第63話 Who are me
剣道の家は、江戸時代からある由緒ある家系であり、剣道自身もその家の当主として多くを学ぶことを義務付けられていた。聞く限りではかなり窮屈な生活をしているように感じるが、剣道の性格が吉と出たのか、本人から不平不満は一度も聞いたことがない。
クラスの男子全員が剣道の家に泊っても問題ないのかと彼は心配になり尋ねると「佐藤先生がいるから大丈夫だってよ!」と了承は既に出ていた。
泊まる部屋は各部屋に二人となった。まるで旅館のような客室。部屋は有り余っている。物置部屋を増やしても、それでも余っていると言って客室が多くあるらしい。
彼は、羽人と同室となり気を楽にした。大部屋を使う予定だったが、両親が別件で使う予定とのことで、部屋は別々となった。
そうして、彼は持ってきた荷物を下ろして、一旦は部屋に馴染んでもらうために剣道家の中を散策することになった。
「入っちゃならないってところはないから自分んちだと思って寛いでくれよな!!」
「ゼッタイニムリ」
「うん、難しいかも」
『綺麗な家で驚いた』
彼と鬼久保、羽人は遠慮に尽きるとばかりに剣道の好意が染みる。剣道はそんな三人に「そうか?」と不思議そうだ。価値観の違いとはこういうところで浮き彫りになるのかと実感する。
一方で蛇ヶ原は、縁側でのんびりと池の鯉を眺めていた。時折、チリーンッカコンと風鈴と鹿威しが音を立てるのは、日本家屋の風物詩だと傍らに携帯扇風機を回しながら寛いでいる。その横では大楽が、持ってきていたギターをべべんっと小さな音を奏でている。
みんなが集まり使う談話室のちゃぶ台を囲むのは、真嶋と小穴の変質問題児だ。
「明日は、海、だな」
「そうだとも、浜波市の海は、この国で一二を争うほどに優れた土地。出会いもあれば――」
「彼氏に振られて落ち込んだカワイ子ちゃんもいるってわけっしょ」
「ここで人肌脱いであげるのも、情け!!」
「女の子を泣かせちゃならねえってもんだぜ!」
うぉおお! と燃え上がる若人を見て「ほんま、元気やなぁ~、おふたりさん」と蛇ヶ原が縁側に下ろした足をぷらぷらとさせて感想を口にした。
佐藤先生がトレイに人数分のかき氷を乗せてやってきた。
「夏と言えば! かき氷に決まろだろォ!」
「おー! サト先!! ナイスアシスト!!」
ナンパ計画を企てている真嶋と小穴は、背中に扇風機を背負ってもまだ頭の熱が冷めることを知らない。明日が待ちきれない遠足前の小学生の如く希望に満ち溢れている。
運ばれてきたかき氷、用意されたシロップを各々かける。彼と真嶋は、ブルーハワイ。羽人はいちご。鬼久保と小穴はレモン。剣道と大楽は、メロン。蛇ヶ原は何もかけずかき氷その物を食べている。
氷の冷たさが口の中に広がる。一気に口の中に入れてしまい頭痛がする。
「おぉ! キタキタキタぁーー!!」
「剣道君、何してるの?」
眉間に皺を寄せて苦悩に表情を歪める。いったいどうしたのか尋ねると剣道ではなく鬼久保が「キーンッテスルヤツ」と呟いた。
「夏って言えば、この逃れようのない頭痛からだろ!!」
「いいね~それ~。俺もやろ~」
同じメロン味を選んだ。大楽がシロップを沢山かけた氷を一気に口の中に詰め込んだ。
「痛ぇ~!! キター。キまってるなぁ~」
「それはよくない。……ん?」
彼が苦笑すると肩をトントンと叩かれて振り向けばかき氷を乗せたスプーンが口に運ばれた。咄嗟に口を開いてかき氷を迎えると思いの外、量があり彼は口の中で溶けるのを待ったが、それよりも先に頭痛が彼を襲う。
「ん~~~っ!!」
痛みに悶えながら、諸悪の根源を探すと羽人が楽しそうに笑っていた。羽人が自分のいちごかき氷を食べさせてくれたのだ。
人は頭の中に整理がついていないと状況を理解するまでにかなりの時間を有するのだと改めて理解した。
「ナナ~、美味しかった?」
「あ、味は……ちょっとわかんない、かも」
大楽に尋ねられて答えると「だよね~」と当然だと一連の流れを見ていた人たちが思う。
