第61話 Who are me
彼はルールを破ったことで部活に参加できなくなった。
その件を、浅草から聞いたのか燈火から連絡をしてくれたが、平気の言葉しか出てこなかった。落ち込んでいるのだろうか。彼はいまいちわからなかった。
間違っていたのはわかっているが受け入れる事ができない。もしも暁の言うことに従って谷嵜先生を部室に連れて行き新形を探していれば、こんな事にはならなかったのか。もしもその間にでも、バニティに暁が死んでいたら、死ぬ前提で物事を考えている事も悪癖なのだろう。
バニティが彼に用がなく、殺していた可能性もある。誰の目にも留まらずに死んでいたかもしれない。その恐ろしさを彼は目にしていたはずだ。初めての調査の時にわかっていたはずだ。それだけじゃないと彼は身に染みていたはずなのに、懲りない。可能性がないとも言い切れない。
幽霊部員になって数日、炎天下の中、熱中症になる人が後を絶たない。外出はなるべく控えて水分補給するようにと警告が出ている。
家の中、仄暗い部屋。カーテンが閉め切られた部屋は寂しさを漂わせていた。
(……あ、そっか。僕寂しいんだ)
怒涛の日々だった気がするが、それでも不幸を不幸と認識できずに、今の日常を当然と受け入れて楽しいと感じて、それを突然奪われたことで、心のぽっかりと穴が空いた。名前が無くなった時よりも切なく感じている。
同級生と楽しい話をして、放課後に旧校舎に足を運ぶのが楽しみとなっていた。
新形が谷嵜先生に告白しているところを、暁がルールや決まり事に関しての合理性を説いているときを、浅草の言葉を必死に翻訳しようとする日々を、彼は日常と受け入れていたのだ。
夏休みになれば、何かある気がした。こんな望まない日々じゃない。活動をして、通行料を取り戻す手立てが、ちょっとの進展がある気がしたのだ。
ゾーンに入れないから、ゾーン内で空想を鍛えることも出来ない。そもそも一人で入る事を禁止されて、彼はゲートを開くことも出来ない。鍛えるなんて出来ない。
自分の部屋で勉強をして、テレビを見て、時々送られてくるチェインに返信する。
好奇心が身を危険に晒したのだ。彼と吸魂鬼の遭遇率は痛感しているはずだったのに、幽霊部員となったのも頷ける。
家の中でゴロゴロと流れる時間を享受していると届いたチェイン。
『海に行かない?』
青天霹靂に告げられた。羽人から送られたチェイン。
『剣道君がクラスの男子を誘ってるんだけど』
剣道の家が海の近くにあり、中学の頃も夏休みには友人たちを集ってバーベキューやらキャンプやらしたという。女子にはわからない男のロマンを夏に充実させようという意気込みで誘っているらしい。
数日の詰まった鬱憤を晴らすことが出来るかもしれないと彼は参加表明を送る。
吸血鬼部、吸魂鬼、全てを忘れて友だちと遊びたい。折角の夏休みなのだから、閉じこもっても仕方ない。クラスでは余り話をしていない人も参加すると聞いたため、ならばこれを機に仲良くなりたいと彼は日程を訊いて準備を始めた。
当日三つの谷駅前で数人が集合して、浜波駅まで向かい剣道が迎えに来る算段である。一週間の泊りがけスケジュールは、剣道によって構成されて、誰もが気を楽に行動できるタイムスケジュールでもあった。
「おはよう、羽人君」
『ナナ君、おはよう』
一週間と言うが、男と言うのは現地で準備するのがほとんどで手荷物は、女子ほど多くはない。それは彼も例外ではなく、剣道曰く服も飯も用意してあるという。至れり尽くせりで申し訳ない気持ちと、同級生となった剣道の性格を垣間見ても、遠慮なんてしたら余計に押しが強くなると気づき、遠慮なくと手荷物を減らした。
そして、羽人も同じように中型のショルダーバッグ一つだけが足元に置かれていた。
「野郎どもで泊りがけとか暑苦しぃ~」
なんて文句を言いながら水色のキャリーバッグを引きずり額に汗を流す真嶋。そのあと、同級生が一人歩いている。赤茶色の髪に釣り目の男子。出席番号三番、鬼久保新太だ。クラス内では物静かと言うよりほとんど喋らない。
鬼久保自身は手ぶらで真嶋の荷物を一緒に引っ張っていた。いったいどれだけ真嶋は荷物を持ってきたのか。
「鬼久保君も参加してたんだね」
「……」
「えっと、別に来てほしくなかったわけじゃなくて! こういうのに参加するイメージが無いって勝手に思っちゃってて、来てくれて嬉しいんだ!」
「……ジャマスルネ」
「え」
か細く何か言っているようだが、彼の耳に届くことなく喧騒によって掻き消えてしまった。
「……ソノ、オレノコトハ、キニシナイデ」
(ち、小さい!!)
