第29話 Who are me
新形は映画同好会に新作の映画を見に来て欲しいと頼まれて、見た帰りだ。料理部に用意してもらったポップコーンは塩加減が絶妙で、映画館のポップコーンと間違うほどには美味い。映画部は、今年の体育祭の映像担当として、作成を急いでいた。
ほくほくと映画後の高揚感を抱きながら、旧校舎に足を運ぶと見慣れた二年生、燈火翔太と期待の新人がいた。
新形は一目で燈火の行動理念を理解した。燈火のことを知っているからこそ、その行動を否定する事が出来ない。だからと言って新人をいじめるのを許容しているわけじゃない。
「喧嘩したいなら、来月の体育祭でやりなよ。応援合戦と行こう。君たちは二人で応援する人を決める。応援している方が勝った方が勝利だよ」
「練習を頑張れば、それだけ想いが伝わるってもんだよ」と笑って言えば燈火は釈然としない様子だったが彼から離れて「仕方ないな」と一言言って立ち去ってしまった。その背を一瞥して新形は「大丈夫? ジョン」と手を差し伸べる。
「ありがとうございます。新形さん」
「良いって事よ。それで? なんで喧嘩してたの? まあ予想はつくけど」
「……浅草先輩の悪口を言ってて、吸血鬼部のことも知ってるみたいだったし、浅草先輩の通行料が知りたくないかって……浅草先輩は、人を傷つけるんだって」
「なるほど。それで君はどうしたの?」
「僕は……信じるわけないです。だって、浅草先輩は、良い人だってわかってますから!」
彼は必死に浅草は善人であると新形に伝える。その必要がないほど新形は浅草のことを知っているのにだ。
だからこそ、彼の言葉は正しいのだ。浅草は何も悪くない。語彙をデタラメにする無邪気さを持つ浅草が悪人なわけがない。
けれど、人間には二面性ある。チェインでの浅草と現実で対話する浅草はだいぶ違う。
「とどのつまり、全部吸魂鬼が悪いんだよ。人を変えてしまうほどの通行料を奪った吸魂鬼がね」
「訊いたらいけない気がするんです」
「ん?」
「誰が何を取られたかって……それを聞いて、僕はその人を腫れもの扱いしたくない。可哀想だって思いたくないです」
「どうして?」
「……だって、それじゃあ、自分が有利に立っている気がしちゃうから……憐れだって同情して、自分はよかったって安堵しちゃう気がする。それが嫌なんです。みんな同じで、みんなそれぞれの確かなものを持っているのに、持っていたのに……それが自分の不本意でなくなってしまっただけ、吸魂鬼の所為なのに、同じように接することが出来ない気がしちゃうんです」
相手は同情されて嬉しくないかもしれない。可哀想だと思ってほしくはないかもしれない。だから、燈火の考えていることが分からないのは恐怖を覚えた。どうして人を悪く言い、有利に立とうとするのか。
その理由を知るために誰かの通行料を知る道理はない。
「難儀な生き方してるってよく言われるでしょう?」
「そんなことないです」
「そう。でも、言えるのは、通行料を知らないで通行料を取り戻すのは難しいんじゃない? 私たちは通行料を取り戻す。それがメインなんだからさ。少しくらい知っておいた方が良いよ。それを知ることで相手をよく知れる。仲良くなる手段なんじゃない?」
「嫌じゃないですか? 自分の大切なものを人に知られて、それが無くなったと知られたら」
「嫌だったら、暁は君に言ってないんじゃない? 自暴自棄だって嫌いな相手に白状したりしない。それに知らなければ、暁がどうして旧校舎に住んでいるかもわからないままだったしね。何より、それを知って何か変わった? ミスタージョンは、今まで通り、暁に敬意なんて払わずにため口だったじゃん」
憐れんで敬称を付けて畏まっているのなら今の関係ではいられないだろう。
