第50話 Who are me
「何者って……」
「そう、困る質問でしょう? つまり、そう言うことだよ」
新形はへらりと笑った。自分を証明しろと言うのは、何よりも難しいことだ。
特に自分自身の証明は、自分自身では叶えられない。第三者が存在しているからこそ、自分と言う存在が確立される。互いに第三者がいない現状では、証明ができない。
「これで分かった? ジョンの質問に、私は答えられない。そして、ジョンも私の質問に答えられない」
「……すいません」
「いいよ。許してあげる。その代わり、疑心暗鬼は、今後の友好関係に亀裂を生むから気を付けてね」
「はい」
さて、帰ろうか。と新形は彼を送る。来た時と同じように駅を通って、電車に乗り、彼が住む町へと戻ってきた。彼と会ったコンビニ前で「明日はちゃんと部活あるからしっかり来るんだよ~」と別れを告げて新形は再び駅に向かった。
彼は終始複雑な表情をしていた。彼の心情を考えれば、今はそっとしておくのがベストだ。友だちとなれるはずだった吸魂鬼の死を目の前に、狂った吸魂鬼狩りが現れて心身は疲労困憊している。
――――
『次は、三つの谷駅。三つの谷駅。お出口は左側です』
まだ十五時にもなっていない。夏休みを過ごすために学生グループが出来上がっている。もしくは、夏休みの子どもたちを連れて遠出をする家族連れで電車内は賑わっている。
新形は、出口扉の傍に立ちスマホを眺める。スマホの画面はチェインのトーク画面が表示されており、同級生たちが不平不満を述べている。秒単位で更新されるトーク画面。話に入る隙すら与えないとばかりに文字とスタンプが上から下へと流れていく。勉強の話から、リニューアルオープンした店の話、恋愛話エトセトラ。
『十虎は? 今度、他の学校の連中を集めてカラオケ行くんだけど、どう?』
恋を求めて躍起になる中途半端な大人たち。見た目良しの新形を呼べば、男子も嬉々と集まって来るという計算をしている女子たちは新形を遊びに誘う。勿論、トークの中にいる数名は新形が絶対に来ない理由を知っている。
『歌下手だからやだー』
そんな取って付けたような言い訳を素直に信じるものなどいない。しつこい相手ならば、歌わないで聞いてるだけで良いだとか新形がいた方が楽しいだとか言ってくる。他人が楽しくとも新形自身はまったく楽しくない。
『新形って中学の頃、歌唱コンクールで優勝してるじゃん! それで下手とか嘘過ぎる』
『たしかに』
『課題曲は練習してるからー』
(はぁ、面倒くさいなぁ)
『ごめん! 今、電車だから電波悪いわ。また今度ね』と打ち込み、ポケットにスマホを押し込んだ。現実世界で言えば、三つの谷駅に電車が到着したばかりで表に出れば、三十秒もしないで電波は安定するだろう。けれど新形はスマホを取ることなく、駅のホームを離れる。向かう先は、歩き慣れた通学路。
正門の扉は、夏期講習や部活動の為に開放されている為、新形は堂々と学校の敷地内に侵入する。
歩きなれた道。旧校舎まで向かえば、暁が立っていた。
「おかえりなさい、部長」
「ん……今日はどうだった? 綿毛最中の空想を発現予定だったでしょう?」
「思い通りにいかないものですよ。寧ろ彼が奇跡的でした。もっとも今回は吸魂鬼の襲撃もなかったので、危機的状況下ではなかったのが要因かもしれませんが、幸先はよくないですね」
「なるようになるよ。暁だって、空想を出すのに苦労したんでしょう?」
「俺の場合は、既に決まった空想を持つと決められていたので、期待に応えたいと願いを込めています。ですが、彼女はそう言った願いはない。黎明家のサブハウスと言うのならば、尚更です」
「その事は、先生に言ったの?」
「勿論、それを考慮して、今日発現できないと想定です。予定通り綿毛さんは空想持ちになることは出来なかった」
二時間ほど空想の発現に費やしたが、生憎と目立った成果は得られなかったため、調査もそこそこに帰って来た。吸魂鬼の襲撃がないため予定よりは長く調査が出来た。幾つか吸魂鬼の痕跡は見つかったが迷い人は見当たらなかった。
