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第39話 Who are me

 浅草と燈火の蟠りが解けた場面を見届けて、再び谷嵜先生を探しに旧校舎を彷徨う。二人の空気に居た堪れなくなり「あとは僕が一人で探します!」と逃げるように廊下を駆けた。この場に暁がいれば「廊下は走らない!」と怒られるだろう。


 部室に到着すると彼が想定していた通り、谷嵜先生がいつもの定位置であるソファで寝ていた。


(お、起こしたら怒られる? 緊急事態でもないし……。そう言えば、僕谷嵜先生を脅したような)


 彼はどうしようと困っていると「どうした?」と寝ていると思っていた谷嵜先生が声を発した。その事に肩がビクリと上下する。

 ソファから起き上がり座り直した後くわぁっと欠伸をする。


 生徒たちが帰宅している中、彼だけが旧校舎に来ることが疑問に思い尋ねる。


「え、えっと……さっき、新形さんがゴールした直後に違和感を感じたんです」


 彼は、違和感を口にする。ゾーンと現実の境。カエルの吸魂鬼が悪さをしているとも思えない。言いようのない違和感。がむしゃらな音とカメラのフラッシュで眩しさを感じた時の灰色。


「ジョン・ドゥ。どうやらお前は適合率が高いようだ」

「え……適合率?」


 言っている意味が分からないと彼は首を傾げる。


「適合率ってのは、ゾーンと現実を認識する人間の割合だな。今回の場合に限って言えば、その現象は吸魂鬼の仕業ではない。その原因も理解した」


 今回はなにも心配はない。

 そう前置きを告げて、その現象を起こした人も予想はついていると言った。


「ズルだよ」

「ズル」

「ああ、是が非でも勝とうとしたアホが、勝つためにこの部でしか出来ない事をした。それだけだ」

「あのそれって、どう言う……」


 彼はますますわからないと頭の中がこんがらがってしまう。

 谷嵜先生はハッキリとそれを口にしない。まるで彼に答えを見つけ出そうとしているようだった。


 是が非でも勝とうとした人間。

 体育祭でやる気を見せていたのは、浅草か新形。浅草は学校のイベントを楽しむためにそのノリに乗っていた気がする。ならば、新形となる。その見解に到達すると同時に谷嵜先生は口を開いた。


「お前らの部長は、文武両道才色兼備なんて持ち上げられてはいるが、その実、不正常習犯だ」

「不正常習犯」

「今回の体育祭で言えば、ゾーンの個人使用だ。吸魂鬼がお前に白昼夢を見せていただろ。ゾーンに完全に入りきらない。意識だけがゾーンの中、だが肉体は現実にまだ残っている。ゾーン内に入り切っていない状態を、白昼夢と呼ばれてる。その状態をアイツはやってみせた。そして、意識だけでもゾーンに入れば、空想で自身の肉体をアクティブにする。身体能力の増強、いや、一時的にアイツの空間だけがスローになったか。それに気づく奴はいない。暁が知れば激怒ものだろうな」


 その現象を彼は知っている。暁が現実にいながら空想を使って見せたのだ。その事を告げる。


「暁は、適合率が低い。だから吸魂鬼も見えなければ、空想をどういう風に練り上げているかも見えない」


 彼にカエルの吸魂鬼が消えた際は教えて欲しいといったのは、九割は現実にいたから何も見えなかったのだ。何とか一割で空想を作り出すことは出来た。

 新形がサポートした効果によって暁がはじめの衝撃を与えることが出来た。


 今現在、白昼夢をまともに使うことが出来るのは、少なくとも吸血鬼部では新形のみだと言われる。僅差で負けてしまうことを嫌がり使ってしまった。勝ちを取りに行った。白昼夢に気づく者はいない。適合率が高いものならば、気づけるが、基本的に馴染みがない者たちに気づくわけもない。彼は吸魂鬼に白昼夢を見せられていた所為で適合率が高いと判明したのだ。そして、ゾーン業界に長く付き合っている谷嵜先生と佐藤先生など吸魂鬼狩りならば、気づけるかもしれない。


「本人曰く、それはズルではなく個々の部活が持つ個性で、アイデンティティらしいがな。今回の場合は、バスケ部は走る事に特質しているから、こちらも部活の有能性を存分に発揮したってところだろ」


 完全に規定違反であると谷嵜先生は言う。


「そこまでして勝ちたかったんですか?」

「さあね。本人に訊いてみろ」


 ズルかどうかはわからない。ただ白昼夢も、少なからず身体に負荷を与えることではないのだろうか。彼自身、千里眼の空想を持っているが、使うだけで頭痛や目の奥が焼ける感覚に襲われて維持が難しい。だというのに、新形はあの一瞬のうちに、白昼夢に意識を持って行き空想を発動させた。


