第70話 Who are me
「ただの休暇に、給料ゼロの残業とは、運がないな俺」
祭囃子が遠く聞こえる。人の賑わう喧噪。何人もの人が花火の時間が近づき足を動かす。
灰色の世界で愚痴をもらす糸雲に佐藤先生は気にせずにサイコロを石畳の床に抛った。だが思うような出目ではなかったようで「hmm……」と考える素振りをする。
「空想がうまく作用していない」
糸雲は佐藤先生のサイコロを見ながら言う。出目がよくなければ、佐藤先生の空想は作用しない。罰は受けないが、効果も得られない。灰色の人混みの中でたった一人を見つけるのは至難の業だ。
「スマホ」
「スマホ?」
「連れていかれた生徒は、口が利けねえんだよ。だから、いつも合成音声で会話してる」
羽人の特徴を糸雲に伝える。
「ふぅん。喋れない。笑い声。泣き声。怒鳴り声。最悪、誰かに助けを呼ぶことも出来ない」
「おぉっと、勘違いすんなよォ。テンポが遅れても他人との対話は完璧だぜェ! なんてったってうちの生徒なんだからなァ!」
「でも、声帯を失えば、それはただの肉の塊。吸魂鬼に取っては声があろうとなかろうと魂があれば問題じゃない」
糸雲は、すり抜ける通行人の声を聴きながら「つまらない話」と舌を出す。
恋人の心の奥底に眠る本心が浮き彫りになる醜い本音。明日には別れる。明日には本当の気持ちを。互いにへりくだって本音など存在しない。希釈を続ければ、姿かたちなど無くなってしまうのだ。
「それで? スマホで話すとわかっているのなら電話でもしたらいい。肌身離さず持ってるなら居場所の特定は出来る」
「生憎俺はそいつの担任じゃねえんだよォ。だから、連絡先も知らねえってな!」
口が利けずとも着信音が少しでも聞こえて来るだろう。吸魂鬼に襲われている最中、呑気に通話に出られるとは思えない。もっとも彼のように何かしらの耐性が付いてしまえば、通話も容易に出られてしまうかもしれないが、話を聞く限り、少なくとも彼の様子から鑑みてもゾーンに関わっているようには見えない。
もっとも彼から得られる要素だけを見ても意味がない。彼はなんでもかんでも過剰に反応するのだ。殺し合いを喧嘩と言うが、危険を理解している。ゾーンのことをよく理解している。一歩踏み込むことがどれだけ危険を極めるか知っているが、仮に吸魂鬼狩りがゾーンに取り込まれても今のように半狂乱になっているのも想像に難くない。
「なら、なんで一緒にいる。ガッコウのイベントじゃないのか」
「完全にオフ! サマーバケーション!」
「はあ……ダメだこりゃあ」
糸雲は奇妙な瞳孔を巡らせる。羽人がどう言う見た目をしているかなど知らなくても見つけ出せる。この灰色の空間で、色を持つ者を見つけ出せばいいのだから。
しかし、失踪者と思しきそれっぽい人影を探すが見えない。倒れてくれさえしたら、すぐにでも回収して現実に連れて帰るが、見つからないとなれば、別の方法を試すしかない。
「パペッティア、お前とオレに失せ者の目を付与するぜェ」
佐藤先生は「奇数は優、偶数は劣。リワードは、一時の真実の瞳」と告げてサイコロが抛り出される。赤い点と三つの点が二列に並ぶ。「1」と「6」合計「7」だ。
奇数であり佐藤先生と糸雲の目を付与される。サイコロが紫色に光り糸雲の瞳に宿る。愛用しているサングラスを外して、灰色の人々を追う。その隙間を縫うように紫色の線が伸びた。
「ほんと、誰も彼もが綺麗に着飾って友だち、恋人、家族と夏祭りの末に花火大会。……だって言うのに俺は、バーテンダーと二人きりで人探しとは、もぐりは辛いね」
「吸魂鬼はお前にやるから、今は失踪者を見つけてくれねえかなァ」
愚痴を言う糸雲は肩を竦めて空想の糸を追う。
色鮮やかな浴衣もゾーンでは意味がない。綺麗な髪飾りも灰色で、形だけが凝っているだけで、つまらないとうんざりする。現実世界で、どれだけ着飾っても、この空間ではまったくもって意味がない。
飽きてしまったのだ。現実世界で生きる事に飽きてしまった糸雲の指先に垂れる硬質な糸が近くの木に巻き付き身体を持ち上げる。人混みを縫う追跡の糸が見づらく高いところに来る。
「特徴は?」
「えーっとォ。白髪に灰色の目」
「……はぁああ」
糸雲は何度目かの深いため息を吐いた後、佐藤先生を見て言う。
「わかるわけないだろ!!」
「What!?」
