きたか! ナナさん、痛いとこあるか?」

「う、腕が……」

「今日は腕、持っていかれとったもんな。平気や腕は、ちゃんとくっついとる」


 彼は朧げな意識の中、なんとか起き上がろうとするが指一本と動けない。どうしてと戸惑っていると「あ、鎮静剤が効いとるかも」と言い無理に起きることを止める。

 首を痛めると言って、蛇ヶ原は自身の膝に彼の頭を乗せた。


「自分が、少しの間、ナナさんの教師やることになったんや」

「どう、して……?」

「荒療治もええところや。見て気持ちええもんとちゃう。せやから、次からは自分が知っとる知識を全部、ナナさんにあげたる」


 優しく頭を撫でると彼は眠気に襲われる。瞼が重たくなり、そのまま彼は眠りについてしまった。身体を起こさなければならないのに、蛇ヶ原に迷惑になってしまうと彼は目を強引に開こうとすると冷たい手が目を隠した。上昇した体温を冷やすように心地よい。


「そのまま、眠っとったらええ。なにも心配せんでええよ」


 その声に従うまま彼は意識を手放した。



 蛇ヶ原は彼を、自身の家に連れて帰った。

 玄関の音を聴き、リビングから顔を覗かせたのは、蛇ヶ原の父親だ。

 既に仕事から帰っていた蛇ヶ原の父親は、彼を見て眉を顰めた。


「なんだ、その子。またぶっ倒れたのか?」

「せや。熱中症。部屋におるから、邪魔せんといてな」


 大丈夫なのかと心配の声をかけるが「心配いらへんよ~」と軽く流されてしまう。

 父親はこれ以上は深く追求すること、こちらもまた軽くあしらう。


「はいはい。おっと、飯は?」

「あー、頼むわ。八時には降りて来るつもりや」

「わかった」


 蛇ヶ原の父親は訊きたいことを聞いた後、リビングに戻っていくのを一瞥して、すぐに二階の蛇ヶ原自身の部屋に向かい、ベッドに彼を横にさせると彼は今度こそ目を覚ました。


「おはようさん。ナナさん」

「蛇ヶ原君」


 彼は周囲を見回してまた気絶して蛇ヶ原に迷惑をかけてしまったことに罪悪感を感じながら時間を尋ねる。気絶してどれほど経過したのか気になっていた。


「今は、十七時。五時やね、寝てから三十分もしてないで?」

「……また、僕」

「うん、気ぃ失っとった。平気か?」

「だいぶ、楽になったよ。ありがとう」

「かまへんかまへん」


 にこりと微笑む蛇ヶ原は勉強机の前にある椅子に腰かける。


「覚えとる? 自分、明日から少しの間、ナナさんの教育者になるんよ」

「覚えてる。……ごめんね、巻き込んで」

「そんなん気にせんでええよ! パペッティアに言わせたら甘すぎるってよう言われますけど、自分、誰かを甘やかすのが大好きなんですわ。ええことをすると自分に返って来るって言うでっしゃろ?」


 彼と同じ信念を持っている蛇ヶ原は「仲良うしてや?」と好意的に相手をしていた。

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