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第53話 Who are me

「ジョン君! ジョン君!」


 暁は、ゾーン内で彼と共に洋館の東側を調査していた。チェイン内では彼と他愛無い話や調査の結果と見解を言い合っていると、東側の最奥に行きつき、大扉を開いていく彼の後に続いたが、大部屋に入る一歩前でバタンと扉が閉ざされた。

 ドアノブを捻ってもガチャガチャと鍵がかかっている。扉は開くことを拒む。彼が意図的にそんなことをしているとは到底思えない。つまり洋館その物に何らかの力が与えられて、彼を閉じ込めた。暁は急いでスマホを操作した。


『先生、ジョン君が奥の大部屋と思しき部屋に閉じ込められてしまいました』


 チェインのグループ【洋館】には、四人が参加している。暁以外の三人が既読を付ければ、『3』となるはずだが、『既読1』が表示されると数秒後に谷嵜先生から連絡が来る。

『浅草も同じ状態だ』『一度合流する』『引き返して来い』と連続で文字が浮かび上がるのを見て、暁は踵を返した瞬間、廊下がぐにゃりと歪んだ。


「ッ!? どうなって……。いや、此処はゾーン内この程度、驚くに値しない」


 暁はその手に結界を生み出す。


「流星結晶!」


 いくつもの結界結晶が歪む廊下に向かう。床が天井、天井が床、壁が床で、床が壁とデタラメに螺旋状に歪む。視界情報がおかしくなり眩暈までしてくる。流星結界が一切反応しない。


『先生、廊下が歪んで進めません』

『目を閉じろ。壁に手をついて進め』


 エントランスまで一直線だった。扉の凹凸はあれど、まっすぐ曲がり角などなかった。


 視覚情報を遮断することで幻術から脱却する事が出来ると単純明快なことを告げられる。目を閉ざして横にあるであろう壁に手を付き暁はゆっくり、けれど確実に来た道を引き返した。急がなければ彼が危険な目に遭ってしまう。


(ゾーン内にいたから、俺は巻き込まれなかったんでしょうか。ゾーンに属している者ではなく現実を行く人たちを襲っている。それだと今までの吸魂鬼狩りはゾーンでしか調査していない? いや、そんなはず)


「良いのか? ずっと目を閉じてて」

「っ!?」

「お前が探してるのは、目を開いてよく見ないと見つけられないだろ」


 聞き覚えのある声に暁は驚愕する。そして、弾かれるように目を開いてその正体を突き止めるために振り向いてしまった。その直後、暁の腹部に違和感を感じる。


「安心するなよ、此処はもう敵の手の内だって気づけ。吸血鬼部、副部長殿」


 腹部の違和感。殴られた痛みに蹲り声の正体を見ようと顔を上げる。

 息苦しさに悶えて、見えたのは皮のブーツと赤色。


「泣くか? メソメソ声を上擦らせて? 弱いねえ~。弱い弱い。大丈夫、兄ちゃんが護ってやるよ」


 赤いトレンチコートが暁を見下ろす。伸ばされた手は護るの言葉とは裏腹に暁を苦しめる。頭部を掴み上げて力を込められる。握り潰されてしまう痛みに暁は「ぐっ」と表情を歪めた。


「赤を、」

「ん?」

「赤を使うな。吸魂鬼風情が!!」


「六角結晶!」と暁は唱えると男と暁の間に六角形の柱が立つ。咄嗟に手を放して距離を取られる。外部からの痛みを残す暁は顔をあげる。歪む視界の中に確かに存在する赤いトレンチコートを着た男。


