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第60話 Who are me

 彼が目を覚ました時、そこは部室だった。浅草が不安そうな表情をしてこちらを見つめている。自分がどうなってしまったのか覚えていない。

 身体を起こすと佐藤先生が「ハロー!」と挨拶をくれる。


「調子はどーよ?」

「頭痛がします」


 頭に反響するような音が痛みを呼ぶ。耳の近くで鐘を鳴らしている気分になる。


「そうだ。先生は!?」


 彼は自分の事よりもと谷嵜先生がどうなったのか気になり尋ねる。


「いま、別室で新形さんが介抱していますよ。意識は戻っていません」

「んとによォ~。オレと部長ちゃんが別件してたらコレだもんなァ」


 新形と佐藤先生が二人で別の仕事をこなしていた。無事に片付けて部室に足を運べば谷嵜先生が倒れて浅草によって運ばれてくるではないか。新形は今すぐにでもこうした相手を殺しそうな勢いだったが、それを止めて佐藤先生が彼を回収したのだという。

 掘っ立て小屋の前で倒れている彼を見つけて吸魂鬼の気配もなければ、吸魂された様子もない為、部室のソファで休ませていた。


「大変でしたよ。新形さんがどれだけ荒れていたか」

「般若」

「ですね。見たことがないほどにキレ散らかしていました」


 佐藤先生がいなければ、旧校舎は全壊するほどの怒りに満ちていたらしい。考えるだけで恐ろしいと彼は身震いした。


「貴方が無事でよかったですが、俺も怒っています」

「……ごめん」

「ジョン君、善人であることは認めています。でなければ、あんな無謀な行いはできないでしょう。だからと言って、攻撃系の空想を持っていない貴方が警戒されている吸魂鬼に近づくなんて死んでいたかもしれないんですよ」

「……うん」

「まあまあ、あんま責めてやんなって」


 佐藤先生は暁を宥めて言うとガラリと部室に新形が入って来る。


「新形さん」

「ジョン・ドゥ。あんたは今日限りで吸血鬼部の幽霊部員だよ」

「……え」

「新形さん、それは」


 新形の言葉に暁は尋ねた。幽霊部員であることが決定した。

 浅草は目を見開いて状況を見守る。


「谷嵜先生が目を覚ました。それで君らの状況を垣間見ての決定。私の独断じゃない。命をどぶに捨てるような行為を見過ごせない」

「そんな、どうして」

「無謀な行動をした。暁を押しのけて、君はその場に残った」

「あの時は、隠君は空想の使いすぎで疲れてたし、僕はまだ」

「考えれば分かる事だよ。結界空想と千里空想。どう考えても、前者の方が現場においては優れていた」

「なら、新形さんは隠君が死んじゃってもよかったんですか! 疲れてる隠君を置いていって、僕たちだけが生き残るなんてそんなの……」

「覚悟の上でしたよ」


 訴える彼に暁は静かに言う。

 新形はその場を見ていない。けれど、暁が誰かを置き去りにして戻ってきたりしない。つまり彼が身勝手な行動を取ったと言うことだ。それだけは見過ごせない。見過ごしてはならないのだ。


「吸魂鬼を前にして下の者が上官の命令に従わないのは規定違反です」

「謹慎だよ。調査の参加はなし。この夏の調査は、ジョン以外の四人、それとサト先が調査をするから」


 決まったことだと新形は有無を言わさない。


「ジョン、残念だけどまた夏明けに会おう。まあ夏休みが終わっても谷嵜先生が幽霊部員を解消してくれるかはわからないけどね」

「ッ……」


 解散。新形はそう言って再び部室を出ていった。


「……ジョン」


 浅草が彼を心配そうに呼ぶ。


 彼は間違っていたとは思えなかった。結果として手も足も出なかったが生きている。生き延びる事が出来た。結果論なのだろう。

 これが暁だったならば、バニティは暁を殺していたのだろうか。彼が残ってくれてよかったと言ったバニティがもしも暁がその場に残ったら……。そうなる可能性が多くあった。疲れている人を残して安全圏にいるなんて彼には出来なかった。