家族を自らの落ち度で壊して消された。それを彼は嘲ることなく真剣に聴いていた。それを悪とするのなら世界のほとんどが悪である。
「……僕は、規模を図りたくない」
「規模?」
「僕は名前だけとか、隠君が自分自身だとか……もっとひどいとかひどくないを図りたくない」
「なら、図らなきゃいいよ。そうなんだ。の一言で全部丸く片付く」
「じゃあ、試しに私の知っとく?」と新形は平然と言う。ポップコーンをパクリと口に放り込む。何事もないように、それを知る事が重要ではないと言いたげにだ。
「それって隠君も知らないって、谷嵜先生しか知らないって」
「え、そうなの? てっきり谷嵜先生が教えてたと思ってたけど、……え! じゃあ、今って先生と私だけの秘密ってこと!?」
どこかでスイッチが入ったのか「やっぱり先生って私のこと大好きじゃん!」と目をキラキラと輝かせている。
「知られて困るようなものは取られてないよ。寧ろ大切なものを取られてるから、それを最後まで覚えておいて欲しいと思うけどね」
「……先輩も?」
「勿論。でも、今は教えない。だって!」
「谷嵜先生との秘密、だからですよね?」
「うんっ!」
賢い後輩は大好きだよ。とポップコーンのバケツを差し出してくる。一粒とり口に入れるとガリッと硬いものを噛んだ。
「ンっ!? 硬っ」
「あー、ハズレ引いちゃったね!」
「ハズレって?」
「ポップコーンって、どう足掻いても弾けることが出来なかったタネが残ってるじゃん。ジョンはそれを噛んだってこと」
不発のコーンを食べた。「もう一度熱して見る? 弾けるかも……最悪焦げるけど」と提案するが断る。もう一粒貰い口に入れる。塩が口に広がり美味しい。
「燈火もこいつと同じだね」
「え?」
「爆発する事が出来なかった。そうなってしまったことを受け入れられずに閉じこもった」
「……! じゃあ、爆発させちゃえばいいんですよ!」
「……なんて?」
なんてことない世間話をしていた新形は、彼の発言に目を点にさせた。
「だって、言い切れないんですよね? 苦しいままなら、発散させちゃえば、気分がよくなると思うんですよ」
「どうするのかな?」
「応援します! 応援合戦します! 僕のクラスメイトを応援します! 僕、浅草先輩を応援し続けて、勝ちます! 絶対勝利!!」
「はぁ、まあ頑張りな。私は、部活対抗戦に勝てたらそれでいいからさ」
なんかよくわからないが彼が何かを閃いたなら、それでいいかと納得して、そろそろ旧校舎に行こうと歩く新形に「頑張ります!」と力強く返事が返ってくる。
人生で一番、体育祭を楽しみにしているかもしれないと彼の気持ちは高揚する。
彼の決意が人知れず伝わり。教室内では、活気に満ちていた。運動が不得意な綿毛も徐々に時間を縮めることが出来て、結果が目に見えて来ると嬉しいのか表情が優しくなる。
応援団での練習も同じように、燈火とライバル関係となって、応援練習を繰り返していた。互いに大きな声を出した。
「なかなかやるじゃない。その調子よ。だけど、ただがなるだけじゃあ応援にはならないわよ! 気持ちを込めなければ、誰にも響かないわよ」
二年の体育教師、宮城先生が指導をする。
互いにいがみ合うわけでもなく、ただやっていることが応援と言うカオスな場面だが、彼らは至極本気なのである。
「ただの応援だと思って気を抜かない! 中学の延長戦だと思わない! 応援と言う神聖な行為を忘れてはいけないのよ!」
三つの谷高校恒例の対抗戦ともあり、応援団は幾つかに分かれた。
学年対抗戦は、一年、二年、三年と分けられた。部活対抗戦では、自分の部活以外の応援したい部活を応援する。
当然、彼は休憩部に参加するため、別の部活動の枠を探す。
「俺に勝ちたいなら優勝候補を選ぶのを進めるぜ?」