夜になり、豪華な食事が振る舞われた。何から何まで至れり尽くせりで、友人の家であることも忘れてしまいそうになる。
「まあ、さすがに風呂は大浴場なんてねえよなぁ~」
食事を終えて、談話室でのんびりしている真嶋を見つける。夜になれば、夏の蒸し暑さも増していくTシャツと短パン姿の真嶋は大の字になって寝転がっていた。
「お風呂までお邪魔させてもらうのは、申し訳なかったかも」
「おっ! じゃあじゃあ、明日、みんなで銭湯いかね!?」
上半身の力だけで起き上がり彼を見る真嶋の顔は、いい案が思いついたといった雰囲気だ。
「人んちの風呂って悪くないけど、やっぱ気ぃ使うつーか。堅苦しいっつーか、自分のタイミングで入れねえじゃん? なら、もう銭湯に行って、男同士裸の付き合いしても良いって感じで」
「俺ってば天才!」と上機嫌に言う。
確かに押しかけて、家の人も迷惑しているだろう。ならば、銭湯に行って個々のペースに合わせた方が良い。みんなの意見を聞いて、満場一致ならば、明日は銭湯だ。
「いい湯やったわ~。あ~、さっぱり汗からおさらば~」
『蛇ヶ原君。髪、乾かすよ』
羽人は既に風呂をあがり、髪もドライヤーで乾かし終えているようで綺麗な白髪がサラリとして、汗を拭くためにフェイスタオルを肩にさげていた。
蛇ヶ原の髪を乾かす乾かす約束をしていたらしい。
「部屋に行くめんどー。自然乾燥じゃああかん?」
『放っておいたら、余計ムシムシしちゃうよ』
「……うっ。それは、堪忍」
「別に此処でやればー? 音とか気にしねえし。な? ナナ」
「うん、此処にもコンセントあるから、此処で乾かしてもいいよ」
真嶋と彼の言葉に「うれしいわー。じゃあ、お言葉に甘えて~」と羽人にドライヤーをお願いする。ドライヤーの音が室内に響く。
「最近じゃあ、男もちゃんと乾かすもんだぜ、ナナ」
「僕は短い方だから」
「枝毛とか最悪、女にモテたいんなら、イケてなきゃな」
「モテるより、ただ一人に好きでいて欲しいな」
「経験って大事よ? 下手なキスなんてしてみろ。萎えてお別れバイバイになっちまったらどーするよ?」
彼女が出来るなんてまだ先の事で、彼は自分自身に恋人がいることに現実的ではないと思っていた。自分を好いてくれる人がいるのだろうかと。仮にいたとしても清い関係であり続ける気がする。
もっとも身近にたった一人の男に愛を送り続ける女性を知っているだけに恋愛の難しさを垣間見ている。
「ふわぁあ~」
蛇ヶ原が大きな欠伸をする。ドライヤーがぽかぽかと温風が当たって眠気を誘う。
「飯も食って、風呂も入って、あとは?」
「寝るだけ、かな?」
「ほんなら、自分。先に失礼しますわ。お眠や、新太さんに伝えといてくれると助かんます」
同室である鬼久保がいま、入浴中だ。
鬼久保の事だから起こしてしまうような騒音は立てないと思うが、一応は伝えておいて欲しいと蛇ヶ原が言えば彼と羽人は了解する。
ドライヤーが終わり、羽人に礼を告げる。羽人はこのまま生乾きの人の髪を乾かすために待機しているようだ。
蛇ヶ原は「ほな、おやすみなさい」と談話室を出ていくのを、真嶋は慌ててあとを追いかけて、すぐに戻って来る。
「あぶねえあぶねえ。入間が寝ちゃったら銭湯の話決められないところだった」
『銭湯?』
「うん、さっき真嶋君と話してたんだ」
銭湯の話を羽人にすると、羽人も同意してくれた。家の人に迷惑はかけられないし、銭湯に行ったことがないため興味があると嬉々としていた。
「でもなぁ、新太がノッて来るかね~」
「鬼久保君? どうして」
「いや、あーゆータイプは、ひっそりと入浴を楽しみたい感じ? だから、遠慮されちまうんじゃないかなーって……別に頼み込むことでもねえしさ」
「みんなで行った方が楽しいから、誘ってみよう。僕、みんなで銭湯に行きたいな」
「ナナってばぁ、ほんと良い子ちゃんなんだから~」
大楽が談話室に戻って来て茶化した後「で? 何の話?」と訊いてくる。話の一部を聞いていたわけではないのかと真嶋は苦笑する。
