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第68話 Who are me

 海での騒動も落ち着き。水上アスレチックは、穴が塞がるまでは使用禁止となった。その代わりと海の家を経営している近くのホテルが、宿泊客ではなくとも巨大プールの使用を許可した。水上アスレチックは当然のこと、温水プールもあるため、真水が苦手な人ものんびり寛げる。


 日が暮れて彼らは、そのまま銭湯に向かった。バスの中、最後尾に真嶋と鬼久保、蛇ヶ原は疲れて寝ていた。佐藤先生が呆れて通路側に座り三人が間違っても他の乗客に寄りかかる事のないように座る。

 空が紫色をさせている。流れる景色を彼は眺める。時折、反射した自身の顔が見える。


「つか、結局スイカ、サト先がジュースにして飲んじまったなぁ~」

「美味かったぜ!」

「そうじゃなくてぇ~。折角ナナが買ってきてくれたのに」

『粉砕しちゃってたから、食べるのは難しいけどね』

「その代わり、お昼は買ってくれたではないか」


 休憩を挟んだときに、佐藤先生がお昼やジュースなどを買ってくれていた。

 勿論、あとに切り分けられたスイカも買ってもらったりと至れり尽くせりだったのは言うまでもない。佐藤先生の財布が号泣しているところを若者たちは素知らぬふりをするしかなかった。


「でもさぁ~結構楽しいもんだねー」


 ギターバッグを抱えて椅子に座る大楽は、海はただ大きな青い水たまりで、なにが良いのか分からなかったが、見ているだけでも楽しめた事実に満足した口角を釣り上げていた。


 時折ガタッとバスが揺れる。街灯が点き始めて、暗い浜波を照らす。


「なんか、夜のバスってノスタルジックだよなぁ~」


 剣道が言う。

 乗客が自分たちだけで、車内の白いライトと外の暗闇。行き交う車。

 夜になる前には帰っている為、夜になる境、徐々に暗くなる瞬間、逢魔が時と言うのは郷愁にかられる。その気持ちが分かると彼は剣道の言葉に同意する。さっきまで彼がそうだったのだ。何とも言えない気持ちが浮上する。

 三つの谷高校の旧校舎を歩いていたときも、慣れるまではそんな気持ちになっていた。


「まだ若えのに何言ってんの!?」


 未成年がなにを感傷に浸っていると佐藤先生は嘆く。三十を過ぎてしまえば、はしゃぐことも疲れを伴う。無限の体力と言うわけにはいかないのだ。歳を感じ始めれば終わりだと誰かが言うが、まさに佐藤先生は若さと老いの境を反復横跳びしている状態だろう。その分、担任である谷嵜先生は、老いすらすべて受け入れているような印象だった。


「若くたってあと三年か四年で成人だしなぁ」

『小学校、中学校と違って、高校生は半分は大人だから、小さい子を見ると大きくなったんだって実感しちゃう』

「だよね~」

「中学の頃は相手にされなかったが、高校生ともなれば、女性を誘うことも冗談や遊びではないと考えてくれる」

「小穴君、それは違うと思うよ」

「真嶋君と共に女性に声を掛けていたが、生憎と女性だけで海水浴に来ている人はほぼいなかった」

「ははっそりゃあそうでしょー」


 大楽が笑う中、夢と希望を胸に抱いた結果も見事なまでに粉砕してガクシと肩を落として落胆する小穴。

 目的のバス停が来るまで彼らは、のんびりとそのひと時を堪能していた。




 バスを降りて一旦、剣道の家に向かい入浴セットを持って全員で銭湯へと向かう。


 銭湯では、剣道が「サウナ長時間勝負!」と唐突に提案して他の客に迷惑が掛からないように細心の注意を払いながら、大楽と彼は一番に脱落した。サウナ上がりの心地よさを感じながら、お気に入りのグレイのTシャツでホールに出ると見知った人が共有スペースでチョコアイスを食べていた。