あかつき(げん)は、俺を殺そうとは絶対にしない! その赤いコートを着てる限り、あの人は、世界最強の空想使いなんですから」

「そうかよ。実の弟にこういう仕打ちを受けるなんてなぁ。悲しいぜ」


 詰まらないと表情をさせた相手は見破れた瞬間に「でもな」と言葉を続けた。


「会いたかったんだろ? 会いたくて仕方なかった。確かな証拠が欲しかった。俺たちが生きてるって証拠がな」

「ッ……!」


 揺るがされる覚悟。通行料となった者たちがどこに消えてしまったのか。それが本物でも懐かしい姿をこの目で見て、言葉を交わす。大切な家族を前に暁は動けなくなる。

 結界を築かなければと頭の中ではわかっているが、身体が動いてくれない。

 赤いトレンチコートが揺れる。近づいてくる兄を模したソレ。

 暁の前まで来ると骨ばった太い指が暁の首に伸び、容赦なく握り込んだ。


「くっ……がっ……」


 呼吸器官が塞がる。ギチギチと力を強められる。呼吸が、息が、目の前がちかちかと光が瞬いている。その光を見つめ続ける事も出来ずに目を閉ざした。


「助けられると思ってるのか? 弟よ。暁家で最弱のお前が、空想も手に入れられなかったお前が、俺たちを助けられると思ってるなら、今頃俺たちは、自分で窮地を脱しているだろうな。だがそれが出来ていないってことは、俺もお前も、結局は雑魚の群れだってことだ」


 ――今も昔もただ強がるだけの小僧ならば、やめちまえ。


「……ぁ、あ」


 暁は言葉を聞きながら「ああ」と声を漏らした。


「よか、……った」

「なに?」


 首を締めあげられて息苦しさは変わらない。暁は右手を持ち上げて、そっと腕に手を乗せる。その瞬間、暁と繋がる腕が結界に閉じ込められる。そして、ズルリと結界が床に落ちて朽ち果てる。


「っ……!? なにを」

「げほっ! ごほっ!」


 何が起こったの分からず、暁から距離を取る。暁はその首に未だ巻き付いている手を外して床に抛った。結界に封じ込める事で入りきらない所は切断されてしまったのだ。


「兄を愚弄する者は、誰だろうと許さない」


 傍若無人、傲岸不遜の兄。暁現。

 暁家の長兄にして、ハウス最強の空想使い。


「どんな窮地にいたとしても、俺の兄は、弱音を吐いたりしない。諦めたりしない。それは俺も同じです!」


『封印結晶!』と暁は唱えてソレを完全に封じて消滅させる。

 その直前に聞こえた兄を模した声は、「またな、弟よ」と憎悪の言葉ではなかった。ひどく優しく、一瞬だけ本当に兄がそこにいたのではと錯覚してしまった。



 完全に消滅するのを確認した後、暁はドッと襲い来る疲れを軽くするために座り込む。

 息苦しさから解放されて、深呼吸していると谷嵜先生がやって来る。少し焦った表情をさせる谷嵜先生はちゃんと誰かを心配する感情があるようで人間らしさを垣間見た。いつも無愛想で、ポーカーフェイスを貫いている谷嵜先生でも焦る事があるのだ。


「暁、大丈夫か?」


 暁が座り込んでいる為、怪我でもしたのか心配していると「大丈夫です」と暁はいま自分の身に起こった現象を口にする。


「消えたはずの兄が現れました。暁家の長男が化けて出てきた」

「吸魂鬼のよく使う手だ。相手を油断させるためにお前の記憶を覗いたのかもしれない」

「はい。俺の場合は、身内なんて現れるわけがないですからね。俺にそれをしたのが運の尽きですよ」


 暁の家族はこの世にはいない。通行料として何もかも奪われた。その為、記憶の中にいる偶像を生み出したとしても、暁の心が弱くなることは決してない。驚いただけだ。それだけなのだと暁は心のうちで言い訳をする。


「浅草が中に入ったきり連絡を寄越さない」

「ジョン君も同じ状態です」

「扉を破壊する。手伝え」

「……はい」


(俺に力仕事させる気ですか)


 此処に新形がいれば、我先にと「私! 私やる!」と言ってくれるが、今頃は、部室でふてくされているだろう。力仕事でも肯定以外の言葉を受け入れられない。


「暁、目を閉じてろ」


 谷嵜先生に言われて素直に従うと手首を掴まれて引っ張られる。幻術に惑わされることを危惧し谷嵜先生が確実な通路を進んだ。

 谷嵜先生は幻術に惑わされないのかと暁は不思議に思っていた矢先のこと頭の中に響く声。


『いまの状態が良いって思ってる。仲間がいて、自分の力を期待してくれる人がいる。比べる他人はいない』

「っ……先生、声が」

「耳を貸すな」


 直接流れ込んでくる声に暁は表情を歪める。目を閉ざしている手前、頭の中で嫌なことが浮かび上がって来るのだ。耳を貸すなと言う方が無理ではないのか。五感の一部を制限されてしまえば、残りの感覚が研ぎ済まれてしまう。


