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第69話 Who are me

 浜波神社の夏祭り。浜波神社は海を臨めて、祭り開催日と同じ日に花火大会が行われる。浜波の花火大会は、花火が海に反射して二重に美しいと有名だ。

 花火打ち上げの時間まで各々浜波神社で好きに行動していた。


 蒸し暑さを耐える為にうちわで扇いで、屋台に並ぶ品を眺める。剣道は蛇ヶ原と大楽を連れて競争できそうなものを徹底的に網羅しようとしていた。蛇ヶ原はその場のノリで便乗したが、大楽は「やだぁー」と引きずられていくのを見届けた。

 鬼久保は、真嶋と小穴がナンパしないか気が気じゃないと佐藤先生と見張るために四人で回ると言っていた。そうして、残ったのは、いつもの二人だ。


『どこみる? 食べる? やる?』


 ワクワクと高揚を隠さない雰囲気で羽人は彼を見る。羽人と共に花火の時間まで屋台を見て回る。鳥居を潜り、左右に並ぶ屋台。浴衣や甚平姿の老若男女。祭り特有の音楽がどこからともなくと聞こえて来る。 

 道すがら射的で景品を大量確保している剣道と大楽がいた。その傍らで柱にもたれた蛇ヶ原は冷やしキュウリを銜えている。その斜め向かいでは、金魚すくいをやっている真嶋と小穴がいた。


「僕もキュウリ食べたいかも」

『あっちかな』


 蛇ヶ原が食べているところを見ると食べたくなる。確か向こうに、と羽人は彼の少し先を歩いた。その直前、灰色の境を見た。


「羽人君っ!!」


 咄嗟の事だった。羽人を掴もうとしたが届かなかった。

 羽人は忽然と姿を消した。こんなに多くの人がいる中で羽人だけがいなくなった。

 こんなに人の目があるのに、誰も見ていなかった。彼しか見ていなかったのだ。

 彼の叫びに似た呼び声が祭りを楽しむ人々の声にかき消された。


「っ……! 佐藤先生」


 彼は、周囲を視る。鬼久保と一緒にいるであろうその人を探す。だが、どこにもいない。金魚すくいを未だにやっている真嶋と小穴、その脇でフランクフルトを口にして「ソレ、ドウスルワケ」と突っ込みを入れている鬼久保に向かう。


「鬼久保君! 佐藤先生ってどこ?」

「? アツイカラ、ノミモノ、カッテクルッテ」


 指を差した方向には、ジューススタンドがあるが、「アレ?」とそこに佐藤先生がいないことに気づきどこに行ったのか分からないと申し訳ない表情をさせた。彼は急いでゲートを開ける佐藤先生を探しに神社を走った。広々とした神社の中でたった一人を見つける。


 暑さと焦燥で浮かぶ嫌な汗が首筋に伝う。


 ゾーンに羽人が取り込まれてしまった。急がなければ、羽人が廃人になってしまう。人がごった返す中、彼は人の波に抗いながら佐藤先生を探す。下駄の音、スニーカーの音、屋台に設置されている扇風機の音、手拍子、笑う声、話し声。どれもいつもならば、心地よくすら感じてしまうのに、今は鬱陶しく消えてほしいと思えてしまうほどに彼は焦燥感に苛まれる。


「……ッ」


 ゾーンに入る事が出来れば、羽人を連れ戻してすぐに戻ればいい。

 ゾーンさえ、自分自身が幽霊部員でなければと彼は自分を呪った。


(ゲートさえ開けば助けられるのに)


 もどかしさを紛らわすように佐藤先生を探しているとドンッと誰かにぶつかった。前を見ていなかった所為で誰かもわからない。彼は謝罪が遅れて立ち上がろうとしたとき、頭上から声が降ってきた。


「っと……前、見ないと危ない。大丈夫か。怪我ないか?」

「す、すいませ……ッ?!」


 彼は息をのんだ。その人を知っていた。普通じゃない人間。

 その人は、どこか楽し気にこちらを見ている。彼を彼だと認識してその言葉を投げかけたのだと知る。


 普通をしていない瞳孔。普通に飽きた人間。首筋に覗く刺青。

 彼の脳裏に浮かぶ最悪が目の前にいた。


「糸雲骨牌ッ」

「随分と馴れ馴れしいな。俺とお前ってそんな親しい間柄だったのか? そうじゃないだろ? 俺たちは嫌い合う仲だった。互いを貶し合い侮辱する仲だ。それと、目上の人間には敬意を払えって谷嵜君に教わらなかったみたいだな?」


