第42話 Who are me
テスト期間を終えて、また平和な日が巡る。夏休みになる前にやる事を終わらせたがっている雰囲気を感じる谷嵜先生から逃げるように同級生が教室から出ていく。
彼もまたそんな恐怖を一身に受ける覚悟で席を立ち谷嵜先生に向かう。
「先生」
「なんだ」
「写真を、撮らせてください」
「なんで」
「に、新形さんが欲しいって言ったので……」
「却下だ」
「ですよね」
ダメもとで訊いてみるがやはりダメだった。彼は落胆する。
放課後、スマホを胸元まで運び、谷嵜先生を尋ねた。見事なまでの玉砕。
谷嵜先生は表情ひとつ変えずに教室を後にするのをガクシと項垂れると彼の声が聞こえたようで廊下を歩いていた佐藤先生が「ヘイヘイ!」とノリノリで谷嵜先生に近づき言う。谷嵜先生は心底面倒な奴が来たとやっと表情を歪めた。
「写真の一枚や二枚良いじゃねえか! 黒美チャン」
谷嵜先生の肩に腕を回して逃げられないようにする。
「部長なら、何の問題もねえだろォ? 拡散するなんて危険もねえしよ? なんならツーショットでどうよ!」
「そう言う問題じゃない。肖像権侵害だ」
「SNSには絶対に投稿しません」
「だから、そうじゃねえって……はあ、集合写真ならまだしも、個人の写真を所持してるってのは世間体的によろしくない。生徒会長ならなおの事だ。それにあいつは俺が好きだなんだつって公言して回ってるが、学校内だから良いものの、外にまで及ぼすようならは、俺は警察の世話になることになる」
「い、いっときの気の迷いということで、憧れの延長戦的な」
「それっぽいことを言うな。気の迷いだと思ってんのか?」
谷嵜先生は、佐藤先生の腕を「邪魔だ」の一言で退かして辟易した表情をする。新形の気持ちが冗談や一時の気の迷いだと思う方がどうかしている。特に吸血鬼部に所属している者ならば本気だと気づいているだろう。以前新形に本心を伝えたように彼からしても新形の愛情表現は演技だというのならば、ハリウッド監督も手放しで褒め称えるだろう。
「少しでも歩み寄ってみろ。アイツの事だ、三分でハネムーン直行だ」
「ぶはっ!!」
佐藤先生は腹部を痙攣させながら爆笑するのを不愉快だったようで膝蹴りをすると床でビクビクと全身が痙攣し始める。
「何を言われたのか知らないが、盗撮しなかったことは評価してやる。だが、バカな真似してみろ。テストの有無に問わず幽霊部員として放置するぞ」
「は、はい……」
「お前はいつまで痙攣してんだ。立て」と佐藤先生を蹴り廊下を歩きだす。
彼の頭に盗撮の選択はなかった。気づかれたあとが怖い。かといって、やらないと新形からの課題をクリアできない。この悪循環をどうしたらいいのか。
「さ、佐藤先生!」
「んぁ?」
床から起き上がる佐藤先生に彼は声を掛ける。
「た、谷嵜先生と同級生だったんですよね?」
「まぁな」
「卒業アルバムとか持ってたりしませんか?」
「それ、俺からでいいわけ? 部長、許す?」
「僕は佐藤先生のこと嫌いじゃないですから、問題ないです」
佐藤先生を使うなとは言われていない。写真さえあればいいのだ。新形が持っていない写真を佐藤先生が持って行けば、白昼夢のことを教えてくれる。
佐藤先生は「どこに片しちまったかなぁ」とさらりとハーフアップされた髪を撫でた。
「数日くれね? 探してみるわ。オレも気になってきた」
「は、はい! 勿論」
佐藤先生は「んじゃ!」と谷嵜先生を追いかけた。何か用事があったのだろう。
生徒たちの纏う空気も軽くなったがまだ気は抜けない。吸血鬼部にとって、成績が悪ければ学生本分を全うせよと次の期末試験まで幽霊部員。最低条件は中の上。平々凡々の成績でなければならない。
部活は再開されているのに、吸血鬼部だけがいまだに旧校舎を封鎖している。
唯一侵入を許されているのは用務員としての暁のみ。
「今日もダメなんだ」
「テスト結果が出てないですからね」
部活が再開された日に旧校舎に立ち寄ってみると、旧校舎昇降口前を掃き掃除していた暁を見つけて声をかけた。どこか久しぶりな気がすると他愛無い話をしながらテストの手応えを尋ねられて曖昧な返事をしてしまう。
「今回ばかりは冗談ではないですからね。成績が良くなければ、ゾーンに侵入する事も許されませんよ」
