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第40話 Who are me

 七月、期末試験。

 彼は以前とはまた一味違う暑さを感じながら机に向かっていた。

 黒板には「私語禁止。席を立ったものは、欠席扱い」と書かれている。教壇にはいつもは見ない宮城先生がいる。


 体育祭が終わり、何事もない日が続くと思った矢先、彼に訪れた更なる苦難。


 夏休みに向けて勉強をした若者たち。成績が悪ければ夏季補習が待っている始末。挙句の果てに吸血鬼部は、クラス順位が低ければ強制幽霊部員として活動に参加できない。彼は血眼になって勉強をした。中間試験同様に綿毛に教えてもらいながら机に噛り付いたが、思うような手応えは感じなかった。言い訳ではないが、テスト勉強期間を無視して新形を探していたが見つからなかったのだ。


 新形に白昼夢の件をお願いしようと数日、探し回ったが珍しくも見つからなかった。部室にもいなければ、谷嵜先生の近くにもいない。生徒会室には生徒会の書記である浅草が「長ぁ~」と泣きながら次の集会挨拶を考えていた。


 暁に尋ねれば、テスト期間中は部活も停止して勉強専念を推奨されている為、新形は、放課後は旧校舎に立ち寄らずに帰宅してテスト勉強をしているらしい。それもそのはず、新形は生徒会長なのだ。生徒の模範となる生徒会長の成績が悪いなんて言語道断。谷嵜先生に良いところを見せたいばかりに彼以上に勉強をする必要がある。

 見事にテスト週間となり、彼は教科書と添い寝をする羽目になった。


「そこまでよ、筆記用具を置いて後ろから回収してきなさい」


 宮城先生の言葉と共にざわざわと生徒たちの落ち着かない声。緊張から解放されたような声が聞こえて来る。

 それが五日間続くと言うのだから彼はまだ挽回のチャンスがあるはずだとすぐに帰って勉強をする。テストが終わればきっと新形にも会えるだろう。今は一先ず、テストに集中して幽霊部員確定だけは回避しなければならない。


 帰宅してすぐに親戚から連絡が来た。近況報告で友人や優しい先輩たちに巡り合えたことを言えば「よかったね」と安堵してくれた。

 彼が問題を起こすような暴力的不良少年ではないと知っているから不安などなく一人で生活をさせてやれるのだと告げられる。


 固定電話の受話器が小さな音を立てて置かれる。


(一度も、僕の名前、言ってくれなかったな)


 相手はボケたかなと思い込んでいるだろう。名前は言えないが、相手が孫であることは理解しているはずだ。でなければ、連絡だってして来ない。


(きっと、取り戻したら思い出してくれるよね)


 絶対にそうだと彼は信じて疑わない。疑っても仕方ない。

 彼は勉強机の前に身体を落ち着かせる。教科書を開いて、空が暗くなるまで勉強をした。空腹を知らせる腹の虫で我に返って顔を上げると机横のライトだけが彼の周囲を明るく照らしていた。

 五時間勉強をしたがまだまだテスト範囲を網羅できていない。だが根を詰めても仕方ないと彼はキッチンで晩御飯を作ろうと部屋を出る。


「あれ……パンがない」


 買っていたはずのロールパンがどこにもなかった。おかしいなと首を傾げたが、ふと体育祭部活動の打ち上げで何か一つ食べ物を持ち寄ることになった。その際に彼はロールパンを持って行ったことを思い出した。

 白米でも構わないが今日は炊いていない為、暫く待たなければならない。腹の虫はどんどん自己主張を激しくさせている。お腹はもうパンを食べる気持ちでいたため、パン以外の主食は求めていない。

 スーパーはやっていないがご近所の味方としてコンビニが営業しているではないかと彼は鍵と財布とスマホの外出用の三種の神器をポケットに押し込んでコンビニに出かけた。


 時刻は二十一時、暗闇に支配された外を電柱についた街灯が心許なくも路地を照らしていた。街灯の数を数えながら、人気が無い路地はどこか殺風景で、引っ越してきてそれなりに見慣れた街並みも夜となると見方を変わって来る。


