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第34話 Who are me

 彼は燈火の行動が目に見えて怪しいことが気になり後を追いかけた。褒められたことではないが、同じ部活の幽霊部員と言う大義名分を心の中に収めて人気のない通路を歩く。明らかにトイレへの通路じゃない。


「うぃ~」

「柳」


(浅草先輩!?)


 同級生ならば、会うのも頷けるがどうして寄りにもよって悪口を言っている人に会うなんてと彼は、勝手に緊張していた。もしも悪口を言われて浅草が傷ついてしまったらどうしようと、人知れずお節介が浮上する。


「なんで、出なかった」

「鬼、申請、受諾」

「ちゃんと話せよ。別に話すこと自体は通行料に含まれてないだろ」

「……」

「それとも、本当に諦める気か? エースだったろ! 俺の大切なもんを奪いやがって……」

「申し訳ないと思っています。でも、わたくしの考えは未だ変わることはありません」


 普通に話をしている。チェイン越しと同じ丁寧な物言いだ。今までの彼女とは考えられない程に落ち着いて、低い声色だった。


(なんだろう。少し寂しそう……)


 新形と共にはしゃいでいる浅草とは思えない程に落ち着いた声は、彼には寂しく、泣いているようにも聞こえた。


「去年もそう言って休憩部の枠にいたな。なあ、いつになれば戻って来るんだよ」

「もうそう言った勧誘はやめていただきたいのですが……」

「勧誘。……お前にとってはそうだろうな! でも、以前のお前なら」

「お伝えした通りわたくしもう水泳部に戻るつもりはありません」


(え? 水泳部?)


 燈火が応援する部活も水泳部だ。浅草が以前いた部活が水泳部と話の中でわかるが、どうして燈火が浅草を水泳部に戻そうとしているのか分からない。


(もしかして、浅草先輩の通行料って泳ぐこと?)


「わたくしとあなたの関係がどのようなものであっても、もう終えたと思っていたのですが……余りしつこいようですと、先生に言うことになります」

「脅すのか」

「本意ではないですが、やむを得ない場合はそうするしかないかと」

「柳っ」

「そうしてわたくしの名前を呼んでくださっても、わたくしの気持ちは揺らぐことをしない。それが答えなのではないでしょうか」


(も、もしかして、燈火先輩って浅草先輩と、つ、付き合ってた!?)


 彼は徐々に此処にいてはいけないのではと気持ちになって来る。これは本人たちの問題で彼自身が聞いてはいけない内容な気がする。彼は急いでその場から離れようと応援団の観覧席に戻ろうとした時だった。


「夢も希望も全部奪われて、何が残るんだよ」


 ぴたりと足が動かなくなる。

 浅草の通行料はまだ知らない。だがもしも、吸魂鬼に「夢」と「希望」を取られていたら。


『目に見えない感情ってどうやって取り戻すんでしょうねー。それが相手にとって都合の悪い感情だったら取り戻したところで辛いだけですよねー』


 もしも水泳選手になるのが夢なら、その夢に向かって背中を押してくれる希望のどちらも無くなったことになる。


(自分を作り上げるものが無くなったら、嫌いとかになるわけじゃない。無関心になるんだ)


「今のわたくしには、吸血鬼部の皆さんの支えになることが第一に考えるべきだと思っています。なので、他の部活のことに気を向けるなんて出来ないのです」

「わかってる。わかってるけどよ。お前のソレには、自分の通行料を取り戻すって目的が入ってないだろ? 頼む。吸血鬼部に居てもいい。一度でも良いんだ。水泳をしてくれ。柳が後悔するのを見たくないんだ。体育祭を見て、興味が湧いたとか言って」

「……無理強いをしないでいただきたいのですが」


 完全に聞く耳を持ってくれない浅草に燈火は「わかった。無理言ってごめんな」と目を伏せた。浅草は少し困った表情をさせたが、自分の係を熟さなければと歩き出してしまう。


「そこにいるんだろ。後輩」


 燈火は彼がいることに気づいていたが、浅草と話すのが最優先だと判断した。

 彼は素直に影から出て燈火に弁解をする。


「あ、あの僕、聞く気はなくて!!」

「別に気にしてない」


 ため息を吐いて髪を掻きむしる。その瞳は、悲しみに暮れているようだった。


「あ、あの……浅草先輩と燈火先輩って……」

「……恋人」

「で、ですよね!! お似合いだって」

「嘘だ」

「え、えぇ……」


 燈火はヒヒッと悪戯っ子のように笑う。揶揄うのは良いが、その空気が余りにも痛々しいと感じた。


「柳の通行料な? 夢、希望。人が咄嗟に口にする単語。その物を柳は通行料として取られた」


 聞きたくなかったわけじゃない。聞いていいいのか分からなかった。

 新形は聞かなければ取り戻すものも分からないし、地雷も分かっていないと言っていたが、燈火はどういう気持ちで浅草の通行料を口にしたのか分からない。


 壁際に行き、凭れたと思えばズルズルと座り込む。もう立つことも出来ない程にやつれた雰囲気で、それだけできっと何度も浅草に進言してきたのだろう。今だけではない、ずっと、そして何度も断られた。


「将来期待の水泳選手。中学大会で三年連続一位。浅草柳」

「……!」


 その言葉に覚えがあった。夏季のテレビで、水泳の番組をやっている。親戚の家でそのテレビを見た。綺麗な泳ぎだと実況者が言っていた。その選手は、速く泳いでいた。誰よりも速く、それでいて綺麗に泳いでいた。

