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第75話 Who are me

 彼が糸雲によって連れて行かれたのは、荒幡市郊外にある寂れた公園。そこでは、滑り台の上にいる蛇ヶ原とベンチでギターをいじくっていた大楽がいた。当然、二人とも此処にいることが偶然などではなく糸雲が待たせていた。


「ナナじゃん」

「待っとったで、お二人さん」

「じゃ、蛇ヶ原君、大楽君。どうして」


 まさか同級生が現れるとは思っておらず驚愕するとその様子に悪戯を成功させたように笑っている。


「どうしてってそら、此処に住んどるからやな」

「じゃなかったら、こんな辺鄙へんぴなところにいないよ~」


 糸雲と面識があるとは、知らない彼は、驚愕するばかりで言葉が出てこなかった。


「彼は俺の生徒。ガッコウの休みが終わるまで、吸魂鬼狩りとして鍛える」

「へえ、じゃあナナも空想持ちなんだぁ~」

「二人も?」

「せや。自分は、影蛇ちゅう空想を持っとるんよ。自分の影さんを、蛇さんに出来るんや。んで、蝶さんは」

「べーん! 音波って感じ」


 ギターをひとつ響かせると身体が押し戻される感覚に襲われた。力強く弾かれた暁には公園から弾き出されていただろう。そんな目に見えた素晴らしい空想に彼は純粋に「凄い」と呟くと二人はどこか満足げに笑っていた。


「僕は、千里眼……の予定」

「予定? なんや曖昧ちゃんやな」

「まだうまく使いこなせてない。どこまで視えるのかもわかってない」

「なら捨てちゃえば?」

「え、だ、ダメだよ!」

「なんで?」

「なんでって……」


 彼の空想は谷嵜先生が想像しろと言ったもの。

 新形も暁も再現できなかった。千里眼。必要とされていた空想を手放すなんて彼にはできなかった。


「空想所有は一人に一つ、複数空想は至難の業。出来た人間はたぶん、今のところいない。一度手放せば同じ空想を同じ要領で得ることは難しい。千里眼なんて見つかってしまえば役に立たない」

「見つからないようにって……先生が」

「今の先生は、俺だ。顧問じゃない」


 そう言って「入間、蝶。二人はジョンを攻撃しろ」と命じる。

 彼はどう言うことだと糸雲を凝視する。


「あら、過激」

「死んじゃうよ~?」

「死なせない為に殺す。それだけだ。お前も簡単にくたばってくれるなよ」


 糸雲が言うとゾーン内で爆発音が轟いた。

 彼は何が起こったのか分からず、茫然としていた。灰色の空が彼を見つめている。流れる雲が彼を無視して離れていく。

 彼は地面に倒れていた。仰向きでただ天を見つめていた。なにがあった。何が起こった。


「ちょっとやりすぎ?」

「生きとるん?」


 よーいスタートの合図もなく爆撃されたのだ。ギターの音が心臓を刺激する。

 痛みが遅れてやってきた。頭が理解するよりも身体が麻痺して、何が起こっているのか分からない。鋭い痛みが彼を襲う。


「ぁ、……あ……」


 声が出てこなかった。一瞬にして全身が恐怖に支配されたのだ。動けない。動いたら身体が爆散する。痛い怖いと身体が拒否反応を起こした。

 その恐怖に襲われていると、突如右手の付け根が何かに噛まれた。それを確認する前に身体中が噛まれた。酷い倦怠感に見舞われる。視界が霞んで何が何だか、もうわからない。痛みで嘆き叫ぶことも出来ない。

 何もできないまま死んでしまうのかと彼は灰色の空を見ていた。


「千里眼は、正面で対峙した際には使い物にならない。その空想で吸魂鬼狩りを目指すのは自殺するのと同義だ。それでも使いこなしたいなら使い続けろ。そうじゃなかったら意味ない。使わないで得られるものなんてない」


 動け。と無情に告げられる。身体が痙攣している。仰向けに倒れる彼が起き上がる術などない。挙句に何かに噛まれているのに起き上がるなんて無理だ。嘆いても助けてなんてくれないと彼は頭ではわかっているのに動けない。


「お友だち、助けたいって言うなら動け。そんな蜘蛛の巣に囚われた虫になってなくていいから、早く動け。そのままなら、食われて何も成し遂げられない」

「っ……」


(そんなのわかってる。わかってるよ。でも)


 怖くて動けない。彼の身体は、恐怖で動けない。痛みだけではない。噛まれていることも、音波の刺激も、また襲われると思う恐怖に彼の身体は生存本能なのか、逃げることを訴える。動かないことを選ぶ。