鬼久保が喋らないは訂正。その声がひどくか細いものであると気づく。
声を聴くために意識を向けなければ何も聞えない。不意に話しかけられても気づかないレベルだった。
『剣道君は、みんなでって言ってたから、一週間楽しもう?』
羽人が鬼久保にスマホを向けると恐ろしく小さな声で「……アリガトウ」と言った。
「なぁんか、向こうの電柱で右往左往してたから、荷物持ちに頼んだ」
真嶋が大量の荷物を足元に置いて言う。
「随分と大荷物だね?」
「たりめーっしょ!? 海だぜ海! 女が水着で白い砂浜を駆け回る! 最高の夏の思い出! 何パターンもシミュレーションするのが男ってもんよ!」
「今年こそ彼女を作り! デートしてゴールイン!!」と意気込んでいる真嶋に苦笑しながら「が、頑張ってね」と曖昧な言葉を送ると「邪道だ」と呟きが聞こえた。
ちょうど、バスから降りてこちらに近づいている眼鏡の男子がそう呟いたのだと気づく。
出席番号二番、小穴凌空。七三分けされた紺色の髪に、黒い眼鏡と見るからにインテリの雰囲気を醸し出す男子。出張するかのように銀色のキャリーバッグを転がしている。
「海は確かに出会いがあるだろう。だがそれは、一度や二度ではない。世の中にはワンナイトと言うのがあることを君たちは知らないのか!!」
「わ、ワンナイト?」
「忘れてたぜ!! そうだよな! チクショー! 運命の出会いばかりで経験ってもんを忘れていたぜ!!」
彼と羽人、鬼久保は全く理解できない状態で首を傾げるが、真嶋と小穴は二人の世界で盛り上がっている。
つまるところ、多くの女性との出会い、夜を過ごすというものらしい。
「ふ、不誠実じゃない?」
「ちっちっちっ。わかってないなぁ、ナナ。男は女の子をリードするもんなんだよ。その為には、多くの経験を積むしかないわけだ。右手が友だちか? んな寂しいこと言うなよ。これは剣道が俺たちの為に用意した経験する場!」
「そうだとも、突然、一人減るなんてことは珍しいことじゃない! 朝に戻ってきたときは、こう言うのが礼儀だ!『昨夜はお楽しみでしたね』と!!」
「……ゼッタイニ、チガウ」
小穴は、見た目の割にかなり本能に忠実であり、女性を見ると何かぶつぶつと呟く。
「はっ!? あの女性は、あと二年、いや三年も経てば、最高の美脚!」
「マジでっ!?」
「……オネガイ、ヤメテ」
鬼久保はその場にいられないと彼と羽人に「モウ、イコウ」と二人を連れて駅に向かう。合宿メンバーグループチェインに指定された駅に向かう。
三人が動き出せば、置いて行かれる寸前だった真嶋と小穴は、慌てて荷物を引っ張り追いかけて来る。電車に乗って、剣道が待っている駅まで向かう。
「自分が男であることの利点は、女性に触れられると言う点だ」
「なに言っちゃってんの!! 寧ろ女になりてえと思ったことも幾度となく! 女なら、触り放題じゃんか!」
拳を握り歯を食いしばる真嶋に「ナニ、イッテンノ」と鬼久保はだいぶ二人の話に疲れを感じている。聞かなければいいのだが、聞こえてしまうのだからしかたない。
(ドウシテ、キチャッタンダ、オレ)
夏休み、家で人に会うこともなく過ごしていたら話し方を忘れてしまうかもしれない。心機一転で声を張り上げて友だちを作ろうとしたが、波に乗り損ねてコミュニケーションが取れずのままだった鬼久保は、プログラミング部に入部して活動していた。その際、体験に来ていた剣道に「お前、同じクラスの奴だよな!!」と陽キャ全開で声を掛けられて、チェインを交換するに至った。もしもその時、チェインの交換をしていなければ、鬼久保は此処にはいなかっただろう。
