第44話 Who are me
一学期が終えた。終業式を終えて彼は帰宅する。夏休みに突入した。
暑さを感じながらなにをしようかなと気分は高揚していた。
結局夏休みに入る前に新形から何か言われる事も、何かを教えられることもなかったけれど、生徒会長として何かあるのだろうと彼は深く気にせず新形のタイミングを待っていた。
吸血鬼部として活動をしていた。活動員で、空想を使いこなす為の奮闘して、迷い人を見つけては、谷嵜先生は説明できる事情を告げて、現実へと帰還させた。吸魂鬼に遭遇することはなかったが、吸魂鬼の痕跡はたびたび見つけた。
その痕跡に埋まるようにハウスの関係者が命を散らしていた。負傷者は、非公式組織に見つけられて嫌な表情をしながら、浅草の空想で怪我を治して現実に返した。
数回の調査を続けた夏休みのある日、炎天下の中、彼は漠然としていた。熱中症だろうか。スマホニュースで熱中症になる人が多いと言っていたが気する。けれど自分はまだ大丈夫だろうと他人事だった。それが一番危ないとよくわかっているはずだが、慢心が抜けることはない。
歩き慣れた道、彼は、コンビニで飲み物を買いに行こうと外に出ていた。テスト期間中に羽人と遭遇した路地も今日は誰とも会うことはできなかった。……そう。路地では誰とも会わなかった。
「やほー! 時間通りだね」
連絡してないけど、と新形がコンビニの前でスポーツドリンクを片手に彼を待っていたのだ。
スポーツ帽子に黒いタンクトップの上からオーバーサイズのシャツ、ゆったりとしたカーゴパンツ、動きやすいスニーカー。ストリートファッションと言うのだろうか。私服姿の新形がいた。
約束も連絡もしてないが、新形がそこにはいた。まるで彼がここに来ると知っていたかのようにだ。言葉を発せずに混乱している彼を前に新形は「混乱してるね~」と笑っている。
「あと三分遅かったら、君の部屋にゾーン越えしようかと思ってたところだよ」
「どうして、新形さんが此処に?」
「今日は部活動関係なしに、私と個人活動と行こうか」
「個人、活動? もしかして、白昼夢を教えてくれるんですか!」
興奮気味に言えば、「落ち着いて」と宥められる。
「突然、訪問するのも迷惑だろうから、三分後に君に連絡を入れる予定だったんだよ。だけど、その様子だと今は一人だね。友だちとの用事もなさそうだ。うん、なら、私と個人活動が出来るね?」
「できます!」
当然二つ返事だ。
「でも、個人活動って言うのは?」
「私は、いち吸魂鬼狩りとしても活動してる。これは確かに谷嵜先生から白昼夢を教えてやれって命令だったけど、結局やる方法なんて我流なわけだしね。仕事と兼用しようって」
生徒会室でそう言ったでしょう? と言われて思い出す。
「え、そんなすぐに出来るものなんですか?」
「覚えちゃえば、どうってことないよ。言ったでしょう? 無心になることが重要なんだよ」
新形は「それじゃあ行こうか」と何の準備も出来ていない彼を連れて駅がある方へと足を向けた。
地元の駅からどこに向かうのか、電車賃は新形持ちとなり、彼はただ付いて行くことしかできなかった。
【筥宮駅】
一時間ほど揺らされてやってきた街。完全に来たことがない街で無事に帰れるのだろうかと心配になる。
「ここ、どこですか」
「筥宮」
「いえ、それは見ればわかるんですけど……」
新形曰く機械の街と言われるらしく、街のあちこちに警備ロボットが徘徊しており、少しの悪さもAIが検知してその場で成敗する。よく言えば治安が良い、悪く言えばロボットに支配された街。
どうしてこの街に来たのか分からない彼だったが、白昼夢を習得するためには新形について行くしかないのだと気を引き締めた。
改札を抜けて街の中に入る。
『異常ナシ! オハヨウゴザイマス!』
『問題ナシ! 今日モ頑張リマショウ!』
『バッテリー切レ! 充電スタンドニ向カイマス!』
『ゴミ発見! 捨テタ! 誰ダ誰ダ! ミツケロミツケロ!』
『アイツダァ!!』
ドラム缶サイズの機械が街の中を巡回している。変な感覚に捕われながら、やはり地元は田舎だったのかと実感する。彼らの前を全速力で通り過ぎてポイ捨てをした若者を取り押さえている光景は「こわっ」と出た。
新形はタクシーの運転手に合図を送るとドアを開く。
タクシーに乗り込み、行先を告げる。どう言うわけか「ゲームセンター」と聞こえた彼の気の所為は、気の所為に留まることはなかった。タクシーが停車して車から降りて顔を上げるとかなり大きなゲームセンターが目の前に広がっていた。
