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第74話 Who are me

 翌日、羽人の親族が浜波中央病院に駆けつけた。


「どうして、大人が付いていながら……どうしてよ!」


 羽人は日記のように、両親へと剣道の家での出来事をメールで送っていた。

 楽しい日々を過ごしていると嬉しい気持ちになった矢先、浜波神社の祭りに参加した結果が事件の被害者となり気が動転していた。


 羽人は言葉が話せないから虐められていないか常々心配していた。しかし初日で良い友人に恵まれたと話を聞いて、安堵したのも束の間、泊りで遊びに行くと聞いたときも反対したい気持ちはあったが、楽しみにしている様子が口にしなくとも伝わってきた。

 友人の家に到着すると高校の先生が付き添って面倒見てくれると言っていたから信用していたのにと佐藤先生を責めていた。そして、佐藤先生もそれを否定することなく素直に受け入れていた。自分の監督不行き届きだと謝罪した。


 その日が丁度、合宿終了日もあり、みな家に帰らされた。

 ただ一人、彼だけは帰ったふりをして病院に留まっていた。本当はいけないことだと理解しているが、状況、事情を知っている彼は、黙って帰ることも出来なかった。

 一方的に責められる佐藤先生を見ていられなくなり、彼がちゃんと羽人と一緒にいなかったからと訴えたかったが、彼は動けなかった。

 すぐ背後で、糸雲が彼を監視していたからだ。余計なことをしたら、一般人にゾーンのことを知られてしまう。それがたとえ、被害者の親族だとしても知られるわけにはいかないのだ。

 特に自分たち非公式の活動者が勝手なことをして、どこかのハウスに気づかれた日には面倒は避けられない。彼に関しては、幽霊部員だとしても吸血鬼部だ。谷嵜先生に迷惑をかけることになる。


「どうしてよ! あんた、なにをしていたのよ」

「おい、落ち着きなさい。先生だって、全員を見ていられるわけじゃないんだ」


 羽人の母は、この気持ちを誰かにぶつけなければ気が済まないとばかりに佐藤先生の服を強く握り訴える。


「子羊、こっち来い」


 そう言って彼の首根っこを掴み糸雲はゲートを開きゾーン入りした。突然なんだと彼は灰色の病院で糸雲を見る。空間と同化している佐藤先生と羽人夫妻。その近くには、看護師の服装をした異形がいた。

 カルテを持つ吸魂鬼がふらりふらりと夫妻に近づいている。


「カワイソウね。カワイソウ。お悔み申し上げます」


 そう言って手を伸ばす吸魂鬼に硬質な糸が絡まり動きを封じる。

 不気味な操り人形のように鈍くも夫妻に触れようとする。


「羽人君の魂は、どこにあるんですか」

「さあな。俺が始末した吸魂鬼からは何も出てこなかった」

「吸魂鬼を、殺したら、奪われた魂は戻って来るんですか」

「保証はできない。だが、前例がないわけじゃない」


 四肢を切り落とされた吸魂鬼は、消滅する。耳を劈く悲鳴が身体を揺さぶる。

 ただ生き延びるために、そう言われてしまえば、彼は何も言えない。肉を食べている彼らに吸魂鬼を責める権利なんてない。


「この戦いって、誰が救われるんですか」

「救われる奴はきっと誰もいない。多くを失って、それっきり。誰かが終わらせなきゃ何も始まらない」

「……」

「試してみるか? 自分の限界ってやつ」

「僕に何が出来るんですか」

「この空間じゃあ、何だってできる。必要なのは想像力。イマジネーションでしか吸魂鬼を殺すことは出来ない」

「……糸雲骨牌。僕に吸魂鬼の殺し方を教えてください」


「敬称なしかよ」と苦笑する糸雲だったが、嫌い合う仲だ。慕われる方がどうかしている。慕われたいとも思わないし、思われる事も不快だ。


「良いのか? 俺は君の大切なお友達の吸魂鬼を殺している」

「その事は、今でも許せません。だけど、僕が死んだって困らないでしょう?」

「確かに。けど、俺がお前の先生になるのは無償じゃない。義務教育終えてるだろ。報酬を寄越せ」

「お金ですか」

「そう。一億」

「そんなお金、用意できるわけない!」

「なら諦めろ。志半ばで挫けて終わる。それだけだ。それが嫌なら、教育者を雇い、この空間を理解する。俺たち吸魂鬼狩りも慈善活動じゃないんだ。確かに目の前で被害に遭えば助けはする。知ってしまえば、取り返しのつかないことになる。相互扶助の関係で成り立っている。お前はその一歩に踏み込もうとしてるなら、この額は寧ろ安い方だ」


 救助者は何も知らない。吸魂鬼狩りは情報を守ることが出来る。知っている者に乞われてしまえば、報酬を求めるのは当然だと糸雲は、病院内の吸魂鬼を始末する。


「それ、素直に払った人はいるんですか」

「もしいないって言えば、払わない気か?」

「いえ、詐欺なんだなって疑います」


 一億なんて漫画の中だけの話かと思った。彼に向けられた言葉。ただの高校生に支払えるわけがない。一生かけても無理だと思わせてしまうほどに人の口からは出てこない言葉。


「お友達、助けるなら安いはずだ。吸魂鬼の胃袋かき混ぜてでも、見つけ出したいんだろ? もっとも殺す方法を知っていたとして、魂を取り戻せるなんて思わない方が良い。前例がないわけじゃないと言ったが、百パーでもないのは理解しろ。でなければ、今頃、そこのご婦人がバーテンダーに訴えたりしてない」


