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第73話 Who are me

 貫かれていたはずの佐藤先生は、イノセントの背後に回り首を跳ね飛ばした。

 ローブが引き裂かれるが、中身はなく床にふわりと舞い落ちる。


 イノセントの背後に無傷の佐藤先生がいた。サイコロが転がっている。

 赤の点と四つの点を示しサイコロが二つ。奇数を示す。その数字が出た時から、イノセントは佐藤先生の想像の中に閉じ込められていた。


「ニュヒッ。タノシイカモ!」


 簡単に殺されてはつまらない。退屈していたのだとイノセントの声が響くと床に落ちていたローブは再びふわりと舞い上がり中身があるように膨らむと無傷の佐藤先生へと言う。


「ココ、セマァイ」とイノセントは忽然と姿が見えなくなる。けれどすぐに佐藤先生も病院ではなく外に移動していた。

 車の行き交いが途絶えた道路、街灯が辺りを照らす。静寂の中、灰色が濃くなる空間。


「ソレジャア、アタシガ、ヨロコブマデ、タノシマセテ」

「賽は投げられたってなァ」


 状況が変わっても戦うことに変わりはない。佐藤先生は、すかさずサイコロを抛った。奇数が佐藤先生の勝利。だが、一度でも偶数を出たら勝機は危うい。

「2」と「5」で「7」七つの光が目晦ましをする。金色の帯がイノセントを拘束して地面に張り付ける。七つの光は、そのままイノセントを包囲して七方向から光線が四肢があると思われる個所に放たれるがローブを貫くだけで相手には一切のダメージも入っていないように見えた。その証拠にイノセントは歓喜の声を上げた。

 金色の帯で拘束されていたはずのローブは幽霊のようにふわりと拘束を抜け出した。


「タノシイ!! スゴイスゴイ! チャントアタッテル! ヘエ、イマジナリィッテオモシロイネ! モットアソビタイ!」


(こっちは命がけだってのに、まだ遊びの範疇か)


 小さな子供の相手をしている気分にさせられる。吸魂鬼に人間らしい感情があるとは思えない。たとえ吸魂鬼が人間の魂を喰いものにしていたとしてもだ。

 無数に抛り出されたサイコロは、金色のコインになりイノセントに当たる。硬質なコインに興味を示すイノセント。


(なんだコイツ。楽しんでるだけで仕掛けて来なくなった)


 空想の弱点を見つけ出そうとしているのか。それとも純粋に攻撃されることを楽しんでいるのか。考えていることが読めない。黒いローブの内側で笑う仮面。


 そんなイノセントに佐藤先生は奇妙な感覚を覚える。


 他の吸魂鬼と違う。従来の吸魂鬼は、流暢に話はするが、姿かたちは似たり寄ったりが多かった。人間の体躯を模倣、頭部を人間以外のものに変化させる。イノセントは、白い足は見えたが、顔はローブを深くかぶって、僅かに見えるピンクと白の奇妙な仮面。吸魂するだけを目的にした相手ではない。吸魂する気があるのなら接近的だろう。


「ヘイ。お嬢ちゃん……で、良いのかァ? どうして、オレのココ、狙ってこねえの?」


 佐藤先生は自身の右胸、魂を指さす。吸魂のキス。今日、若者が奪われたソレを狙ってこない違和感を素直に尋ねる。


「タベテホシイノ? ドウシテ? ソンナコトシタラ、アソベナクナルノニ」

「食べ物で遊ぶなって教わらなかったのかァ?」

「シラナーイ」


 イノセントは、人間、少なくとも佐藤先生を食らう気はない。ただ遊びたい。その気持ちだけで突き動かされている。


「敵討ちってわけでもねえんだろォ」

「カタキ? ダレガ? ドウシテ? シンダラ、マタメグルノニ? アタシタチ。シンダラモウイチドメグル。ソウシテ、ナンドモオナジコトヲ、クリカエスンダヨ! ソノホウガオモシロイカラ! モットモット! アタシタチヲ、コロシニキテ!」


