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第51話 Who are me

 新形と筥宮に行って、白昼夢を習得した彼は眠れないでいた。目の前で消滅したアカツメクサの吸魂鬼の事がいまだに頭から離れないのだ。それでも部活はある。


 重たい身体を起こして彼は支度をする。新形はきっといつも通り変わらない様子であろう。深く重く考えた所で変わらない。それは事実だ。何より新形が彼を見つけてくれなければ、彼は今頃死んでいた。経緯はどうあれ命の恩人である事に変わりない。彼は動きやすい服装に着替えてアパートを離れて慣れたように学校に向かう。



 三つの谷高校の正門を抜けて、旧校舎から吸血鬼部の部室に行く。誰よりも速く部室にいる暁は「本当に運が良いのか悪いのか」と困った人だと笑っていた。暁も彼が昨日、いなかったことを知って新形と二人で大丈夫なのかと不安で満ちていた。無事に戻ってきたことに嬉しさは少なからずあるのは、新形への信頼が余りにもないのではないだろうかと彼は苦笑する。

 彼は白昼夢が少しだけ使えるようになったことを告げる。ほんの少しの成長だが、彼にとっては十分過ぎる成長だ。


「俺も頑張らないといけないですね」

「隠君は、十分過ぎるくらいだよ! そ、それ以上空想が凄くなったら僕が追いつけなくなる」

「良いじゃないですか。目的は高ければ高い程良い。俺を追いかけてきてくれる間は、俺も成長出来るってことですね」


 気恥ずかしいことを言う暁に「ジョン君もいつも恥ずかしいことを平気でいいますよ」と無邪気に笑っていた。


 暫くして浅草がやってきて、最後に新形が谷嵜先生と共に部室にやって来る。道中、愛を囁かれ続けていたようで谷嵜先生はげんなりした表情をしている。

 ブリーフィングが開始されて思い思いの表情をさせて椅子に座った。


「綿毛は昨日の疲れで休みだ。今回は吸血鬼部に依頼での調査だ」

「おぉ。依頼! 将来! 安泰!」

「いえ、たった一つを受けたからって将来が安泰になるわけではないですよ」


 浅草の意味の分からない語彙に暁が突っ込む。


「ただの部活動なのに、依頼が来るんですか?」


 彼は不思議に思っていると新形が口を開いた。


「普通は来ないよ。だって学生の寄せ集めで吸魂鬼と対峙するのがメイン活動にないからね。だけど、今回は、血の気が多い吸魂鬼狩りがやりたがらない仕事が舞い込んできたってわけ」


 素直に咀嚼出来ないでいえると「簡単に言えば、調査の依頼です」とすぐ横に座っている暁が教えてくれた。


 吸血鬼部の調査は、基本的にゾーンに取り込まれてしまった人たちの保護がメインであり吸魂鬼と遭遇した場合は即刻退避。立ち向かうことは基本的にしない為、戦闘系空想を持つ者が少ない。

 吸魂鬼と対峙したい吸魂鬼狩りは、調査なんて面倒な下積みはしたくない。出現しない場所を何時間も徘徊するくらいならば、吸魂鬼と対峙して、被害を極限まで減らす。


「依頼があったということは、三つの谷以外の場所に行くんですよね?」

「そうだ。今までの調査と変わらず、他の地域に行く」

「やっぱり他の人たちに怒られたりするんですか?」


 何度か三つの谷以外のゾーン内で活動をしていると偶然にも他の吸魂鬼と遭遇する。彼は糸雲のように話をしたことはないが、雰囲気で良好関係とは言えないとわかる。


「平気平気、文句言うやつなんて放っとけばいいよ。谷嵜先生に文句を言うやつは私が追い払うしね」

「穏便って言葉を知らないんですか」

「びーんっ! 便乗!」

「そうそう、争いごとなんて便乗してストレス発散しないとやっていけないって! 後から文句言われても知らん顔」


 谷嵜先生の言葉を待たずに新形が返す。

 物騒なことを言う新形だったが、冗談ではないと誰もが分かる。つまり、谷嵜先生へと罵詈雑言が飛んだことはないのだろう。彼は安堵するが、同時に、では誰が代わりに注意を受けたのか気になった。この場合、佐藤先生なのだろうかと此処にはいない人を思い浮かべる。


「依頼内容である調査先は、伊能だ。森の中にある洋館。この長期休暇中に面白半分で侵入した奴らが帰らない。ゾーンを介しても失踪者は見つかってない」

「それだけの情報が整っているのに、吸魂鬼狩りが動かないのはどうしてですか?」


 谷嵜先生から与えられる言葉に新形が露骨に呆れ果てて言葉もないと肩を竦めて、彼が疑問を口にする。


「吸魂鬼が出現しない。吸魂鬼狩りが向かっても、吸魂鬼どころかゾーンに取り込まれることもない。吸魂鬼狩りが出向く必要のない依頼にわざわざ実力者を派遣するのは、合理的じゃない。だから誰もその依頼を受理しない」