大楽は、羽人がドライヤーを持っているのを見て「俺にやってー」とちゃっかり羽人の前に座りねだると羽人は嫌な顔せずにドライヤーを握った。
温度を確かめて蛇ヶ原と同じように髪を乾かす。
「まるでお母さんじゃん! 俺もやってもらえばよかった~」
じゃんけんで風呂を一番になった真嶋は悔し気にふてくされる。羽人は両手が塞がっている為、会話はできないが気分を害している様子はない。寧ろいつでもどうぞと言った雰囲気で真嶋にドライヤーを向ける。微かに温風がちゃぶ台に顎を乗せて項垂れる真嶋に当たる。
大楽の長い髪に苦戦しながらも数分かけてドライヤーを終わらせる。その頃には、小穴と鬼久保が戻ってきた。思い思いのことをして過ごす。
そして、剣道がやって来ると真嶋はさっそくとばかりに剣道に銭湯の提案をする。
「いいな! 銭湯!! 友情も深められるってもんだ!!」
「暑苦しっ!?」
「いちおー満場一致なんだけど、そっちが良いなら、明日から銭湯でサウナ決めるらしいよ~」
「キノリシナイケド、タマニハ、イイカナッテ」
「壁一枚隔てた先にあるのは、楽園」
「銭湯は美女ってよりも熟女が多いけど、それでも良いの~?」
「女性を差別するな! 歳を重ねるほどに美しさは増す!」
「いや、俺は若い女の方が良いんだけど……」
小穴の意見にさすがに同意できなかった真嶋は「うへぇ」と舌を出す。
「テカ、ベツニノゾキニイクワケジャナイシ」
「覗きは犯罪だからやめようね」
「くっ……」
「なんで悔しそうなんだよ。てか、凌空。お前の守備範囲広すぎじゃね? 何歳まで行けちゃう感じ?」
「勿論! 女性ならば、どんなハンデも厭わない」
『かっこいい』
「え~。これが良いの~? 結局誰でも良いって事じゃーん」
べべんっとギターを軽く音を立てる大楽は、感激する場面が違うと突っ込みながら調整をしている。
風鈴がチリーンッと音を立てるのをのんびりと聞いていた彼は、「犯罪はよくないからね」と言えば「勿論だとも!」と元気に言うが本当にわかっているかどうかは不明だ。
「ほら! 明日も朝早いぜ! 海に行くんだろ!」
「そうだ。お前ら、明日は水着を着て、女を口説きに行くぜ!!」
剣道の言葉に真嶋は立ち上がり同室の小穴を連れて就寝するために部屋を出ていった。
「僕たちも寝ようか、羽人君」
同室の羽人に言えば、コクコクと頷いて立ち上がる。
「え~、もう寝ちゃうの? 俺のライブ聞いてってよ~」
また眠気が来ていな大楽はギターを弾きたくて仕方なかったが、誰もいないのではつまらない。
「近所迷惑になっちゃうよ。大楽君」
「防音室ならあるぜ?」
「そこ行く~」
「寝ないの!?」
「部屋戻っても佐藤先生と同じ部屋だし~」
「あー、担任じゃなくても教師と同じ部屋ってちょっと嫌だよね」
(僕も佐藤先生と同じ部屋なんて気まずくて寝れそうにないし)
「……? 先生と意気投合とかしないのか?」
剣道が不思議そうに尋ねるが「無理むり~」とギターを抱えながら駄々をごねる。
さすがに人んちで部屋割りに文句は言ってられないが、佐藤先生とペアは些か不憫である。
「明日はちゃんと起きて来るからさぁ~、防音室貸して?」
「仕方ねえな~。……ナナ、ロク。また明日な! おやすみ!!」
剣道はそう言って大楽と共に部屋を出ていくのを彼らも自分たちの部屋に向かう。
慣れない敷布団に横になって、天井が高く感じる。畳の匂いとチクタクと壁掛け時計の音。遠くで鹿威しの音、風が吹いたのか草木の音。畳一つ分、離れたところで寝ている羽人。
田舎者の彼でも、これほどまでに穏やかな部屋で寝たことはなかった。
(来てよかった)
吸血鬼部に気を向けてばかりで友人たちとのコミュニケーションがうまく出来ていなかった。不仲ではないが、特別何度も言葉を交わすほどの間でもない。
今と言う機会を無駄にしないように、憂いを捨てて、友人たちと楽しむことを彼は決めた。
(こんな平和な時間がずっと続けばいいのにな)
彼は目を閉ざす。いつまでも続いてくれたらそれでいい。
明日、目が覚めたらまた友人たちと海に行って夏を満喫するんだと意気込む。