 純粋無垢、罪の意思など一切ない。それが当たり前で当然だから。

 人間がどうして呼吸するのか。それを尋ねるようなものだ。


 吸魂鬼は巡る。輪廻転生をするように何度も巡る。

 一度消し去った吸魂鬼と出会ったことはない為、情報のみ知っている。イノセントは嬉々と言う。人間の無意味な行動を嘲ることなく、もっと遊んでと懇願する。


 二つのサイコロがコンクリート地面に転がる。


「慈悲は必要ない。奇数は優に、偶数は劣に、オレと、目の前にいる吸魂鬼の命を賭けようか。ダイスロール!」


 その言葉に「ウンマカセ! スゴイッ!」と称賛すらする。

 その場しのぎではあれ、しのげるのであれば、情報を同じ吸魂鬼狩りに提供できる。対価が大きければ大きい程、生きている実感を得られる。賭けをしている気分になる。


 相手は情報にあった仮面の吸魂鬼。相手がどう言った個体なのかを誰か一人にでも伝える事が出来ればいい。


『友だちになれるはずだった吸魂鬼を殺されてしまったんです』


 海で彼が言っていた言葉が脳裏に過る。

 その相手が、糸雲であるのは後から気づいた。確かに糸雲は生きていることに貪欲でありながら命を使い捨てるような戦い方をしている。それは佐藤先生も同じことだ。賭ける物などもう自分の命しかない。


 友だちになれるはずだった吸魂鬼。


 大切を奪われても、まだ友だちを作ろうとしているのかはわからない。言葉が通じれば、和解できると勘違いする。寧ろ言葉が通じているからいさかいが生じる。同調し合えないから争いは起こる。好奇心に囚われて空想を生み出し殺し合う。


(ジョン。悪いなァ)


「良い大人にはなれねえみたいだわ」


 激しく転がるサイコロの出目は、「5」と「4」合計「9」奇数だ。

 それが出た瞬間、ナイフがサイコロを破壊した。「4」が弾かれて「5」になる。


「アトダシシジャンケン、ダイスキ! ダッテゼッタイニカツモンネ」

「っ……!」


 サイコロが決定しなければ、佐藤先生の空想は適応されない。そして、あとからサイコロの目が変えられた。偶数。「10」がサイコロに出ている。


(まずっ!?)


 確定するためにサイコロが光る。賭けは佐藤先生の負けだ。

 自分自身も後出しじゃんけんに適応される。その空間にいる。対象に適応されたマイルールは、自分の首を絞める。気が抜けている。どうしてか、いつも通りに事を成すことが出来ない。なんて言い訳が頭の中で渦を巻くが、結果は見ての通り敗北。

 心臓が鼓動する。嫌な汗が滲む。


(まずい)


 確定する直前、硬質の糸がサイコロを掻っ攫った。視線でサイコロを追いかけると硬質の糸に絡まるサイコロが一人の男の手に落ちる。


「バーテンダー。自分の空想で自滅するのは、お勧めしない。そう言う奴は何度も見てきたが面白くもなんともない」

「ナァニ? グギゥ!?」

「呼ぶなら、谷嵜君じゃない? 俺じゃなくて」


 イノセントが硬質の糸に拘束されて潰されるような声を漏らす。

 不機嫌な声の主、糸雲が声と同じ表情をする。サイコロを持たない手にはスマホが握られている。その画面は淡く光る。『浜波中央病院。仮面の吸魂鬼出現、至急応援求む』と表示された。その後には、病院の座標が表示されていた。

 それも指定送信で糸雲にだけに届けられるものだった。


「合理的だろ?」

「利己的合理主義は死ぬべき」


 硬質な糸はイノセントを拘束したまま離さないが、イノセントが佐藤先生の拘束を抜け出した時の様にふわりとすり抜けた。


「アタラシイヒト! ウレシイ! アソボウ!」

「知性は、中の下。実力は、バーテンダーを苦戦させるほど。俺の敵じゃない」


 糸雲は硬質な糸を操りイノセントを拘束するために巡らせる。ローブが硬質な糸によって切り裂かれてしまう。生き物かのように修復してしまうローブに「スライムか?」と突っ込みを入れる糸雲だったが、そんな事よりもと佐藤先生は、イノセントに出し抜かれる自分は、糸雲より弱いと判定を受けて文句の言葉を言う。