部活は滞りなく進行して、事なきを得た。報告を終えると「それで?」と暁は呆れた表情をして新形を見た。
「先生から聞いてます。彼と白昼夢を習得するために出ていたと」
「そうだよ。問題はなし。ただちょっと疑心暗鬼が過ぎるかな。そこは、あんたと同じ」
「俺は、疑心暗鬼ではなく秩序を重んじているだけです」
「はいはい。で、先生は?」
「部室に居ます。俺は本校舎の清掃で旧校舎に戻るのは夕方になると思います。なので施錠などは谷嵜先生にお願いしてますので、校舎に残らないように」
「泊まるかもよ?」
「貴方が? あり得ない」
嘲る暁に「可愛くないなぁ」と言いながら旧校舎に入る。暁は宣言通り旧校舎の用務員室へと向かっていく。着替えて、夕方になるまで本校舎から戻って来る事はないだろう。
まだ明るい時間帯、暁が「明るい時は決して電気をつけないように」と口を酸っぱくして言うため、少しの仄暗さも我慢を強いる。夜になれば、幽霊が飛び出してきそうな旧校舎だというのに頑固な性格は、存在が消えても治らないようだ。
実際、夜祭で旧校舎を肝試しの舞台にする申請書が届けられたこともある。一応は管理者である暁から許可を下りれば、吸血鬼部の部室と用務員室以外で指定された教室使用が許可される。夜の学校ほど心躍る場所もないだろう。
もっとも昼間も誰もいない学校と言うのは不気味さを醸し出している為、別の意味で心躍るが、三年もこの校舎を往来していると飽きも来る。
「せんせー! 会いたかった!!」
三階にある吸血鬼部の部室。ガラリと扉を開けば、いつもはソファで寝ている谷嵜先生が座って待っていた。
「先生の電話、ドキッてしちゃった! 恋しちゃった! もうしてるけどね。今日はもう会えないと思ってたから、来てよかったよー!」
高ぶった感情を言葉に乗せて言いながら部室の扉が閉じる。
毎日調査をするわけではないが、新形のように個人活動をしている者にとっては、吸魂鬼狩りとして谷嵜先生に会う頻度も高いだろう。今日一日会わなくとも明日、明後日と休みを告げられなければ会える。
「わざわざ筥宮から飛んできちゃったよ! ついに婚姻届けにサインしてくれる気になってくれたの! 証人は用意してるから、名前を書いてくれるだけでいいんだよ!」
「お前、どう言うつもりだ?」
「どうって?」
「どうして、ジョン・ドゥを筥宮に連れて行った」
「もしかして、先生、実は私のこと本気で好き過ぎて、私と同じくらい愛が重くなって、嫉妬!?」
「答えろ」
鋭い眼が新形を射ると肩を竦めてしかたなく答える。
「いやだなぁ。そんな怖い声出さなくてもちゃんと答えますよー。白昼夢を習得する上で、あそこがどこよりも効率がいいかなって思っただけですよー。それに個人活動の一環でもあったし。私も一応は吸魂鬼狩りだからね。歴は積んでおかないと将来の為にならないって言うかぁ。先生に万一があれば、私が助けてあげられるでしょう? それに今回はジョンに似合う仕事だったから、職場体験的なのをやってきたんだよ。いや、まあその結果は疑心暗鬼にしたくらいなんだけどね」
あはは~と誤魔化すように笑うと谷嵜先生の鋭い瞳は、変わらず新形を睨みつけた。「怖い怖い」と茶化しながら視線を逸らした。
「でも、いつ私が彼を連れて筥宮に行ったって気づいたの? 親にも言ってないし、サト先にも言ってないのに……あっ! もしかして先生、やっぱりもう私のこと大好きになっちゃったとかそう言う感じ! それなら、そうって言ってよ~! すぐに婚姻届けを出しに行こう! そうしよう!」
的外れだと本人はわかっているが、ツラツラと谷嵜先生への愛と称される言葉を連ねる。
彼に白昼夢を教える。その事だけを伝えていたが行先だけは伝えられなかった。白昼夢を習得するだけならば、旧校舎の屋上や学校敷地内で熟せる。それをしなかったことを谷嵜先生は怪訝に思っていた。
