第71話 Who are me
「羽人君! 羽人君っ!!」
血相を変えて羽人を呼び続ける彼。全身から汗を吹き出して、羽人を呼び続けてる。激しく揺らされている羽人は、微動だにしない。肌身離さず持っていたはずのスマホは、石畳に落ちている。
「子羊、なにしてる?」
「っ……」
羽人の両腕にしがみつきながら俯いていた彼は、糸雲に呼ばれてハッと我に返ったように顔をあげた。その表情は、涙でぐちゃぐちゃだが、その目だけは糸雲を睨みつけていた。
「なに。また手放したのか?」
「shut up、パペッティア」
相手を不快にさせるのに長けている糸雲の性格を知っている佐藤先生は、言葉を止めさせようとするが、そんな事では、糸雲は止まるわけもない。
糸雲の眼下で泣きじゃくる若者には現実を突き付けるという性格の悪さを、多分に発揮する。
「お前がゾーンに居ようと居まいと、結局お前に関わった奴はそうなる運命か? 平和を謳う割には、誰も救えてない。いや、そもそも救うなんて、まるで正義のヒーロー気取りだ。やめろ」
「……っ。そんなのわかって」
「わかっていたら、バーテンダーみたいにゾーン内の警戒をしていたはずだ。こんな感情がひしめく巣窟で平和に過ごせると本気で思っていたわけでもない。お前は先輩の思惑もむなしく無下にした」
「じゃあ、どうしたら良かったんですか!! 助けを求めなければよかったんですか!! 羽人君が襲われるのを黙って見て、魂を奪われろって言うんですか!!」
「現実を見てみろよ。その羽人君とやらは、もう魂を吸われた後だ」
彼は糸雲に向かって訴えた。ゲートを開くことが出来ない彼では、救済を求めるしかない。だから、嫌でも嫌いな相手でも頼み込むしかなかったのだ。佐藤先生を見つけることが出来なかったから、糸雲に頼むしかなかった。
そして、その結果で言えば、羽人は間に合わなかった。彼がゲートを開くことは出来ない。その方法を教えられていない。もしも幽霊部員になっていなければ、ゲートを開く方法を教えられていたかもしれない。
多くの可能性は浮上する。それが現実逃避であると知っているが、そうしなければ立っていられない。
「僕がちゃんと羽人君を見ていれば、僕がちゃんとしていたら……っ僕が……」
「初めて会った時から、怒るか泣くかしかしない。お前もうさ、やめちゃえば? 谷嵜君があとはやってくれる。空想もうまく使いこなせてないから、羽人君を見つけることが出来なかった。いなくても誰も困らない。お前は、必要とされていない」
彼がいなくても誰も困らない。その事実は、常に感じていた。空想もまともに扱えないで吸血鬼部の人たちに迷惑をかけた。彼がいることで誰かが救われたなんてことは、一度だってなかった。ただ後ろで見ているだけ、苦しんで悲しんで、痛がって怯える。お荷物だった。お荷物でも構わないと言いながら、彼自身がお荷物を嫌っている。
「今回の場合は、羽人君の運が悪かったんだろうな」
「っ!? 運が、悪かった」
「そうだろう? 仕方ないことだ。割り切れよ。吸魂鬼が選んだ人間。未然に防ぐことは誰にも出来ない」
彼は衝動的に糸雲の服を掴み上げいた。震える身体、掴んだ手も震えていた。
敵わない相手に向かっているから震えているわけではない。激しい憤りを感じている。
「貴方は、自分の大切な人が襲われても運が悪かったって済ませるんですか! 仕方なかったって、割り切れって言われて平然としていられるんですか! 何も知らない人に好き放題言われることがどれだけ腹立たしいことか。僕の気持ちなんて貴方には関係ないでしょうけど、僕は人の心を失くしたりしない。貴方みたいに、無神経に他人の心を逆撫でようなことはしたくない」
