第57話 Who are me
じゅるじゅると液体を啜る音。逃げた仮面の吸魂鬼が、液状化して原形をとどめていないジェル状の吸魂鬼だったものを食べていた。共食いをしていた。仮面の奥底にある夜の星空が液体を吸い上げる。
「っ……なんて、下劣な!」
流星結晶! と暁は見るに堪えないと仮面の吸魂鬼に向かって結界を飛ばした。すると仮面の吸魂鬼のこめかみにぶつかり首が曲がる。それが余計に不気味さを醸し出す。
「下がれ、暁。相手は、普通じゃない」
「っ……」
あれだけ同胞を尊重していた連中が共食いをしている。今までしてきたことが嘘のように、化けの皮が剥がれる。人間よりも醜悪なものである。暁は吐き気がすると結界を練り、仮面の吸魂鬼を封じる。
どんな行動を取ろうとも逃がしはしない。共食いをしている個体を黙って見過ごすことなど出来ない。此処に彼がいたら絶句して指先一つと動かせないだろう。
「俺が仕留める。お前はそのまま、結界を想像し続けてろ。良いな?」
「はい、お願いします」
谷嵜先生の指示に従って暁は集中する。決して砕かれることのない強固な結界。
吸魂鬼を一網打尽にする最強結晶。吸魂鬼の一撃を封じる結界を空想で築く。
結界の中にいる仮面の吸魂鬼を紫色の瞳が睨みつけ相手の隙を見つけて、床を蹴った直後、仮面の吸魂鬼は谷嵜先生の前から姿を消した。
(何故だ。暁の結界が簡単に破られたのか)
目の前から忽然と消えた。音もなく、消えた。
仮面の吸魂鬼は確かに暁が結界で封じていた。それなのになぜ、目の前から消えることが出来たのか。その解はすぐに導き出されることだ。暁よりも優れた力を持つ吸魂鬼だったことになる。
消えた仮面の吸魂鬼は谷嵜先生の横に移動していた。ぽっかり空いた顔。吸魂のキスをするために迫りくるが、谷嵜先生は身を捻り蹴りあげた。暁から離すように部屋の奥へと蹴り壁に叩きつける。
そして、谷嵜先生は自身の空想を握った。
(あれが、先生の空想)
初めて見たと暁は谷嵜先生を見る。谷嵜先生は吸魂鬼に凶器を向ける。
簡単に誰かの命を奪うことが出来る道具を谷嵜先生は生み出した。引き金が引かれる。乾いた音、無感情の礫が吸魂鬼の腹部に当たる。ビクンと衝撃と共に吸魂鬼の身体が跳ねる。響く銃声と共に二丁拳銃が火を噴く。空想の中ならば、銃弾の心配など必要が無い。
蹴り飛ばされた衝撃で外れた仮面がカタカタと震えていることに暁は気づき谷嵜先生を呼ぶと間髪入れずに仮面を破壊すると星空が浮かび上がり、仮面が消滅すると吸魂鬼も、同じように星空を浮かび上がらせて徐々に消滅していく。それは恐ろしくなるほどに冷たく感じて、それでいて神秘的とも言えた。
脅威が無くなると建物が揺れ始める。立っているのもやっとなほどに激しく揺れる。暁は立っていられなくなり膝を曲げてしまうと谷嵜先生は腕を掴んで強引に立たせる。
「屋敷に擬態する吸魂鬼が食われて、食った奴も消えた。この建物は本来の姿に戻る。離脱する。急がないと俺たちも潰されて二人揃ってお陀仏だ」
「はい!」
谷嵜先生は暁の腕を引いて、先に部屋を出るように促す。
「長! 副長!」
「先生、隠君」
洋館から飛び出すように出て来ると目を覚ました彼と介抱していた浅草が駆け寄る。
崩れる洋館は本来の姿を現す。そこは使われることが無くなった掘っ立て小屋が残っていた。もとから洋館など存在していなかったのだ。吸魂鬼の力によって、掘っ立て小屋は洋館へと姿を変えた。吸魂鬼が憑依して、洋館で迷い込む人々を食らっていた。
暁と彼が掘っ立て小屋の中に入る。暁が結界で護っていたはずの八体の人形が転がっていた。今ならばそれが行方不明になった一般人であると理解できる。
「被害にあった方々だ」
谷嵜先生と浅草が後を追いかけて来る。人形を見ると簡潔に谷嵜先生は告げると彼は目を伏せて、人形とされた者たちを元に戻せるのか尋ねるが谷嵜先生は「期待できんだろうな」と首を横に振った。
吸魂鬼が消滅しても人間だった人形は、死体にもならなかった。洋館から掘っ立て小屋に戻ってもなお、人間に戻らない。彼や浅草のように人形になって日が浅いというのならば、話は変わって来る。時間経過で人間の有無が決まるのだろう。それこそ、完全に消化されてしまえば、魂も肉体も関係ないと仮説が出来上がる。
