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第23話 Who are me

 右腕を覆う水の球体は新形の血を吸って赤くなる。携帯電話の吸魂鬼は、まるで手品をするようにディスプレイに手を翳すと何事もなかったように割れたディスプレイは元通りになり再びカメラ機能を起動させる。

 浅草が水を操り、携帯電話の吸魂鬼を水鏡で映す。カメラでこちらを映さなければ、相手をどうにもできないと考えたのだ。

 携帯電話の吸魂鬼は首をこれ以上ないほどに右に傾げるが、水鏡が邪魔をして水面も映るのは、携帯電話のディスプレイのみ。


 現実を歩く少年は、激戦を繰り広げていることも知らずに通り過ぎていく。


「何をしているの。早く殺してしまえばいいじゃない」

「これだから、素人は」


 綿毛の声に新形は苛立ちながらも冷静に考える。下手に吸魂鬼へと突っ込んでも撮影されてしまえば、身体の一部を持っていかれる。ならば、一旦体制を立て直すために引き下がるのが吉。


「柳、そのまま鏡を継続」

「うい」


 四人を囲む様に水が覆われる。

 水鏡となったことで携帯電話の吸魂鬼はこちらにカメラ機能を使うことが出来なくなった。


「に、新形さん。腕が……」


 震えた声で彼は新形の切断された右腕を見るが、何度も視線を逸らす。逸らすくらいならば、見なければいいのにと新形は苦笑する。彼は人の痛みを共感してしまうのだろう。綿毛は、簡単に吸魂鬼を始末することを告げるが、空想の想像性をまだ教えられていないから好き勝手に言えるのだと新形は呆れる。


「長。膜ぺた」

「ありがとう」


 水の膜が断面に張り付き色を変えた。

 グロテスクな断面が消えて彼も息を吐いた。赤く染まった膜は断面を視えなくなるほどに染まりきる。


「隠君と谷嵜先生を呼びに行こうよ」

「それも良いかもしれないけど、このまま撤退したら失踪者が増える。カメラで相手を取り込んでる。対策としては、ガラケーのカメラ、ストレージがいっぱいになるまでアイツにカメラ機能を使い続けさせる。けど、まあガラケーって言っても数千枚は余裕で入るでしょう? 知らないけどさ」


 スマホ社会になった現在、ガラケーの容量がどれほどであるかは明確にはわからないが、数千枚は簡単に保存できる。その枚数、写真撮らせるにはどうするべきか。被写体がなければ、写真は撮れない。写真を撮られてしまえば新形の腕のように切断されてしまう。現実的ではない。空想空間で現実的なんて皮肉なことだが、吸魂鬼相手に理想も現実もあったものではない。


「新入りちゃん、あんた分身の空想でも発現させて、撮影されてきてよ。目立つのは得意でしょう?」

「っ……貴女は私に死ねと言っているの!」

「うん。そう」


 悪意全開で反省の色を見せない。谷嵜先生への態度を見ての仕返しだろう。悪意はあれ、新形は本気でそれをしろとは言わない。後輩に危険なことはさせられない。何より今回此処に暁が居ない理由も理解していた。


「さて、先輩らしいところ、見せちゃおうか。柳、手伝ってね」

「うい」


 携帯電話の吸魂鬼を出し抜く方法を浅草に語る、嫌な顔を一つせずに頷いた。

 後輩である彼と綿毛は浅草が展開している水鏡の中で待機する事を命じられる。吸魂鬼に狙われても、彼らの姿は撮影されないようにだ。


「三秒後。行くよ」

「御意」


 三、二、一。


「ゼロ!」


 ダッと新形は地面を蹴って水の中から飛び出す。水の膜が新形の髪を濡らす。

 携帯電話の吸魂鬼が新形を映す。ディスプレイに新形が鮮明に映る。そして、ジャストのタイミングでカシャとシャッター音が聞こえた。その直後――


 ぱちゃ。


 水音が響く。地面に広がる水溜まり。


 携帯電話の吸魂鬼は、新形を確かに撮影した。けれど、被写体である新形は泡が弾けるように消滅した。実際に水に変化したのだ。


「もっと綺麗に映してよ。髪の毛、切れちゃった」


 新形が携帯電話の吸魂鬼の背後に現れる。すぐにシャッター音が響くがまた弾ける。

 携帯電話の吸魂鬼は、ふらりと新形を探す。見つける度に撮影をする。フラッシュライトが目を刺激する。現れる新形は目を閉じていた。フラッシュの光で目が潰れてしまわないようにだ。少しでもカメラのレンズに映ってしまえば、右腕のように切断されてしまう恐怖を感じているはずなのに新形は、携帯電話の吸魂鬼を見ないで戦っている。