『居心地がいい。此処にいたい。とどまりたいと思う。いつか終わるのが怖い。終わらないで、なにも終わらないで』

「うるさい」

「……」

『変わる気がする。何かが違う気がする。不思議な感覚が温かい。返してほしいけど、帰さないで』

「先生」

「もう少しだ。頑張れ」


 鋭い頭痛がする。割れてしまうほど鬱陶しく忌々しい声。

 引かれる手が唯一暁を繋ぎ止めるものだった。谷嵜先生がいなければ、暁は完全に声に飲まれて自分を見失っていた。


(まただ。また僕は……)


「ついた」


 その声に暁はハッと顔を上げると、玄関のエントランスホール。

 大部屋の扉を破壊するのではなかったのかと暁は首を傾げる。


「この建物は、吸魂鬼そのものだ」

「えっ……そんな、これほどの大きさあり得るんですか!?」


 吸魂鬼は、人間の形をしている。頭部こそ違うが基本的に人間の四肢を持っている。相手を翻弄させるためにどんな手段も使う。それだというのに、今回は建物と言われて素直に受け入れることが難しかった。どんな手段と言っても限度があるはずだ。


「吸魂鬼は日々成長を続けてる。俺たちは今、吸魂鬼の口の中、二人は胃袋と言ったところか」

「で、ですが、吸魂鬼は現実に現れることは」

「ないわけじゃない。多くを喰ってきた個体なら、屋敷を建てることくらいできるだろ」


 そう言いながら、谷嵜先生は「二人を助けるぞ」と暁に次の目的を告げる。


「階段の裏が大部屋に繋がってる。階段ごと吹き飛ばせば穴が開くだろ」

「そんなことして、中の二人は平気なんですか? それにあくまでも俺の空想は吸魂鬼相手で、建物を壊すなんてこと」

「現実に存在してはいるが、この建物は、吸魂鬼が憑依しているだけだ。吸魂鬼自体は、ゾーンに属してる。空想も問題なく通用するはずだ」


 暁の流星結晶を放てば、階段ごと壁を吹き飛ばせるだろうと谷嵜先生は言う。

 谷嵜先生は現実で階段を破壊するために空き部屋にあった甲冑から斧を拝借する。


「暁、合わせろ」


 ゾーンにいる暁に言い現実で谷嵜先生は階段に向かって斧を振り上げた。

 谷嵜先生は暁が見えない。ならば、合わせるのは暁の方だ。暁は空想の準備をして谷嵜先生を待った。

 深呼吸する。先ほど兄を模倣したことへの報復はまだ終えていないとまっすぐ見る。


「少々俺を揶揄いすぎたようなので、発散相手になっていただきましょう」


 谷嵜先生が動き出し。それに合わせて、暁の手から星型の結界が生み出される。浮遊する結晶は、階段に向かって流星の如く飛ぶ。谷嵜先生が振り下ろした斧と同時に階段にぶつかり、古くなった板が砕ける音と埃が舞い上がる。


 けほっとわざとらしく暁は咳をして、谷嵜先生が再び斧を振り上げたのを見て二段、三段と段階を積み上げて流星結晶を放ち続けた。七段回目になってやっとその猛攻は静まりを覚えて顔を上げると確かに奥の方に空洞があり大部屋に繋がっていた。


 谷嵜先生は最後の一撃で斧をへし折ってしまったようで階段の脇に抛り捨てた。

 暁は現実に戻り、谷嵜先生に近づいた。


「まさか、本当に開くなんて」

「現実だけじゃあ、ただ階段が崩れるだけだが、吸魂鬼ごと潰しちまえば隠れていた空間も隠し切れない」


 慎重に近づきながら大部屋に侵入して見回す。長テーブルと均一に置かれた椅子があり、床にラジオが転がっている。暁はスマホでフラッシュライトをつけて辺りを照らす。

 彼と浅草の姿はない。あるのは十体の『オトモダチ』と名札が付けられた木製の人形だった。丸みのあるフォルムは、マトリョーシカのようでサイズバラバラだ。

 テーブルの一番左側は、ビデオカメラのような装飾が彫られている。二番目はポーズをとっているように小さな手、腕が上下に配置されている。三番目は口を大きく開いているように見える。歌を歌っているのだろうか。

 四番目はスマホの模様が腹部に描かれている。五番目はスマホが複数握られて燃えている。六番目はスマホから吹き出しマークが飛び出し、中に星を収めていた。


「……え」

「どうした」


 暁が口を開こうとした刹那機械音が響いた。

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