彼や浅草は、人形になっていた時間も短く、置物としての自覚がほぼなかったが、失踪した人々は違う。長く置物となっていた所為で本来の自分を見失い。魂を喰われてしまった。このまま失踪したままにした方が幸せなこともあるだろう。親族に告げた所で受け入れられない現実だ。
「今回の仕事は違和感が残りますね。俺たちは正式な吸魂鬼狩りではないにしてもゾーン内を往来できる。つまり吸魂鬼狩りは狙わないはずの空間において、狙われた。そして、建物を模した吸魂鬼の存在」
建物が吸魂鬼なんて前代未聞で報告に値する。現実にいた人たちが人形に作り替えられていた。吸魂鬼は現実世界に現れても力が制限されているという規則性が覆された。
「次に仮面の吸魂鬼です。実は、これに関しては以前から吸魂鬼狩りの周りで周知し始めていたんです」
吸魂鬼狩りをサポートするアプリでの情報で『仮面の吸魂鬼』に関する文字が夏休みに入って数件浮上していた。流暢な言葉を話し喜怒哀楽を表に出す。人間のような頭部を持ち、その者たちは表情を持つ仮面で顔を覆っていた。
まだ詳細は掴めていないが仮面の吸魂鬼の中には猟奇的な性格の個体もいるようで遭遇した場合は、少しでも情報を持ち離脱を促されていた。
仮面の吸魂鬼も吸魂鬼狩りの中で周知し始めた頃に現れた。まるで周知されるのを待っていたかのように。
「ジョン、浅草。お前ら、人形になった時の状況を覚えてるか?」
「……?」
「朧気ではあるんですが……」
「浅草さんは、なった瞬間は覚えていないようですね」
「うぃ」
「なら、ジョン。お前はその状況を報告書に書いてくれ」
人形になった後の数分でも、それがどちらの吸魂鬼によるモノなのか知る必要があると谷嵜先生は命じる為、彼は素直に頷いた。
洋館の調査は終わり、報告書を作成するため部室に戻るためにゲートを開いた。
その直後、谷嵜先生はふらりと立ち眩みを覚え、すぐに意識を失い地面に倒れてしまった。
その事に彼と浅草は動揺する。先ほどまで平然と話をしていた谷嵜先生が倒れてしまったのだ。もしかするとまだ他の吸魂鬼がいるのではと警戒する。
「二人とも、落ち着いて。早く部室に連れて行きましょう」
混乱する浅草と彼に暁は冷静に対処する。浅草と彼が谷嵜先生を両方で支える。たとえ吸魂鬼がいたとしてもゲートが開いている状態ならば、帰還することは容易い。
「我々を殺せば、代償が発生するのは当然でしょう?」
「っ?!」
突如として聞こえてきた青年のような声。
暁たちが対峙した仮面の吸魂鬼ではなく、さらりとした黒髪を肩まで伸ばした成人男性ほどの背丈をした青の仮面の吸魂鬼。仮面は、両目がバツマークでくり抜かれている。その吸魂鬼は、破壊したはずの水色の仮面を指先に挟み弄んでいた。
「私は、バニティ。以後をよろしくお願いしますね? そしてこちらが悋気。それがこの仮面をしていた吸魂鬼の名前です。貴方たちが消滅させてしまった吸魂鬼の名です。そして、我々は普通の吸魂鬼とはまた違った性質を持っている。貴方たちが空想を使い進化を続けるように、我々もまた成長するのですよ」
悋気。谷嵜先生が殺した吸魂鬼の名前だと相手、バニティは言う。
懇切丁寧に告げられても相手が吸魂鬼である以上、下手に出られても警戒するしかないのだ。
「吸魂鬼、この方に何をしたんだ!」
暁が叫ぶとバニティは無実だと両手を上げた後「すべては」と仮面を被せるように自身の仮面に合わせる。
「悋気を殺したことで発症している後遺症ですよ。吸魂鬼狩りがほぼ毎日のように感じている感覚。我々はこれを、呪い、と言っていますがね」
「呪詛」
「似たようなものですね。貴方たちはまだ気づいていない。まだ教わっていないのですよ。我々を真の意味で倒す。殺す意味を……そこの男は、その意味を教えていない。もっとも真の吸魂鬼狩りも片手で数える程度。軽度の呪いと侮り、今まで通り過ごすと痛い目を見る」
楽し気な声色、暁は「二人は部室へ」と避難を促す。ゲートは開かれている。動けない谷嵜先生を部室に運び込めば、是が非でも動いてくれる人がいる。
「いいんですか? 貴方じゃあ、まず私を殺すことは出来ない。先の戦いで空想を使い。体力は消耗しているでしょう?」
「殺せずとも退けることは出来る」
「隠君」
「副部長命令です。皆さんは部室に行き、新形さんを呼んできてください」
「……っ。嫌だ」
「ジョン君!」
この時ばかりは彼の頑固さが嫌になる。勇敢と無謀をはき違えてはいけない。
