第36話 Who are me
彼は、張り詰める空気を飲み込む。隣では同学年のバスケ部が控えている。他クラスな為、知らない子だったが彼が「頑張ろう!」と言えば、緊張した表情の相手は安堵の表情を浮かべて「休憩部も」と互いに応援をした。
彼は腕に『休憩部』の腕章をつけて気合を入れる。
『さぁ! やってきたぜ!! 決勝戦!! 期待の部活動が集った中、生き残ったのはこいつらだァ!!』
佐藤先生のアナウンスが響く。会場は熱気に包まれる。アナウンスのバックでは『もう少し音量を下げて、鼓膜を破るつもりですか』と綿毛の声が聞こえる。確か第二走者だった気がするが、放送を終えたらすぐに戻って来るだろう。
『じゃあ! 準備は良いかァ!! よーい!!』
彼とバスケ部の走者は気を引き締める。
『ドォン!!』
ピストルの音と共に二人は駆け出した。お題が置かれた位置まで百五十メートル。走りでは明らかにバスケ部に劣る。だがお題さえ吉とでれば、逆転ある。彼の少し前を走るバスケ部。
バスケ部の五秒差で白い厚紙に印刷されたお題を手にする。
二つ折りされたお題を開く。
(だ、大丈夫。大抵のものは控室にある)
『カルトン』
(な、なにそれ!?)
疑問符が彼の頭脳に一つ二つ三つと浮かび上がる。立ち止まっている暇はないバスケ部もそのお題に困惑している。手っ取り早く控室にあるものを片っ端から持って行くことも出来る。だが、それによって審査の時間を考えると余りにも手間がかかる。
『おーっと! 此処で両走者立ち止まってしまったァ!! お題がわからないってかァ!? んじゃ迷える走者に助太刀一人! 選べ!! 顧問、もしくは自分の部活の部長にヒントを貰うんだなァ!! ただし! 部長を選んだ場合は、アンカーは三十秒待機時間が設けられるから気をつけろよな! ああ、あと自分のスマホで検索するとかは禁止だからなァ!』
(う、うそっ!?)
新形を選べば三十秒のロス。谷嵜先生を選べば、まず谷嵜先生を見つけるところから始まる。それにどちらも『カルトン』を知っているとは限らない。
マイクで谷嵜先生を呼ぶにしても、内容次第。来るのは先生を次第で、先生が動かざるを得ない内容を告げなければならない。
そして、第二走者も同じようにわからなければ、助太刀一人として、部長か顧問教師を選ばされる。もしも全員がすぐ近くにいる部長に借り物を尋ねたら、何分ロスとなることか。
彼は意を決して駆け出した。悩んでいる暇はない。悩んでる時間がロスになってしまう。バスケ部は既に自身の部長に訊きに駆け出していた。
『バスケ部は部長を選んだ! 休憩部は、どっちを選ぶんだァ!?』と佐藤先生はノリノリで実況する。
彼はマイクに向かった。
「谷嵜先生! 僕はまだ、先生と親しくなれた気がしないので! 部長に先生の良さを訊いても良いですか!!」
言うと直後、彼のポケットが振動した。スマホだ。万が一の為に入れていたスマホが激しく存在を主張している。
(お、怒ってる!?)
