第56話 Who are me
コロンと浅草人形が暁の前に飛び出す。水のようなものに襲われていたのもいつの間にか消えており、呼吸が楽になる。
「浅草、さん?」
言葉を話せない浅草人形は、吸魂鬼を通して意思を告げる。
「副部長殿はおひとりではありません。不束者ですが、わたくしたちがいます。っ……ぅがぁあ!」
仮面の吸魂鬼は本意ではない言葉を口にして苛立ちを見せる。相手を翻弄して弱らせる。吸魂する。目的が破綻して崩れていく。
「副部長殿、どうかわたくしたちを信じてください。先生は無事です」
言いたくないのに言葉が出て来る。仮面越しに口を塞ぐが音が漏れる。「うぅ、うぅ」と嗚咽が漏れる。そして、苛立ちのままに突っ込んでくると水の壁にぶつかる。
「流星結晶! 乱!」
浅草人形が空想で相手を足止めをする隙を見て、暁が結界を生み仮面の吸魂鬼へ浮遊結晶を飛ばす。そして、正方形の結界が仮面の吸魂鬼を封じる。
「僕にも出来るんだ」
「俺にも? いいえ、俺だからこそできるんですよ。俺にしか封印の空想は扱えない。そうですよね? 浅草さん」
少し前でふらふらと揺れている浅草人形がこちらを向いて跳ねる。そして、暁の腕の中に飛び込んだ。難なくキャッチして抱える。
「もう結界を壊させはしませんよ」
彼も見つかっていない。此処に吸魂鬼が出現した状況では、話が変って来る。擬態の吸魂鬼と仮面の吸魂鬼を別に考えるのならば、少人数で二体の吸魂鬼の相手は至難の業。
結界の中で暴れる吸魂鬼をそのままにしておけない為、結界を動かそうとしたとき「そのままでいい」と声が聞こえた。声の方を振り向けば、鬼の形相の谷嵜先生が階段から上がってきた。頬や服が汚れている。その手には、彼に酷似した人形が握られている。
随分と可哀想な結果になっている。微動だにしないのは、谷嵜先生に怯えているのか、気絶しているかのどちらかだ。
「先生、いままでどこに?」
「あ? 地下」
大広間、東側の扉付近を調べていた谷嵜先生は、ドアノブに触れた直後、足元が忽然と消滅して地下に落とされたという。深さはそれほどなかったが、階層で言えば、学校の校舎二階分の落下を体験した。
埃まみれでかび臭い地下室に落とされた谷嵜先生は、一階に戻る為に、階段へと通じる道を妨げるありとあらゆるガラクタを破壊して突き進んだ。
その際に見つけた彼の人形。味方のはずなのに鬼が迫って来ると震えて逃げ出そうとしたが、金縛りに遭ったかのように硬直して動けずに呆気なく捕まり、一緒に地上に戻ってきた。大広間に暁の姿はなく、半壊した階段をのぼってやってきて現在に至る。
谷嵜先生が仮面の吸魂鬼に視線を向ける。
「……? ぁ、あぁああ。アァアアア!」
突如仮面の吸魂鬼は結界の中で発狂した。頭を抱えながらぶんぶんっと振り回している。結界の中では好き勝手に動けないと高を括っていると結界が叫びに反響して亀裂が生まれる。
「暁! 下がれ!」
谷嵜先生は、浅草人形と彼の人形を暁に持っているように言い後ろに下がらせる。
ピキピキと音を立てて暁が生み出した結界が割れてしまう。結界の欠片がキラキラと輝きながら消滅していく。仮面の吸魂鬼はこちらに向かって来ると谷嵜先生が暁に近づけさせまいと構えるが、脅威の脚力で二人を飛び越え階段へと向かった。
「追いかけます!」
仮面の吸魂鬼を逃してはならないと動き出そうとした暁を谷嵜先生は止める。
「わざわざ三階に向かったのが気になる。一度、その二人を外に出して引き返す。他の人形も連れてこい」
「ですが! 万が一逃げられでもしたら」
「逃げる気なら上に行くようなことはしないだろ」
逃げる為に外を目指すのならば、上の階に行くわけがない。窓を突き破ってでも外に出られる。吸魂鬼などゾーン内では縦横無尽に動き回る事が出来るのだ。理性的とは言えず、常に予測不可能な点を除けば、吸魂鬼は人間の行動を模倣している。
吸魂鬼が向こうから離れていったのなら深追いは禁物だ。
一階に戻って来りガチャガチャと扉を開こうとするが施錠されている。
「開きません」
「たく……なにがしたいんだ」
逃したいわけではないが、吸魂するチャンスはもう残っていない。建物に擬態した吸魂鬼は、吸魂する事も出来ない。
扉が開かないのならと谷嵜先生は床に抛り出されていた斧を掴んだ。
無言の恐怖を暁は抱く。ガッガッとけたたましい音を立てて扉を叩き割ろうと試みるが蝶番を破壊しようにもびくともしない。斧によって与えられた疵は生き物のように修復してしまうのだ。
それが明確に二人が立つ建物が、ただの建造物ではないと暗に告げている。暁の近くで聞こえる舌打ちに口を噤む。
