第28話 Who are me
「ナナが応援団っと……」
黒板に書かれる体育祭での係決め。剣道が司会進行をして係が決められていく。剣道が見てきた同級生たちの性格を考慮して振り分けられる係は、満場一致だ。
一切のわだかまりもなく平和的に解決していく学級会。
谷嵜先生は相変わらず、話を聞いているのか聞いていないのか分からない。
運動神経が良い生徒に長距離走や障害物と言った特殊種目を担当してもらう。
「このクラスはそれでなくとも十六人とか中途半端な人数だ。配分はうまいことやれ」
「あと四人入学させてもよかったのにねぇ~」
「そ、れ、な」
「お陰でわしらが参加する種目が増えて困りものじゃのう」
「とか言って、燐は二つしか参加しないじゃん」
このクラスだけが十六人である。そこに文句はないがどうして十六人なのか。あと四人でも入学させることも出来たのではと誰もが思うことだったが、その詳細を知るのは校長だけである。
「でも、だからこそ、俺たちが輝くって感じ?」
「なら、あんただけ全部やってよ。どーせ、ナンパくらいしかすることないんだし~」
「厳しいねぇ~」
佐治が真嶋に冷たい言葉を言っても真嶋は凹むことなく「先生が許してくれるなら、俺は女の子の為になんだってやっちゃうよぉ~」と指を女子生徒に向けるが、女子生徒たちは、素知らぬ顔をしている。
「そうか、なら剣道と二人で残りの係を担当して、種目も出ろ。いいな」
谷嵜先生が言うと真嶋はピキンっと硬直した。笑顔が固まり引きつる。
「え……」
「言ったからには責任をとれ。軽率な発言は、今後を左右することを身に染みて覚えろ」
まだ決まっていない係があるため、手短に終わらせるのなら意気揚々とその場の空気を乱した真嶋が適任だという。
「それにお前、まだ流血事件の件は許されてないからな」
「おっとおっと、おっとっと」
「そ、れ、お、か、し」
「それじゃあ! 絢斗! 俺と二人で残りの係を決まりだな!」
「おっとぉ……男子と二人きりとか、ムサいアツい。最悪だぁ!!」
真嶋は余計なことを言うんじゃなかったと絶望するように頭を抱えている。
だが全力拒否というわけでもないようで「もうしゃーない」と受け入れている当たり、ノリだけで生きている。
(真嶋君、相変わらずだなぁ)
「なー! 綿毛さん、うちと放送やらへん?」
「え……」
興味なさそうに剣道の話を聞いていた綿毛に突如として声を掛けてきた女子生徒。
「綿毛さんの声、好きなんよ! なんや、大人って感じでごっつかっこええねん!」
「は、はあ……」
(あの人って確か……相墨末明さんだっけ)
出席番号一番。相墨末明。長い茶髪をサイドテールにしている女子生徒。時々見える八重歯は、彼女の無邪気さを引き立たせてる。
真嶋にナンパされた一人だが「ごめんな? うちもう心に決めた人がおんねん。それに、あんま軽々しいのも嫌やねん」と断って、真嶋は見事に玉砕。
相墨は、綿毛の声が好きだと放送係を進める。ただ彼女一人では余りにも無責任な為、自分もその係を引き受けるという。実際放送係の募集人数は、一クラス二人。まだ放送は決まっていない為、もしも引き受けたいという人がいなければ、いくつも掛け持ちをしている剣道が「俺に任せとけ!」と我先にと係の欄に「剣道一矢」と書いていただろう。
「最中、どうよ?」
「……。別に構わないけど」
「ほんなら決まやな!」
嬉々と相墨は綿毛と係活動が出来て嬉しいのか表情をあらわにする。
放課後に、各係の集まりがあり、剣道は忙しなく「そんじゃ!」と教室を出ていった。ホームルーム後もあり谷嵜先生から「走るな」と注意を受けていたが聞こえているかはわからない。
『ナナ君、応援団どこ?』
「えっと、確か校庭だった気がする。羽人君は、装飾係だっけ?」
『うん、細かな作業も好き』
「羽人君、手先器用だもんね」
