第33話 Who are me
ゾーンは結局のところ、吸魂鬼の庭。姿かたちを変えることなど吸魂鬼にとって造作もない。人間が空想を所有するのに変わり、吸魂鬼は複数の高度なリアリティを持つ空想を持っていると考えるべきなのだ。
不可能を可能とする空間。無意識の領域。空想の中の現実。現実の中の空想。それがゾーン。
「部長ちゃん、相手はオレのゲスト状態。下手な動きは出来ないぜ」
一矢報いるのなら今だぞ、と佐藤先生はぽんっと背中を叩いた。
「鋼鉄鴉」
ばさりと新形の背中から鋼鉄の翼が広がる。羽一枚一枚が意思を持っているかのようにカエルの吸魂鬼に向かい突き刺さる。
「ただの動物じゃなくて、性質の変化もができるんですねー」
存在している動物になる事が出来るのではない。空想で考えられた新形が考えた生き物になる。組み合わせたこの世にいない生き物。
硬質な翼はカエルの吸魂鬼を穿つ。四肢がこれ以上動かないように突き刺す。
最後には心臓部に翼が貫通する。呻く間もなくカエルの吸魂鬼は翼で八つ裂きにされる。
「やれるかい? ガール」
「勿論、先生に褒めてもらえるからね。少しでも害虫が減ればいい」
そう言って新形は、翼を消し獣の鋭い爪を作り出して、カエルの吸魂鬼の頭部を今度は確実に潰した。
完全に逃げられない状態ならば、どれだけ経験の浅くとも何も知らない子供でも簡単に吸魂鬼を殺すことが出来る。
「ほんとにヤなやつですよねー」
ぐちゃりと嫌な感触が手に伝わる。音が耳に届く。最後まで笑っていたそんな声。
今度は赤は散らさなかった。新形は感情をぶつけた。邪魔するなと憎しみを込めてカエルの吸魂鬼を殺した。
吸魂鬼が消滅すると新形は崩れるように床に倒れる。佐藤先生も支えることは厳しいと床に寝かせる。
新形の感情《想い》を吸魂鬼にぶつける。そうすることで吸魂鬼は感情の許容を超えて、爆死する。死ぬ気の感情があるからこそ、吸魂鬼は再び現れることなく完全消滅する。けれど、その反発に身体の維持が難しくなり動けなくなる。空想を相手にぶつけて破裂した吸魂鬼の感情の波を一身に受ける。
その所為で新形は動けなくなった。挙句の果てに心臓部を貫かれた後遺症を受けている。
「佐藤」
「! 谷嵜」
通路の奥から谷嵜先生が来る。呼吸困難になっている新形に「生きてるのか?」と尋ねれば、少しだけ反応を見せるが、いつものように笑顔で顔をあげることはなかった。
空想を通常の使い方をしないからだ。存在する動物に別の性質をプラスすることでどれだけの空想力を有するかなど、その道に通じているものならば想像は容易い。
「体育祭には」
「出られるわけねえだろォ! 何考えてんだ!!」
「……出れる、よ」
「!? 部長」
ビクビクと身体が激しく痙攣している。前後不覚になり、まともに立ち上がる事も出来ない。獣の腕もなく、ただ身体が動かない新形は必死に顔を上げようとする。それが余りにも痛々しく佐藤先生は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「最後だからね。それに生徒会長だから、人前に出てもらわないと」
強引に立ち上がろうとしても結局床に戻されてしまう。
「保健室に連れていくぜ」
「今は誰もいない」
「だから放っておけって言うのかよ! オレはこんなものを見る為に来たわけじゃねえぞォ!」
「初めに伝えていたはずだ。吸魂鬼《連中》を殺す術を教えてくれってな」
「っ……こんなやり方でか!!」
「練習で出来ないことを実践で使えるわけがない。なら、実践で元から使えるようにする。それが吸血鬼部の方針だ」
「使えなかったら……。殺すのかよ」
「殺しはしない。素質がないなら幽霊部員として、待機してもらう」
「動けるか」と谷嵜先生は、新形を抱える。視界がもうぼんやりとして、意識が此処にあるかもわからない。
「谷嵜!」
「文句があるなら、三日後に言いに来い。体育祭期間中は、ゾーンの警備も厳重にする。佐藤、お前にゾーンを頼みたい」
「……ッ。あー、やりゃあ良いんだろォ!」
釈然としないまま佐藤は引き受ける。そうしなければ、吸血鬼部の生徒たちがゾーンの警備に駆り出されてしまうかもしれないからだ。
遠く離れていく谷嵜先生と新形に佐藤先生は苦々しい表情をする。
遠くの賑わいもこの空間では意味をなさない。
「谷嵜! 生徒はお前の道具じゃねえぞォ!!」
そう言って佐藤は踵を返した。またどこからともなく吸魂鬼が現れて、何も知らない一年生に近づいて法螺を吹き込みかねない。
そんな状態を回避するためにゾーン内の警備を欠かさない。
掌でサイコロを転がす。条件の課せられていないサイコロは、どの目が出ても微動だにしない。
――――
「ナナ! 私、三位だった!」
観覧席に嬉々とやって来る綿毛。感極まって彼の事を呼ぶ。旧校舎を何周も走り込みをしていたら、記録も伸びる。成果が目に見えるのは嬉しいようで入学いちの笑顔を見せてくれた。
一位ではないが、それでも今まで運動をして来なかった分、相当な努力を強いることになった。その成果が実を結んだとなれば嬉しい限りだ。
「おめでとう! 綿毛さん!」
我がことのように彼は喜ぶ。本当に嬉しい。一緒に走っただけあり、彼もそれなりに体力がついたのではないだろうか。
