第66話 Who are me
目隠しなしのスイカ割りが決行された。佐藤先生は「もっと腰に力入れろォ!」とアドバイスなのか、揶揄いなのかわからない応援をしている。
大楽も佐藤先生に便乗してべーんっとギターを弾いて応援をする。
「うぉりゃあー!!」
剣道の一撃がスイカに直撃すると歪な裂け目を生み出したかと思えば、内側からはじけた。「おぉ」と感動する声が真嶋からするが、はじけ飛んだスイカは元には戻らない。
「割れたぜ!!」
「割れたというよりは、粉砕させたというか」
「食べられないじゃーん」
ブルーシートに散るのは、スイカだったもの。
佐藤先生は、ブルーシートを持ち上げてボウルに散ったスイカを回収する。
「ジュースには出来るんじゃねーの?」
「待ってろよォ!」と佐藤先生は爆散したスイカの残骸を海の家へと持って行ってしまう。
「一矢さん、顔洗ってきた方がええで。スイカさんまみれになっとるよ?」
「そうだな。ちょっとシャワー借りて来るぜ!」
シャワールームへと駆けていく剣道を見届ける。
『ナナ君、ありがとう』
「え?」
『スイカ、買ってきてくれて』
お金の心配はしないでほしいと彼は羽人から受け取るべき金銭を断った。折角、来たのだからそう言うのは無粋だ。彼はただ友だちに楽しんでもらえたらそれでよかった。
「ナンパしてぇ~」
「ダメニキマッテルダロ」
真嶋の言葉に鬼久保が突っ込むと「新太ちゃんは、冴えないねぇ」と茶化される。
「ほんなら、レジャーなことします?」
蛇ヶ原が提案する。指を差したのは、海水浴を楽しむ人たち。
さらにその向こうには、水上アスレチックがあった。柔らかい素材で出来たアスレチック。沖に流されないように紐で固定されたソレは、自分たちと同じように遊びに来ている学生たちに大人気だった。
「ロッククライミングやのうて、ウォータークライミングなんてどうでっしゃろ?」
『楽しそう』
「アンタ、スマホコワレナイノ?」
『防水!』
「ソウ」
「ギター濡れるからパス」
「置いて来たら良いだろ」
「泳げなーい」
大楽が頑なに海に行こうとしない。無理強いはしないが、見ているだけで楽しいのだろうかと彼は不安になっているとその視線に気づいた大楽は「俺は見てる方が好きなのー」とへらりと笑った。
スイカ塗れから無事に剣道が戻ってきて水上アスレチックに参加することを伝えると嬉々と同意した。
水上アスレチックは、ビニールで出来た不安定な足場で身体の全筋肉を使ってもふらふらと覚束ない。羽人が背中を丸めて、情けないほどに腰を曲げていた。へっぴり腰とはまさにこのことなのだろう。
「っ……」
「ロクさん、頼むから失踪は勘弁してや?」
コクコクと頷く羽人だが、足元がガクガクと小鹿の様に震えている。
「ギャッ!?」
羽人のすぐ横でふらふらしていた鬼久保が足を滑らせて海に落ちた。水飛沫を散らして波を荒立てる。突然バランスが崩れて羽人も続けて滑り落ちてしまう。
「言ったそばから落ちるやつがあるかいな」
「じゃ、蛇ヶ原君、スゴイバランス感覚だね」
彼の後ろにいる。蛇ヶ原は髪色と同じ色と緑色の蛇を模した柄海パン姿で腕を組み呆れている。
「こないただの通路やんけ。本番は、目の前の山脈や」
「山脈」
巨大なビニール風船の山。アスレチックの山頂には、すでに剣道と真嶋がいた。
その麓で必死に手探りで掴むところを探している小穴。
山だけではなく、トンネル状のアスレチックや天井にぶら下がるもの、飛び越えるものと様々だ。剣道と真嶋が山まで到着したのが信じられない。剣道は兎も角としても真嶋は人が思うよりも運動神経が良いのだろう。ことある事に女性に声をかけているから、その分体力が付いているのかもしれない。
「ナナさんも結構耐えとるやん」
「た、立っているのが精いっぱいで……うわっ?!」
バシャンと彼は滑り海に落ちる。
「あーあ、ナナさんまで落っこちたわ」
トントンと軽い調子で蛇ヶ原は水上アスレチックを進んでいく。
「ほーら、ロクさんは手ぇだしーや。失踪したら、誰も見つけられへん」
