第6話 Who are me
放課後、彼は旧校舎に向かう。『また明日ね』と羽人と別れて、五分。
彼は、小走りで本校舎裏の林に入る。少しの獣道を抜けると旧校舎の入り口で見慣れた制服の生徒がいた。
「あ、暁さん」
「! ……また貴方ですか」
暁は、今朝のように不機嫌な顔をしている。
用務員服じゃない。三つの谷高校の制服に身を包み歩いていた。暁もこれから部室に行くのだろうと彼は安堵する。
「迷子ですか? 学校を出るなら、来た道を引き返す」
ほら行った行った。と猫を追い払うようにシッシッと手を振る。
「谷嵜先生に旧校舎に来るようにって」
「……先生が。なら、仕方ない」
谷嵜先生の名前を出されてしまえば、拒むことは出来ないと断腸の思いで旧校舎へと向かう。もしかすると谷嵜先生が何も言っていなくとも、谷嵜先生の名前を出せば少しの融通が利くのではと悪い考えがよぎる。
「そうだ。あの暁さんに訊きたいことがあるんです」
「俺はないですが」
「綿毛最中さんって知ってる?」
「綿毛最中? 誰ですか」
聞き慣れない名前だと訝しむ。
彼から齎される事柄に一切関与したくないと露骨に出す。
「僕の、同級生」
「ハッ! 新入生の顔をいちいち覚えているわけないでしょう。名簿だってまだもらってない。貴方が何を思ったのか知らないけど、俺には関係ない相手ですね」
「ゾーンのことを知ってたから……知り合いかなって」
「……。知っているから俺と知り合いだって結論に至るなんて余りにも稚拙ですね」
旧校舎に入っていく暁に彼も付いていった。
暫く歩いていると「なんで付いてくるんですか!?」と怒られてしまう。
「だ、だって吸血鬼部の部室がどこなのか分からない」
「なんで一度で場所を覚えないんですか。貴方の海馬は狂っているんですか? いや、狂っている。俺の空想を欺いた規定違反者なんだから、狂っていないわけがない」
「その規定違反ってなんですか? 僕、なにを違反したんですか?」
「吸魂鬼に規定を言うわけないでしょう。もしも本当に吸魂鬼だった場合、そこを突かれてしまうでしょう」
綿毛も言っていたが彼は規定が分からない。リストにでもして持ってきてくれたら頑張って覚えられるのだが、教えてくれない。吸魂鬼だと疑われ続けていた。
「まだ吸魂鬼が何なのかいまいち、わかってないですけど、僕は、吸魂鬼じゃないです」
「どうして言い切れるんですか? 昨日の自分が今日続けている保証はどこにもない」
「それじゃあ、暁さんだって昨日の自分じゃないかも……」
意地になって言い返すと「ハッ」と嘲笑される。
「だからこそ、俺はゾーンに行って、空想を発動する」
「一人でやるんですか? それじゃあ、証明しようがない」
「朝から新形さんとゾーンに入り、互いに証明する。吸魂鬼ではないという証明をする事で俺たちは、互いに協力し合うことが出来る」
「なら、それを僕にも」
「嫌です。貴方と二人でゾーンに入り。貴方が本来の力を発揮しようするでしょう」
「高校生になったばかりの元中学生になにが出来るの? それに空想ももし使えたら皆に役に立つんじゃない?」
空想。イマジナリー。秘密結社的な組織で欠かせない特別な力。異常事態に陥って、数日。人間は順応して、気になる事として浮上してくる。
気になっているものの中で一等気になるのは、彼自身にも空想の力があるのかと言う点だ。もしもあるなら彼の空想は、いったいどういうものなのか場違いにも高揚感が湧かないわけもない。
「呑気だね~。先生が許さなかったら、今頃暁に殺されてるかもしれないって言うのに」
旧校舎三階に通じる踊り場の窓から外を眺めていた新形が、旧校舎を歩いていた二人の会話を聞いて呆れた声を漏らした。
新形は、暁が彼を部室まで案内していることも知っているようで「ご苦労様だね~」と茶化していた。
「新形さん、いつからいたんですか? 生徒会の仕事は?」
「柳が頑張ってくれてるよ」
「引き受けたんですか?」
「まさか! 適当にやる事をパパッと伝えて、谷嵜先生を探す旅に出てたに決まってるでしょう?」
「はあ……つまり、逃げてきたってことですよね? 可哀想に」
新形は生徒会長として責務を全部、他人に任せてきたと反省の色もなく告げる。
「じゃあ、変わってあげなよ。同情するならその仕事を代わりにやるのが筋ってものじゃん?」
「嫌ですよ。貴方の仕事を俺がやるわけないでしょう?」
「なら、文句言わない」
新形は、谷嵜先生を待っていたようで「残念だけど、まだ先生来てないんだよねぇ。急いで来たのに」と心底残念だと声色を出す。目当ての人物に会うために生徒会の役目もやらずに飛び出してきた。しかし、目的の人物は部室にいなかった。
