第47話 Who are me
本当はただ遊びに来ただけなのではと思いながらも適当な会話を交え、休憩を挟んで時間は既に十二時を過ぎている。昼過ぎては部活に間に合わないと彼は新形へ不安の視線を向ける。まさか谷嵜先生への想いが強い新形が遅刻なんてするとは思えない。
「此処かな」
進入禁止が記された鉄柵に囲まれた電波塔の前で立ち止まった。人気はない。背の高い雑草が生い茂っている。誰もが手を施すことをやめた空間は、異質で現実と乖離していた。
きょろきょろと挙動不審な彼を余所に新形はゲートを開いて躊躇なく中へ侵入する。彼は慌ててあとを追いかけてゲートに入る。
灰色の空間は、人を寄せつかない電波塔には関係ない。現実かどうかで判別するなら灰色の空を見上げるくらいだろう。
「新形さん、ここは?」
「人が来なくなった土地。忘れられた土地には、吸魂鬼が住み着くもの。失踪事件が此処で数回起こってる。警察機関がこの辺りを捜索して見つかったのは、失踪者の所持品が幾つかと……廃人となった子供たち」
「!? 此処で、探検していた子供が食べられた」
そう言うこと、と彼の嫌な可能性をあっさり肯定されてしまう。それが嫌で表情を歪めた。
「あの、此処ってつまり、僕たちが来るべき場所じゃないんですよね? だからその、この地区を管理してる人っているんですよね? 三つの谷の吸血鬼部みたいに」
ハウスを含めた多くの組織が、吸魂鬼狩りをしている。勝ち負けで言えば、人間はことごとく吸魂鬼に負けて廃人、もしくは死んでいることを夏休み期間ないで知った彼は、どうして新形が此処に吸魂鬼がいると知っていて、近づいたのか気になった。けれど、その答えは得られずじまいとなる。
「稚拙なんだよ。遊びたいだけなんだよね」
「え?」
「此処の吸魂鬼は、生まれたばかり、好意を知っている。楽しいを知っている。だけど、……」
カサリと少し離れた場所、電波塔の影に咲くアカツメクサが音を立てた。彼がアカツメクサを凝視すると、ゆっくりと位置を変えて動き出す。
アカツメクサの頭をした吸魂鬼だ。
「その性質上、仕方ないことだと思いながらキスを求める。生きるために」
「ァ、ア……アソぼ……イ、しょニ……」
「ジョン、君を連れてきたのは、ソレをどうにかしてもらうため」
「どうにか……あの、それってどう言う」
明らかに吸魂鬼。どうこうするほど彼はゾーン内活動を熟しているわけじゃない。新形の思惑がわからないと彼の思考回路は混乱を極めた。
暑さ以外の汗が首を撫でる。
拙い言葉が吸魂鬼から放たれる。今まで会ってきた吸魂鬼は流暢に話をしていたが、目の前にいるアカツメクサの吸魂鬼は新形の言っていたように稚拙だ。
「この街に生まれて、此処に閉じ込められた。アレは、仲間に見つけて貰うまで何もできない。生まれたばかりの吸魂鬼は魂を奪うことだけに注力している。子供が好奇心で此処に近寄って、アレの密を吸おうとする。けど、アレは花じゃない。だからこその被害者がでる」
「それを知ってて、どうして誰も対策しないんですか?」
「どこも暇じゃないんだよ。早く片付けてしまいたいのは、どこも同じだけど、直近で増え続ける吸魂鬼で手が塞がってる。……だから、私のところに白羽の矢が立った」
新形はスマホを覗きながら言う。
「片付けるって……やっぱり殺しちゃうんですか」
吸魂鬼だから例え生まれたばかりと言っても人を襲ってしまった事実は変わらない。だから殺してしまうのかと顔を上げて尋ねると新形は「違うよ」と否定した。
「今回はその逆だよ。ジョンは、吸魂鬼の共存を望んでるんでしょう? つまり、生まれたばかり、存在したばかりの吸魂鬼はまだ人間に嫌悪を感じていないかもしれない。だから、君から言い聞かせて欲しい。襲わなければ、吸魂鬼が殺されることもない」
吸魂鬼に虐げられる人間を護る。そして、今は、その逆をしているのだと知る。
きっと暁が知れば「吸魂鬼はみんな、考えていることなど魂を奪うことだけだ!」と糾弾するだろう。新形は、彼ならば、受け入れてくれると信頼して連れてきた。
「吸魂鬼も共存できるって考え、嫌いじゃないよ。生まれたばかりの吸魂鬼は何も教わることがない。君が教えてあげてよ」
ちょうど、生まれたばかりと思しき吸魂鬼が此処に入るのだから。と彼の背を押した。
「ア、アソ、ぼ……コの、ユビ、と、マレ」
アカツメクサがゆらりと彼を見る。かつてバラの吸魂鬼に襲われた。同じ植物なのに、どうしてこうも違うのか。
ゆらりと差し出される草の蔓。それで締め上げられた友人がいた。何もできないと不甲斐なさに悔しくなりもした。今は無抵抗で、相手はただ遊びたいだけなのだと直感する。いまならば、彼でも傷つけることが出来る気がした。バラの吸魂鬼への当てつけのように此処で壊してしまっても咎められない。
そんな事、彼は出来ないと理解していながらそう考えてしまう。
吸魂鬼に近づいて緊張気味に言う。
「僕は、ナナ。君と友だちになりたい」
「と、トモ、トトもだち?」
「ともだち」
「トもだチ」