 ゾーンに生き甲斐を見出した吸魂鬼狩り、彼と親しくなるはずだったアカツメクサの吸魂鬼を殺した張本人。彼が吸血鬼部を信じられなくなった元凶。


「急いでるようだけど、俺が手を貸してあげようか? 折角の祭りだ。そんな怖い顔していると女の子が寄って来ない?」

「……」

「ねえ、聞いてる?」

「……っ、さい」

「あ?」

「友だちが、ゾーンに取り込まれた。吸魂鬼に連れて行かれたんだ。だから、助けてください」


 羽人を助けるためなら、どんな手でも使う。彼がゲートを開けないのなら、代わりに誰かに開いてもらうしかない。彼は吸血鬼部でゾーンに関わる事が禁止されている。だから佐藤先生を探していたが、見つからない。その代わり、会いたくない人に会ってしまった。ならばもう恥や矜持など捨てて、頼み込むしかない。


「やだ」

「っ!?」

「此処は俺の管轄じゃない。俺はただ休暇でいる。だから、俺は何もしない。あー、でも万が一、俺に救済を求めている憐れな子羊がいるのなら、もっと誠意を込めて助けを求めるべきだよな?」

「さっき、手を貸すって……」

「んー、まあ、その場の流れ。そうだな、お前が腹出して座り頼み込んでくれたら、ゲート、開いてやってもいい。ま、俺の気分次第だけど」

「……ッ貴方は、そうやって……人の命をなんだと思って」

「まさか、俺が殊勝な人間だと思ってた? 俺は、お前に会うたびに道徳の授業を受けさせられている気分になる。本当に、一度口を開けば命いのちって、そんなに大切なら囲っちゃえばいい。俺は吸魂鬼を育ててる側。そんな奴を目の当たりにして、大切な者を野放しにする方がどうかしている」


 いじめっ子のような表情、不気味な男、糸雲に彼は畏怖の念を感じる。

 糸雲は羽人を助けてくれない。救ってくれない。彼にまた辛い思いを与えるだけ与えて「だから、言っただろ?」と知ったように言葉にする。


(この人に何を言っても、ダメだ。このままじゃあ)


「うちの生徒にちょっかいかけんじゃねえよォ、パペッティア」

「ちょっかい? こっちがかけられたようなものだよ。佐藤君」


 彼が絶望していると佐藤先生が現れる。サングラス越しに糸雲を睨みつけると両手を上げて「無実無実」と主張していたあと「あー」と思い出したかのように言葉を続けた。


「そうそう。彼の友だち、吸魂鬼に拉致られたらしい。急がないと吸魂のキスをされて、野に放置か、惨殺死体が美しくも、神の御前に野放しか」

「パペッティア。そこまでわかってんなら、規定通り行動するのが筋だろォ」

「休暇になにしようと俺の勝手。管轄外での吸魂鬼狩りをするかしないかも俺の自由。いいな。自由って言葉。道徳を説くよりもよっぽどいい」


 飄々と言って根本を口にしない糸雲に佐藤先生は舌打ちをしたい気持ちを殺して「ジョン。お前は、他の奴らを集めて花火の場所にいろ」と命令するが、彼も一緒に羽人を見つけたいと意思を感じる。


「お前までいなくなっちまったら、剣道辺りが騒ぎ立てるだろォ? 此処はオレに任せときな」


 そう言って佐藤先生は、彼の背を押して剣道たちと合流するように強制する。

 人込みの中に溶けた彼を一瞥して、佐藤先生は「さて」と糸雲を見ると本人は、肩を竦めて「やれやれ」と息を吐いた。


「佐藤先生、ね。どいつもこいつも、なにを企んでいるのやら」

「民間人がゾーンに取り込まれた。規定を順守するってんなら、お前も手、貸してくれるだろォ?」

「勿論。俺はもとから、助けに行くつもりだったさ。ただ運悪くも、あの男の子とは嫌い合っている間柄だったから、ちょっと遊んであげた。お兄さんの優しい戯れだ」


 行き交う人々の波、二人は忽然と姿を消した。その事に誰も気づかない。

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