第55話 Who are me
「もしも僕に千里眼があれば、みんなを見つけられるのにな」
「っ!?」
二階に到着して顔を上げる。
暁が休憩する階段のすぐ横には三階に通じる階段とまた西と東に分かれて各部屋の扉が並ぶ。西側の廊下の先で人がいることだけが分かり、暁は凝視する。
深緑色の髪、水色の仮面に丸い目の穴をしている。口がなく飾り気もない。
「貴方はいったい」
一階での騒動を聞いていないわけもないだろう。そして、先ほどの言葉に暁は警戒の色を強めた。
「寂しいよ。悲しいよ。一人はイヤだな。消えたくない」
「なにを訳が分からないことを」
「また知っている人が消えるのは嫌だ。兄さんたちみたいに誰かに会いたい」
ブツブツと呟いている相手に暁は身構える。敵意は感じられないが、ただの人間というわけでもないだろう。この洋館に擬態している吸魂鬼ではない。何より暁はいま現実にいるのだ。今いる洋館のように、無機物に憑依しているようにも思えない。その姿が精巧に作られた人形であるなら、職人技だ。
つまり、仮面の人物は吸魂鬼ではないと暁は考えるが、相手の言っている言葉に引っ掛かりを覚える。
「世界一の空想使いは僕じゃない。何も出来ない。後ろで兄さんたちを見ていることしかできない」
「……」
「兄さんたちの所為で僕は評価されない。評価して、正当に評価して、僕を見て、僕だけを見てよ!」
(いえ、これは吸魂鬼ですね)
考えていたことを全て否定した。仮面の人物は吸魂鬼であることは間違いない。
最後の語気を強めて相手は近づいて来た。目にも止まらない速さで手を伸ばされて暁の胸に触れる。その直後、冷たい感覚に支配された。
「ッ……!」
「なんだ、これ。なにをされたの」
「なにをそっちから仕掛けてきておいて」
「わからない。どうしたいのかわからない」
(本当に理解できない。何がしたいんだ)
まるで被害者とばかりに相手は暁を見て震えている。
「どうしていつも僕なんだ。僕じゃなければいいのに、此処にいるのが先生だったら、吸魂鬼の対処が出来るのに、どうして新形さんじゃないんだ。どうして」
――どうして兄さんたちじゃないんだ。
「って妬んでる」
「ッ?!」
心を締め付ける感覚。呼吸が出来なくなる、違和感を感じる。
迫って来る仮面の奥に少しでも輝きがあるはずのソレがない。
「兄さんなら、こんな吸魂鬼すぐに倒せるのに、消してくれるのに……僕が消しちゃったんだ。僕が不甲斐ない所為で、僕が……悪いことをした」
「五芒星結晶! 裂ッ!」
気づいた。此処はゾーンの中であると、いつの間にかゾーンの中にいた。暁は、即座に相手から離れて空想を放った。
(仮面の吸魂鬼。引き込まれてしまいましたか)
暁の空想が手裏剣のように回転しながら吸魂鬼に向かうが、吸魂鬼に指先で捕らえられ消滅してしまう。
「効かない。僕の空想が……もうどうしようもないじゃないか」
「実に、実に単純明快。一切の疑問すらない」
暁はニィッと挑発的な笑みを浮かべる。掌にジワリと汗が滲む。
この分かりやすい相手に楽しむほかないのだ。
「貴方の特性は、自問自答。俺の心のうちを、口にする。そうして、相手の判断能力を低下させて吸魂する。そうでしょう?」
「わかってもどうする事も僕にはできない。封じて、ジョン君を探さなければ、ない物ねだりだ。もうダメだ」
「なるほど、音のないオウム返しですか」
いくら相手に意思を求めても相手はこちらの心を言葉にする。会話なんて意味がない。暁自身が通行料と共に消した不甲斐ない末っ子。兄を兄と慕いながら、弱者だと罵り嘲り、危険に陥れば誰かに縋る愚かしさすら気づかない。
(ふっ、だからなんだって言うんですか)
「……?」
「嫉妬に狂った俺を咎めに来たんですか? それとも、ただ翻弄するだけ? どうぞ、思う存分俺を罵ればいい。俺は一人だってやれる。なぜなら俺は、吸血鬼部副部長、暁隠なんですから。大きな壁を乗り越える? そんなの時間の無駄ですね。壁があるなら遠回りでもしたらいい。わざわざぶつかりに行くなんて愚の骨頂。俺は、絶対に兄を超えたりしない。遠回りでも追い越すんです」