コクコクと頷く羽人に彼は「お互い頑張ろうね!」と激励を送る。
教室を後にして昇降口と校舎の脇を通って校庭を目指すと見慣れた人が正面を歩いていた。
「隠君!!」
吸血鬼部の副部長、暁隠がジャージ姿で彼と同じように校庭を目指していた。
「ジョン君、こんにちは。こんなところで会うなんて思いませんでした」
用務員の服じゃないと言うことは、仕事ではなく生徒として此処にいるのだろうと予想して「隠君も、応援団?」と尋ねると否定する。
「俺は、記録係です。各視点から記録を取り報告する」
「隠君にあってる係だね」
「そうでしょう? 俺もそう思いますよ。なので、くれぐれもおかしなことはしないように、記録係は多くいますからね。もっとも三学年三クラスで一人、記録係を決める約九人が至るところで目を光らせています。余り羽目を外すことのないように」
「は、はい」
(ぶれないなぁ、この人)
誇らしげに記録を取るためのバインダーを抱える。形から入るタイプなのだろう。誇らしげだが、楽しそうにも見える。何かに準じて記録を取るなんてこと暁以外に似合うわけがないと言っても過言ではない。
「それじゃあ、俺は作業に戻ります。ジョン君、貴方のこともしっかり見ていますからね」
満足げに笑みを浮かべて暁は本校舎の方に歩いていく姿を一瞥して校庭へと再び歩みを進めた。記録係は準備期間でも記録を取ることになっているようだ。記録の仕方を覚える手段の一つでもある。
「遅いわよ!! ツボミちゃんたち!!」
校庭に行くと土留め色をした髪をウルフカットの男性が仁王立ちしながら女性口調で言う。彼よりも少し遅れた生徒はその人に驚愕する。
「私たちは応援するためにいるのよ。人を奮い立たせるためにある! それは即ち自分自身を奮い立たせることと同義! ツボミちゃんたちが一歩でも遅れちゃえば、受けるべき恩恵が得られない子が出て来るのよ! 良いこと! 喉を枯らすまで舞台のフラワーちゃんを応援するのよ!!」
ぽかーんっと口を開いている応援団候補に「返事!」と言われて咄嗟に身を正して「はいっ」と勢いよく頷く。女性的な口調とは裏腹に性格は熱血系で剣道と仲良くなれそうな雰囲気だと感じた。
「さて、応援とはなにか! ただ大声を出すだけじゃダメよ。重要なのは、心から想うこと! 勝って欲しい! 力を出し切ってほしい! 喜んでほしい! 自分の元気が相手に届く様に気持ちを込めて激励を送るのよ!」
熱弁しているその人が誰なのか彼は分からず首を傾げるとすぐ横にいた青と黒が混ざった髪色をした先輩が「あの人は、二年の体育教師だ」と教えてくれた。
一年では、接点はほぼないだろうと言われて納得していると「ところで」と先輩は言う。
「君、柳と一緒にいる後輩君だろ?」
「え、はい?」
「気を付けた方がいいぜ? あいつ、簡単に人を傷つけるからさ」
突然、知っている人の悪口かと彼は不機嫌になっていると「そこ!」と先生に叱られる。
「その会話は、誰かを応援するよりも大切なことなの?」
「すいませーん」
「す、すいません」
あとで話そうぜ後輩。と肩に手を置かれて彼は触れられたところを少し払った。
それは嫌悪ではない。自分たちを護ってくれている先輩に対する失礼な発言をした人と親しくする気がない。同類とは思われたくないからこそ、少しでも痕跡を消し去りたかった。
応援団がする事は、当然仲間の応援。どの対抗戦においても、勝利とは敗者を生み出すと言うこと、その敗者の分まで自分たちは応援したものに激励を捧げる。
中立などいない。双方の応援と言う矛盾など許されない。必ず一人の勝利を願う。
「相手を勝たせることこそ! 敗者への償いで弔い! それこそが応援合戦よ!!」
美しくも熱い指導が夕暮れになるまで続けられた。
先ほどの不愉快な気持ちは消えて、先生の指導が愉快で楽しかった。
