第7話 Who are me
「ハズレ!」
パチパチとつぶらな瞳が瞬きして、前足を持ち上げて再びしゃべった。
「ト言ッテモ、日本人ニハ、馴染ミガナイ! ボクハ、カモノハシ! 三ツノ谷高校ノ校長ダヨ! チナミニ、ビーバーハ、齧歯目ビーバー科ビーバー属。カモノハシハ、カモノハシ科カモノハシ属デ、マッタクノ別物ダヨ!」
「カモノ校長。突然の登場に感謝感激で元気! でも、なんでいるの?」
新形は、先ほど部室に来た時はいなかったのに、戻ってきたら現れていることを疑問に思い素直に口にする。カモノハシと呼ばれた奇妙な生物に彼は開いた口が塞がらない。
「カモノハシって本来、日本じゃあ飼育禁止になってるし、見ることはほとんどない。確かオーストラリアとかにいるんだっけ」
「な、なんで飼育禁止の動物が此処に!?」
「ボクハ、レッキトシタ教育者ダヨ! 三ツノ谷高校ノ校長ヲシテテ、キミノコトモ把握シテイルトモ!」
カモノ校長は、彼の前にペタペタと二足歩行をしてやって来る。カモノハシって二足歩行できるタイプの動物なのかと抱く疑問が斜め上にいき、まともな言葉が出てこない。
(カモノハシってなに? ビーバーじゃない。カモノハシ属ってなに? なんで動物がしゃべってるの? マスコット?)
以前、連れて来られた時はいなかったカモノハシと自称する動物。彼はもう何が何だかと頭の中が混乱している。
「イイネ! 混乱シテルネ!」
「校長、楽しまないでくださいよ。今日は何をしに来たんですか~?」
「ア、ソウダッタネ。今日来キタノハ、キミニ会イニ来タキンダヨ。新入生クン」
「え、僕?」
彼はきょとんとした顔をする。カモノ校長は、ソファに戻りぴょんっと座りなおす。可愛らしく前足を前にやり、子供がお利口に座っているように見えてしまう。
実際に、目の前の生物が小さな子供なら微笑ましいが、それが見たこともない生物カモノハシだというなら、彼にとって反応に困る。挙句の果てには、校長だと言うのだから、リアクションはこれであっているのか。
「谷嵜クンカラ、オオヨソノ事情ハ聴イテルヨ。吸魂鬼ニ名前ヲ奪ワレテシマッタンダヨネ?」
「は、はい! そうです」
まともに会話出来ているのなら、もしかするとロボットの類なのかもしれないと彼は気にする事を放棄した。動物と話が出来るという体験に好奇心が疼くというものだ。毛なのか羽なのかもわからない、そのふわふわな身体に触ってみたい。その水掻きは本物なのか。嘴でどうやって餌を食べているのか。
動物に詳しいわけじゃないし、別段動物が好きなわけでもないが、カモノハシと言う存在を今初めて知った彼でも、猫や犬が近くにいたら触れてみたいという好奇心がカモノ校長に向いている。
「僕、通行料を返してほしくて、吸血鬼部に入部しました。……でいいのかな?」
まだ入部した実感がないため、曖昧な返答になってしまうと新形が「いいに決まってるでしょう?」と何を当たり前なことを言った風にこちらを見ている。
「後輩君は、谷嵜先生が許可したんだから、うちの部員だよ。暁が認めないって言っても、顧問が認めたんだからそれでいいのっ! ね? 校長」
「ウン。キミハ良イ子ダッテ、聴イテイルカラ。ナニモ問題ナイヨ!」
「あの、それで……通行料って返してもらえるんですか?」
カモノ校長は俯き首を横に振った。その表情は申し訳なさそうなもので、言葉を聴かなくてもすぐには無理だと推測できた。
「ソレハ、マダワカラナインダヨ。ワカッテイナイ。ダケド、此処ニイル。コノ部活ニ参加シテイル生徒タチニハ、必ズ通行料ヲ返シタイト思ッテル」