「…………先生のこと、好きだよ。ちゃんと私たちを護ってくれていると信じてる。でもね、疑うこともするんだよ。個人活動において、私は完全に先生の手を離れているはずだったけど、私の勘違いだった? どうして、先生は今日、私たちが筥宮にいることを知っていたの?」
どうして? と疑問を尋ねる。個人活動は、自主的行動に他ならない。教師に言う必要もないし、親に言うこともない。ただ若者が電車に乗って少し遠出する程度で、法に触れることがなければ、一切の問題にもされない。
誰にも言っていない。彼を監視していたのか。それとも新形を監視していたのか。この数年、共にいる相手に監視されるようなことはしていない。
つまり名を失った彼、ジョン・ドゥを監視していた。
「どうして、彼を監視しているのかな? それとも気になるの? 結界空想が通用しない彼。適合率が高い彼が気になるんだ」
「……何が言いたい」
「別に、なにか言いたいわけじゃないよ~。何も言いたいことなんてない」
新形は、今までしていた温かみのある瞳を消した。仇を視るような視線で谷嵜先生を視る。そこに愛情なんて口が裂けても「ある」なんて言えるわけもない。
「先生。私ね、今年になって腕一本と心臓、潰してるんだよ。それでも平気だと思う? もう傷つかないようにしたいのに、何度も怪我して、何回も治されてきた」
そんなつもりがなくとも後輩たちを護らなければならないという使命感。目の前で散らしていい命など一つもない。
新形は、自分の命を削ってまで部員たちを護っている。それなのに顧問である谷嵜先生は、平然と部員を増やし続けているのだ。それも幽霊部員ではなく活動部員を。
「それなのに、貴方は、他の人の通行料を肩代わりしてる。別に私は、新入り君たちを可愛がるなとは言わないよ? 生きる道を教えているってわかってる。でも……納得できないことがあるの。なんで、自分を削ってまで他人の通行料を支払ったりしたの。どうだっていいから? もう何も感じていないから? 時間が経てば、どうでもよくなるから?」
幾多の疑問はあれど、直近で起こった出来事を尋ねると谷嵜先生は辟易した表情をして言う。
「ならお前は、ゾーンを彷徨う新入生を見殺せるのか?」
綿毛がゾーンに入った。通行料が発生するのは当然のことで、綿毛はハウスへの不信感を抱き。帰りの通行料は、谷嵜先生が肩代わり。それを新形は許せていない。
「少なくとも自業自得は自分で解決するべきことだった。ハウスの人間はそうやって淘汰してきたんだから……誰でも引き入れて、持ちきれなくなって破綻するのは、そっちだよ」
「お前は俺に従っていたら良い。それ以外に考える必要もない。俺のことも、お前には関係ないだろ」
その言葉に新形は目を見開いた。相手の言っていることが信じられなかったのだ。
まるで人を道具のように扱う。けれど、それに怒りを覚えているわけではない。
愛する人ならば、どんな苦難も受け入れられる。
「私は……」と谷嵜先生の言葉を否定しようとしたが、何を思ったのか言葉を飲み込んだ。
「ううん。わかったよ。大好きな先生が言うことは絶対だもんね。いいよ、もう。文句言わない。だから、私のやってることも口出ししないでね。ジョンが何を言っても、私は何も言わない。それでいいでしょう」
諦めた表情をする新形は、何を言っても無駄だと悟り部室を出る為に踵を返した直後、谷嵜先生は口を開いた。
「花咲零は、元気か」
唐突に言われて、新形から一瞬だけ表情が消えた。ニコニコと世間に媚び諂うも、憎悪に満ちる表情も隠れた。
少しだけ振り返り、茶色の瞳は谷嵜先生を凝視しながら、一言告げる。
「……知らない」
「そうか」
数秒の沈黙のあと、新形は「先生さぁ~」と満面の笑みを浮かべて尋ねた。
「他の女子の心配はするのに、私の心配はしてくれないんだ」
「お前、心配されるほど弱くないだろ?」
「か弱かったら心配してくれたの? してくれなかったと思うよ。先生、冷たいからね」
扉を開いたあと、新形は谷嵜先生を見る。
「そんな先生でも、新形十虎は愛してるからね!」