 糸雲が視線をは羽人の母を一瞥する。

 提灯の吸魂鬼を大量に殺してきたが、魂が見つかる事はなかった。誰かが救われた報告は上がっていない。

 他の吸魂鬼に魂を奪われたか、もしくは完全に消化されて吸魂鬼と共に消滅したか。それでも良いのなら吸魂鬼狩りの一歩を助力しようと糸雲は言う。


「わかりました。払いますよ。ただ直近は無理です」

「それくらいわかってる。ただの高校生に一括で払えとは言わない。利子も特別につけないでおくよ」


 糸雲は硬質な糸を巻き取って消滅させる。


「俺は、谷嵜君やバーテンダーみたいに優しくない。泣き言は聞かないし、無理なんて言ったら放置する」

「はい」

「ああ、それと俺の事は、パペッティア。ゾーン内において、俺たちは赤の他人、本名も、素性も知らない、目的もわからない。常に不明である。パペッティア。通り名があるやつは、呼ばれる」

「パペッティア」


 彼は呟くように糸雲の通り名を口にする。


「期限な。夏休みが終わるまで、終わったら俺は筥宮に戻る。成果が出ようと出まいとそこで俺とお前の関係は終わり」

「はい」


 ゾーン内の病院を後にするために糸雲は歩き出す。


「それじゃ、バーテンダー。あとは頑張れ」


 すれ違う佐藤先生にそう言葉を投げかけて何の気も知らずに病院を出ていった。彼も後ろ髪を引かれる思いをしながら、振り返らずに糸雲を追いかけた。

 夏休みが終わるまで、半月。それまでに何か変わる事もない。約十五日の間に変わることがあるとしたら、彼が生きているか死ぬかの違いだった。


 本当は嫌だ。けれど嫌いな相手ならば、容赦なんてしてくれないだろう。だから信用できた。



 糸雲は、彼の吸魂鬼狩りとして名前はあるのかと尋ねる。

 もしも無ければ、「子羊」と呼び続けるらしい。ならば、と彼は口を開いた。


「ジョン・ドゥ」

「名無しの権兵衛?」

「はい」

「難儀だな」

「もう一つ、僕を学生として居させてくれる名前があるけど、その名前を付けてくれた友だちが襲われた。だから僕は」

「復讐か、いいね。そう言うのは嫌いじゃない」


 ギリと袖口から糸を伸ばす。

 浜波を離れて彼は糸雲と共に都会と田舎の境にある荒幡市あらまんしに来た。

 観光地だけが発展した街。中に入ればバスや車での移動が必須になる。住宅街が多く、人口もそれなりにある。どこにでもある街。ゾーン内でなければその景色を満喫できたが生憎と灰色の世界では、その景色はどこも同じで、色がないだけで全て同じに見える。


 ゾーン内でしか生きられない人たち。新形が言っていたように必要最低限のこと以外は、ゾーンで暮らしていると言っても過言ではなかった。駅に行くかと思えば、ゾーン越えをして荒幡市に来たのだ。


 彼は、ゾーンにこれほどまで長居したことがなかった。長くても四時間、短くて三十分もしない。谷嵜先生が生徒だけのゾーン入りで定めた時間でしか行動できない。

 空想の調整で三つの谷高校内でならば、ゾーン入りすることは許されているが、それも二人以上。


「違います。羽人君が目を覚ますまで、名乗る気はない。それまで僕は、吸魂鬼狩りとして、ジョン・ドゥでいるだけです」


 羽人を護れなかった自分に「ナナ」と名乗る資格などないと自身を戒めた。

 羽人を助けることが出来れば、羽人にまた「ナナ」と呼ばれたい。


「へえ。もぐりよりも、もぐりらしい奴」

「もぐりって?」


 聞き馴染みのない言葉に彼は少し上機嫌な糸雲に尋ねる。


「権利、資格を持たない奴。無免許、無権利、無資格で当然のように動いてること、非公式集団のことだ。吸血鬼部も言ってしまえば、もぐりの集団の一派」

「つまり犯罪者ってことですか。谷嵜先生は、学校の教師になっていなかったら、吸魂鬼に関する仕事をメインにやっているって」

「もぐり。違法作業、裏稼業をメインにやる。谷嵜君は、余念がない。それと決めたらそれっきり譲りようがない。そう言うやつがこの業界で生き残れる」


 谷嵜先生も学校の教師になる前は吸魂鬼狩りをしていたが、佐藤先生のように糸雲に「バーテンダー」のような通り名を呼ばれていない。谷嵜先生が三つの谷高校の教師をしていると知っていて、面識もあるようで「谷嵜君」と呼んでいる。

 その親しそうな雰囲気はあるが、谷嵜先生と親しいのなんて佐藤先生を見ててもあり得ないと考えてしまう。


 谷嵜先生の吸魂鬼狩りとしての名前は、気になりはするが、今彼がするべきは谷嵜先生のことや吸血鬼部の事を知ることではない。


 そんな話をしていると色のない住宅街を迷いのない足取りで進んでいた。


「パペッティア。どこに行くんですか」

「お前でも知ってる奴のところ」

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