「折角空想を手にしても、ゾーンに入れないなら、手にした意味がない。役に立てないなんて嫌だ」
「そんなに悩むなら俺が教えてあげたのに」
「え……教えてくれたの?」
その言葉に彼は今までの苦労はなんだったのかと絶望の表情をさせて暁にしがみつく。用務員服に皺が寄る事も厭わずに「ど、どうして」と震えた声色を放つ。
「勉強教えてくれるって教えてくれなかったの!!」
先輩の知識を頼る事が出来れば、彼もこれほどに苦労しなかっただろう。ちなみに、羽人と勉強や夜のコンビニ遭遇は棚に上げる。
彼の狂乱に暁は愉快だと口角を釣り上げて悪い顔をする。とても素敵なほどに良い悪い顔と称されるほどだ。
「そ、それは余りにも! 性格が悪いよ!」
「俺も一応は幽霊部員になりたくない部員の一人、全力は尽くしますが、常日頃から先生方の話をしっかりと聞いていれば問題はなにもないですよ。だからこそ、後輩である貴方の勉強を教えることも、本来なら出来たんですが、訊きに来られなかったので、必要ないのかよ」
「必要だったよ! でも、作業量が余りにも違いすぎるから……忙しいと思って」
用務員と生徒。一日にどれだけの仕事量なのか、彼には考えることが出来ない。早朝から起きて本校舎の掃除だってしているのだ。多忙を極めているはずだというのに勉強も出来るなんて人間の出来る業ではない。それなのに彼に教える時間もあるとは人生の使い方を心得ている。
「も、もし……僕がまだ吸血鬼部だったら来学期に……僕に勉強を教えてください」
ガクガクと震える彼に「別に退部するわけじゃないでしょう?」と困った笑みを浮かべた。
「そ、そう言う隠君は、手応えはあったの?」
「勿論。しっかりと先生は発言通りの範囲をテストに出題してくださいましたからね。完璧とはいきませんでしたが、赤点は当然免れましたよ。クラスでは、そうですね、二位くらいでしょうか」
「に、二位。そ、それって一位がいるってこと?」
「数点の差でしかないですがね。ちなみに、あの様子だと新形さんは三年順位で一位でしょうね」
昇降口前、階段に腰かけて彼はふてくされた様子で頬を膨らませた。年相応のふてくされ具合に暁は口元を隠して笑った。日の光に反射して暁の顔が逆光で暗くなる。
笑い声が聞こえて余計に恥ずかしくそっぽ向いた。
「次は真っ先に隠君のところに行く」
「待ってます。何ならお茶菓子なんてものも良いかもしれませんね」
「揶揄わないで! ……あ、お茶菓子と言えば、隠君、知育菓子とか興味ある?」
「知育菓子?」
同級生に食玩や知育菓子が好きな子がいて、彼自身その奥深さに興味を抱いたのだと言う。
「確かに、俺にも記憶がありますよ。知育菓子、水だけで練り混ぜるやつ」
「最近の知育菓子ってレンジで焼いたりするんだよ」
「それって大人の手が必要になりませんか?」
「僕も思ったよ。でも、やってみると凄く楽しかったし、美味しかった。今度、吸血鬼部のみんなでやりたい」
「そんな事をしている暇があるなら勉強したらいいのに」
「息抜きだよ息抜き! 打ち上げみたいにね。そうだ! テストの打ち上げもしようと」
「なんでもかんでも打ち上げをすれば良いってものじゃないですよ。希少価値が低下して、慣れてしまえば、怠惰性が身についてしまう。たまに、そう言ったイベントがあるから、大切さが身に染みる」
季節も暖かくなり、吸血鬼部はゾーンの往来だけではなく部活動らしい楽しいイベントも企画していた。それらすべてが新形と浅草の思い付きであり、時々幽霊部員も参加してくれている。メンバーはいまだにわかっていないが、少しずつでもわかっていければいい。それにメンバーは少ない方が良いのだ。多ければそれだけ、全員が悲しい思いをしていることになる。
「もう夏ですね」
独り言のように暁は呟いた。空高く昇る太陽が熱を伝える。
彼が吸血鬼部に入って半年が経過したことを伝えているのだ。
「また何事もない日々であればいいですが」
「何事もない日々にしよう。僕たちで」
「相変わらず、お気楽ですね」
「その方が、人生楽しいよ」
難しく考えても仕方ない。平和であるなら、それに越したことはない。
吸魂鬼が襲ってこない日々ならば、今は途轍もないほどに平和なのだ。