「……!」
バシャバシャと水面から顔を出して蛇ヶ原へ手を伸ばした瞬間、蛇ヶ原よりも先に羽人が手を引いた。
「えっ、ちょっ。おわっ!?」
絶え間ない水飛沫、蛇ヶ原が海の中に落ちた。ぷはぁっと顔を出すと「なにすんの!?」と怒られたが羽人は悪びれることなく楽し気に笑っていた。
「ほんま、お茶目さんやな」
落ちた四人は、スタート地点に泳いで戻り、初めからやり直す。
蛇ヶ原に「今度は気ぃ付けや」と言われてしまうが、彼らはいたって本気なのだ。
ジャンプして滑って、落ちて泳いで、飛んで跳ねて、ぶら下がって落ちて泳いでを繰り返して彼らは何とかアスレチックの頂点に到達した。山の頂点にあるフラッグに触れて「やった!」と到達したことに感動する。
「モウムリ」
彼と一緒に頂点に到達した鬼久保はもう水を浴び過ぎて疲れを感じていた。
「おーい! ナナー、新太ぁー。そっから飛び降りて来いよ! 気持ち良いぜ!!」
「すげー辛い!」
「海水飲み込み過ぎるのは、良くないぞ」
剣道がゴールと思しき平たいビニールの足場に立ってる。彼と鬼久保が頂上に到達したことに気づいてこちらに下りて来るようにと大振りで手を振っている。その近くを海水が口の中に入り、塩辛いと表情を歪めながら泳ぐ真嶋。
山から飛び降りたら、きっと大きな水飛沫を上げる事だろう。五メートルほどの高さから水に向かって落ちると言うのもなかなかに根性がいるのではないだろうか。
「イコウ」
「えっ、鬼久保君!?」
意を決して鬼久保は、彼の手を掴んで飛び出した。心の準備が出来るまで待っていたら普通に落下して面白くない。ならばここは、勢いよく派手な水飛沫を立てようじゃないかと鬼久保は彼と共に海にダイブした。
はじめのうちは、まだ浅瀬で足もギリギリついて溺れることはないが、山から飛び降りたら足などつくことなく、焦りを感じる。
(あれ、僕……泳げるはずなのに……)
浅瀬でも泳げていた。それなのに、沈んでいく。
口いっぱいに入っていた空気がぼこりと抜け、彼をおいて水面に浮き上がる。身体が動かない。足が動かない、手が水面を目指してくれない。身体が沈んでいく。
「ナナ?」
「アレ」
剣道は鬼久保だけが水から顔を出したのを確認して、一度は笑顔を浮かべたがすぐに異変に気付いた。彼が上がって来ないのだ。水が波立てる中、彼だけが戻ってこない。少しも泳げなければ、大楽のように見ているだけ、そう言った素振りもない。何よりもカナヅチならば、わざわざ水上アスレチックに参加するわけがない。
そして、彼は泳げていたのを知っている。特別へたくそでもないし、浮上することは造作もないはずだった。
(オ、オレガ……ナナヲ)
鬼久保は急いで潜った。
自分が同級生を死なせてしまうかもしれない恐怖を感じながら彼を探すために水の中に潜る。
(アレ……ココ、コンナニフカカッタ?)
深い。海が深く感じる。確かに浅すぎれば危険だが、深すぎる。
日の光が照らすその場所は、底に近づけば近づくほどに暗闇が侵食して、彼を見つけられない。彼がどこにもいない。
(ナナ、ドコッ)
日の光が遠ざかる。どれほど泳いだのだろうか。実感はない、鬼久保は沈んでいるかもしれない友人を探しているつもりが、自身も失踪しているのかと不安が浮き彫りになる。
沖に流されてしまったのだろうかと方向転換しようとすると鬼久保は目を疑った。
黒い物体が彼を取り囲んでいたのだ。水の中でふわふわと泳いでいる奇妙な物体。海の中の生物は詳しくはないが、比較的人が往来する場所で正体不明の生物がいるなんて、スタッフが注意喚起して海から離れるように言うはずだ。
(エ、ナニアレ。イキモノ、カイヨウセイブツ?)
困惑する鬼久保の肩に何かが触れた。驚いてそちらを見る為に身体を捻ると剣道が泳いできていた。
(鬼久保、お前は浮上しろ。息続かないだろ)
浮上する事を手で合図すると鬼久保は頷いて、身体を動かして水面を目指した。
剣道は、彼を見つけて黒い生物も気にせずに腕を引き上げる。