(なんだろう。ゾーンにいるみたい)


 色彩が完全になくなって全てが灰色と言うわけではないが、別世界にいる気分になる。


(そう言えば、みんなどうやってゲートを開いてるのかな)


 空想は現実では使えない。つまりゲート自体は空想ではないのだろう。白昼夢はゲートを開くのと違うのだろうか。他にも気になったことは多い。そのときになって口にできないのは他のことに気を取られているからだ。


(それに、僕も技名みたいなの欲しいな)


 千里眼は、ただ視るだけでビームを放てるわけではない。寧ろそんなことしたら失明の一途を辿ることだろう。必殺技を唱える必要が無い空想。正直言えば、パッとしない。別に新形も暁もその必要などないのだろう。ただ技の使い分けの為に口にしているだけで、二人ならば、頭の中で整理できる。口にするのは、味方との連携を取るために必要だからか。


「格好いいのが良いな。ハートフルクレアボヤンス!」


(直訳すると優しさ溢れる千里眼? 絶対ヘン。千里眼に優しさってあるのかな。そうだよ! 僕の空想ってのぞき見だよね!? 根本の目的は吸魂鬼を見つけるためと言っても他人の日常を覗き見ることに変わりないよね)


「……まさか、僕って犯罪者予備軍!?」


「あわわ、どうしよう!」と頭を抱える。空想が必要なのは重々承知しているが、平和主義者である彼は千里眼の使い道がまったくもって思い浮かばないのに、彼の思考には煩悩ばかりが浮上する。

 健全な男子高校生として、間違っていないが今の状態でそんな事を考えてしまうなんてと絶望に打ちひしがれる。


(ハートフルなんだ。僕はハートフル!)


「ハートフルハートフルハートフル」


 呟いているとトントンと肩を叩かれて「ぎゃあ!?」と叫んでしまった。近所迷惑だとドクドクと心臓が鼓動する。呼吸をしながら抑えて振り返れば、暗がりの中にいるため、灰色に見える髪をした青年は、青白いスマホの光を手に宿していた。


「は、羽人君!?」


 水色シャツに紺色のカーディガンとジーンズ。完全私服姿の羽人が不思議そうな顔をして彼を見つめていた。


「ど、どうして此処に?」

『散歩してたの。勉強の息抜きに』

「そうなんだ。この近くなの?」

『うん、ナナも息抜き?』

「息抜きも兼ねて、ご飯調達の為に、そこのコンビニまでパンを買いに」


 テスト勉強で根を詰めていた羽人が息抜きに散歩をしていた。すると、偶然にも彼を見つけて肩を叩いた。羽人は以前勉強会で彼の家に訪れている。言うのを忘れていたが家が意外と近くであると嬉しそうに微笑む。


 邪魔してしまっただろうかと申し訳なさそうに眉を顰めていたが、「大丈夫!」と手を振って平気だと必死に伝える。


「ね、ねえ。羽人君は、千里眼が使えるとしたら、何に使う?」

『千里眼。透視の力とか、かな? 食玩の中身が気になるから、それに使いたい』

「食玩、集めてるの?」

『うん、小さい家具系のかわいいから好き』


 そう言って羽人はスマホのメモ機能から画像フォルダを開いて彼に数枚の写真を見せた。そこには、透明な箱の中で食玩のキッチン、家具、食べ物が飾られていたミニチュアの家が広がっていた。箱の中は、生活感溢れて、まるで小人がそのまま生活しているようだった。手先が器用なだけあり、食玩の扱いも上手なのだろう。コンビニにも食玩は売っているからと付き合わせてくれと提案する。彼は勿論二つ返事だ。


