第37話 Who are me
『蹠球』
「なぁが?」
浅草はお題の厚紙を手に取り見つめる。まず、漢字が読めない。ご親切にふりがなが振ってあることに安堵するが、仮に読めたとしてもその意味がわからない。
「……むっ。むむむっ」
借り物競争は自分で検索は禁止。時間になっても動けない場合は、助太刀が認められる。この場合、浅草は谷嵜先生に助っ人を頼むことはできない。なぜなら、谷嵜先生は浅草との意思疎通がいまだに出来ていない。ちゃんと話をしないと聞き入れてもらえない。即ち浅草が頼れるのはただ一人、新形のみ。
「長ーっ!!」
三十秒のロスすら厭わずに浅草は新形のもとに泣きついた。
最終走者のもとへ駆け出す。お題を新形に見せると顔を引き攣らせる。答えがわからないのではない。ヒントをどうやって出すべきか考えているのだ。
「え、えーっと……」
『答えを言っちまうと一分追加だからなァ!』
「うっさいな! わかってるよ!」
わざわざご親切に放送で注意する佐藤先生に向かって吠えるが、ともかくどうするべきか。
「あっ、猫の気持ちいいところ」
「……にゃ?」
「いや、それだとそこにもなるのか。えっと、いや、なんだろう」
必死にヒントになり得る単語を探すが、何も思いつかない。
「えっと、人間が猫と戯れる際に触っちゃうところで、その文字を砕いていって、そこに答えがあるから」
これ以上は答えになってしまうと浅草の頭に期待するしかないのだと言う。
「にょへ!」と敬礼の真似をして浅草は紙を見つめる。
猫の気持ちいいところで、人間が猫と戯れる際に触れてしまう箇所。
蹠球。
足、庶、王、求。
「……なが?」
『ここでバスケ部が追い上げてきたぜェ! 大丈夫かァ!! 休憩部!!』
「とつ!?」
バスケ部が第三走者に至る。次は、第四走者で暁。運動に自信が全くない。挙句に三十秒ロスを加算されている。それは向こうのも同じだが、だとしてもこっちが頑張らなければと控室に駆ける。
猫に関係している物を集める。キャットフード、猫じゃらしや猫砂、キャットタワー、猫パンチ棒と、やはり選り取り見取りだ。
「……? フッド、ボール。ぴこーん!」
浅草はこれだろう! と目星をつけたものを抱えてスタジアムに戻る。
『バスケ部が一歩リードかァ!! 第四走者に腕章が渡ったぞォ!!』
浅草はまずいと暁が待っている場所に駆けだす。その腕には、演劇部で使うであろう猫パンチ棒が抱えられていた。
「ういうい」
「えーっとお題が『蹠球』で持ってきたのは、……なにそれ」
「猫を主題にしていた際に使っていた演劇部の小道具ですね」
横で見ていた暁が説明してくれる。「うい」と浅草は、猫パンチ棒の肉球部分を指さして、それが『蹠球』だと言う。
「肉球が蹠球か」
「ヴぃ!」
「合格だ。腕章を暁に渡せ」
休憩部の腕章が暁に渡される。もう既にバスケ部は通過してしまっている。急がなければと浅草は気持ちが少し急いていたが、暁はいたって平然に落ち着いた様子で腕章をジャージの袖に巻き付けた。そして、全速力ではないだろう速さで走り出す。
(俺は持久走には向かない。一定の速度をキープしていれば、疲れも分散されるはずですね)
暁は軽い足取りで走る。既に前を入っているのなら、急いだところで現役のスポーツマンとの広がる距離が縮まることはない。ならば、自分なりに最善を尽くしながらも疲れない方を選ぶことが賢いとお題が置かれた場所まで来て数枚の二つ折りされた厚紙の中から、左から二番目のお題用紙を手に取る。
「えっと……鉛筆。それだけですか? シンプルですね」
「それはどうかなァ! 副部長!」
「……と言うと?」
「此処は高校! 鉛筆を使っている生徒がどれくらいいると思う? そして! コノオレが出題者! 部長がオレの考えた無理難題を考慮して用意した物の中に鉛筆があると思うかァ?」
「!? そう言うことですか」
普通過ぎるほどに普通。佐藤先生が出題してきた中に異常性を新形は把握して、普通出題されないだろうと物は用意してきた。しかしながら鉛筆は、良くて中学まで、悪くて小学までしか持ち歩かない。
(部長対策は十分。ヒントなど必要ない。問題なのは)
「俺を走らせるつもりですか」
急がなければ、どれだけやる気がなくとも数日間の新形の不機嫌を相手するのが至極面倒だ。ならば、やる事は一つ。全力で旧校舎に行き、自分が使っている鉛筆を取りに行かなければならない。スタジアムから旧校舎まで約七分ほど。挙句に三十秒のロスを新形は背負っている。
「考えている時間なんてないんですよね!」
クソッと悪態を口に走り出す。控室に鉛筆があればと思ったがきっとない。