突然の糾弾に何事!? と驚愕する佐藤先生に糸雲は「ゾーンとまんま色被っている人を探せと!?」と訴えると「あっ!?」と今更思い出したように声を上げた。
羽人をよく見れば、確かにこの空間に溶け込めてしまうほどに色がない。同系色で見つけるのなんて至難の業。挙句の果てに、祭りを楽しむ人たちの波の中で倒れでもしていたら幾ら佐藤先生の空想があっても誤って踏みつけてしまうのではないか。
佐藤先生がこんなにも計画性がないとは思わなかった糸雲は、下手な安請け合いなどしなければよかったと後悔した。
佐藤先生が地上を駆けて紫色の糸が辿る。断腸の思いで感情ひしめく人の波に糸雲は飛び込んだ。
暫くして社の前で糸雲はそれっぽい人物を見つけた。情報通り白い髪が石畳の床に広げて倒れている。一旦、人込みの波から脱するために抱き上げて人気のない林に運び、佐藤先生に呼びかけて合流する。
五体満足のところを見ると通行料は、肉体的なものではない。精神的なもの、もしくは別の何かが奪われたことになる。
意識があればまた違った見解を得られたが、吸魂鬼狩りの都合など被害者と吸魂鬼には関係ない。
「一旦戻るか」
「吸魂鬼を始末するのが先。俺に譲ってくれるんだろ?」
「それはそっちでやってくれよォ」
羽人を連れて現実に戻るためにゲートを開こうとした刹那、佐藤先生の左手が燃えた。
「熱っ!?」
「出た出た。待ってたよ」
糸雲は、硬質な操り糸を伸ばして、佐藤先生を攻撃した相手を捕らえる。燃やした犯人なの明白だ。この空間で発火の芸当が出来るのは、空想持つ吸魂鬼狩りか、吸魂鬼だけ。
ギシギシと硬質の糸が音を立てる。拘束するのは、甚平姿の吸魂鬼。頭部が赤い提灯で出来ており、「いぎぃ」「イギィ」と唸り声を上げている。
赤い提灯の吸魂鬼を捕らえたと思えば、他の方向からも耳触りな声が聞こえてきた。
人気のない林の中、祭囃子が遠くに聞こえる中、赤い光が浮遊する。
花火大会の時間が迫っているのか浴衣の人々が手を取り合い、穴場を探している。
花火見たさに屋台を放置しようとする店番の若者もいたが誰も佐藤先生と糸雲に気づかない。
火傷で痛む左手を庇いながら羽人を引き寄せた。その様子に「それ、邪魔だな」と呟いた糸雲は、一つの提案をする。
「バーテンダー、コレ俺にくれるんだろ。それって完璧なまでに規定に準じているだろ?」
佐藤先生の目的は羽人の保護のため、果たされた。吸魂鬼の相手をしていられない。ならば、本職の吸魂鬼狩りに任せた方が下手な騒動もなく終えると「任せたァ!」と羽人を連れて再びゲートを開いて飛び込んだ。一瞬の隙すら相手に狙われて命はない。現実に戻れば一先ずは追って来ないはずだ。仮に追ってきても、その時は強引に空想を使う。
「休暇に残業。最高だね」
頭上には身体のない赤い提灯が浮いている。二体、三体ではない。十体二十体と果てしない。
仲間意識が強い吸魂鬼にとって、集団で行動するのは珍しいことではない。糸雲は硬質な糸を操り、拘束した吸魂鬼を人質のように掴み上げて口角を釣り上げた。
その首に回る糸が、糸雲が指先を動かすだけで飛ぶと示唆する。
「イギギ……ッギギ」
「もっとだ。もっと仲間を呼べ。時間は無限にある。存分に楽しませてくれ……ッ!?」
直後、拘束していた赤い提灯の吸魂鬼が発火した。糸雲を焼き払おうとする火力。吸魂鬼を地面に放り出す。服に引火した炎を叩いて消火していると好機と考えた浮遊する提灯の吸魂鬼たちが炎の塊を飛ばしてきた。
「笑止」
四方から飛ぶ火球がスッパリと横に切り落とされる。地面に火花を散らして消火する。糸雲の周囲を覆うように、硬質な糸が常に張り巡らされていた。
「俺の時間を奪っておいて、俺の魂まで奪おうって? いい度胸してる。いいよ。遊んでやろう」
短い雑草が生える地面。ただのスニーカーが土を抉る。糸雲が動く度に風が切れる。
人差し指で相手の生死を支配する。優越感と高揚感。ゾーンにいることを実感する。
「ギギャア!!」
「ギギャギャ!!」
「ビシャー!!」
(浜波の吸魂鬼は、まだ成長しきってない代わりに集団行動タイプか。質より量を優先した結果……けど、生憎と量で圧倒されることはない)
硬質な糸が浮遊する提灯の吸魂鬼の一体を拘束して、流れるように他の個体にぶつけると互いに灯っていた炎が引火する。糸雲がしたように引火した部位を叩くがより一層燃え広がる。火だるまの吸魂鬼を捕らえて振り回す。浮遊する提灯に火花が飛び連鎖的に燃え広がる。