「部長チャンは厳しいなァ!」


 黙っていた佐藤先生は空気を和ませるために笑っているがそんな空気ではない。

 その空気でずっといるわけにもいかない為、暁は咳払いをして佐藤先生を見る。


「本日は新形さんと二人で別件をしていたようですが、内容を訊いても?」

「オフコース! なんたって何もかもがデスティニーだぜェ!」

「ですてにー」

「なにが運命なんですか?」


 首を傾げる浅草と暁に佐藤先生は話し始める。


「いやな、オレたちが行ったのは、仮面の吸魂鬼の調査ってハナシよ!」



 ――――



 それは四時間前のこと、吸血鬼部で新形が洋館調査を下ろされた理由の一つは、別の仕事が入っていたからである。

 佐藤先生と二人で、他の吸魂鬼狩りが命を賭して収集した仮面の吸魂鬼の調査結果の回収を命じられた。本来ならば谷嵜先生と佐藤先生が二人で行く予定だったが、吸血鬼部としての調査も先延ばしに出来なかった。

 その為、一般でも吸魂鬼狩りとして活動している新形に頼んだ。


「やあ、待っていたよ。百面獣、バーテンダー」


 同業者が二人に向かって言う。

 吸魂鬼狩りとしての活動名を口にするその人は金髪で桃色の瞳をしており中性的な見た目で男性なのか女性なのか定かではない。噂では性別を通行料として奪われたと言われているが、実際のところは誰も訊いていない為わかっていない。


「胡蝶」


 新形が胡蝶と呼ぶその人は、大学生であり男女共わず好かれる容姿をしており、新形とはまた違ったベクトルで人気を勝ち取っている。


 吸魂鬼狩りが立ち寄る喫茶店で情報の交換が行われていた。スキンヘッドの店主が無愛想に接客するカウンター席では、お昼休みの会社員が疲れた顔をして珈琲を口にしている。

 ボックス席に先に来ていた胡蝶はアイスティを口にしていた。


「なにか飲むかい? ぼくが奢ってあげるよ」

「大学生に奢らせるわけねーだろォ!?」

「気にしないでいいんだ。君たちに会えたことがぼくにとっては奇跡に等しい。特に君にはね」


 胡蝶の視線は新形に向けられている。いつも谷嵜先生と共に行動しているか、ソロ活動をメインに動いている新形が谷嵜先生でもない誰かと行動しているのが珍しく尚且つこんな下っ端するような雑務を請け負うことが珍しくてしかたないのだ。

 まるで面白いものを見ている。娯楽番組を見ているとばかりに胡蝶は優雅に振る舞う。


「相変わらず鼻につくね。胡蝶」

「気分を害したなら謝るよ」

「いらない。その謝罪に感情なんてないんでしょう」

「そんな事はないよ。君の愛する先生に比べたら、ぼくほど感情豊かな人間もいないよ」

「どうだか」


 互いに視線の火花を散らしている新形と胡蝶に佐藤先生は冷や汗を流してパンと手を叩いた。


「それよりも! 例の件はどーなったよ? 情報は回収したのかァ?」

「パペッティアが無事に回収してくれたよ。君たちの仕事は無くなった。早い者勝ち」


 ほら。と差し出してきたのは、紙束がファイルとして集められていた。「今どき紙媒体なんて」と時代錯誤の情報やり取りに辟易する。今はデジタル社会で、手渡しも時間がかかる。こうしているうちに谷嵜先生との時間が無くなる事に新形は、不機嫌さを増すばかりだ。


「これはぼくたちの物となったわけだけど、まさか独占しようなんてこと決してしないよ。被害者を増やしたくないからね」

「どうだか」

「ふふっ。実は言うと謝罪だと思ってくれていいよ。うちのパペッティアが君のところを後輩をいじめてしまったらしいからね。だからというわけじゃないけれど、これは君たちに上げるよ。公開するでも独占するでも好きにしたらいいさ」


 ファイルを佐藤先生に渡すと素直に受け取り中身を確認する。その中には複数人の吸魂鬼に関する情報が記されている。多くの命が消えた結果が手の内にあるのだ。


「やけに素直じゃない」

「折角の夏休みなんだから、楽しまなきゃ。百面獣は特に高校最後の夏。人生で一度しかない」

「留年したらもう一度チャンスあるし」

「ふふっ。そうだね。そこは君の意思を尊重するよ。ぼくは、ただ一般的ならばそうだろうねと言っているだけだから」


 胡蝶は立ち上がり「ぼくは帰るよ」と伝票を持って会計へと歩いていく。

 店を出ていくのを一瞥して佐藤先生は胡蝶が座っていた席に座って新形と向かい合う。書類を広げて情報をまとめる。


「それ、どうすんの?」

「黒美ちゃんに見せてからだろォ」


 ぴらっと新形は指先で書類を眺める。仮面の吸魂鬼が出現している所為で多くが被害に遭っている。自分たちの知らない所で何かが動いている。それを未然に防ぐことは不可能だ。


