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第30話 Who are me

 体育祭初日。連日体育祭の練習をしてきた若人たちが活気づく。


「別に勝敗に拘ってねえが、くれぐれも恥掻くような失敗だけはするなよ。引きずるぞ」

「き、び、しっ」

「それな! つーか、体育祭とかやる気十分だし! 失敗とか全然ないし」

「つまり全力で楽しめって事だろ! 先生!! 任せてくれよ!」

「なんやみんなやる気やなぁ。うちも熱くなるわ!」

「小童どもが楽しそうでわしも、久しぶりに本気になるかの」

「練習中、ずっとサボってた癖に、最下位になっても知らないからね」


 女子たちの声とは裏腹に「帰りたい」と弱音を口にする男子もいた。


「もう昨日から筋肉痛なんだけど……帰っても良い?」

「真嶋君、どうしたの? 目の下の隈凄いよ!?」


 真嶋は、剣道と共に最終確認に駆り出されていた。係を複数掛け持ちしてしまった所為で満足に睡眠も出来ずだが、同じように掛け持ちしていたはずの剣道は気合十分で拳を掌にぶつけていた。さすが熱血系である。

 みんな、思いの外やる気で彼も頑張らねばと意気込む。


「ほんま頼むで! ナナ君!」

「えっ僕?」

「うちの応援員! クラス対抗戦は、応援にかかっとんねん! ナナ君からの力強い応援! うち期待してんねんで!」


 相墨に期待されてしまい彼は戸惑う。そんな仰々しいものだっただろうかと応援団の一員である彼は困惑する。


「ん。じゃあ、ナナ。負けたらお前の責任だ」

「な、なんでそうなるんですか!?」

「応援を怠った。実力を十分に発揮できないのは、応援されていないと思い込むからだ。つまり、応援団員であるお前が他のクラスよりも応援が弱かったことになる」

「そんな尊大な役目じゃないですよね!?」

「応援団かって出たんだしー、頑張ってくんないとー」

「そ、れ、な」


 クラス中が彼の応援を期待していた。


『ナナ君がグラウンドで一生懸命応援の練習してたの。みんな、知ってる』

「え、ちょっと恥ずかしいな」


 頬を掻いて照れる。


「どうだっていいが、入場式に遅れるなよ」


 運動スタジアム。

 一年、二年、三年。各それぞれ目を見張るほどに綺麗に成立している。入場式に彼がいることに随分と場違いな気がする。

 一年はA組、B組、C組。総人数約六十人。二年も三年も含めると約二百人以上いるだろう。観覧席で保護者が息子娘の頑張りを見る為に席をとっている。


 ドーム状のスタジアム、たとえ当日が悪天候でも屋根を広げて室内スタジアムへと早変わりする。さすが、金に物言わせている学校だと彼は苦笑する。

 名門高校の体育祭をこの目で見ようと観覧席が埋まっている。


 観覧席から自分の知り合いを探すのは至難の業だろう。彼の親戚も来ているというが、どこにいるかは見当がつかない。

 休憩時間にでも会えればいいのだが、そもそも休憩時間はあるのだろうか。


「俺、輝いてんじゃね? 目立つんじゃね? ね? 佐治ちゃん、いいの? 俺モテちゃうよ?」

「見て神楽! 今日の爪、気合入れてスノウドーム風にしてみたの!」

「か、わ、いっ」

「佐治ちゃん、少しくらい聞いてよ~」

「あー、はいはい。がんばがんばっ」


『なんだか、緊張するね』

「うん」

「緊張は、俺をやる気にする!!!」

「少しは落ち着きなさい」


 思い思いの気持ちを抱きながら整列する。


「選手宣誓」


 司会が言うと三年の方から一人の生徒が登壇する。「宣誓、俺たちは」と聞き慣れた言葉が流れる。


「……え」


 違和感はすぐに気づいた。音が消えたのだ。観覧席から聞こえて来る喧噪、僅かに聞こえる話し声。代表がマイクに向かって宣言する音。


「わー、此処が体育祭ですかー」

「ッ?!」


 彼の背後にいる。確かにそこにいる。その違和感、どうして、なんでと頬に汗を流した。暑さなんてない。今日は過ごしやすい体育祭日和だというのに熱中症になってしまうほど身体が熱を帯びている。緊張感、焦燥感。脳が警報を鳴らしている。振り返れ、振り向いて確かめろと告げている。だが足どころか、指一本も動かない。動こうとしない。


 色はあるのに、音がない。


「この感覚は初めてですかー? 吸血鬼部の方々は教えなかったんですねー」

「……っ」

「あー、無理に話さない方が良いですよー」


 抑揚のない間延びした話し方をする人物など、一人しか知らない。カエルの吸魂鬼。

 カエルの吸魂鬼が彼を引きずり込んだ。ゾーンと現実の狭間。

 肉体は現実にあるが、意識だけがゾーンに流れ込む。カエルの吸魂鬼はゾーン内にいるが、彼は意識だけをゾーン入りさせた。それは彼の意思ではなく、カエルの吸魂鬼が意図して行ったこと。