彼は蔓に触れずに、手を差し伸べた。小さなアカツメクサの吸魂鬼は、首を傾げる。子供の服を模した身体が引きずるようにこちらに来る。生まれたばかりと言え、子供でも大人でもない。知恵を持ち、生きている。
「なナ」
「うん」
「ナな」
「君には、名前あるの?」
「ナまえ」
「僕は、名前が今は言えなくてね。友だちにつけてもらったんだ」
不思議なほどに言葉が出てきた。夏の匂い、草の匂い。猛暑の中、彼は膝をついて小さな脅威を前に話をしていた。はじめて、今日になって、今年に入って、吸血鬼部を知って、吸魂鬼を知って、いま初めて吸血鬼と近づけた気がした。
「だから、僕も君に名前をつけても良い?」
サァと風が吹いた。彼の髪を乱す風。頬を優しく撫でるぬるい風。
アカツメクサの吸魂鬼はジッとして動かない。それでも彼は待ち続けた。
背後で新形が彼を見ている。
(吸血鬼は、吸魂鬼が人間を好いてしまったが為に生まれる存在。何もない存在が吸血鬼を生み出す。無から有は生まれない。確かな形がどこかにある)
誰もが口にしなかった事実、吸血鬼は吸魂鬼を裏切った存在。
吸魂鬼と共存したい彼の言い分は一切の間違いがないのだ。吸魂鬼と共に歩もうとしたものが確かに存在していた。
暁だって、気づいているはずだ。吸血鬼の存在が現実にあることを。しかし、誰も認めたりしない。吸血鬼など幻だと誰もが思う。
新形以外の誰もがそう信じて疑わない。もしも共存が出来てしまえば、今まで何のために殺し合いを続けてきたのか分からなくなる。人間を生きる糧にして来た吸魂鬼が何の為に人間に歩み寄るのか。
新形の視線の先には、吸魂鬼に虐げられていたはずの若者が吸魂鬼と交流しようと対話している光景。もしかすると吸魂鬼からではなく人間からだったのかもしれない。人間の押しの強さに負けた可能性も無きにしも非ず。
子供が襲われたことで依頼が来た。筥宮を縄張りにしている組織が動いてくれないと泣きついて来た。吸魂鬼に襲われたことを警察に告げても通じない。ゾーンに取り込まれて遊び感覚でキスをする。
そして、冷たくなり、心を破壊する。
新形はスマホを傾けて連絡を取るふりをする。電波塔を囲む鉄柵の向こうにある廃墟となったビルに視線を向けた。
四階建て、人が寄り付かなくなって、住居者を募集する看板が傾き廃れたビル。
四階にある一番日当たりが悪い部屋の窓からこちらの様子を窺う影がひとつ。
その影は、十中八九、この街を縄張りにしている吸魂鬼狩りのものだろう。余所の街から吸魂鬼狩りが現れたら、誰だって縄張りを荒らされたくないだろう。下手な行動をして吸魂鬼の行動が変動したら、責任はとれない。それは吸血鬼部が調査をしている場所にしても同じことだ。
人が行き交う三つの谷駅は、感情という名の魑魅魍魎がひしめく巣窟。
余所の吸魂鬼狩りが、ただ吸魂鬼がいるというだけで空想で消し去って、万が一多くの吸魂鬼が押し寄せて襲撃されたら誰も責任はとれずに三つの谷駅は吸魂鬼の支配下になるだろう。
互いに均衡が保たれている。怯えながらハチの巣を突いている状態で、少しでも、素人が触れてしまえば、すぐにでも地盤沈下する。
そうして監視の為に現れて、ビルでこちらの様子を見ているのか、向こうから行動は起こしてこない。このまま何ごともない方が良いと新形はスマホをポケットに押し込んだ時、彼は「あの部活の時間って大丈夫なんですか?」と尋ねる。
まだ吸魂鬼と仲良くなっていない彼だったが、さすがに時間が気になり新形に尋ねる。昼を過ぎている。暁は既に部室にいるだろう。いまから駅に向かって電車で三つの谷高校に向かって、間に合わないのではと立ち上がると「イ、いかナいで!!」とキーンっと耳を劈いた。咄嗟に耳を塞いだ新形が見たのは、アカツメクサの吸魂鬼が根を伸ばして、彼を蔓で絡め、植物の塊と化していく光景だった。
「ちっ……ジョン!」
新形は自身の髪を鳥の羽にして、ぷちっと取り彼を解放するために根を切ったが、成長速度が高く彼を解放するには至らなかった。キンキン痛む耳に再び断末魔のような超音波を放つ。
彼が去ってしまう孤独感に苛まれた吸魂鬼が彼を取り込んでしまった。新形は耳鳴りを感じながら舌打ちをする。
軽率な行動だった。彼が立ち上がらなければ、そうなると予想できない。
植物の塊に後輩を囚われてしまったことに、さてどうしようかと悩んでいると硬質な糸が例のビルから伸びる。植物の塊を硬質な糸が拘束して、硬く締め上げた。
「偉そうなこと言っても、まだまだ子どもだな。大人の助けを借りなきゃ人を助ける事もでない。それが現状だと受け入れて、さっさとうちに入ればいいものを」
音もなく硬質な糸の上を悠々と歩いてくる一人の男。
その様子は、一般とは明確に違う。黒い短髪、蜘蛛の巣の瞳孔をさせて、挙句の果てには首筋に蜘蛛の巣の刺青をしている。蜘蛛に魅入られたような男は、その両の手で、あやとりをするように硬質な糸に蜘蛛の巣を見立てるように操っている。
硬質の糸が植物の塊に至るとその上に立つ。革の靴が植物を踵で潰す。
日の光を拒む様に掛けられた黒いレンズが新形を睨む。
「なぁ? ニイガタトトラちゃん」
不適に浮かべる笑みに新形は睨む。