「僕だって役に立ちたい」
「貴方の空想では相手になりません!」
「僕が一番疲れてないから! 隠君たちが新形さんを連れてきてくれるなら、その間僕は、僕の空想で先を見る」
千里眼。先を見据える力を使ってバニティが仕掛けて来る事を回避する。使いすぎれば失明する恐れがある。慣れていないままで吸魂鬼を一人で相手するなど規則違反である。そう説いても彼は動かない。
彼は浅草に谷嵜先生を任せて、暁の服を引いてゲートに飛び込ませた。突然のことで暁は「ジョン君」と言葉と共にゲートの中へと消えてしまう。浅草も既に谷嵜先生と共に部室に戻ってしまっている。ゲートは暁の無理な侵入で維持できずに消滅する。すぐに新形が来てくれるのを待つしかない。
「貴方が残ってくれてよかった」
バニティは彼を見て笑みを浮かべた、気がした。彼は警戒する。バニティと名乗った吸魂鬼が敵なのか味方なのか分からないからだ。
バニティの手には、誰かのスマホが握られている。スマホカバーからして彼の知るものじゃない。
「これは、名を馳せることのなかった吸魂鬼狩りの端末です。悋気が召し上がられた後の残骸を漁っているときに見つけたものなんですがね」
バニティはスマホをタプタプと操作した後、画面を見せてきた。そこには吸魂鬼狩りのコミュニティが開かれていた。蝙蝠エンブレムが表示されている。
画面に表示される様々な吸魂鬼出現情報、そして吸血鬼部へ向けた依頼の文字。
「情報社会において、余りにも迂闊なことをしますね。吸魂鬼が機械を使わないとでも思ったのでしょうか?」
同胞が出現する情報が筒抜けと言うこともありバニティは面白おかしく眺めている。
「返して」
「ええ、どうぞ」
無理を承知で言うと「はい」とバニティは呆気なく彼にスマホを差し出した。その事に戸惑っていると「私は貴方と敵対したいわけではないですからね」となんてこともない風に言う。
「もしかして、僕たちを此処におびき寄せたのは」
「私です」
「どうして!」
どうしてそんな危険な真似をさせたのか。そして、どうして自分たちだったのか。
敵対関係になりたくなかったというが、この調査は余りにもおかしい点がいくつもある。
吸魂鬼狩りが相手をしなかったのではない。「相手をしていない」という情報を吸血鬼部に誤報しただけだ。バニティが全て仕組んだことだった。
「悋気を止めて欲しかった」
「え……でも」
「ええ、同胞ですよ。仲間です。ですが、悋気は少々気が狂った。生まれるのが速すぎた。故障したまま出荷された不良品。終わらせてあげたかったのです」
持っていた水色の仮面が消滅する。流れ星が消え去るかのように儚く、呆気なく。
「悋気は何かを妬む癖がある。我々に、人間に、生き物に、自分の意思を語らない代わりに相手の心を語る。素晴らしい方だったのですが、自分自身を制御しきれずに、最終的には妬みが悋気を飲み込んでしまった」
「洋館だった吸魂鬼と関係は?」
「物に執着する感情として具現化した吸魂鬼に妬みを覚えて、内側から破壊しようとしていました。館主の部屋に本体である核はいました。吸血鬼部の方々に内側を破壊されたお陰で修復不可能の末に、同族を生み込む形となってしまった。ですが、結果で言えば良好です。もう悋気のような共食いをするような個体は消えました。ありがとうございました」
吸血鬼部を利用してでも、消し去らなければならなかった。
同胞を救う。それがバニティの目的だった。それを彼は咎める事ができなかった。苦しい姿を見続けるのが嫌だった。
目的は洋館の吸魂鬼ではなく、洋館の吸魂鬼に憑いてしまった悋気の退治。無事に谷嵜先生の手で退治された。殺された。消滅が確認した。
「呪いってなに」
吸魂鬼を殺した時に生じた呪い。バニティの言葉を真に受けるのならば、谷嵜先生が倒れたのは、悋気を殺した際に生じる呪いによってだ。
「我々に限ったことではないのですよ。吸魂鬼を真の意味で殺せば、呪いを受けます」
体験してみますか? とバニティは手を差し伸べた。
怪我をさせるわけじゃない。ただ知ってほしいとバニティは言う。
彼は、バニティの手を取った。少しでも知ることが出来るならと嘘かもしれない言葉を信じた。
彼の悪癖だろう。なんでも信じてしまう。無知な彼は知ろうとする。知らなければならない義務があると思い込む。