「あー、大丈夫だ。ゾーン内じゃあ火事は起こらない。だから好きなだけ燃え広がってくれ。どうせ、互いに存在しない想像だ」
木々に身体を叩きつける個体まで出て来る。痛覚などないはずの吸魂鬼が痛みを感じているふりをする。そんな事をする必要なんてない。まるで人間の真似事で糸雲は辟易しながら煌々と燃え広がる炎をただ眺めた。花火大会よりもよっぽど愉しいと口角を釣り上げる。
一体、一体、また一体と数が燃えて消失する中、残りの個体が燃えるのを待つ前に風刃によって炎は鎮火、吸魂鬼は八つ裂きにされ消滅していく。
「お?」
その現象に眉を上げる。誰かの介入があった。吸魂鬼を助けたわけではないだろう。それが誰の物なのか、何が目的なのか理解している。
吸魂鬼が完全に消滅するのを見届けたあと、青いラインの入った白いローブ姿の三人組が現れた。誰もがローブを目深く被る所為で顔は見えない。素性など明かす気が無いと一目でわかる。怪しい集団。その姿は、宗教団体のようだと糸雲は口に出すことなく、ポケットに手を入れたまま「来るの、遅いんじゃないか?」と挑発気味に言う。
「パペッティア。此処は貴様の管轄ではないはずだ」
「吸魂鬼討伐規定において違反している」
「ただちに吸魂鬼狩りを中断し出頭せよ」
「人助けして、見返りが裁判とは。何様だ」
蜘蛛の巣を模した瞳孔が細められる。相手の言い分が余りにも理不尽だと誰でもわかることだ。三人組は、漫才師かのように順番に話すため、笑ってしまいそうなのを堪える。
その者たちは、ゾーンを支配するハウスの一派。浜波に拠点を構えるサブハウスなのだろう。顔が見えない為、糸雲からは三人の正体が誰なのかはわからない。しかし、相手はしっかりと糸雲を知っている。つまり、声を大にして言うほど遠くにいる者たちでもないのだろうと予想する。
「確か規定では、目の前で民間人が失踪したら即刻救出するのが定例じゃなかったか? 俺の勘違い、把握違いか? それとも、理不尽なマイルールでも発動してるわけ?」
「貴様の目の前で失踪者は出ていない」
「よって、貴様はただ徒にゾーンに侵入し、管理地区外の吸魂鬼に危害を及ぼした」
「人間と吸魂鬼の均衡を覆す危険性があると判断」
「……見てたのか。なら、助けてあげても良かっただろ? 憐れな子羊を」
彼の目の前で羽人が吸魂鬼に連れていかれたのを、見ていた。だが見ていただけで救出をする素振りは一切ない。
佐藤先生も糸雲も、彼に「頼まれた」だけとなれば、話は変わって来ると屁理屈を言う。視ていない。失踪者が出ていないとなれば、ゾーンに入る理由もない。
だからこそ、ハウスの管轄内で暴れる野良の吸魂鬼狩りを許さない。適当なことを言って野良を消し去ろうとする魂胆だと手に取るようにわかる。
「それとも、由緒正しいハウス様は、別の目論見でもおありで?」
「貴様の知るところではない」
「もぐりは、残飯を漁る薄汚い存在だ」
「本来なら、此処で即刻処罰もあり得る」
「けっ! どうせ、薄汚いもぐりだ。有難い慈悲を甘んじて受け入れて、これからも粛々と生きていかせていきます。なんてったって、時間は腐るほどある」
冗談のように深々を頭を下げて、道化師の様にお辞儀をした後、踵を返してゲートを開く。
「あー、そうそう。出頭はしない」
ゲートは静かに音もなく消滅した。
ハウスで裁判があろうと非公式組織には関係ない。自己責任であり、誰かの縄張りを荒らしても知ったことではない。筥宮に荒らしが来ても、文句を言わない。ただ均衡を乱すのなら、容赦しないだけである。
糸雲がゲートを抜けて、現実に戻って来ると視界が僅かに明るくなった。顔をあげると色鮮やかな花が咲いていた。咲いては、三秒で枯れて、また新しい花を咲かせている。耳に響く、身体に響く音。
『骨牌。また夏が終わっちゃうね』
『時間は有限だって、誰かが言ってた』
『そっか。なら、大事にしないとね』
『どうやって?』
『んー、今日も一日ありがとうございますって?』
糸雲は自嘲しながら足を前に突き出した時だった。「羽人君」と呼ぶ彼の声が聞こえてそちらを見ると鳥居の脇で羽人の肩を揺する彼の姿があった。その傍には佐藤先生が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。