 簡単にそれが出来てしまう。気を使ってなのか、彼を困らせたい為なのか分からない。動けない。金縛りに遭ったように身体が動かない。


 口を開けば現実に音が漏れる。身体を動かせば、現実で意味もなく振り返る。折角の体育祭で悪目立ちしたくないだろうとカエルの吸魂鬼は彼の背後から出てこようとはしない。

 今日は魂を喰ったりしない。ただ吸血鬼部に興味があるのだとカエルの吸魂鬼は彼に近づいた。言葉を発する事が出来ないが、もうすぐ生徒会長の言葉とプログラム通り進行したら、新形が登壇する。

 ゾーン内にいるカエルの吸魂鬼に気づかなくとも彼のことを気付いてくれさえしたらと淡い期待をする。

 今は吸血鬼部が数多く揃っている。彼が攻撃系の空想でなくとも、誰かが気づいて退治しに来るかもしれないが、それを危惧していない平気な顔で、カエルの吸魂鬼は現れた。もっとも背後にいる為、顔なんて見えないし仮に見えたとしてもカエルの頭部で表情などあってないようなものだ。


「人間ってほんと無駄なことしますねー。疲れちゃうじゃないですかー。でも、その無意味さが始祖を引きつけちゃうんですかねー。無駄なものを作って、腐らせて、どうせ、我々の餌になるって言うのに、ごくろーさまでーす」

「……!」

「なぁんて、ジョーダンですよー。緊張しちゃいましたかー? 驚いちゃいましたかー? ケロケロジョークですよー。アンタたちはひじょー食ですからねー。一応は大切にしたいって思ってるんですよー」


(都合よく心の中とか読めたりしないの……)


 カエルの吸魂鬼が彼の心でも読めてくれたら会話が成立するというのに、そんな都合がいいことは起こらないようで、カエルの吸魂鬼は一人で話し続けている。言葉が通じているのなら、和解が出来るはずだが、カエルの吸魂鬼は事あるごとに物騒な言葉を口にしている。

 彼がそう思ってもカエルの吸魂鬼は一切、返事をしてくれない。好き勝手に話をしている。谷嵜先生に少しでも意思を伝えることが出来れば、席を外してゾーン内に侵入してくれる。しかし、彼がおかしな行動を取れば、すぐ隣にいる羽人を危険に晒すことになる。

 彼は此処で、スタジアム内にいる人たちを人質に取られている。


 いつの間にか開会式が終わっていた。係の人が競技場を整えている。

 陸上や投球と各種目の準備をする。彼も応援団として自分のクラスを応援しなければと準備したいが、すぐ背後にいるかもしれない吸魂鬼に怯える。


(谷嵜先生)


 彼は周囲を見回して自身の担任を探す。だが、どこを探しても見当たらない。いつも神出鬼没な人の為、意図して探すのはなかなかに難しい。

 入場式、開会式を終えて退場する。プログラムをみて競技に出場する生徒は準備が終わるのを待っている。


 入場口から観覧席へと向かう通路で彼は立ち止まる。

 普通の人には、カエルの吸魂鬼は視えない。ゾーンにいないから吸魂鬼を見ることはできない。プログラム通りに進行する。はじめは一年生の応援合戦だ。


「あー、吾輩の気遣いはいらないですよー。どうせ見えないですからねー。今まで通り過ごしてくださいー」


 最悪な背後霊の所為で彼は神経をすり減らす。なにか暗号的なことが出来れば、生憎と吸血鬼部でそう言った記号会話はしたことがない。不意に彼は思い出す。


 彼女がいるじゃないかと。

 彼は二年の観覧席に向かうとちょうどよく、その人がいた。


「浅草先輩!」

「にょ?」


 何事かと浅草はキョトンとした顔をしていた。そんな中、彼は「荒波です!」と一言言う。


「え、えっと……水夫が船尾の掃除を怠って、このままだと荒波ですぐに浸水しちゃいます。船長に報告か、掃除の不足の調査をお願いします」


 必死に彼は浅草に伝われと願う。すぐ背後にいるであろうカエルの吸魂鬼は「船? 海?」とわかっていない。理解される前に理解してくれるのを期待する。


 彼は淡い期待を胸にする。これで通じなければ彼が一人でカエルの吸魂鬼をどうにかしなければならない。浅草は数秒、彼を見つめたがどこかで「柳~。どこー」と同級生と思しき生徒の声が聞こえてしまい「ういー!」と返事をする。


「ジョン。御意」

「……!」


 じゃっ! と片手を上げて観覧席に駆けだしていく。


(よかった。わかってくれたんだ)


 焦燥は、安堵に変わった。伝わったのだ。きっと浅草が誰かに知らせてくれる。

 ならば、自分は自分のやるべきことに集中するべきだと踵を返した。



 更衣室には彼しか居らず、急いで着替える。彼の空想では吸魂鬼を退けることが出来ないのだ。暁や新形と言った相手を刺激する空想ならば、一人で乗り越えることが出来ると思うが、生憎と彼は千里眼。しかも現実世界では使えない。意識だけがゾーンに混ざっているという不可解な現象に巻き込まれてしまっている。