ただのバイブレーションのはずなのに、どこか威圧感を感じる。
自分で検索するのは禁止されているが、通話することは禁止されていない。彼は恐る恐ると着信を受ける。
「も、もしもし」
『俺を脅すならもっと方法があんだろ』
「で、ですよね。あの、教えてほしいことが」
『コンビニのレジ。バカには見えない。それがヒントだ』
「え、あの、まだ僕お題を。も、もしもし!?」
ツーツーと無情にも流れる。お題を言っていないのにそう言われてわかるわけがない。
(あれ? コンビニのレジ、見えない。えっと、えーっと)
彼は何か出かかっていた。頭の中で引っ掛かるソレを見つけ出そうと首を捻る。
とりあえず、彼は控室にある新形が用意した物を見に向かいコンビニに関連しているものを集める。
(えっとアイス、お弁当、お菓子、雑誌……。あとは、レジ横のスナック)
「レジにあるもの? バカには見えない。入金カードとか? いや、でもそれってバカ関係ないよね」
『カルトン』と言う言葉で連想されるものがクルトンしかない彼は混乱する。急がなければ、バスケ部が次の走者になってしまう。スタジアムの放送が無いことでまだお題の突破はされていない。バスケ部の部長も頭を悩ませるお題なのだろう。
谷嵜先生が与えてくれたヒントを無駄にしたら、新形に殺されてしまう。「先生の言葉を聞けただけでも嬉しいことなのに!」と元から素足の雪女も逃げ出して水となって蒸発するだろう。
(一度、シミュレーションをしてみよう)
彼は気持ちを落ち着かせる。彼がコンビニで会計をする際に何をするか、どこを見るか。
『いらっしゃいませ』
『お願いします』
一つずつ丁寧に値段を確認して買い物かごから商品が出ていく。
『あ、ポイントカードはお持ちですか?』
『あります!』
そのコンビニのポイントカードを出して、ぴっと軽い音を聴く。そして、値段を確認した後、財布の中身を確認する。足りているはずだが万が一と確認する。
『780円です』
小銭を確認してなるべく、店員に見やすいように、青いケースに並べる。
「あ……」
彼はソレを手に取りスタジアムに駆けだす。
間違っていたら、多方面から怒られるかもしれないが、彼の根性を理解してほしい。物を抱えて通路を走るなんて論外だ。もしもこの場を暁に見られたら激怒されるだろう。
『ここで休憩部の期待の新人がスタジアムに戻ってきたァ! その手にあるのは、レジでよく見るアレだァ!!』
彼は第二走者の横に控えている答え合わせの教師にソレを見せる。
「『カルトン』は、レジに置かれているお金を置くトレイのことですよね! 最近はセルフレジが増えて見かけなくなってきたやつです!」
自信満々に彼は言うと審査員である宮城先生が彼が持ってきた『カルトン』を見る。
「合格よ! そう。これがカルトン。よくわかったわね! さあ! 休憩部、第二走者走り出しなさい!」
宮城先生が言うと綿毛は「頑張って来る」と彼から休憩部の腕章を受け取り腕につける。
「頑張って!」
「しっかり応援してて」
「うん!」
腕章揺れる。綿毛は彼とバトンタッチすると地面を蹴って駆け出す。
綿毛は、休憩部の為ではなく運動をする楽しさを知っている為、走れるならば何だって構わない。……が、問題は彼が首を傾げるほどのお題が出てきた点だ。
名前を知らないものが溢れていると待機中に教師たちが言っていた。
第二走者に用意されたお題を手に取る。
『これは借り物競争ではなく、言葉当て競争! 靴ひもの先端にある硬い部分の名称を答えて持って来い!』
「は?」
その文字を目で追った後、自身のスニーカーを見る。綺麗に結ばれた靴ひも。
その先の硬い部分の名称なんて、借り物競争の名目詐欺ではないのかと綿毛は紙をクシャリと握りしめた。
「こんな、簡単な問題を私に解けと?」
わなわなと震えるが、バスケ部が追いかけてきたのを見て第三走者の方へと向かう。答えがわかれば、あとはもうゴールへと向かうだけ。必要な距離を駆ける。
「浅草先輩。リードしてます。行ってくださいね」
「おぉ。ヴぃ!」
「それじゃあ、答えを聴こうじゃないかァ! 休憩部!」
宮城先生ではなく、今後は佐藤先生が意気揚々と綿毛の回答に期待していた。
「靴ひもの先端にある硬い部分。アグレット」
「せぇーかーい!! ナーイス」
「こんなの簡単すぎるのよ!!」
もっと気持ちが高揚するほどのお題を期待したのにこんな低レベルな問題なんて冗談じゃないと訴えるが、靴ひもの先端なんて知っている人の方が少ないだろう。少なくとも彼女たちの一連の流れを聞いていた浅草は、アグレットの存在を知らなかった。自分の靴を一瞥して、腕章を受け取った。
「此処で休憩部が第三走者へと腕章が渡されたァ! バスケ部どうしたァ!? 自慢の足で噛み付いていけェ!!」
マイクにガンガン訴える佐藤先生だったが、近くにいた綿毛は耳を塞いで「だから、煩いって」と文句を垂れる。




