第43話 Who are me
テストの結果が出た。彼はクラスで中の上と及第点だ。内心肝を冷やしながら胸を撫で下ろした。一先ずは幽霊部員は回避した。
そして、その日の午後、佐藤先生に呼ばれて職員室に行けば、卒業アルバムを実家から引っ張り出してきたのだと言って少し埃の被ったアルバムを見せてくれた。
「えーっとオレと黒美チャンはァ~」
ぱらぱらとアルバムをめくる。三年間、高校で過ごした思い出が写真の中に込められていた。佐藤先生の面影を残した自分たちと同じくらいの少年や同級生たち。
「懐かしいなァ!」と佐藤先生は嬉々と思い出を眺める。彼もアルバムは好きだ。
「おっと、あったあった。ほら、これよ」
そう言って見せてきたのは、体育祭だろうか。体育館と思しき室内でバスケットボールをしている黒髪の少年が見事にボールをゴールネットに入れている奇跡的瞬間だ。まさにスポーツ記事などで見る写真。きっと写真を撮影した人は、撮影が上手だったのだろう。ピンボケもなく綺麗に撮影された谷嵜先生の学生期に彼は「バスケ部だったんですか?」と尋ねる。
「んや。これは、球技大会だな。バスケのクラス対抗戦」
身体を大きく動かすなんてしないイメージだが、その写真一枚で躍動感を感じる。いまにでも、ボールが床を叩き、歓声が聞こえてくるようだ。
佐藤先生は「部長ちゃんが気に入る写真は」とアルバムをめくる。
「こんなのどうよ?」
次に見せてきたのは、若き谷嵜先生が無邪気に笑っている顔だった。口元を手で隠して目を細め、眉間に皺を寄せているが、彼がいつも見る不機嫌な顔ではなく、くしゃりと愉快の表情にしている。
「これって」
「文化祭で、生徒が作った肝試し迷路の百人目の挑戦者で騒がれたってわけよ!」
「えっと……肝試し迷路って? え、百人目の挑戦者って……訊きたいことが多すぎますよ」
写真担当だった女子生徒が運よくも撮影できた奇跡の一枚だと言う。アルバムから写真を抜いて「ほい」と彼に差し出してくる。それだけアルバムに直接印刷されたものではないことに、気がついた。
「これ、他のアルバムにはねーの」
「え、どうして」
「この写真を撮ってすぐに、百一人目の挑戦者が事故で怪我しちまってな。その生徒が癖がつえーのなんのって、文化祭に関する写真は、徹底的に抹消よ」
身勝手な話だが、その生徒としても嫌な記憶が残っては悪いと考えた結果だろう。それに、その時期の文化祭じゃなくても、文化祭の写真はいくつもある。それにすり替えられている。では、どうして佐藤先生がいまこの一枚を持っているのか尋ねる。
「データ媒体が処分される前に必死こいて、かき集めた奇跡の一枚ってわけよ」
「そ、そんな貴重なものを、新形さんにあげちゃうんですか!? 折角の思い出なのに!」
「良いって良いって、見てのとーり、埃被ってたわけだしなァ。寧ろ部長に渡しときゃ神棚に飾ってくれそうじゃん?」
「うっ……やり兼ねないですけど……」
谷嵜先生の最初で最後のような無邪気な笑顔。高校生活を満ち足りたものとなっていたのを物語る。勿体ない反面、これで課題はクリアでいいだろうと安堵する。
ここは下手な遠慮はせずに有難く頂戴する。
「あー、黒美チャンには見せるなよォ。写真とか嫌ってるから」
「も、勿論です! と言うか、このことを知られたら僕、問答無用で幽霊部員というか、学校から追い出されそう」
下手に谷嵜先生の逆鱗に触れたくない。身体を抱きしめて身を守る。
(こんな貴重品をずっと持っていられない。新形さんを見つけないと)
「佐藤先生! ありがとうございました!」
「うぃー。まあ、頑張れよォ」
ひらりと手を振る佐藤先生に頭を下げて職員室を出ていく。
新形の出現場所と言えば、谷嵜先生がいる場所。谷嵜先生は職員室にはいなかった。となれば、旧校舎の部室で寝ている。テスト結果の報告も兼ねて部室に行けば新形もいるだろう。と、その前に本校舎の生徒会室に寄って浅草がいれば、旧校舎で確定だろう。頭の中で道順を決めて廊下を歩く。
もし旧校舎に新形がいなければ二度手間となってしまうからだ。それに浅草の結果も気になっている彼の足先は生徒会室に向かっていた。
生徒会室には、想像していた通り浅草がいた。そして、こちらはいないと思っていた新形が珍しく生徒会の会長として作業をしている。「ちゃお~」と浅草の言葉に彼は返事をして新形に向かう。
「新形さん、コレ! 約束の物です」