そして、どう言うわけか三つの谷駅に集合組と一緒にいる。その場には話したことがある人はいない。何となく突っ込みで定着しているが、会話をぶった切ってはいないか内心恐々だ。
「羽人君に教えてもらったうさぎシリーズの食玩。売っててね。ジャンプしてるポーズのうさぎがでたんだ。可愛かったなぁ。確か、羽人君のコレクションで躍動感のあるうさぎいるよね?」
『うん、ずっと欲しくて、七体くらい被っちゃって諦めかけたけど、粘り勝ちしたから気に入ってる』
「!!」
これだ! と鬼久保は「ナ、ナンノハナシ?」と尋ねる。必死に友だちを作り、この高校生活を充実させたい。体育祭でも何か自慢できるほどの成果をあげることはできなかった。鬼久保は中学の頃「あれ、そんな人いたっけ?」と言われるほどに影が薄かった。
(ダ、ダメカモシレナイ)
そんな苦い思い出が脳裏に過る。声を掛けるだけで聞こえない、届かない。そう言ったことが多々。きっと電車内の喧騒で鬼久保の声は掻き消えてしまい聞こえてないだろうと俯いたときだった。スッと鬼久保の前にスマホが差し出された。
「羽人君、食玩のミニチュアを集めるのが趣味なんだよ。僕も羽人君を真似して集め始めたんだ」
羽人のスマホにぶら下がるストラップも食玩で作ったのだとスマホに表示されている。羽人の横に座る彼は、鬼久保を挟むよう横に移動して声が聞こえるように三人で話をする。
「鬼久保君は趣味とかある?」
「シュミ、パソコンヲ、イジルコト」
「パソコン?」
『確か鬼久保君は、プログラミング部だよね? 剣道君から聞いたけど、体験していたとき、ゲームを作ったって言ってた』
剣道から得られる情報しか知らない為、よくは知らないのだと言って、鬼久保に「どう言うことをするの?」と彼は尋ねる。
「ゲ、ゲームヲツクッテル。イマハ、シミュレーションゲーム」
「シミュレーション?」
『選択肢とか選んでエンディングをみるやつ?』
「ソ、ソンナカンジ」
鬼久保の将来は、プログラマーになることだ。ただその名前が格好いいという理由だけで目指していることを言えば「夢があるのスゴイ!」と彼は嬉々とする。
鬼久保は、必死に二人へ言葉が届くように声を大きくする。
二人は、鬼久保がどうしてそんなに声が小さいのかと尋ねて来ることはなかった。それはきっと二人にも尋ねられたくないことがあるからだ。
彼が、みんなから「ナナ」と呼ばれていること、羽人が筆談であること、それと同じ、もしくは彼らよりも低レベルの悩みだ。ただ人と話をして来なかった。友だちを作るのが苦手だった。見た目の割に気が弱いとよく言われていた所為で、自分に自信を無くしていたが、彼らと話をするのは安堵を感じた。
「胸だろ、やっぱ」
「将来性を考えれば、劣らぬ足腰が一番だ! 胸に希望を抱くのは中学生までだぞ」
(コイツラガイナケレバナァ)
会話その物が中学生であることを自覚するべきだと鬼久保はうんざりしていた。
気にしない気にしないと頭の中で念じながら、彼と羽人の話を聞きながら食玩について、自分も幼いながらに集めていたことを言えば、どう言うタイプだったのか訊かれて思い出しながら、懐かしい過去を思い浮かべて、話をしていると、気が付けば目的の駅に到着していた。