「なにか知らない? C組君」
「うえッ!? え、えーっと……教員室?」
「いなかった」
「行ったんですね」
行動速いなぁと感心する。もしかして、本校舎を一周したのだうか。生徒会長が教師をひとり探し回る絵面は珍しくないが、目的を知ってしまえば、また見え方が違ってくる。
「当たり前でしょう? 教師の巣窟と言えば、教員室。それに私は生徒会長、行き来するのに違和感はない」
「生徒会長になったのって谷嵜先生に会う口実で、一切の疑念を抱かせない為のカモフラージュですか?」
谷嵜先生を見つけたら近くに新形がいると思うべきだと在校生の間では周知だと暁は言う。公私混同もいいところだ。
「あの、吸血鬼部を辞めろって言う同級生がいるんですが……」
彼は、綿毛の言い分を二人に言うと新形は「誰がなんと言おうと、吸血鬼部は廃部にしないよ」と平然と言った。それを決めるのは新形ではなく谷嵜先生なのだが、その熱意は確かなものだろう。
「どこの馬の骨かもわからない女子生徒に、谷嵜先生の吸血鬼部を廃部にするなんて冗談じゃない。そう言うのはゾーン内で吸魂鬼を五体くらい殺してきた奴が言うセリフであって年下の小娘が言っていいセリフじゃないよ」
「悪党ですか。吸魂鬼を五体って不可能に等しいのに」
「吸魂鬼って、そんなに怖いんですか?」
実感がない。通行料を取られて苦しい思いはしているが、吸魂鬼その物は、意識を失う前に聞こえた声や、奇妙な携帯電話の頭部をした長身の怪物、カエルの頭をした怪物しか知らない。それだけで十分に怖い。その恐怖心を克服できるほど彼は強くはない。
真っ向勝負上等! の座右の銘を持っていそうな新形や戦略的打開策を掲げていそうな暁の会話はいまいちピンとは来ていなかった。
「吸魂鬼は、言葉巧みに相手を騙す。もしくは、力で虐げる。人間のように趣味趣向を持っているように見せかけて、奴らは何も感じていない。感じている風に見えているのは人間の感性を利用した模倣。殺さなければこちらが奪われる。魂を奪われて生きたまま殺されてしまう。そんな人騙しを五体殺すのは、至難の業です」
「例えば」と暁は例を出す。
「先ほど俺が自分は吸魂鬼ではない。空想で証明されていると言ったように、吸魂鬼は人間に化ける。貴方のすぐ横にいる者が吸魂鬼の場合もある。その違いを偶然にも見つけることが出来て、拘束した際に相手は命乞い紛いなことをする。「自分は違う」「吸魂鬼じゃない」「お願いだ。殺さないでくれ」そう言えば貴方はどうしますか?」
「本当に違うかもしれないって……解放しちゃうかもしれない、です」
「つまりそう言うことですよ」
平和主義を掲げているなら尚更だと、暁は部室とは違う方向に歩いていく。どこに行くのか尋ねようとすると「ほら、後輩君こっちこっち」と新形が暁を気にも留めずに部室に向かって手を引いた。
「新形さんは吸魂鬼を、その、殺したことってあるんですか?」
「ないよ。追い詰めるとこまではいくんだけどねー。いっつも首の皮一枚。刺し違えたとかそう言うギリギリ。完全な勝利が出来ないから悔しいよ」
吸魂鬼は少しの怪我ならば瞬時に治癒させてしまう。その為、攻撃系の空想でなければ、完全に消滅させることはできない。簡単に言っているが、吸魂鬼が反撃してないことは決してない。目には目を、その逆もしかりだ。向こうから仕掛けて来る事もある。こちらは瞬時に回復する術などないのに相手はある。故に吸魂鬼は殺せないという結論に至る。
「……本当に、今まで一度も、和解を求めてきた人っていないんですか?」
「いなかったわけじゃない。だけど、本当に戦いたくない。奪いたくない。殺したくないって言う吸魂鬼には会ったことがない。吸魂鬼は生粋の純血主義の集まり、人間なんて言ういろんな血が混ざった生物を受け入れられない。ほら! 人間くらいじゃない? 毒素が含まれた食べ物を食べるのって」
犬や猫が食べてはいけないものを人間はあっさりと口にしてしまう。
吸魂鬼は魂を餌に生きている。たった一つのものしか食べられない中、人間と言う生物は、多種多様なものを口にする。チョコレートがいい例だろうと新形は指を一本立てて言う。
「まあ、ゲテモノを嫌うのは人間も同じかな」
部室の前に到着すると「とうちゃーく!」とガラリと扉を開いた。
「待ッテイタヨ」
ソファに座るその者に新形は「あ」彼は「え」と声を漏らした。
彼は、その者に目を見開く。
茶色い毛色、つぶらな二つの瞳、黒い嘴、水掻きの付いた手足。
「ビーバー?」