(すいません、怖いので斧を持ってイライラするのはやめてください)
とは口が裂けても言えない。これが新形ならば嬉々と「斧持ってる先生かっこい!」と歓喜だろう。新形の背後に彼と浅草を連れて避難していたが、此処には生憎とそんな心強い部長殿はいない。つまるところ、後輩たちを護れるのは暁だけである。その腕の中にいる人形となった後輩たち、浅草人形も僅かに震えている。いつもお気楽で、まともな会話の方が珍しい浅草でも、斧を持つ不摂生な男は恐怖の対象なのだろう。暁は内心「同意見です」と強く頷いた。
その後、谷嵜先生は浅草人形と彼の人形を暁から受け取り、窓から抛り投げた。
「ちょ!? 先生!?」
「窓としては機能するみたいだな」
「それを確かめる為に生徒を二人、窓から捨てたんですか!?」
「外に出す。来た時は入れたんだ。帰ることが出来なくとも外側から扉を開くことが出来る」
ならば一人でよかったのでは、捨てることもなかったのでは、体罰の入らないのかなどなどを頭の中に渦を巻いているとガチャリと扉の方から音がした。
「にょーん」
人間の姿になった浅草がひらひらと手を振っていると「浅草、ドアから離れろ」と谷嵜先生が扉に近づいて斧を振り下ろした。それは、聞いたことのない音、片方の扉を真っ二つに破壊した。浅草と暁は耳を塞いだ。扉を再生させないほどの破壊力をもった斧の連撃に擬態している吸魂鬼が可哀想に思えてしまうほどに扉は木くずになっていた。
「これで、良いだろ」
蝶番から離れた木の板を見て谷嵜先生は満足そうな表情をする。
やっと外に出られた暁は、余りにも長い時間、洋館の中にいた気がするが、陽はまだ高く、体感の時刻は十四時ほどだと気づいた。
「まだ明るいんですね」
「ゾーン内と時間の齟齬が起こってるんだろ」
外に追い出された彼の人形を探すと彼は木陰で倒れていた。どうして人の姿に戻れたのか暁が不思議に思っている谷嵜先生は「擬態してる吸魂鬼が、力の維持を失ったんだろ」と答える。
浅草は、すぐに目を覚ましたようだが彼は気絶している。大方、人形にされた直後に落下して気絶したのだろう。意識を取り戻しても谷嵜先生の圧に負けて再び気絶した結果とも言える。
洋館が人間を人形に変えてしまう力を持っていた。だがそれらは洋館の中でしかその力が効果を発揮しない。窓から放り出した二人が元に戻ったのもそれが要因だろ。
「浅草、暁。ジョンを見てろ」
「御意!」
敬礼の真似をする浅草を一瞥して再び谷嵜先生は洋館の中に留まる仮面の吸魂鬼を退治するために洋館に戻って行こうとしていた。
「待ってください、先生! まさか一人で向かうおつもりですか!? なら俺も行きます」
「空想の使いすぎだ。息切れしてることに気づけ」
「……え」
洋館に来てから結界空想を幾度も発動し続けてきた暁の顔には疲労の色が見える。
再び洋館に連れて行き、吸魂鬼と対峙するようなことがあれば、護り切ることは難しい。想定で吸魂鬼は最低二体はいる中で疲れている暁は足手まといになってしまう。万が一のことを考えて外で待機させておいた方が良いと判断したが、暁は頷かなかった。
「大丈夫です」
「邪魔だ」
「自分の身は自分で護ります。それでも俺が自分を護りきれずに足を引っ張ってしまったら置いていって構いません」
「被害者を増やす気はない」
「被害者になる気はないです。俺はやります」
真っすぐ見ると谷嵜先生は髪を掻いて、ため息を吐いた。このまま問答を続けるのは無断の極みだ。
「命第一だ。俺が逃げろと言えば、振り返らずに逃げろ。護れないようなら俺は死んでもお前を離脱させる。俺を殺したくねえなら素直に従え」
「わかりました」
意志が固い事に相手するだけ無駄だと谷嵜先生は浅草を見て「ジョンと此処で待機だ」と命じて二人で洋館に向かった。
洋館に入る前に暁がゾーン内で結界を暁と谷嵜先生に張り気を引き締める。
「このまま三階に直行する」
「わかりました」
谷嵜先生は発現通り、半壊した階段を使い二階に行き、そのまま三階へと階段を上がっていく。一階を見るに二階を調査したところで何も得るものはないだろうと判断して三階の主の部屋へと向かう。
三階の洋館の主が使うであろう執務室へ通じる廊下。
その最奥、乱暴に開かれた両開きの扉の先には、朱殷色の絨毯と机が見えた。その前で蹲る吸魂鬼。
「先生、これはどう言う」
「見たまんまだろ」
暁は目を疑った。自分が見ていることを疑った。信じられない。信じたくない。今までの説明が矛盾して、否定された。青信号で止まり、赤信号で進むようにルールが簡単に破壊されたような感覚に捕らわれた暁は、その現象を受け入れられなかった。
仮面の吸魂鬼が、吸魂鬼を喰っていた。