「応援なんて無駄。そんな事したって相手に力が宿るわけでもないでしょー」

「わからないよ。応援して、気持ちが昂っていつも以上に頑張れるかもしれない」


 彼は応援団の衣装に身を包む。


「っていうか、どうして僕に構うんですか」

「だって、あんた、こっちに攻撃する気ないでしょー? だからですよー。ボクは嫌なんですよねー。何もしてないのに仕掛けて来るやつー野蛮ですよねー」


 暁をいじめていたときに突き飛ばされたが、それはカエルの吸魂鬼が悪いと自覚しているためノーカウントだ。

「一番ヤな奴はー」と言葉を続ける。


「新形十虎とか言う七変化女ですよねー。ほらー、おたくの部長さんですー」

「新形さんが怖いの」

「怖いって言うかー。邪魔なんですよー。アイツ、吸血鬼を隠してるみたいだしー」


 吸血鬼部は、名乗っているだけで本物の吸血鬼がいるわけではない。吸血鬼は、吸魂鬼が裏切り人間側に与した存在だと言われている。吸魂鬼への皮肉を込めて吸血鬼部と名乗っている。


「実は言うと、吾輩自身は別に人間って嫌いじゃないんですよー。失踪した始祖を見つけろって言われているんですけどー、もう何百年も姿とか見せてないですからねー。多分、この世にはいないんじゃないかって話なんですよー」

「……始祖ってなに」

「そりゃあボクらの始まりですよー」


 なにを当たり前なことと言いたげな声色をさせる。始祖。吸魂鬼の始まり。

 わかっていたことだが、それを口にされてしまえば、それが答えとなる。


「探してるってことは、いなくなったんですか。それにこの世にいないってどう言う」

「そーなんですよー。もう何年も前に忽然とー」

「見つけてどうするんですか」

「どーするんでしょうねー。ただ見つけ出せって言われてるだけなんで知りませーん。興味もないですしねー」


 知りたいとも思わない。探求心などくだらない。知って何になる。カエルの吸魂鬼は「ああでも」と彼を見る。


「電車事件のように人間の阿鼻叫喚する姿はとても愉快でしたー。我さきと生き延びようとする生への貪欲さは、我々も見習わないといけないかもしれないですねー。わー、おーたーすーけー」

「ッ……! アレを仕出かしたのは、貴方たちじゃないですか!」


 彼は声を荒げた。多くの人が死んでしまった事件。

 警察が必死に事件の経緯を調査しているが見つかるわけもない。吸魂鬼の仕業であることを教えた所で誰も信じてくれない。

 吸魂鬼が駅を狙わなければ、もう少し何か解決策があれば、多くの人が犠牲になることはなかった。あんなことをしなければ――……。


「あんなことをしなければ、僕は名前を取られるなんてことなかったのに! 普通の学生として過ごしていたはずなのに!! 貴方たちが共存しようとしてくれないから」

「吾輩たちの所為ですかー?」

「違うって言いたいの」

「さー、どうでしょうねー。でも、今の人生だってワルクナイって思っているじゃないですかー。それですら、仕方ないって思うんですかー? それって随分とハクジョウじゃないですかー。部活に入れたんでしょー。助けられたことに安堵して、名前を新しく貰って順風満帆じゃないですかー。それの何が問題なんですかー? 名前が無くならなかったら今の関係も白紙で、他人ですよー? それでも、今を悲観して戻りたいんですかー? なら、戻してあげますよー。何事も無かった高校生活を送りたいって言うなら、あんただけ特別に通行料とか言うのを返してあげますー」


 通行料を取り戻すことさえできれば、彼は名前を言うことが出来て、友だちに呼んでもらえる。答案用紙の名前欄を埋めることも出来る。自己紹介で詰まる事もない。

 今後、生きていく中で名前は必要不可欠だ。今ここで取り戻すことが出来れば、何も問題なんてない。


「僕だけ?」

「そーですよー」

「そんなの……待ってよ。他の人たちは?」

「他のひと? それって吸血鬼部の人たちですかー? それはできませんねー」

「ど、どうして」

「アイツらは攻撃してくるじゃないですかー。何もしていないときだって容赦無用。先手必勝だとか言ってー。あー、こわっ」


 吸血鬼部は取られたから取り返そうとしている。奪われたから奪い返そうとしている。ゾーンの通行料を取り戻すために頑張っているが、彼は何もせずに戻そうとしていた。

 吸魂鬼が先にゾーンを利用して人間から大切なものを奪っていったのではないのか。それをまるで自分たちは事実無根だと白を切る。


「ほら、どーするんですかー?」


 何事もないままに名前を取り戻してしまえば、吸血鬼部と関わる事もゾーン内で通行料を取り戻す術を見つけることもしなくていい。

 喧嘩を見なくて済む。

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