シャープペンやボールペンくらいしかもう使わないだろう。この現代社会で鉛筆を真剣に使う人間は、小学生以外にいないと言ってもいい。勿論、鉛筆を集めている趣味の人がいるだろうが、この学校内にいるとは思えない。ならば、確実にある場所に直行した方が早いのだ。
鉛筆が確実にある場所、暁が使っている旧校舎、用務員室。記録用のバインダーの紐につけられていると目星を付けて走り出した。
――――
『まさかの異例!! 両走者がスタジアムを離脱していったぞォ!? これはどう言うことだァ!?』
借り物競争と言っても馬鹿正直にマイクに向かって探しているものを尋ねたりしない。観覧席に座る人たちは持っているとは断固としても思わないからだ。
休憩部の借り物は、『鉛筆』でバスケ部が『孫の手』だった。体育祭に孫の手を持ってくる人などいないだろう。それでも何としても手に入れなければならない。
最終走者の各部活動の部長、二人は準備運動をしていた。軽く二十分くらい準備運動しているような気がするが疲れていないのか不思議なところだ。
実況している佐藤先生は、驚愕している。お題を考えた張本人が驚くのも可笑しい話だ。
「もう近くで買ってきた方が速いんじゃ……」
彼の言葉に頷く綿毛。
スタジアム内では、他の部活動のパフォーマンスが繰り広げられている。どうやら、進行困難になるのはわかっていたようで、映画研究会が撮影した映画や、演劇部でのプログラムが行われる。体育祭と言うよりは文化祭に近いお祭り騒ぎ。
スタジアム内では、多くの部活を体験していた剣道がひとりで雄叫びをあげながら盛り上がっている。
「はろー、若人諸君」
「新形さん」
ウォーミングアップしていたはずの新形が彼と綿毛のもとに片手を上げて歩いてくる。額に少しだけ汗を滲ませているのは、対戦相手といい勝負が出来たのだろう。バスケ部部長とのウォーミングアップ勝負は引き分けだと自信満々に言うが、本番で実力を発揮できるのかと彼は新形に心配の視線を向ければ、その意図を理解したのか「平気平気」と軽くあしらわれてしまう。
「孫の手は本校舎の職員室で、鉛筆は旧校舎の暁が使ってるファイルの傍かな」
「もしかして、全部の場所覚えてたりするんですか?」
「てか、鉛筆だってわかっているなら、控室に用意しておけばいいのに」
今、走っている二人のお題を知っている新形は平然と口にする。鉛筆と言う候補があると知っていたならどうして用意していなかったのか綿毛が言えば、「盲点だった」と苦笑する。
「あの歩く拡声器が鉛筆なんて平凡なお題を出すなんて思わないじゃん? それも第二走者で」
先の三人が困難を極めているのだから、自分たちもそうだろうと身構えていれば、なんとも拍子抜けするお題で力も緩んでしまう。
けれど、だからこそ副部長として恥じぬ走りを見せなければならない。二番目、されど部長がいない場合の代理として部員たちをまとめなければならない。その為、どんなことでも熟す義務がある。
もっとも、現代社会においてそれほど重役と言うわけでもない為、気にしている人などいない。
「休憩部として、副部長は重要な立ち位置だよ」
ところで、と新形は彼を見る。ポンポンっと肩を叩かれると彼は嫌な予感がした。
「なに? 谷嵜先生と仲良くなりたいって?」
「え……あ、そ、それは」
「生徒が抱く尊敬以外の感情を抱くことは禁止だよ。谷嵜先生は私のなんだから」
「わ、わかってます! 大丈夫です! その気はないので!! はい! それはもう、新形さんと谷嵜先生はお似合いですよ!!」
本当に何の心配もないと彼は必死に弁解する。
「三十秒のロスを取るのと、谷嵜先生にヒントを貰ってノータイムなら、後者の方が勝率は上がると思って」
「なるほど。良い心がけ! 偉い!」
「わっ」
わしゃと新形は彼の頭を撫でて乱した。鋭い瞳から一気に満面の笑みになる。危険を回避したのだと安堵する。その様子を見ていた綿毛は呆れたようにため息を吐いているが助けは期待できない。
「偉いミスタージョンには、特別に谷嵜先生の事を教えてあげよう!」
「いや、別に……。新形さんだけが知ってる貴重な情報として取っておいてください」
彼は視線を逸らした。止まる事ないマシンガントークを繰り広げられるくらいならば、知らないままでいい。
「担任なんだし、もしかしたら、部長よりも知っているかもね」
「は?」
「わ、綿毛さん!」
なんてことを言うんだ。と彼は肝が冷える。たった三か月程度で何を知れると言うのか。学校には十分に馴染んで、同級生ともうまくやれているが担任とうまくやれているわけではない。知っていることなんて、神出鬼没で部室でよく寝ているってことくらいだ。
アワアワと慌てふためく彼を余所に火花を散らしている新形と綿毛。
(ほ、本当に仲悪いんだから! 仲良くしてよー!!)
彼の心の内に秘めた願いも二人には当然聞こえない。