「なら、それ私が持って行くよ。先生に会えるなら、雑用だろうとなんだろうとやる」

「一緒に帰るんだろォ」


 一緒に来たのだから一緒に学校に戻るのは当然だ。何より今も吸血鬼部は部活の最中であり、部室に行っても戻って来てないことの方が多い。調査とは長引くのが常だ。無事に帰って来るのを待つしかない。


「つーかよ。なに? 喧嘩してたの?」


 胡蝶の言葉からして糸雲が吸血鬼部の誰かと喧嘩をしている。

 新形は、気まずそうに視線を逸らして「ジョンにちょっと嫌な思いさせちゃった」とバツが悪いと呟いた。


「珍しく可愛がってんの?」

「私の所為でもあるわけだしね」

「お前の?」

「私がちゃんとあの子を迷い人として暁に言っておけば、あの子は下手なことに巻き込まれなかったんじゃないかなって」


 彼が今あるのは、新形が強引にも連れてきてしまったからだ。暁との和解は終わっても、結局空想やゾーン、吸魂鬼に関わらせる羽目になってしまった。

 もっともあの性格ならば、どんな触れ方でも首を突っ込んでいただろうが、もっとましな入りになっていたかもしれない。


「本当は増やす行為ってご法度。規定を犯してるのは、私の方かもね」

「今更じゃねえか~!」


 ケラケラと笑う佐藤先生は、新形がそんな殊勝な罪意識があるとは思わずに腹を抱えた。新形は不機嫌そうに唇を尖がらせる。気を紛らわせる為にパスケースに差し込まれた写真に視線を向けた。高校時代の谷嵜先生が映し出された写真。

 好意を寄せる人が無邪気に学園祭を楽しむ写真。その思い出はもうこの世からは抹消されてしまっているが、確かにそこに存在していた証拠がここにある。


「そうだね。今更、誰を犠牲にしようが関係ないのかもしれないね。どうせ、誰も救えやしないんだから」


 新形は立ち上がり店を後にするのを佐藤先生も追いかけた。


 その後、そのまま学校に戻った。谷嵜先生に受け取った書類を見せる為に新形は我先にと旧校舎に向かった。部室に戻ってみれば谷嵜先生を支える浅草の姿と動揺している暁の姿があった。



「誰がそんなことをしたの?」

「対象は消滅しました。その後、ジョン君が」


 暁が気を乱しながらも冷静を装いながら新形の逆鱗に触れないように告げるがどれだけ言葉を選んでも、新形の表情は変わらない。怒りと憎しみで満ちている。


 ゲートを開いて飛び込もうとしたが、佐藤先生が抑えて「オレが行くから部長チャンは黒美チャンを見てろよォ」と言ってゾーンに入った。



 簡易ベッドが置かれた別室で新形は谷嵜先生を診ていた。外傷がない所為で手当てなど出来るわけもない。少し土埃で汚れているだけだ。


「怪我の一つでもしてくれた方がよかったのに」


 怪我を理由に活動を封じる事ができたが、外傷がない所為で止める事が出来ない。

 谷嵜先生が動けなくなってしまえば、通行料を見つける手段を失ってしまう。


 新形は谷嵜先生の胸に耳を当てる心臓の音が聴こえる。まだ生きてる。まだ大丈夫だと安心するが目を覚まさないと意味がないと思った矢先のことだ。


「っ……重い」


 低い声が聞こえた。相変わらずの声に新形は顔をあげて「重くないですよー」と告げる。


「なにがあった」

「いや、それ私の台詞なんですけど」

「……そうだな」


 谷嵜先生はベッドから上半身を起こして新形を離す。気を失う前にしていたことを思い出すために谷嵜先生は新形に告げながら整理する。

 そして、新形も暁から告げられた彼の独断行動を告げると谷嵜先生はため息を吐いた。戦うことを嫌いながら一人吸魂鬼に挑むなど愚の骨頂だ。無謀の域であり、ただ被害が増えているだけである。


「やむを得ない、新形。ジョンは夏休み期間中はゾーンに近寄らせるな。暫くは幽霊部員として、空想使用も禁じる」

「了解だよ。……ねえ、他に言うことないわけ?」

「ないよ」

「冷たいね~。まあそこが良いんだけどさ。……ああ、そうだ先生! まだ死んだりしないでね」


 そう言って新形は、彼に幽霊部員の件を告げる為に部屋を後にする。

 その傍らには錠剤が置かれていた。

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