「……?」
「心なんて、なくてもそれくらい理解したらどうですか。上級、なんでしょう? 貴方」
「……?」
水色の仮面が傾く。どれだけ揺さぶっても暁は折れない。
もう折れない。一度折れたのだから、二度目はない。補強されもしていない。そのままありのままを受け入れたのだ。抗って、諦めて、呆れて、そして、もう折れないように横たわる。
だからこそ、暁はどれだけ心のうちを晒してもめげない。戸惑いはする。いるはずのない人を前にしたら当然驚愕する。人らしく生きている。
「貴方を封印します」
「……」
その手が結界を練り上げる。暁のしようとしていることを察した吸魂鬼は距離を詰めて暁を殺そうと手を伸ばした。表情のない吸魂鬼。
暁に触れる直前に燃えた。暁に張られた結界が吸魂鬼を拒んだのだ。結界の中で嫉妬に燃える吸魂鬼。
「僕だけでも出来る。出来るんだ。だって兄さんたちが凄いのに僕だけが凄くないわけがない。出来て当然だ!」
「鬱陶しいですね!!」
暁は結界を複数生み出して拘束するが、いとも容易く破壊される。空想の特性上、発動者の想像力がモノを言う。気を散らした状態では、強固な結界は生み出せない。
仮面の吸魂鬼は、燃える手を伸ばして暁を掴むと床に叩きつけた。
「僕は、また誰かに迷惑をかけて生きていくんだ。僕がダメだから、出来損ないだから、ろくでもない。消えてくれ。いなくなってくれ、消してくれ」
「だったら黙って消えてくださいよっ!」
吸魂鬼は暁の言葉を引用する。暁は鬱陶しいだけで苛立ちばかりが募る。吸魂鬼の腹を蹴り上げて転がす。腹部を押さえて呻き声を上げる吸魂鬼に暁は手を出して仮面に触れた。
「封印結晶」
吸魂鬼は透明な結晶に覆われた。そして、仮面を奪い取るとそこに顔はなく暗闇が広がっていた。暗闇の奥底には小さな粒がキラキラと輝いているように見える。それはさながら満点の星が輝く空のようだった。奇妙な生物の謎がまた一つ増えた。
「っ……! 本当にどうやって話しているんですか」
「わからない。吸魂鬼がわからない」
「ええ、まったくですよ!」
壊れた音声のように何度も同じことを繰り返すことが奇妙で恐怖を感じる。
仮面が取れても吸魂鬼は暁を攻撃するために手を伸ばしている。
(しゃれこうべの一つでも出て来ると思いましたが、そう言うわけではないんでしょね)
かつて吸魂鬼の身体は死んだ人間の亡骸を勝手に使われているのだと思っていたが、そう言うわけではないようでやはり、模倣。ゾーン内の空想と同じ原理で構築されている。存在しない。仮面の奥のように果てしない宇宙。感情の権化。人間の感情を糧にしか生きられない実体のない哀れな生き物だ。
思考を巡らせていると突如として暁は息苦しさを覚えた。口からぼこりと空気が抜けた。水だ。
(どうしてっ!)
陸地、室内、水があり溺れるなんてあり得ない。それなのにソレは確かに水で暁は溺れかけている。自分が濡れている実感はないが水で溺死しそうになる。
吸魂鬼が結界から抜け出して、暁をぽっかり空いた頭部で見ている。
「苦しい息ができない。どうにかしないと」
吸魂鬼がこちらの気持ちを代弁する。どうにかしないとと言うのなら、術を消せと言いたいが口を開けば一気に水が入り込み苦しさを増すばかり。
室内に水はない。暁だけが息苦しさを感じている。目に見えない水。いつから、その術がかけられていたのか。暁が悶えている間に、吸魂鬼は放り出されて床に転がる仮面を拾い上げる。
「……ッ」
(水の中で呼吸を止めていられるのは、最長でも約二十四分ほど。俺にそれが出来るわけがない。俺が出来て、長くても二分が限度)
「副部長様、助太刀いたします」
不意に聞こえた吸魂鬼の声。だが、それは暁の言葉ではない。
ドカリと仮面を顔に添えた吸魂鬼に向かって、丸みのあるフォルムがぶつかった。