「思ッテイルダケデ現実ニハ、デキテイナイ」としょぼんとする。頭部の丸みが俯く所為で、無駄に愛らしさを感じてしまう。この動物は、相手への魅せ方をわかっているようだ。
わかっていて、初対面の警戒心を簡単に砕く。彼もその術中に嵌った。
「ボクハ、キミノ意思ヲ訊キニ来タンダ」
「意思?」
「ウン。キミハ、巻キ込マレテシマッタ被害者ダ。ダカラ、無理ニゾーン入リシナクテモイイ。コノ部活ニ、形ダケ入ッテ、谷嵜クンヤ新形クン、暁クン、他ノ部員タチニ任セテ、キミハ今ノ状況ヲ出来ルダケ、過ゴシヤスクスルコトニ専念ッテ方法モアル」
谷嵜先生に言われていたことを再び尋ねられる。名前が言えない呼ばれないと不便に思い。誰かに思いの丈を打ち明ける。そうして、吸血鬼部の誰かが解決策を見出すのを待っていることもまた個人としては賢い選択だろう。しかし、話を聞く限りでは、みな一様に危ないことをしていると直感する。
吸血鬼部に入部すると言うことは、少なからずゾーンに関わっていくことになる。ゾーンの調査をして、被害者を減らすように吸魂鬼と対峙する。
吸魂鬼をまだはっきりとは認識できていない現段階では、決めかねてしまうが、かといって直接ゾーン内に向かい。吸魂鬼を見つけ出すなんて危険な行為だ。
名前だけを取られただけ、まだ被害は小さい方だと言える。
幽霊部員になることでその危険が極限まで削られるなら、それに越したことはない。危険じゃないまま通行料が返してもらえるなら。
ここが人生の分かれ道かのようにカモノ校長は彼を見つめる。
新形も口出しせずに彼の選択を静かに待っていた。
「出来もしないことって怒られるかもしれないんですが、僕……吸魂鬼と喧嘩はしたくないんです。痛いのは嫌だし、怖い。話し合いで解決しないって雰囲気でわかります。多分、僕が思っている以上に事は深刻で、能天気に構えている余裕も本来はないんだって思う。でも、もしも、ほんの少しだけ吸魂鬼に良心があったら、僕は許してしまう気がする。名前を取られてるのに、バカだって怒られるとわかってる。これから先、僕は誰かの足手まといで、迷惑ばかりかけてしまうって嫌でもわかる」
でも。と彼は拳を握る。
「知りたいと思うのも本心なんです。どうして僕が吸魂鬼に魂を取られなかったのか。どうして僕だけが生き残ったのか。ただ気まぐれに満腹だから僕を食べなかったのかもしれない。僕が特別なんてこと絶対にない。劇的なこともないし、その、ゾーンに入って死んじゃう……かもしれないって何となくわかる。谷嵜先生にも言われた。待っていることはできるって……でも、僕、不謹慎だけど、少しわくわくしてるって言うか」
「思春期ニヨクアル。興奮ッテヤツダネ」
それを否定したり、咎めたりはしない。
「一度決メタコトハ最後マデヤリ切ル義務ガ生ジル。ソレデモ、キミハ、コノ部活ノ一員トシテ活動シテイケル?」
「……っ。はい!」
彼は力強く頷いた。少しの躊躇も見えたが、若気の至りで後悔するかもしれない。
(ウン。谷嵜クンノ言ッテイタ通リノ良イ生徒ダネ)
「新形クン。仲良クスルンダヨ。生徒会長トシテモ教エテアゲルコトハ多イヨ」
「任せてくださいよ! だ、か、ら私の功績をちゃんと先生に伝えてくださいね! 先生にできる子だって見直してもらえれば「十虎。お前の事、勘違いしてた。ただ鬱陶しいだけじゃないんだな。好きだよ。結婚しよ」って……きゃー!! 谷嵜先生!! そんな積極的にならなくていいんですよ!?」
「ソレジャア、ボクハソロソロ仕事ニ戻ルトスルヨ。入部オメデトウ! ジョン・ドゥ」
妄想に浸る新形を華麗にスルーするカモノ校長はソファから降りて、可愛らしい足が床を叩きながら部室を出ていってしまう。入れ違いに暁が入って来ると妄想に悶える新形を見て顔を顰める。
