第46話 Who are me
とどのつまり、白昼夢は、ゾーンに関わってしまった人の第二の特典。空想を持つ人も少ないというのに、白昼夢もそうだと言うのだから、頭が混乱する。
簡単に言えば、現実にいながら空想が使えるであっているのか。あっていないのか。正解を教えてくれる様子はない。もっとも新形も正しい答えを持っていないのかもしれない。
彼の目の前でシューティングゲームをやる新形。時間は、十一時だ。早く白昼夢を習得して、新形の吸魂鬼狩りとしての仕事を終わらせて吸血鬼部に向かわなければならない。時間が迫っているのに、新形は気にした素振りを見せない。
ゲームセンター特有の騒音が彼を疲れさせていた。不意に自販機を見つけて、飲み物を買いに行こうと新形から離れた。
缶ジュースを買って、一気に飲む。喉がカラカラだったようでジュースが喉を通り、潤いを与える。ぷはっとジュースを堪能する。ゴミ箱に空き缶を捨てて、新形のもとへ戻る。
「……え」
シューティングゲームをしている新形は、何度もコンティニューを繰り返して、大型ボスを討伐しようとしている光景。それだけならば、諦めが悪いで片付くのだが、問題なのは、彼女の周囲だった。
「ねっ、さっきの子、弟?」
「それとも彼氏ぃ?」
「俺らと遊ぼうぜ?」
コテコテのナンパを受けていた。
新形よりも一回り背の高い男性。大学生だろうか。大人の男の人たちが彼女を逃がさないとばかりに取り囲んでいた。見慣れてしまったが、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
一人の時に放っておく男なんていないだろう。男向けのシューティングゲームをやっているなんて、絶好の機会とも言える。もっとも彼が他人で、大学生の立場ならば、そんな根性はない為、遠目で眺めることしかできない。
それよりも、この場で女性、それも知人で部活の先輩がナンパされているのだ、助けるしかない。しかし、彼は大学生の男たちを退ける方法など思いつくわけもない。
「聞いてるぅ?」
「ねえねえ、俺らがソレのコツ教えたげようか?」
「……」
(ガン無視)
『グレネードを投げる!』
『リロードする!』
シューティングゲームのキャラクターが、モーションを選ぶ度にボイスが再生される。
『ぐあぁあ!!』
『コンティニュー?』
ICカードが支払いパネルに常に置かれている為、銃を模したモーションコントローラーで継続を選び、引き金を引いた。
大学生たちは、完全に相手にしていないことに、苛立ちを見せ始める。
「なあ、俺らが声かけてんだから、少しは振り向くとかしたらどーなのよ」
「マナーってやつじゃねえの?」
(いや、ゲーム中に声をかける方が可笑しいんですけど……)
人知れず突っ込みを入れる。もっとも次に遊びたい人がいる場合コンティニューをするのはマナー違反で新形にも非はあるのだが、大学生らはゲーム目的よりも新形目的だろう。
「てか、俺もソレ遊びたいんだよねー。待ってんだけど」
(ナンパしてたよね!?)
男たちはとりあえず、何かしらのアクションが欲しいのだろう。あの手この手で新形を振り向かせたいと意地になって、我慢比べとなっている。
リロード、フルオートで引き金は離されない。撃ち続けている。当たれば死ぬと言った具合だろうか。
(こういう時に白昼夢を使えばいいのに)
敵の動きをスローに感じれば、百発百中でカードのクレジットだって残る。
その感覚が無いと言うことは、新形は普通にシューティングゲームをしている。
「なあ、いい加減にッ?!」
リーダー格と思しき男がついに新形の肩に触れようとした。けれど、触れることもなく新形は身を捻り、その手を回避する。突然のことで男は、ゲーム台に手を突いた。その直後、顔をあげると銃口が向けられている。
サブマシンガンを模した銃。2P用の銃が男に向けられている。新形の視線はゲームのモニターを見つめている。片腕で1Pの銃を撃ち続けている。
男の額に突き付けられた銃。銃弾など出て来るわけもない。プラスチックのような安物の玩具に殺傷能力はない。だというのに、男は微動だに出来なかった。
仲間たちが男の名前を呼んでいるが、相手は放心状態だった。
『Lost』
血濡れの画面に新形はため息を吐いた。そうして、二つの銃を指定の場所に戻して踵を返した。
「ジョン、そろそろ時間だから行こうか」
「え……」
ナンパなんてなかった、自分は時間を潰していたとばかりに遠くで見ていた彼に言う。
「おいおい、お嬢ちゃん。舐めたことしてくれたじゃん」
「兄さんたち、説教してやるからさ。こっち来いよ」
「に、新形さん」
「なに?」
「な、なにって、その……ナンパ、されてますよ?」
男たちが騒ぎ立てるのを華麗に無視する新形にさすがに可哀想だと指を背後に向ける。こちらに飛び火するのも怖い為、なるべく穏便に済めばいいのだが、生憎と新形が、優しいわけもない。