吸魂鬼の事もあり少しだけ気分が落ち込んでいたが、先輩たちの助力もあり彼は体育祭を楽しむことが出来る。
(あとでお礼を言わないと)
プログラムは順調に進み。彼が出場する種目も滞りなく進行した。二年生、三年生の種目は目を見張るもので、やはり自分たちでは超えられない壁だと思い知らされるが明日になれば、その壁と対峙する羽目になるのだと知る。
体育祭で記録を伸ばす生徒もいれば、練習の成果が出なかった生徒もいる。悔しそうに表情を歪めても、諦める雰囲気は感じられない。
すぐ横で羽人が楽し気に上級生の様子を眺めている。彼も視線をスタジアムに向けた時、控室へと通じる通路が目に入る。陰になっている為、よくは見えなかったが新形が立っていた気がした。
「あの、僕。飲み物買ってくる!」
『いってらっしゃい』
羽人に言った後、綿毛に労いの言葉を添えて観覧席を離れた。ゾーンから戻ってきているのなら、吸魂鬼をどうしたのか尋ねられる。
三年生の観覧席がある関係者通路を歩いていると谷嵜先生と遭遇した。
「あ、谷嵜先生」
「新形、探してんのか?」
「そうです……あのどうしてわかったんですか?」
「お前の事だからな。ゾーンの事を知りたいんだろ? 新形はこれから一キロ走る。その分の体力を温存させるから、事のあらまし程度なら俺も暁から聞いてるから、話すよ」
「お願いします!」
すぐの事で気になっていたが、新形にも自身が出場する種目があるのだと思い出し谷嵜先生に事情を尋ねる。
「お前と吸魂鬼が分離した後、暁の空想で拘束、新形の空想で消滅を確認した」
「倒したってことですか?」
「多分、倒せたんじゃないか? 俺は見ていないから一概には言えんが、いま佐藤にゾーン内の警備兼調査をさせてる。連絡が来てないってことは、もうスタジアム内にいないか。どこかに潜伏して傷を癒しているかのどちらかだ」
「だから心配しないで体育祭を楽しめ」と谷嵜先生は彼を安心させる。彼は力強く頷いた。
「あ、……そうだ。先生」
「ん?」
「吸血鬼部って、吸魂鬼が嫌っているからその名前がついているんですよね?」
「ああ、それがどうした?」
「吸魂鬼の言っていることを真に受けるわけじゃないんですけど、その新形さんが吸血鬼を隠してるって言ってて……。もしかして、吸血鬼部って本当に吸血鬼がいるからそう言う名前なのかなって」
「聞いたことがないな。あいつ本人からもそう言った話は聞かない。うちは、吸魂鬼から通行料を取り戻すためだけに結成されてるからな。大それたことはしないよ」
なるべく穏便に。できなければ実力行使。話し合いで解決するのならそれに越したことはないが、それも無理だと彼は少なからず気づいている。それでも彼の信条は変えられない。
「今は、こっちより本分を楽しめ。折角の名門校の体育祭だ。楽しめねえんじゃもったいないだろ。それに新形も暁も今年で最後だ。楽しませてやれ応援団」
「はい!」
彼は嬉々と踵を返した。もう何も心配いらないのだと期待に胸を膨らませた。
自販機でお茶を買って観覧席に戻る。
体育祭の初日は、少しの荒波はあれど、無事に終えた。
二日目は、学年対抗戦であり、一年生、二年生、三年生で競い合う。
それでは入学したばかりの一年生組にはチームワークなんてないだろうと非難を受けたが、それを全て無視して、合同授業の際に協力し合えることを主張していた生徒の意見を尊重した上で開催している。
変わらず応援団は、はじめに全力応援をする。
二年生である燈火に意地悪されると思っていたが、そんなことはなく燈火自身全力で自身の学年を応援していた。それがどこか意外だった。言うだけ、やるだけの応援団だと揶揄されている為、彼以外真面目に応援する人などいないと思っていたが、燈火からはそう言った怠惰な印象はなかった。寧ろ応援する事になれているように見えた。
二日目の結果と言えば、一年生は当然のように最下位となり、二年と三年が接戦だったが、三年生が優勝した。
そして、訪れる。三日目の部活対抗戦。
ほぼ見学の生徒たち。興味がない生徒たちがほとんどだろう。けれどそれ故に畑違いの部活動が争うという非常識な対抗戦。どう考えても運動部しか勝ち目などない。しかし、これは運命走。幸運がモノを言う。
「水泳部には負けませんよ!」
「お料理してるやつが何言ってんの」
休憩部の出番はまだ先である彼は、燈火との応援合戦の為に応援団の観覧席で控えていた。すると水泳部と料理部が対戦となり、メンバーを見ていると吉野が並んでいた。
「吉野先輩か……確かにあの人、規格外だもんなぁ」
同じ幽霊部員だからなのか、その人の事を知っていたようで「でも、勝ちは譲らねえよ」と燈火は水泳部を応援する。
パァンと開始のピストル音が響く。会場に響く声援。部活のユニフォームを纏って、その部活を背負って走る。彼が応援している吉野の足は速かった。
水泳部と並走する吉野。相手も同じ三年だ。
二人の前にぶら下がる五つのカード。佐藤先生が考案した借り物が記載されているカードを二人は同時に掴み取り、開いて周囲を見回す。
彼は吉野を目で追いかけていると、横にいた燈火が席から立ち上がった。
「あれ、どこに」
「便所」
「え、あ、はい」