見かねた佐藤先生は、彼の肩に手を置いて、落ち着かせる。
「言いすぎだ。まだ他人だろォ。奪われた側同士で抗争はナンセンス」
「はいはい。それじゃあ、空気が読めない操り師は撤退する。残りの休暇を満喫したい」
糸雲は「それじゃあ、また会おうぜ。泣き虫な子羊君」とひらりと手を振って鳥居を抜けて未だに鳴り響いている花火に背を向けて立ち去る。
彼はやるせない気持ちの中、その場で座り込んでしまった。佐藤先生が戸惑う最中、彼は少し視線をあげると虚ろな瞳の羽人がいる。鳥居の柱にもたれて力なく座る羽人に何も言えなかった。
「病院に連れていくぜェ。事情説明すりゃあ預かってくれるはずだからなァ。悪いが、剣道たちにお前から、怪奇事件の被害者になっちまったって言っておいてくれ」
「……っ。わかりました」
まだ言いたいことはあった。けれど、今の彼にはその元気すらなかった。
糸雲に言われたことも事実だ。誰も救えない状態でどれだけ言葉を連ねても響かない。力がない状態じゃあ何もできないのだ。
数分前に、羽人の捜索を佐藤先生たちに任せた。
現実に留まった彼は剣道たちを集めた。花火を見ようと建前を並べて、みんなを集合させる。剣道が花火大会の穴場を知っていると案内をしてくれて、羽人の姿が見えないと尋ねられて「佐藤先生が探してくれてる」とやり過ごして暫く佐藤先生からチェインメッセージが来た。
鳥居の前に駆ければ、羽人と佐藤先生がいた。スマホを握らない、会話の意思を見せることのない廃人となった羽人ロクの姿があったのだ。
まさか羽人が襲われるとは思われなかった。まさか羽人が吸魂されるとは思わなかった。全て予想していなかった。きっと大丈夫だと常に思っていたのだ。
険しい獣道。剣道が教えてくれた花火大会を見る穴場。
舗装されていない山道、草木が腕を傷つけるほど生い茂った道。草木が風で揺れて不気味に感じるが、男の子ならば好奇心に駆られるところでもあった。
少しの冒険心が、秘密基地を見つけるように素敵な空間に案内してくれる。
かつては使われていたであろう休憩スペースに、ぽつんと置かれた錆びたベンチ。落下防止を意図して設置されているボロボロの木の柵は、その役割を全う出来ていない。
「おかえり~」
「なんやロクさん、一緒やあらへんの?」
ベンチに座っていたのが鬼久保、大楽。立ったまま花火を見上げる剣道、真嶋、小穴、蛇ヶ原。
大楽と蛇ヶ原が彼に気づくと手を上げて迎える。羽人はどうしたのか尋ねて来るのを彼は唇を噛みしめながら必死に頭の中を整理させるが、思うように言葉がまとまらなかった。何を言えば正解なのか。どう言えばしっかり伝わるのか。
「実は、羽人君」
喉につっかえる感覚も、これで何度目か。
(僕、何も変わってない)
「ナナ? ドウカシタ?」
鬼久保がベンチから立ち上がり近づいてくる。
いま、近くに来られたら泣いていることがバレてしまう。情けないところを見せてしまう。ちゃんと言わなければと佐藤先生に言われた言葉を必死に吐き出そうとするが出てこない。
鬼久保が近づき「ナナ?」と手を伸ばせば触れらる距離まで来た。
「うぅっ……ごめん」
「?」
鼻水が垂れないようにずびっと鼻をすする。じわりとまた涙が滲んで、枯れることを知らない。緊張でガクガクと震える足では立っていられなくなり蹲ると鬼久保は驚いて彼に触れて背中をさする。
「ダイジョウブ? タイチョウワルイ?」
てんやわんやする鬼久保に申し訳なさを覚えるが、彼の心はそれどころではなかった。
「ナナ? どうしたよ!?」
剣道が異常に気付き彼に駆け寄る。剣道の声で他の人も何事かと彼を心配する。