今日、つい数分前に受け取ったばかりの谷嵜先生が高校三年生の時に撮影された文化祭の写真だ。この世に一枚しかないと言っても過言ではない写真を差し出すと新形は受け取る。
「谷嵜少年、かわいっ! よくやった! ジョン!」
新形は紛れもない谷嵜先生の写真に上機嫌で彼を褒める。入手経路は察しているだろうが、手元に写真があるだけで十分だと文句が飛ぶことはなかった。
「よし! 約束通り、夏休みにでも君に白昼夢を教えてあげるよ」
「よろしくお願いします!」
深々と頭を下げる。
「よ? 長、初夏任?」
「それと兼用だよ」
「初夏?」
「ああ、夏休みでもうちの部活は、ちゃんと活動があるってことだよ。それなのに、ジョンに白昼夢を教える暇なんてあるのかって柳は心配してくれてるわけ。時間外活動ってことで先生も許してくれるでしょう?」
許してくれなければ、有難いお言葉を受け取るだけだが、それで喜ぶのは、新形だけだと言うまでもない事だろう。
新形は受け取った写真を身分証のケースに隠すように差し込み胸ポケットに入れて、ポンポンと胸を叩いた。
「あの、白昼夢ってそんなに難しいものなんですか?」
「そんなことないよ。ただ堅苦しく考えちゃうと難しいってだけ、何も考えなければいいんだよ」
「何も考えないって……無理ですよ」
「無理でもやるんだよ~。ね? 柳」
「ういうい」
無理でもやる。やるしかない状況下で出来ないでは命が消えるだけだ。
「あの、夏休みにならないとダメですか?」
「……というと?」
「今、明日からでも! 僕、もっと覚えたいんです。知りたい。僕の空想が誰かの役に立てるなら一日でも早く」
「急いては事をし損ずる」
彼の言葉を遮り新形は言う。
焦っていては何も生まれない。彼の気持ちは分かるが、それでも今ではない。
「焦って疲れて、チャンスを逃すより、しっかりと覚悟をもって挑んだ方が何ごとも効率が良いよ。それに私二度手間って一番嫌いなんだよね~。疲れるから」
「……」
「でもま、だからと言って買ったばかりのおもちゃをすぐに遊ぶなって言うのは無理があるかな」
「長~」
「わかってるって虐めない。吸魂鬼狩りとしての仕事をしよう」
「吸魂鬼狩りとしての仕事って、吸魂鬼を倒すことですか?」
浅草が何か咎めるように新形を呼ぶが、ひらひらと手を振って椅子をクルリと回転させる。一回転して再び彼を見ていう。
「まあ、近々会いに行くよ。その時をお楽しみ~」
そう言って新形は椅子から立ち上がり部室に行くと言って行動を始める。浅草もやる事を無事に終えたようで「ゴー!」と部室に向かうために彼の両肩を掴んで生徒会室を後にする。
その後は、旧校舎の部室でいつものように谷嵜先生に告白する新形を見たり、暁が全員の成績を訊いて、無事に幽霊部員行きを回避となり安堵する。
「夏休みも活動をする。時間は昼だ。飯を食って此処に来い。遊んで過ごせると思うなよ。あと、親御さんにも部活で帰りが遅くなること、泊りがけになる可能性も伝えておけ。もし無理なら事前に言うように、黙ってこられる方が迷惑だ」
「もう少し優しく言えないの……」
綿毛がぼそりと呟くのを彼は耳に届いて苦笑する。
(谷嵜先生が優しく言うなんて出来ないと思うな)
優しい人ではあるが、それを覆してしまうほどのきつい物言いに慣れた生徒相手では容赦ない。理解してしまった以上、優しさなど必要ない。
「最近は他の組織が管轄を離れてる。手薄になった地区の調査も兼ねて夏休みは忙しくなるぞ。覚悟しておけ」
「怪奇事件の多発と発表されています。俺たちのような非公式組織だけではなく、ハウスやサブハウスの被害甚大であり、それだけ脅威の吸魂鬼が、現れたことになりますね」
「そんな凄い吸魂鬼を、僕たちでどうにかできるんですか?」
「ジョン・ドゥ。お前、いつからそんな過激な奴になったんだ?」
「え? だって」
「んな強い相手をお前らが勇敢に立ち向かって勝てるとでも思ってんのか? どうもこうもなく、そいつに遭遇しないように被害者、迷い人の捜索が俺たちの仕事だ」
戦うことを前提に考えてしまった彼に暁は愉し気に「染まってきましたね」と揶揄う。
「だが、遭遇した場合はひと悶着はあるだろう。お前らじゃあまず太刀打ちできない。活動当日に改めてその事は説明する。夏休みだからって弛んだ態度で挑んでみろ。問答無用で幽霊部員としてゾーンとの関わりを禁じる」
(本当にこの部活は、飴と鞭の比率が偏ってるよ)
鞭の方が割合が多い気がして彼はもう慣れてしまった感覚に言葉もない。