 訊きたいことがそれだけなら帰れ、とあしらわれてしまうが彼はもう一つ気になっていたことを尋ねる。


「先生。通行料を長い間、手放していると……失ったものへの執着は薄くなるんですか」

「……」

「浅草先輩の通行料って、夢と希望だって聞きました。それが無い状態で、浅草先輩は、今まで生きてきた。だけど、薄くなってるって……」


 もしもそれが本当ならと彼は不安になっていた。彼もずっと名前を奪われ続けていたら無関心になってしまうのか。


「先生は、自分の通行料を取り戻すつもりってあるんですか」


 谷嵜先生の通行料は、妻と友人だと言っていた。もしも長い間、放置し続けていたら、その人への執着が無くなり、取り戻す気が起きなくなるのだろうか。

 彼は、尋ねてしまったことを少しだけ後悔した。言わなければ、訊かなければよかったと怖くなった。


「お前はそれを訊いてどうすんだ?」

「え……どうするって」

「もし仮に、俺が通行料に興味を失くしていたとしても、お前には関係のないことだろ? それとも、他の生徒と同様に俺も懐柔するか?」


 背中を丸めて膝に肘をついて頬杖をする。夕暮れを背にしている谷嵜先生の表情は怪しく、彼の気持ちを揺さぶった。


「暁、綿毛、浅草、燈火。この短期間で四人。天性の誑しか?」

「そ、そんなつもりないです! 僕はただ……」

「ただ?」

「っ……知りたいだけです。先生がどう言うつもりなのか」

「そうだな。お前らの通行料を取り戻したら自分の通行料を取り戻すよ。どれだけ興味がなくとも、それが俺にとって重要だったってんなら、取り戻すしかない。取り戻した後にどう思うかは、その時の俺次第だ。最愛の女性。親しかった友人。その二人が、俺にどれだけの影響を及ぼしたのかはわからない。取り戻した後にでも泣いて喜ぶかもしれないね」


 谷嵜先生は話は終わりだと言わんばかりに立ち上がり彼の横を抜ける。


「僕も、名前に興味が無くなってしまうんですか」

「暁を見てみろ。あいつは、存在が消えて三年ほど経過してるが、いまだに自分を取り戻そうとしてる。もし興味が薄れているなら、今頃うちを中退してゾーンの往来に、コンビニで万引きして、犯罪者予備軍待ったなしだろ。暁みたいにしがらみしかなかった家庭にはよくある話だ。だから、お前が思い悩んで気にするほど、速度は、速くないよ」

「……。やっぱり忘れるんだ」


 ぼそりと呟いた彼の表情は、訪れる未知が恐ろしく不安で満ちていた。谷嵜先生は小さく息を吐いて部室を後にする。彼は顔をあげて谷嵜先生が出ていった扉を見つめる。


 通行料は「名前」であることは間違いない。だが、その名前すらどうでもよくなってしまったら、「ナナ」や「ジョン・ドゥ」と呼ばれることに慣れてしまったら、彼はどうなるのか。今まで誰も疑問を口にしなかった。それは暁がこの世から抹消された時と同様に彼は、いち個人として存在していないからだろう。不特定多数の誰かではあるが、どこにでもいる誰でもない人。ノーバディ。名前が無くて当然と世間で受け入れられつつあるのだ。


「……そんなの嫌だ」


 だから、暁は必死に自分を取り戻そうとしている。家族を取り戻そうとしているのだ。彼も同じように、誰でもない人ではない確かな存在になりたかった。何かを成し遂げることが出来なくとも構わない。ただ一人の記憶に残りたいと思った。しっかりとした名前を名乗りたい。


 彼は廊下を飛び出して谷嵜先生の背に向かって叫んだ。


「僕、絶対に忘れたりしない。諦めたりしたくない! この穴を埋めるのは、代用品なんかじゃ絶対にないから……僕の名前は、――――」


 音にならない。掠れる声。息が詰まって苦しくて、それでも音を、確かなソレを取り戻したい。喉の奥につっかえた不愉快な違和感は彼が思う言葉を発することの邪魔をする。


「だから……だからっ……!」


 泣き出しそうな顔をして彼は自分の喉に手を伸ばす。出てくれ。叫べ、声が枯れるまで自分の声で、名前を――。

 それでも彼は思い出せない。音に出来ないまま苦しいと瞳に涙を浮かべる。


「もっと前に行きたいです。前向きに生きて行きたいのに、忘れるとか興味無くなるとか、不安なことばかり。今回だって吸魂鬼に襲われました。対策する術がないまま死んじゃう恐怖を感じた。だから、もっと教えてください。もっと早くみんなの取り戻せるように、手伝いたい。僕の名前も、他の部員の通行料も、先生の失ったものも」


 必死に訴える彼に谷嵜先生は、考える素振りをして「なら」と続けた。


「新形を口説いてみろ」

「え……新形さん?」

「まずは、白昼夢を使いこなすところからだな。お前の千里眼を活かすには、白昼夢を掌握することからだ。白昼夢の状態で千里眼を使うことで、どこに吸魂鬼がいるのか。どこに迷い人がいるのか鮮明に把握する事が出来る。白昼夢を使いこなせなければ、お前に伝えることなんてないし言う必要もなくなる」


 それが出来なければ言うことは何もない。と谷嵜先生は再び歩き出した。


(白昼夢を覚える。それが今の僕にできること)


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