その所為で、練習を終えて、帰宅しようとする彼の待ち伏せする先輩に嫌な気持ちが沸き上がって来る。したり顔をする先輩は、「俺、燈火翔太」と名乗った。
「また、浅草先輩の悪口を言いに来たんですか……」
「ご親切にしてんのに、つれないこと言うなよ。お前、名前は?」
「失礼な人に教える名前なんてないです」
名前があった頃ならば、名乗っていたかもしれない。だが、「ナナ」も「ジョン」も、どちらにしても彼が大切にしたいと思った人たちが呼んでくれる言葉だ。相手にとっては取るに足らないことでも彼にとっては、自分を証明する大切なものを蔑ろにされたくない。
(浅草先輩を悪く言う人に、僕を呼んでほしくない)
「そうかよ。じゃあ、知らなくていいんだな? 柳の通行料」
彼は咄嗟に身構えると「やっぱ吸血鬼部か」と確信したように「お前、どっち?」と尋ねられる。その意味が分からずに彼は怪訝な表情をすると意図を理解して訊き直した。
「幽霊部員? それとも、正式な部員?」
「……」
「だんまりか? 人って都合が悪くなると口を利かなくなるよなぁ。先輩のいうことを聞けないようなら教育って奴やっとく? ゾーン内で空想使ってさ!」
前時代的なことを言う燈火に彼は、地面を蹴って逃げ出した。喧嘩なんてしたくなかったからだ。
「……逃げの一択か」
燈火は追いかけた。上級生との喧嘩など勝ち目がないのは目に見えていた。教材で重たい鞄。綿毛と共に走る練習をしているから大丈夫だと思っていたが、すぐに燈火に首根っこをひっ捕まえられた。
「おっせえの。走ったって事は一応ゾーンを走り回って自信ついた感じか」
「っ……貴方、なんなんですか!」
「俺? ただの応援団。応援したかった奴を消された可哀想な幽霊部員。でさ、なんで柳は正式入部したんだよ」
「そんなの、幽霊部員には関係ないですよね! 活動する気がない癖に、偉そうに言わないでください」
幽霊部員は通行料を取り戻すことを他人に任せて平和に過ごしている。それを悪とはしないが関わる気がないなら近づかないでほしい。特に燈火のように相手の気持ちを考えないような人に教える筋合いなどない。
「浅草先輩は、自分の判断で正式に入部して僕たちを助けてくれているのに、貴方はその邪魔をするんですか……やめてください」
彼はハッキリと言うと第三者の声が聞こえた。
「そうだよ。やめたまえよ。情けない」
「っ?! 新形ッ」
彼を放り出すように手を放して燈火は弾かれるように声のする方を見る。そちらには、映画帰りかのようにポップコーンを食べている新形が立っていた。
「大人げない……いや、まだ大人じゃないか。可哀想に谷嵜先生の慈悲で幽霊部員だっていうのに正式部員に喧嘩を吹っかける。やっちゃったねえ~」
「……新形さん」
手足を地面について顔を上げる彼に新形はニコリと安心させるように笑う。
「お楽しみのところ申し訳ないね。でも、生徒たちの喧嘩は見過ごせないんだよ。生徒会長としては」
その言葉は重みがあった。いつも谷嵜先生を追いかけている恋する乙女など、どこにもいない。ポップコーンのバケツがガサリと音を立てる。
「体育祭が近いから他クラス、他学年との衝突は結構あるんだよ。だから、生徒指導の先生に注意するようにって言われているんだ。それなのに、吸血鬼部関係者が早々に喧嘩するなんて冗談じゃない……責任取るのはこの私なんだからやめてよ。それに先生にも恥をかかせないでくれる?」
「責任なんて取ったことがないだろ」
「勿論! だって、取る必要がないからね。……それとも喧嘩するかい? 可愛らしい私に拳を一発向けてみる? 背徳的、罪悪的、昂揚的気分で満ちて服従して、癖になっちゃう? そうして、大好きなあの子に見放されちゃう? ああ、でも、その子は、君のことは何一つ覚えてないっか! だから、何しても良い」
「でしょう?」と試すように見る。




