第59話 Who are me
夢を見た。誰か分からないが、男の人が二人、何かから逃げる夢。
真っ暗な空間で、右も左もわからない。床に落ちる影。頭上から光が差しているのか、円を作り出している。まるでスポットライトに照らされているようだった。
汗が頬を撫でて床に落ちる。傍らには息も絶え絶え、頭や腕、脚の至る所から血を流した重傷の男に肩を貸して引きずるように歩いていた。急がなければ、追いつかれる。急がなければ、二人とも死んでしまう。その焦燥感を感じさせないように軽傷の男は「ほら、もう少しだ」と軽く声をかけるが、足がもつれて重傷の男と共に倒れてしまった。膝をついて呼吸をするのもやっとだった。
「もういい。置いていけ」
重傷の男が諦めの感情を含めて告げた。ここで置いていけば、少なくとも軽傷の男は逃げ切る事が出来ると確信していた。
「はあ!? なんで」
しかし、軽傷の男はその思考がなかったのか、突然の提案に驚愕する。
「どう考えても、俺を置いて行った方がいいだろ」
「どう考えても、お前を置いて行くわけないだろ?」
「っ……五十澤」
「任せとけって!」
そう言って再び五十澤と呼ばれた男は、重傷の男の腕を引いた。
それでもやはり途中で足が動かずに転んでしまう。このままでは本当に二人とも死んでしまう。その焦燥に五十澤も感じていないわけではない。
「ゲート解放」
ブォンと聞きなれたゲートの音が聞こえた。重傷の男の背後にゲートが出現する。今度はそちらが驚愕する番だった。
「ッ……なにを」
「あー、俺さ。一生のお願いってしたことないんだ。だから、頼む。一生のお願いだ。生きろ」
「ふざけるな! お前も」
「いや、ゲートの継続時間を考えても二人で入るとどちらかが真っ二つになりかねないんだわ! 悪い」
ゲートを通過できるのは一人だけ五十澤はヘラヘラと笑う。絶え間ない笑みに男は悲痛な表情をする。
「それに俺が行くよりもお前が行った方が、状況とかすぐに簡潔に説明してくれるだろ? 瞳ちゃんに言ってさ。俺を助けに来てくれよ」
「っ……絶対」
「ん?」
「絶対に、生きてろ。迎えに行く。だから!」
身体の痛みを耐えながら叫ぶ男に「ああ、だから」とトンっと肩を押した。自由の利かない身体は、いとも容易くゲートに飲み込まれる。最後に見た悲痛や絶望に満ちた顔に心が締め付けられる。
ゲートが閉ざされると明かりが五十澤にだけ当てられる。
「だから、……あとは、頼むわ。親友」
「素晴らしい友情心。実に胸が痛い」
パチパチと拍手の音。五十澤の背後にその声の主がいる。低い声、地底に響く音に 振り返った先を見つめる。陰にいるその存在は冷たく生き物とは思えないほどに温もりを感じない。生きてはいないだろう。
「仲良くやっていこう。友だちだろ? 久しぶりに二人きりだ。この空間で時間なんてないだろ? 俺が逃がしちまった奴も、すぐには戻って来られない。寧ろアイツは怪我もしてる。だから、現実に戻っても野垂れ死にするかもしれない。えーっと、だからさ」
必死に言葉を探しているようだった。陰に潜む怪物は嘲るように言う。
「見苦しいさ。変わらない。だからこそ、お前は情が宿り過ぎた。失敗作だ」
五十澤は、苦しそうに喉に触れた。呼吸が出来ていない。苦しそうに表情を歪めるが無理やり笑みを浮かべる。
「あの男を殺せ。魂を奪い糧にしろ。そうすれば、存在だけは残そうじゃないか。それが出来ないと言うなら仕方ないが、お前は必要ない」
「必要になるぜ。絶対にな」
「何を根拠に?」
「根拠? 俺が、あいつの通行料だからだよ。んでもって、俺を殺しても、吸魂鬼だった俺はまた巡る。もしあいつの通行料である俺が吸魂鬼に吸収される前に、完全に消えたら、通行料はどうなるのか。ゾーンと吸魂鬼は密接な関係がある。たぶん、これは誰が解こうとしても解けない永久的謎。ってことで俺は、お前に俺を吸われる前にまた巡る。そして、会いに行くんだ」
もう一度会いに行く。親友たちのもとに戻り、また笑い合うのだと五十澤は覚悟を決める。
「無駄なことを」
影が迫りくる。彼は言葉を発しようとすると映画のように場面が切り替わった。
(えっ……)
視界が少しだけ狭まった違和感に気づいたのはすぐで、彼は仮面をしていた。
長テーブルに並ぶのは彼を含めた七人の仮面の吸魂鬼たち。
その中には谷嵜先生が倒したはずの水色の仮面をした吸魂鬼、悋気の姿もあった。
そして、バニティもまた彼の近くで優雅に座っている。
「ネー、ドウシテヨンダノー? アソンデタノニー」
テーブルの上に両肘をついて頭部を支える。小さな身体が座っている椅子に合っていない所為でぷらぷらと足が揺れている。ピンクと白の仮面が左右に揺れる。
「始祖様より招集されましたが、始祖様はいまだ姿なく」