「夏休みにナンパ。ワンチャン狙いのバカ。本気でもない癖に、軽々しく声をかけてほしくない。あの人よりも君らは優れているの?」
新形はため息の末にしかたなくと言った様子で振り返る。男たちはその振り返る姿ですら唾を飲み込む。きっと脳内で邪な考えを募らせていることだろう。
その考えのままでいられた方が幸せだった事だろうと彼は内心合唱する。
「お、穏便にお願いします。此処、現実ですから!」
「わかってるよ。正当防衛を狙うから」
「や、やっぱり武力行使!?」
彼は頭を抱えて「終わった」と絶望の色を見せる。
「あんたたち、私とのワンチャン。私に一分以内に触れられたら、デートでもホテルでもついて行ってあげる」
「マジ?」
「マジマジ、大マジ。でも、もしできなかったら、首から『俺様は女子高生に性的接触をしようとしました』って看板さげてね?」
勿論、全員。とナンパ集団を挑発すると相手は、乗り気になってしまう。
「ジョン、カウント。一分」
「え、はい!」
彼は言われた通りスマホで一分タイマーをセットする。準備ができたことを言えば彼のタイミングでスタートしていいと言われて三秒カウントする。
「三、二、一、スタート!」
彼の合図と共に男たちが新形に触れようとするが、はらりと紙一重で躱される。新形よりも背丈もあり、身体も鍛えられているというのに、男たちは新形に触れる事ができない。
「ほら、こっちだよ」
一分間、六十秒間。ひと一人分の空間。少し手を伸ばすだけで届いているはずなのに、新形の動きは奇妙なほどに違和感があった。避けている。避けられるわけがないのに、相手が数ミリ動いただけで身体を捻り回避する。
「た、タイムアップです」
「うるせえ! 人をおちょくりやがって!!」
ついにキれた。大学生たちは、新形の服を乱暴につかんだ。
「おらっ! 触ってやったぜ。俺たちとホテルに行こうぜ」
「ジョン。目を閉じないようによく見てなよ」
そう言われた瞬間、彼の視界は一瞬だけ灰色となった。ゾーンの中、だが身体は現実だ。白昼夢を見ている。新形が彼を一瞥する。しっかり見て、感じて、学習しろとその目が告げている。
まさか、今まで紙一重で回避してたのは、全て新形の動体視力の賜物なのかと驚愕する。
「どれだけ相手が自分よりも遥かに大きな脅威も、ゾーンを知らなければ、私たちの動きについてくることはできない。現実での賢い生き方の一つだよ」
完全にゾーンに入っていない。ゆったりとした空間の中で新形は、現実の身体を動かす。男たちが乱暴に新形のオーバーサイズの上着を掴んでいるのを脱ぎ捨てて一人の男の首に巻き付けた。
現実で言えば、目を見張る、もしくは、瞬く間のうちと言った速さで動いたことだろう。
長くきめ細かな髪が彼女の動きに合わせてひらりと動く。
見慣れたはずの姿も彼は、惹かれていた。新形の動きに魅了されていた。
現実に居ながらゾーンを見ている。あり得ない光景。人間がなしえる事が出来ない。新形の空想が彼女を強くする。兎の跳躍力が男たちを飛び越える。
そして、先ほどクレーンゲームで取った手錠をガチャリと嵌めて、柱に拘束した。
一頻り見ていた彼は、新形が満足げにパンっと手を叩くと我に返る。
男たちはなにが起こったのか分からないでいた。動こうとすると自由がないことに気づき驚愕する。その首に段ボールで作られた簡易的な札が下げられていた。
『俺様は、女子高生に性的接触をしようとしました。反省はしてません』と文字が増えている。
「さて、ジョン。行こうか」
それは何事もなかったように、背伸びをしてゲームセンターの出口を目指した。
放っておいても片腕で手錠はすぐに外せるようになっているから、心配はいらないと告げられる。
「おい! 待てゴラ! 手錠を外せ」と外せる事に気づかない大学生らは新形に叫ぶ。
新形はもう相手にする気はないようで彼を連れて歩き出した。
「ジョンが白昼夢を使いこなしたとしたら、ゲートを介さなくても千里眼を使って好きなものを見つけだせるね」
「かくれんぼとか、鬼なら強いですね」
「あはは! 確かに、やりたくないなぁ」
新形は、スマホで時間を確認した後、ゲームセンターを出る。自動ドアの隙間から外の熱風が入ると、その暑さに、うっと彼は一歩立ち止まる。灼熱とはいかないが、太陽が元気に彼らの頭上に熱を送り込んでいる。クーラーの利いた店内のオアシスになれてしまった彼は、外の熱風に耐えられるのだろうかと戸惑う中、彼の横をクレーンゲームをしていた白髪の少年と連れだろうか黒髪の少女が仲良く手を繋ぎながら横切る。暑さなんてまるで感じないとばかりに出ていってしまう。
それが若さかと彼は高校生でありながら、年老いた思考が過る。
「ジョン? 行くよ」
「は、はい」
彼も意を決して一歩前に足を突き出した。