「……なにしたんですか」
新形の奇行に怪訝な顔をしながら彼に尋ねる暁に、彼は必死に手振り身振りで「なにもしてない!」と弁解するが、彼の背後で未だ「谷嵜先生!」と喜びの声を上げる美女。
「はあ……新形さん、先ほど先生に会いましたよ」
「! なんて言ってた! 式場の予約!?」
「ゾーンの調査を開始するようにと……それと、とても、とても遺憾ではありますが、彼の意思を聞いたのち同行させるようにらしいです」
「ゾーン内で式を挙げるの? まあそれでもいいけどね」
(なんだろう、噛み合ってないけど良いのかな)
二人の成り立っていない会話は、きっと彼がいようといまいといつも通りのことなのだろう。
「それで? どうなんですか?」
「ん? うん、OK」
「そうですか。なら行きますよ」
「ゲートを開きます」と不機嫌な声色で言えば、青白い楕円が出現する。彼を現実に戻した時と同じものが現れる。ゾーンの入り口であり出口。
「調査の場所は、駅前です。調査目的は、貴方のようにまだ生きている人がいるかもしれないと谷嵜先生の見解です」
駅前は、事故で長期にわたって遅延と混乱が生じた。
警察も詳しいことは一切わかっていない為、調査は難航。未解決事件として処理されて終わってしまう。だからと言って吸魂鬼と言う生物が悪さをしていると警察に伝えたとしても頭がどうかしてる。気が狂っていると思われて相手にしてもらえない。
その為、ゾーン内にまだ彼のような生き残りがいたとしても調査出来るのは、ゾーン内に侵入出来る吸血鬼部だけ。
「ゾーンを通して入手した情報は、校長を通して決められた組織に送られます」
「じゃあそう言う人たちに全部任せておけばいいんじゃ……」
未成年がわざわざ危険を冒す必要性はないだろう。吸血鬼部以外にも被害者がいるのならばそれこそ自分たちの努力など塵程度で糧になる要素は少ない。
今回の事件もその組織に任せて、自分たちは大人しくするのが吉なのではないかと言えば「無駄だよ」と新形が言う。どうやら妄想が落ち着いたようだ。
「相手だって暇じゃない。わざわざ通行料を返してもらうために活動するほど、慈善家じゃない」
「俺たちは上司の命令を聞いて、実行する。いち駒なんですよ。規定に従い、上司の命令を聞く。言われていることを実行したら間違いなんてないんですから」
「うわぁ、それ社畜根性逞しいね~。私は愛にしか応えないけど」
暁は新形の言葉に不機嫌なままゲートを指さした。何を意図しているのか理解したようで、新形は肩を竦めて「お先に~」とゲートを通過する。
「ほら、貴方が先です」と新形の次に彼が行くように指示する。彼はゴクリと唾を飲み込んだ。
彼の名前を奪った吸魂鬼が出現する場所。恐れが強いが何をするにしても、進まなければならない。此処で怯えていたら何も進まないと意を決して足を前に突き出した。
身体の表面を撫でられる感触。痛みはないのに条件反射で目を瞑った。
先ほどカモノ校長に覚悟を決めろと決意を見せたというのに、怖気づいてしまう。
「いつまで目を閉じているつもりですか」
暁の呆れ声に恐々と目を開く。するとそこは色のない世界だった。
彼は「え」と声が漏れる。それは色がないだけではなく、景色が一変していたからだ。吸血鬼部の部室にいたはずがゲートを越えた先では見たことのある景色が色を失っていた。
雑踏が響く。音が混ざり合い不協和音を奏でる日常のその場所。誰も気にしないオーケストラ。一つの音が存在しない。ぐちゃぐちゃの絵具のように複数が一つと化す不気味な空間。
(僕、さっきまで学校にいたのに)
彼はいま、色を失った三つの谷駅に立っていた。