(羽人君だって、花火。楽しみにしてたのに……僕が、僕がちゃんと吸魂鬼に気づいていたら、もっと早く手を伸ばせていたら……僕が)
「ごめんなさいっ」
謝る事しかできなかった。無力さに苛まれる続ける。花火の音が彼の泣き言を掻き消す。もっと大きな声で自分の落ち度を、過ちを告げなければと思って途切れた声しか出てこなかった。
「羽人君が、怪奇事件に、巻き込まれて……いま、っ。佐藤先生が病院に連れて行ってくれてる」
嗚咽が混じりながらも告げた。
「怪奇事件」
大楽の呟きに、剣道と鬼久保は察する事が出来た。正体不明の事件。原因が判明していない怪病。
廃人となってまともに会話も出来ない状態で、最悪本人の自覚なしに投身してしまうケースが多い。目的なく徘徊する。病気と断言できない。隔離しておかなければふらりとどこかに消えて、事故に遭って死んでしまうこともある。
まるで歩く屍。痛覚がないとばかりにその身体が限界を迎えるまで動き続けて、最後には凄惨な死が待っている。
世間では、都市伝説のように曖昧に伝えられている。誰もゾーンのことも、吸魂鬼のことも知らない。知られてはいけない。
「僕が一緒にいながら……羽人君を危険に晒して……ごめん、ごめんなさい……」
「んなことねえだろ! ナナのどこに落ち度があるんだよ!」
剣道が叫んだ。
「原因がわからないって言ってんのに、ナナだけでどうにかできるわけないだろ! ナナだってそうなってたかもしれないんだろ? ロクの奴、まだ生きてるんだろ? ふらふらしてるだけで、無事なんだろ!」
彼の腕を掴んで必死に揺さぶる。正気になれと言いたげに、夕日のような赤い瞳が彼を映す。
「まだ生きてるんだろ?」
「……でも」
「でもも、カットも、しかともなし! サト先にどこの病院行ったとか聞いてる? 見舞いに行こうぜ! みんなで会いに行けば、ロクだって元気になるかもじゃん!」
怪異事件に遭遇してしまった被害者との面会は取材などは断られていると聞いたことがある。警察機関が報道規制を張っている。報道の自由を侵害していると訴えられていたが、そう糾弾した者たちが次々と表から消えたと都市伝説だ。
ただの友人関係が羽人に会えるかはわからないが佐藤先生に訊いて会えるのならば会いに行こうと剣道は言う。
「前向きやなぁ、一矢さん」
「そうでもしないと辛気臭い、お通夜になるからでしょー」
ベンチで二人の様子を見ていた蛇ヶ原と大楽が言うと真嶋が近づいてくる。
「怪奇事件って俺よく知らねえんだけど、どう言うの?」
「テレビ見いひんの?」
「テレビなんて見るより女の子でしょ!」
「その調子なら、三つの谷駅のことも知らなそー」
「いや、さすがにそれは知ってるし。あれだろ。集団自殺の」
吸魂鬼絡みで死んでしまった怪奇事件被害者は、みな集団自殺と片付けられている。集団で殺し合いをしているなんてありもしない情報が出回っている。怪事件、奇病。目撃者はなく、殺し合っているなんて死に方をしていないと一目瞭然だが、科学で証明できないことを公表する事もできないと集団自殺と告げられた。
親族は口を揃えて「そんな事をするような子ではありません!」「あの人が、人を殺すなんて」「今朝まで普通に見送っていたのに」と人柄を知っているからこそあり得ないと言われる。死人に口なしとはよく言ったものだ。
そして、知っている者は、語る事も出来ない。
(……痛い)
嘘を言っているわけではないのに、痛みを感じる。怪奇事件であることは間違いない。吸魂鬼の正体なんて誰にもわからない。捕らえるなんてできず解剖も出来ない。
花火の音が彼の気持ちすら掻き消すようだった。