肩に腕を回されて絡まれる。こそっと耳元で囁かれて、一枚の用紙を見せられる。部活対抗戦に参加する部活動がリストだ。彼がどこを応援するのかを決めろと言うことだ。
「それじゃあ、僕。料理部にします」
「は?」
「三年の吉野先輩が今年、力を入れているみたいだから、勝って欲しい」
暁と話をしていた時、旧校舎に保存容器を抱えていた吉野が「今年も体育祭で調理器具が欲しいんだ」と説明してくれていた。眉を潜めて「勝てないってわかってるけど、一応はチャンスかなって」と世間話をしていた。勝てないとわかっていても挑戦する気概が好きで彼は「応援します!」と言ってしまった。その後すぐに暁に「ジョン君、貴方は所属している休憩部を応援しなさい」と突っ込まれたのは言うまでもない。
「勝つ気ねえんだ」
「勝って欲しいですよ? だから、応援するんです」
白けた。燈火は、つまらないと彼から離れる。
彼に勝負をする気がないのだ。彼はただ純粋に勝って欲しいと思い、自分自身も最善を尽くしたい。闘争心のない彼と闘争しようなんて無駄な話だ。それを燈火は知らなかった。苛立ちを晴らすために舌打ちをして、彼から離れる。
「燈火先輩、正々堂々応援しましょう!」
無邪気な後輩の顔に拍子抜けする。これは無駄な喧嘩だ。
やる意味のない喧嘩だ。吸血鬼部の一人が偽善者であることを思慮深い己が後輩に教えるのだという意気込みも無駄になる。この後輩は自分の我を通すために、此処にいる。
「なら、俺は水泳部を応援するかな」
互いに応援する部活動が決まり、その日の応援団の練習は終えた。ぞろぞろと解散する応援団たちを遠くから見ていたのは、二年の記録係を担っている浅草だった。
「なんか、面白いことになってますね。向こう」
同じ記録係の暁が楽し気に言うと「否定」と首を横振った。面白いことなど何もない。互いに無意味な抗争だと目を手元にある記録書に向ける。
「喋ってあげればいいのに、別に言語自体が通行料じゃないんですから」
言うと暁のスマホに通知を知らせる音が鳴る。スマホを取り出せば『浅草柳』とチェインが届いた。
『私が彼を説得したところで、事実が無くなることではありません。ジョン君には大変申し訳ない気持ちでいっぱいですが、体育祭が終わるまでは現状維持をしたいと思っています。どうか、それまでお付き合いください。ご迷惑であるなら、相手にしていただかなくて結構です。ジョン君にも伝えておきます』
「彼がそう言って、放っておくとは思えないですけどね」
クスクスと肩を揺らす。浅草は不服そうに唇を突き出した。
彼は面倒事に首を突っ込むタイプではない。だが、面倒事が近くにあれば、放っておく薄情な性格でもない。聖人君主に何もするなとは言えないだろう。
「優しいんですよ。近くにいる人を放っておけない。友人であるなら、知り合いならばと手を伸ばしてしまう。聖人君主ではないが、極悪非道でもない。どこにでもいるただの高校生。少しだけ面倒事の延長戦に巻き込まれただけ……俺たちとは受け入れ方が違う」
『だからこそ、そんな良い子を巻き込んでいいことにはならないと思います』
「楽しみましょうよ。今くらいしか、笑う機会だってないんですから」
スマホをポケットに入れて暁は「記録に戻ります。貴方もサボらないように」と他の活動を記録するために歩き出した。
「……」
浅草は応援団を見る。
解散を告げられてもその場に残って練習している生徒たちがいる。一目でわかる衣装に身を包み本格的な練習をしている。三つの谷高校の各競技においてのスタジアムに応援団の声が轟くのは毎年恒例だ。一般開放された校舎は今以上に活気に満ちることだ。文化祭よりは劣るが文化祭並みに賑やかになる。
昇降口前のストリートには、屋台が並び。購買部の資金を調達する一環でもある。
吸血鬼部だけが知る動物の校長が日々暗中模索している。