「……吸魂鬼が出てこないのは。消されるのが怖いから?」


 彼が純粋に口にすると暁は「忘れたんですか?」と続ける。


「吸魂鬼に恐怖って感情はないですよジョン君」

「あ……そうだった」


 いまだに慣れない。死にたくないと思う感情などない。頭では理解しているのだが、感覚的にまともに会話できる個体もいる為、彼の中では感情がまだあると錯覚してしまう。アカツメクサの吸魂鬼が寂しさを感じていたから恐怖も感じていると思っていたが、暁にしてみればそんな事は決してないのだろう。


「伊能?」


 浅草が伊能とはどこなのか首を傾げると新形が「兵庫?」と曖昧に答える。

 兵庫の伊能市。兵庫に行ったことがない新形は旅行気分だが、「新形、今日はお前留守番だ」と告げられてしまう。


「今回の調査は、俺、暁、浅草、ジョンでいく」

「なんで!?」

「吸魂鬼の目撃情報ない以上、お前の出番はないよ」

「いや! いやいや! 私、今まで調査してきたのに!? それに今回は出て来るかもじゃん!? ジョンがいるのに、私いないってあり得ないよね!? それでなくても知名度カスの吸血鬼部だよ!? 民間人扱いされて、吸魂鬼が出て来るかもじゃん!? それなのに、私を留守番させるの!? やっと先生と二人で館デート出来るのに!? 偶然の嵐で、館に留まる事になって、陸の孤島。一人ひとりといなくなっていく! そんな中、私と谷嵜先生が二人きりになっちゃうって言う展開は!?」


 阿鼻叫喚する新形。思考回路は既に谷嵜先生と共に人気のない館で楽しむ気満々だったようで留守番を言い渡されたことを猛反対すると「煩悩駄々洩れだな」と谷嵜先生は辟易する。


「嵐で外に出られないつったか? 何の為のゾーン越えだ。物理法則を無視する移動方法を持っていながら、なんで使わない」

「ぶ、無粋だぁ~。折角の愛あるイベントをことごとくブレイクしていかないでよぉ~」

「そして、誰もいなくなった」

「浅草さん、怖いです」


 浅草がふざけた様子もなく真顔で言うため、暁は表情を引きつらせる。

 本当に誰もいなくなって凄惨な遺体が見つかってしまったら目も当てられない。


「そうだよ! 私が付いて行ってもいなくなるなら、いないも同義!」

「どんな頭してんだ」

「愛は盲目、無理も承知! お願い、みんなで行こうよ」

「却下だ。お前には別件を頼みたい」

「なに! 式場の準備? 家族との挨拶? 新居の準備は出来てるよ」

「詳細はメールする。お前ら、準備しろ」


 華麗に無視する谷嵜先生はスマホを操作すると新形のスマホが振動する。光の速さでスマホを開いた。


「先生からメールっ! 保存、クラウドに送信して、バックアップにスクショ、拡大、印刷依頼……いや、自分でやろ」

「ガチ勢!」

「新形さん、怖いです」


 谷嵜先生は、座っていたソファから立ち上がりガシガシと頭を掻きながらゲートを開いた。入る前に再確認として伝える。


「移動場所は兵庫県の伊能、山奥の洋館。調査内容は、失踪者の捜索。吸魂鬼は出てこないと言われているが念のため、暁の空想で一部攻撃遮断をする。何かあれば、チェインで情報交換。暁はジョンと、浅草は俺と来い」

「はい」

「わかりました」

「う、うぃ~」


 浅草は「マジで言ってる?」と言いたげな表情をさせて新形に視線を向けると鬼も素足で逃げ出す形相をしている。


(せ、せめて僕か隠君にしたらいいのに……どうして、そうやって火に油を注ぐのかな)


「柳、わかってるよね?」

「ヴィ!」

「谷嵜先生は」

「長、至上! 万歳! 畏懼いく! 畏縮! 畏怖! 恐惶きょうこう!」

「凄いビビってるじゃないですか。せめて、俺と組ませると言うのはどうでしょう?」


 さすがに可哀想だと谷嵜先生と同行相手を変更を暁は進言するが、意に介さず「却下だ」と切り捨てられる。


「浅草は、調査に不慣れで、空想も暁のように結界を張れるわけでも、ジョンのように先読みすることも出来ない。万一の場合を考えても、俺といた方が迅速な対処が出来る。」

「……めしょ」


 浅草は泣く泣く谷嵜先生と同行する事になった。あとが怖いと思いながら、調査は調査。やる事はやろうと観念して「うい!」と強く頷いた。

 新形を置いて、四人はゲートを通過する。ゲートが閉じる間際も新形は谷嵜先生といられないことが悔しいのか不機嫌な顔をするばかりだった。


「発狂しなきゃいいですね」

「ガクブル」

「新形さんより、この調査が終わった後の浅草先輩を心配してくださいよ」


 自身を抱きしめて、部室に戻った後、自分はどうなってしまうのか。尋問か、拷問かと気が気じゃない浅草が気の毒でしかたない。どれだけ覚悟を決めても怖いものは怖いのだ。

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