「あー、パペッティア? ほんま殺してまうよ?」


 限界を見つけた蛇ヶ原がさすがにやり過ぎたと心優しい同級生の憐れな姿に同情する。昨日まで楽しく過ごしていた相手なだけあり、無情にはなれなかった。


「殺さなきゃ意味ない。一度は死ぬべきなんだよ」

「そう言う役回りじゃないんだけどぉ~」

「煩い。お前ら仮にも俺の預かりだろ。なんで言うこと聞かない」

「だって、言うことを聞くって条件にはなかったし~」

「せやせや。ただ偶然、上司さんがパペッティアになっただけやんけ~」

「上司と認識しているなら言うことをきけ。たく、最近の高校生は、生意気な奴しかいないな」

「そんなに言うなら、パエリアがやればいいじゃん。嫌な仕事をこっちに流さないでよ~。俺向きじゃないんだけどぉ~」

「パペッティアだ。いい加減名前を覚えろ」

「ハハ~おもろっ」


 低レベルな漫才をさせられる糸雲は「たく、筥宮に帰りたい」と口にしながら袖口からギリと糸を伸ばして、彼の手首、足首に巻き付けて、操り人形のように立ち上がらせた。彼の身体を噛んでいたのは、蛇ヶ原の空想、影蛇だった。半透明の蛇が彼を噛んでいた。彼が持ち上げられると役目を終えたとばかりに噛むのをやめて蛇ヶ原の影に戻っていく。

 重たい身体が強引に吊り上げられた彼はうめき声をあげた。しっかりと立たせると糸は回収される。それでも自力で立つことが出来ずに尻餅をついた。


「座っている暇はない。立て、じゃないと気づかないうちに胴体は離れ離れになるぞ」

「ちゃんと教えてくれるんだ~やさしい~」

「自分らのときなんか、パペッティアの空想を知るところからやったちゅうに……そんなお気に入りさんなん?」


 空想で攻撃する気がない二人の部下が背後で茶化すのを放置して、糸雲は座り込む彼に向かって糸を伸ばす。


「痛ッ」


 彼の頬にツッと傷が出来上がり血がじわりと滲む。暑さに負けて着てきたTシャツに血が飛ぶ。灰色の場所に、赤は鮮やかだ。


「想像してみろ。お前の顔、首、腕、腹、足、そこから俺の糸が通る度、お前は血を滲ませる。回避できないとなれば、お前は貧血、出血多量でゾーン内で死亡。死んだあとは、行方不明者として捜索され、何かのきっかけでもあれば、現実で惨殺死体として見つけられて迷宮入り、運が悪ければ白骨死体として見つかるか永久的にゾーンの中だ」


 現実の戻り方は、二つ。ゲートを通過するか、死ぬか。

 腕が糸に巻かれてきつく縛られる。切れる腕に歯を食い縛る。焼けるような痛み、鋭い痛みに彼は耐えるしか出来なかった。


「どうした? そのままじゃあ、また奪われて終わる。それでも良いのか」


(いいわけない。でも、僕にどうしろって……何を期待してるのさ)


 攻撃手段を彼は持っていない。千里眼も使いこなせていないのに、ただ蹂躙されている。


「そうだな。期間中に、吸魂鬼が現れて、またお前が仲良しこよししようとするなら、俺は容赦なく殺す。お前の前で、次はもっと惨たらしく」

「ッ!?」

「アカツメクサの吸魂鬼。あのまま放置したら、大人を殺していただろうな。そうなれば」

「言うな!!」

「おっと」

「貴方が、その先を言わないでください」


 必死に起き上がり叫ぶ彼は鋭く糸雲を睨んだ。その腕に絡まる糸をブチブチと千切る。その都度、彼の腕が傷ついた。

 その瞳は怒りで満ちていた。あの日を思い出して、彼は糸雲を憎んでいた。

 アカツメクサの吸魂鬼は、まだ何もわからない吸魂鬼だった。一人でいることを恐れて、誰かと遊びたい純粋な気持ちを持ちながら、その気がないのに誰かを傷つけてしまった。本意ではないとわかっていながら糸雲は殺したのだ。


(吸魂鬼だからって、話し合いもしないで簡単にこの糸で……)


『ナナ、ありがとう。友だち、なってくれて』


 Tシャツについた胸ポケットから何かが落ちた。短冊形の紙が舞った。

 紙は、フィルムが貼られていた。色褪せたアカツメクサの押し花。

 小さな命だったもの。誰かの感情を奪って、誰かに学ぼうとした儚い命。


 しかたない。その言葉が嫌いだった。諦めて、妥協するのが嫌だった。

 けれど、しかたないというしかないのだ。学ぶ為には犠牲が必要だった。


 糸が見えた。彼の腕を再び拘束しようとする糸を左手を伸ばして押し花の栞と一緒に掴んだ。一矢報いたい。友だちの為に何かをしたい。償いではなくこれは自己満足。


「僕は、その事に関しては絶対に許してません」

「そうか。俺もそれに関しては謝らない。俺の行動に間違いがあったとは思っていない」

「わかっていますよ。だから、僕は理不尽に貴方に怒ります。この子の為に」


 ぎゅっと左手を握り込むと掌が傷つく。糸が彼を容赦なく傷つける。


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