「あれ、綿毛さん」

「……ナナ」


 それは本当に偶然だった。綿毛が不思議な表情をして彼を見る。


「き、奇遇だね。えっと」

「剣道一矢がクラス男子を全員集めて男同士の交流会ってところ?」


 すぐに浮上した可能性を口にすると案の定正解して彼は「よくわかったね」と驚く。


「まあ、中学からの付き合いだから、何となく予想はつく」


 溶けそうになっているアイスを舐めながら言う。完璧に合っている辺り、綿毛も相当苦労していたのだろう。

 剣道は、中学からずっと同じクラスメイトだったが、綿毛から何かコミュニケーションを取るつもりはなかった。暑苦しく人の相手なんてしている暇はないと放っておいたが、結果として高校まで一緒とは皮肉だ。


「あの、剣道君って綿毛さんがサブハウスだって言うのは?」

「知らない。完全に一般人。確かに空想を持っていたら便利かもしれないけど」


 なんて言いながらアイスを食べる。何も知らない能天気な姿が余りにも好かない。

 茶化してごまかしてと繰り返す剣道が気に入らないが、それでもその場を和ませてくれるのに間違いはないのだが、扱いが面倒だと露骨に嫌な顔をする。


「幽霊部員になったんだってね。貴男」

「でも、うん、仕方ないよね」

「……怒らないの? 聞くところによると、貴男はあくまでも人助けをしたのに」


 谷嵜先生や暁、浅草を助ける為に行動したことを咎められる。それは彼の中でも違和感がないと言えば嘘になるが、それでもルールはルール。守らなければいけない。

 破ってしまえば存在している意味がない。暁が激怒する前に新形が憤怒したことによって、怒りは鎮まった。鎮まるしかなかった。暁が告げる必要がないほどに言葉にしなくとも伝わってしまうその怒りを綿毛以外の全員が見てしまったのだ。


「僕がやっちゃったことだもん。本当に反省してる。素直に先生を連れて部室に戻っていれば、新形さんが現場に行って円満解決になったのかもしれないってね」


 怒るなんてことはしない。仕方ないことだ。甘んじて受け入れるしかない。彼が我儘を言ったところでしかたないのだ。


「それに、世界が綺麗だって改めて気づいたんだ」


 今日、佐藤先生のお陰で世界が綺麗で美しいのだと再認識した。ゾーンに留まる事で良いことは何もないのだ。彼はゾーンに留まる事が出来ないのだと知った。現実が綺麗で護りたい。


「……なにか、感化される本でも見た?」

「本って言うか、先人の知恵かな」


 佐藤先生に言ったら「そんな仙人みたいに歳取ってねえよォ!!」と嘆くのが目に浮かぶ。


 クッションの利いたソファに座る綿毛に「となり良い?」と尋ねれば、何も言わず一人分のスペースを空けてくれた。彼はお礼を口にして隣に座る。


「少し前に、僕も部活を疑ってた。本当に今日までね」


 世界が綺麗で、その世界が自分の世界であることを思い出して、何のためにゾーンに関わっているのか、吸魂鬼と対峙しているのか思い出した。

 色のない世界で生きるのは寂しい。

 彼は、彼自身が感じた気持ちを綿毛に伝える。その表情は穏やかだ。


「それで、僕……!」


 彼は言葉を紡いだ。友だちになれるはずだった吸魂鬼のことを綿毛に言うべきか分からなかった。もしもまた「あり得ない」と言われてしまったら、彼は取り付く島もない。


「ナナ? どうかしたの?」

「え、あっ。えっと、……ねえ、綿毛さん。生まれたばかりの吸魂鬼は、生まれつき人間を襲うものなの、かな」

「? また共存のこと」

「そんな感じ。鳥の雛って生まれて一番初めに見たものを親と認識するでしょう? それと同じで、もしも誕生したばかりの吸魂鬼を人間が先に見つけることが出来たら……その吸魂鬼は、人間を襲ったり、魂を奪ったりしないんじゃないかなって」