バニティが背筋を伸ばして椅子に座る。不思議だと腕を組み顎に手を当て首を傾げている。目の前の燭台の蝋燭の炎を見つめる。
「あんたたちと関わってるとこっちまでバカになっちゃいそうね」
黒髪に赤の仮面をした女性の声をした吸魂鬼が退屈そうに呟いくと「酷い言い様ですね」とバニティが肩を震わせている。それが悲しんでいるわけではなく笑っているのだとこの場にいる誰もが分かる。笑っているというアクションを身体で表現していた。
「あたしはこの場好きよ。ミンナと会えるものね~」
「会いたくないって言ってるんだけど……これだから、デジルは気味悪いって言われるのよ。話の通じない奴、人間で言うところの狂った吸魂鬼ってやつ?」
デジルと呼ばれた吸魂鬼は、黄色い仮面に目には星のマークをしていた。どこか女性のような口調をしているが、声質はまるきり男性の物だ。それはさながら宮城先生と似ている。
「俺様を呼び出したんだ。てめえらのクソくだらねえ話を聞かせるためじゃねえだろうなぁ! グラータ、てめえも含まれてんだよ」
「はあ? 偉そうに言うじゃないジュード。あんたこそ、その偉そうな仮面を叩き割られたくなきゃ黙ってなさい」
気丈に振る舞う赤の仮面をした吸魂鬼グラータは傲慢不遜な物言いをした銀色の頭髪に白い仮面をした吸魂鬼ジュードに文句を垂れる。
「俺様はなぁ、いま最高に欲深い人間を狙ったんだ。どっかのカスに取られる前に育ててやらねえとなぁ」
「あはっ! とか言って、どーせ飽きて殺すのが関の山でしょうね」
グラータは細い指を顔に近づけてきゃははと笑うと「んだとぉ!」とジュードは怒りのままに叫んだ。
「まあまあ、皆さん落ち着きましょう。悋気を見てください。一言も発さずに始祖様をお待ちになっているではないですか」
「あら、その子、来てたのね。気づかなかった」
「影薄いから、全然知らなかったわぁ、ごめんなさいね?」
純粋に気づかなかったデジルと気づいていたがわざとらしく謝罪するグラータ。
「ほしい魂、手に入れ損ねた魂。早くほしい、こんなくだらない集会に意味なんてねえだろ。早く俺様を外にだしやがれ」
気づいてもらえたのが嬉しかったのか、ジュードの言葉を告げる。
「あ? 悋気、てめえ俺様の言葉を言うんじゃねえ」
「ふざけんじゃねえぶっ殺すぞ……!」
悋気は最後まで言い終えるともう何も言わないように俯いた。
「エー、モットハナシテヨー」
「イノセント、余りジュードを刺激してはいけませんよ。気が立っていますからね」
「誰が気が立ってるってんだぁ? 俺様はいつでも絶好調だぜ!」
「とか言って、お気に入りが横取りされたら不機嫌で手当たり次第に襲う癖に。なにが絶好調よ~」
「モットモット、ホシイタノシイ。アソボウ!」
イノセント、バニティ、デジル、グラータ、ジュード、悋気。
六人とも仮面をしている。
イノセントは、ピンクと白の仮面に口角を釣り上げて、右目が「ハート」左目が「星」のマークをさせている。
バニティは、青の仮面に両目が「バツ」のマークをしている。
デジルは、黄色の仮面に両目が「星」のマークをしている。
グラータは、赤の仮面に両目が「雫」のマークをしている。口角が下がりへの字をさせていた。
ジュードは、白の仮面に目の穴は空いていないが、自信ありげな笑みを浮かべる。
悋気は、水色の仮面に両目が「丸」のマークをしている。口がなく飾り気もない。
「けっ! つまらなねえやつらだぜ」
「あら、つまらなさならあんたも負けてないじゃなぁい」
「てめえ、ぶっ殺す」
「殺気立っちゃってバカみたい。よくあるわよね~。ただ言葉を強くする小物」
ダンっとテーブルを殴り椅子から立ち上がる直後「やあ、みんな」と彼らが集まり座る場所から離れた席に座る黒い影があった。その声が聞こえるとジュードは舌打ちをして席に座った。
「愛すべき我が子供たち」
「父上、いったい何の用なの? あたし、暇じゃないのよね」
「アタシモ! モットアソビタイ!」
グラータとイノセントがこの集会から出ていきたいと露骨に出すとまあまあと宥める。
「残念なことに、愛すべき子供の中から裏切り者が出てしまった」
「あら、それは悲しいわね」
「あはっ! それ、あたしがやってあげてもいいわよ! 退屈していたところなの」
「おいおい、言ってることがデタラメじゃねえかぁ。暇じゃねえんだろぉ?」
「良いのよ。父上を失望させるなら、あたしが滅多打ちにしてあげる」
「やりたい殺したい裏切った後の顔を見てみたい」
「ジャアジャア! アタシモヤリターイ」
「皆さん、そう言うときばかりやる気ですね」
吸血鬼となってしまった吸魂鬼を始末する事に生き甲斐でもあるのかグラータは不機嫌な声色を消し去っているが、始祖は仮面の吸魂鬼たちの申し出を断り「自らの手で始末する」と言い切る。
「家族の不始末は親が責任を取る。今回は特にね」