 その選手の名前が「浅草柳」だと言うのを今思い出した。


「吸魂鬼、綺麗に泳いでいた柳に引き寄せられて、ゾーンに取り込んだ。欲しいと思って……巻き込んだ」


 吸魂鬼は人間の魂を欲する。人間のキラキラする部分を求めて影のように彷徨う。憧れと嫉妬の渦で吸魂鬼は浅草を見つけて、その才能を手に入れようと手を伸ばした。


「ゾーンから戻ってきた時、あいつは将来の夢も俺との記憶もなくしていた。ただ純粋に俺を忘れていてくれた方がまだ傷つかなかった。あいつは、……燈火さんつったんだぜ」


 当たり前のように名前を呼んでくれていた相手が突然苗字を呼ぶようになり、他人行儀となった。


『翔太』と呼ばれていた言葉は『燈火さん』へと変わった。


 完全に一人の人間の記憶を忘れてくれた方がよかったのに、中途半端に覚えている。忘れることが出来ずに覚えてる。相手とどう言う関係だったのか。ただの友だちだった。そう。ただの友だちだったのだ。それ以上でも以下でもない。ただの友だちに執拗に付きまとわれることがどれだけの苦痛か。それでも諦めきれない何かがある。


「俺はただ! 柳に、また泳いでほしいだけだ」


 誰かに向けるわけじゃない。まるで懺悔のようだった。自分がしていることが間違いではないと、いつか報われると信じている。

 それが浅草の迷惑であるのは百も承知して――。


「……。僕、本当は浅草先輩のこと、嫌いで意地悪していたと思ってました。大切な人の大切にしてるものが消えるのって悲しいですね」


 目に見えないこと。だが確実に消えてしまえば分かるもの。

 確かな物が無くなった瞬間、人は何を思って何を為すのだろうか。

 燈火は、もう一度それを取り戻すために浅草に泳いでほしいと思っている。水泳を再開したら思い出すかもしれない。期待している。しかし浅草は泳ぎに興味を示さない。どうして、泳がなければいけないのかと分からないでいるのだ。


 頭を抱える燈火に彼は苦しくなる。吸魂鬼に取られてしまったことで、輝きが失われた。過去を知らない彼でもテレビの向こうでキラキラと綺麗な浅草を知っている。


「それなのに、今の柳は……人が変わったように水に近づくどころか俺の話を聞きやしない。徐々にそれが強くなる。ゾーンに入る際に生じる通行料、時間が経てば経つだけ、奪われたものに執着しなくなるんだ」

「っ!?」

「新形先輩が言ってたけど、お前……。名前が取られたんだって? いつか名前に執着しなくなる」

「そんな……そんなことってあり得るんですか? 自分の名前に執着しないなんて……」

「見ての通り、聞く耳持たなかったろ?」


 浅草にとって水泳はもうどうでもいいものとなり、失った時間が長く今は、吸血鬼部として役に立ちたいと言う気持ちが強い。無理強いしても頷かないのは百も承知だが、燈火にとって大切なのは吸血鬼部よりも夢を追いかけて輝き続けていた浅草だ。

 水泳部を応援すると言ったのは、浅草がいるはずだった場所だから、浅草が入部しても応援してくれる人がいると言う元気づけ。


「俺はもう待ちたくない。今の浅草柳を俺は否定し続ける。いつか、夢や希望を抱いていた頃の柳みたいに興味を持ってもらえるよう俺は、いつまででも言い続ける」

「もしも……本人が望んでいなかったら」

「あの頃は輝いていた人間が、諦めたいなんて思うわけがない。通行料の所為で消えただけだ。俺まで諦めたら誰が柳を繋ぎ止めてやれるんだよ」


 応援していた人として見続けていたい。互いに言い分は理解した。

 浅草にとって関心のないことへ興味を持てなんて土台無理な話である。

 燈火は通行力を取られなかったかつての浅草にまた水泳選手として輝いて欲しいと願い続けていた。


 彼はテレビ越しでしか、選手としての浅草を知らないし、よく見ていなかったため、知ったかぶりも出来ない。それでも、応援してくれる人がいるだけで励まされていたはずだ。交友関係すら白紙にしてしまうほどの通行料に彼は切ない気持ちになる。


「……。燈火先輩は、浅草先輩にとっての光だったんですね」

「は?」

「応援されるのって嬉しいと思うんです。今日までずっと、水泳選手を辞めた浅草先輩を復帰させようって、頑張ってるなんて凄いです。僕なら、落ち込んできっと無理だと思うから」


 浅草本人は、燈火がどうしてそれほどの熱意を持っているのか理解できないだろう。吸魂鬼に奪われてしまった輝きを取り戻そうと躍起になっている姿に、彼自身尊敬してしまう。

 だからこそ、何となくだが、曖昧ではあれ、感じていた。

 浅草が水泳を続けられていたのは、燈火が応援してくれていたからではないのかと、月並みなことしか言えないもどかしさに悔しさを覚える。


「でも、無理強いはダメだと思うんです。確かに素人の目から見ても、他の選手と違うってわかるくらい綺麗な泳ぎだったと思います。だからって、強引に水に入れって言うのは、余計に疎遠になっちゃいますよ」

「ならこのまま、柳に水から離れて生きろって!? あそこ以上にアイツを輝かせてくれるところがあるとでも言うのか!!」

「お、落ち着いてください。あの、うまくは言えないんですが、たぶん大丈夫だと思うんです」

「なにを根拠に」

「根拠と断言はできないかもですが……その、イマジナリー」

「イマジナリー?」

「浅草先輩の空想が、水を操ることなんです。それって、無意識にでも水に触れていたいって事じゃないかなって」

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