「でも、それを見つけることはできない。でしょう?」

「うん」


 ゾーンの中で、吸魂鬼を見つけても、それが生まれたばかりなんてそう簡単に見つけることはできない。吸魂鬼の誕生などいつどこでどうやって、彼も綿毛もわかっていない。


「ないものねだりなのかな」

「きっとそうね」


 アイスを食べ終えた綿毛は「それじゃあ、私はもう行くね」と立ち上がる。


「行っちゃうの」

「うん、男ども……特に一矢に会いたくない」


 また学校でね。と綿毛は外へと向かって歩き出して、少しして「あ、そうだ」と思い出したように彼を見る。


「私、ナナのしたことが間違いだって思ったことないからね」

「! ありがとう」


 言うと綿毛は満足げに銭湯を後にした。その後、すぐに鬼久保と蛇ヶ原が出て来る。サウナ勝負はまだ続けられているようで、剣道と真嶋そして小穴が我慢比べをして、佐藤先生がサウナの中で失神していないか時折扉越しに確認しているらしい。

 さすがに営業時間ギリギリまで勝負なんてさせられない為、様子を見て強制終了に乗り込むつもりでいた。


「センセイガ、アイス、カエッテイイッテ」


 お小遣いをもらったのだと言って鬼久保は、彼と扇風機を独占していた大楽に言う。彼は綿毛が食べていたチョコアイスが気になりそれをお願いする。


「ハイ、ナナ」

「ありがとう、鬼久保君」


 チョコアイスは期待通り美味しい。風呂上りの冷たい物は、至福のひと時だ。

 まだサウナにいるであろう三人が戻って来るまで、彼らは扇風機に当たったり、備え付けのテレビを眺めたりと時間を潰して、三十分後、のぼせ上った真嶋を担いだ佐藤先生と剣道、小穴が出てきた。


「凌空、強えわ!! 負けた」

「女性を待つのも男の務めであるからして、俺は忍耐力を鍛えている!」


 ふんすっと胸を張って威張る小穴に「威張るところじゃねえよォ」と疲れた佐藤先生。いつも結っている髪が解かれて、背後から見たら女性と見間違うほどにサラサラと指通りの良い髪が揺れる。


「センセイ、オツリ」

「サンキュー」


 真嶋をベンチに寝かせてアイス代の残りを受け取ると剣道を見て「剣道と小穴もなんか買ってけ」とアイス代を渡す。大楽が真嶋に向かってうちわで扇ぐが、顔を真っ赤にさせて「おれぁ、まだできるっしょぉ~」と完全にのぼせて正常な判断が出来ていない。


 銭湯に来たことがない人や、サウナが初めての人が楽しかったと口々に言う。

 これならば、温泉旅行したいという人が出て来るのも頷けると納得していた。


「今度は、女子も入れて遊ぼうぜ」

「もうそれ、宿泊研修じゃ~ん」

「コンドハ、タンニンツレテキソウ」

「谷嵜先生が来るかいな。休みくらい寝たい言うんやない?」


(谷嵜先生が来るなんて、想像できないな。きっとゾーンの調査を最優先するだろうし)


 学校行事すらまともに出ているように見えないのに、長期休暇で生徒の面倒なんて時間外労働をするとは思えない。

 吸魂鬼狩りとして、ゾーンに一日中いるかもしれない。


「そう運よく大人がいると思うなよォ。暇じゃねえんだからなァ!」

「暇やから便乗したんやろ?」

「お子様が大人を揶揄うんじゃねえの」


 ツンっと蛇ヶ原の額を突く佐藤先生。



 その後、彼は剣道の家に戻り、自分たちに与えられた部屋で眠った。

 翌日は、庭でバーベキューをしたり、川釣りをしたり、夏の醍醐味を全て満喫した。最悪なことが起こったのは、最終日の夏祭りでの事だった。

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