 コンビニに到着して、彼はロールパンを探した後、勉強の合間に食べるサンドイッチを手に取る。


 ロールパン、ハムサンドとレタスサンドとパック牛乳を手に取りレジに向かう。


「いらしゃいませ~」

「お願います」

「はぁい」


 ピッとバーコードを読み込む音を聴きながら財布の中身を覗き込み不意に視線を上にあげる。


(あった)


 そこには、当然のように鎮座している青いケース。カルトン。


「ぷっ……」

『ナナ? どうかしたの?』


 彼の次に会計待ちをしていた羽人が不思議そうに尋ねる。


「あ、いや。体育祭の借り物競争で、僕カルトンだったんだ。それで」

『カルトン。そう言えば、ソレってそう言う名前なんだって初めて知った。よくわかったね?』

「谷嵜先生からヒントをもらったんだ」


 彼は体育祭の借り物競争が、ほぼ借り物競争となっていない競技、誰もが困惑しただろう。しかし、先輩曰くいつもこんな感じで進行していくから、一年生の困惑は通過儀礼として受け入れるべきだと言われた。

 羽人もさすがによくわからない借り物のお題を告げられて疑問符が飛び交っていたが実物が身近にあるものと知ればなんとも不思議な感覚を抱いた。


 

 羽人もコンビニでしか売っていない食玩を購入してコンビニをあとにする。

 そして、ついでにと知育菓子を買っていた。知育菓子の型などは後で綺麗に洗えば、スマホケースの小さな飾りとして型を取る事が出来ると嬉しそうに話してくれた。

 コンビニを出て、「パティシエケーキ」と言う知育菓子の箱を見せてくれた。可愛らしいピンク色のフォントで飾られた箱は、ついつい買ってしまいたくなる。


『あの、お願いがあるんだけど』

「……?」

『知育菓子を貰ってくれない?』

「え、でも……羽人君が欲しかったんだよね?」

『甘いものの取りすぎって怒られたんだ。それで、ナナに作って、食べてほしいの』


 知育菓子も好きでよく食べているが親に知られると怒られるのだという。あまり食べると虫歯になると口を酸っぱくして言われるが、羽人は生まれてこの方虫歯になったことがない。とはいえ、虫歯以外の病気になってしまうかもしれないが、それでも好きなのだ。


『我慢しないといけない』


 ぷるぷると震えながら羽人は知育菓子を彼に差し出してくる。食べたいけど、食べたら怒られるから食べられない。食べたい。食べたいけど! と葛藤している。知育菓子をこの歳まで買って遊んで食べているなんて知られたら笑われているから恥ずかしいが、彼にならば教えても同調してくれるとわかっていた。

 折角買ったが、買って気がついた。また怒られてしまうと羽人は友だちである彼に知育菓子を上げようと決めた。


 友だちだからこそ、知ってほしい。昔の楽しかった気持ちが蘇って来ることを教えたかった。


「あ、あの……羽人君、もしよかったら、僕のうちで一緒に食べる?」

「!!」


 言うとぱぁあ! と表情を明るくしてコクコクと頷いた。

 共犯者だ。夜は少し悪になってみたいものだ。つい数時間前に親戚と話と話したばかりだと言うのに早々に悪さをする。なんとも背徳的である。


「あ、でも羽人君、家の人心配しない?」

『大丈夫。もう寝てる』


 寝てる時間を見て家を抜け出した。テストの勉強をしなければならないが、息が詰まってしかたない。

 散歩していたら、偶然にも彼と会えた。学校以外でも友人と会うこんな嬉しいことはあるだろうか。


「僕の家で、勉強したら帳消しになったりしないかな?」

『きっとなる! 僕もナナと勉強したい』


 友だちと深夜過ぎても勉強会なんてワクワクするイベントはない。

 期末試験の勉強会は若者にとってイベント。いい意味でも悪い意味でも。

 彼にとってこの期末試験のテスト結果は幽霊部員になるかならないかの一大イベントだが、友だちとのコミュニケーションも大切にしたかった。


「怒られたら一緒に怒られよう」


 悪いことをしている自覚はある。羽人も頷いて家路についた。

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