「あ、あの先輩?」
「ん? どうした?」
「どうしたって……。なんでゲームセンターに?」
「良いから良いから」
タクシー代も新形が支払い、ゲームセンターに引っ張られる。
一枚の自動ドアを越えると音が混沌とした騒音の中に飲み込まれる。見えない圧力に一歩下がってしまいそうになるが、新形が手を引いている所為で後ろになんて行けない。
『ポイント二倍!』とポップ体のセール文句が貼り付けられた機械に向かう。ゲームセンターで使えるICカードに入金する装置だ。今ではゲームセンターでもカード一枚でワンプレイ出来てしまう。小銭をじゃらじゃら持ち運ぶよりもこう言ったカードの方が財布の圧迫率を下げられて便利だと謳っている。
「先輩、こういう所よく来るんですか?」
「暇と時間があればね」
なんて言いながらカードにクレジットを送金する。チャージ完了すると彼を連れて目的のゲームを探す。クレーンゲームが、ゲームセンター入口から中央を占領している。奥に行けば行くほどアーケードゲームが所狭しと配置されていた。
騒音の正体である筐体がズラリと並んでいる。
「えーっと、あれから始めようか」
そう言って指を差したのは、ピアノの鍵盤がコンソールとなっているゲームを見つけて近寄る。イヤホンジャックを差し込み音楽が聞き取れるようになる。イヤホンの片方を彼に差し出すと「え……」と不思議な顔をすると「これ、つけて」と命じられて素直に片耳にイヤホンを付ける。
カードを差し込んでクレジットを支払う。軽やかなBGMと共にゲームが起動する。慣れた手つきで鍵盤を操作をして、選曲まで行く。
「知ってる曲ある?」
「え、えーっと」
少しだけ身を乗り出して、画面を確認する。
「三年前の曲とかってありますか? あの、人魚姫って言う歌手が好きで」
「あー、知ってる知ってる。じゃあ、これかな」
『Devil&Hope』を選曲する。
「え、でもそれって勢いがある。鍵盤で弾くにしても速いんじゃ」
「問題ないよ。ま、見てな」
曲を変えようにも制限時間が迫り、難易度が『イージー』から『エキスパート』に変更されて開始される。
彼の片耳から重たいイントロが始まる。音楽ノーツが鍵盤を模した画面に重なると同時に新形が鍵盤を弾き始める。片耳に聞こえる好きな楽曲。流れるノーツ、彼の目で追うことは出来なかった。それなのに、新形の指先はまるで別の生き物の様に滑らかに違和感なく鍵盤を弾いている。
(指、速い)
速過ぎる所為でテレビで見るような多本指。身近にゲーム慣れしている人を見たことがない彼は、新形が別次元の人だと感じる。
「っ……」
眩暈を感じる。速過ぎて見えないノーツが、徐々に見えてきた。
指の動きだって、ノーツの速さも変わっていない。
三分の楽曲が終わりを迎える。ほっと呼吸をする新形は、彼を見る。
「ゾーンって私たちは空間のことを言っているけど、実際は今の状態をゾーンって言う。極限の集中状態、ゲームで言えば、自動操縦ってところかな。漫画で言えば、最弱な主人公が突然一パーセントの才能に気づいて、それを極限まで引き延ばして、強敵に勝つ展開」
ゾーンと白昼夢は、互いに意味合いが反転していることを伝えられる。
頭の中をこんがらがってしまうが、無意識領域のゾーンと空想妄想で築かれる空間白昼夢は常に隣り合わせ、もしくは背中合わせに存在している。鏡の表裏一体。
それはまるで現実とゾーンのようだった。吸魂鬼がいる空間と人間がいる空間。
「この感覚は感情が左右する。心配が超越したら何もできなくなる。吸魂鬼を前に、感情が負けを認めてしまえば白昼夢は起こらない。もっともそう感じる前に、最高潮になればいいんだけどね。ってこういうのは、もろもろ、ゾーンについて調べたらいいよ。そうしたら世間で言うゾーンについて知れるしね」
「習得じゃないんですか!?」
新形は次の曲を選びながら淡々と言う。
「ゾーン入りも白昼夢も誰にでも出来る。ただ自覚していないだけでね」
(な、なんか騙された気がする)
彼はため息を吐いた。仰々しいものではないのなら、なぜ新形は自分を筥宮に連れてきたのだろうか。本当は使いっ走りが欲しかっただけなのだろうか。
新形は、店先でかかっている曲を弾いている。今度は最難易度の『マスター』を選んでだ。聞き飽きたと感じた曲もゲーム上では違って聞こえた。
新形の瞳が僅かに色が違うように見えた。モニターの光が変色させているのだろうか。