「言ってくれるじゃねえのよォ!」

「バーテンダーは、サポート空想だ。実践には向かない。ツーマンセル推奨空想持ちは、デカい顔しない方が良い」

「正論ぱんち!? オレ、味方よ!? ノットエネミー!? オーケイっ?!」

「|I don't knowさあね


 ムキーッ! と佐藤先生は地団駄を踏み腹を立てる振りをする。


「ネー、イツマデ、マタセルノー?」


 イノセントはその場にちょこんと座り込んで、待っていた。


「ヘンシンシーントカ、マッテルテキノキモチ、カンガエタコトアル?」

「自分を敵だと認識してるのか」

「ダッテー、アイテガイルッテコトハ、アイテカラハ、アタシハテキッテコトデショウ?」

「喧嘩ってのは、同族でしか起こりえない。俺は別にお前らを同族、同等の存在だと思っていない。蜘蛛の糸に絡めとられた獲物でしかない」


 指を動かすと糸がイノセントを絞め上げる。

 蜘蛛を前に囚われた蝶々に過ぎないのだと奇妙な瞳を向ける。


「さて、その顔を見せてもらおうか。人の顔なのか、何もないのか」

「ヒドーイ! イジメルノハナシダヨー」


 硬質な糸に囚われたイノセントは何度逃げても、その都度捕らえられる。

 殺されるわけでもなくただ仮面を狙っていると気づき不機嫌な声色を向ける。


「俺、強いと自負してる奴ほど捻り潰して、泣いて許しを請わせたいんだ」

「ろくでなしじゃねえかァ」


 軽蔑の眼差しを向ける佐藤先生を無視して「早く帰りたいんだよ」と一言言って空想を発動した。

 無数の糸を自分の手足のように操りイノセントの首であろうローブを縛り上げた。

 緩いてるてる坊主がきつく絞め上げられ空中にぶら下がった。苦しさに悶える声を聞きながら、容赦なく頭部と胴体を切断した。ボトリと地面に落ちるイノセントは、「スゴーイ。オモシローイ」と喜ぶ声が仮面から聞こえると、糸雲は仮面に近づき踏みつけた。パキリと仮面が割れて、耳障りな声が消える。


「逃げられたか」


 イノセントは自分の身が危険だと判断したのか、それとも遊ぶことに飽きたのか。気配が無くなった。脱ぎ捨てられた黒いローブも霧のように消滅する。靴の底にあるはずの仮面もまた消滅してしまう。証拠を残さない。根拠を残さない。何も残らないのは、吸魂鬼も吸魂鬼狩りも同じだと糸雲は目を伏せる。


 状況が落ち着いてくると佐藤先生が糸雲を見て言う。


「サンキュー」

「……お前さ、俺がまだ浜波にいたからよかったものの、もし新幹線の中だったらどうするつもりだった」

「その時は、孤軍奮闘するぜェ!! だから、いてくれて感謝!」

「ドウイタシマシテ」 


 深夜回っているが、こうして連絡が来て救援要請は珍しくはない。学生たちのバケーションシーズンは特に吸魂鬼が活発化する傾向がある。人間の感情に左右される薄情な連中だと認識している。


「それによォ。吸魂鬼狩りが吸魂鬼と遭遇してすぐに現地離脱はあり得ねえだろォ?」

「たしかに一理ある。ところで、アレはなに?」

「わかんねえよォ。こっちが訊きてえぜ。噂に名高い仮面の吸魂鬼の一人ってことくらいしか情報がねえからな」


 それくらいしか知らないが、情報は共有しておいて損はないとスマホを傾けた。青白い光が人気のない路地で心許なくも照らしていた。

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