 新形が二人、正面と背後に現れると携帯電話の吸魂鬼は混乱して、背後の新形を撮影しようとするが、正面の新形に踵を落とされ地面に叩きつけられる。

 再びディスプレイが割れて、欠片が地面に散らばる。


「水鏡変身。柳と十虎の最強コンビを舐めんなよ」

「ういうい♪」


 浅草の空想。水で鏡を生み出して、対象を映し出す。ただ映し出すわけではなく色を変えて、形を作る。水が五人、十人と新形を生み出す。弾けても再び水は復活する。鏡で映した人間の空想をコピーする。見様見真似、物真似コピー。

 新形が動けるからこそ、水鏡の分身は平均以上の力を発揮する。もしも、動けないと平均以下で役立たずが生まれてしまう。腕一本。その痛みを強引に身体を突き動かす原動力にする。


「水があれば、柳は最強なんだよ」


 パンっとハイタッチをする新形と浅草。それが本物であるならと携帯電話の吸魂鬼は、自身を踏む新形を払いのける。当然、それも水となり弾ける。

 起き上がりハイタッチした個体を撮影した。それまでも偽物の証拠である水が地面を濡らす。苛立ちは感じないが、いつの間に入れ替わっているのか分からない。考える脳を持たない携帯電話の吸魂鬼は、のらりくらりと目の前にある。水鏡の球体を見つめる。その中に、彼と綿毛がいる。


「あと何枚? 何枚でも良いけど、時間はもっと有意義に使わないとね」


 新形の言葉を合図に弾けた水が分離して新形が増える。

 空想の使い手を殺さなければ空想は消えない。フラッシュが何度もその場を瞬かせる。水で光が反射してより輪をかけて目が刺激する。

 写真の保存量がどれだけ残っていたとしても、繰り返していけばいつか容量オーバーとなり、一部の力が封じられる。

 しかし、数人の失踪者を撮影していたとして、たかだか七枚ほど。撮られて弾けて再構築を数千回なんて繰り返してしまえば気がおかしくなり、さらに時間がかかりすぎる。


(準備完了)


 パシャと水が弾ける音が聞こえると水の中から何かが飛び出してきた。鈍色に光る刃のようなソレは携帯電話の吸魂鬼を傷つけた。


「穿て、翼たち」


 新形は、その身体を鳥とする。翼が羽ばたき。一枚の羽が水の中に隠れて、弾かれると中から飛び出し携帯電話の吸魂鬼を攻撃する。腕や腹部を傷つけては瞬く間のうちに治っていく。撮影する。傷を治す。その繰り返し。消耗戦であるのは誰が見ても明らかだった。

 新形は、その背に黒い翼を持ち激しく羽ばたかせて上空に飛び無数の羽を携帯電話の吸魂鬼へ放つ。


 新形が携帯電話の吸魂鬼を相手している間、水鏡の中で空想を使い続けていた浅草が疲れていた。水に触れている間ならば、幾らでも水を操る事が出来るが、基本的に浅草が出来るのは、吸魂鬼から受けた怪我を瞬間的治癒する水の生成。戦闘においては難しい。


「先輩」

困憊こんぱい


 空想を操り過ぎて疲れているとわかるほどに息が上がっている浅草に彼は心配の声を漏らす。空気を和ませることはこの場では不可能で携帯電話の吸魂鬼が早く諦めてくれるのを待つしかない。


「流星結晶! 乱舞!!」

「奇数は優に、偶数は劣に。オレの命を賭けようか!」


 不意に聞こえた声と光の屈折。フラッシュが結晶に乱反射すると、どこからか現れたサイコロが二つ転がる。激しくクルクルと転がりコロンと落ち着くと、二つのサイコロに記されるのは同じマーク。二つの黒い点が付いたサイコロが二つ転がっている。


「Niceだぜ少年」


 水鏡の中にいた彼らの前に、金髪の男性が立っていた。サングラス越しに見える紫色の瞳。真っ白なシャツに、黒いベスト。皮の上着を羽織っている。公園の方から暁が駆けて来る。見るからに堅気に見えない雰囲気に彼は吸魂鬼を対峙するのとは別の緊張を感じた。


 男性はこちらを見て口元に指を当てて片目を閉じてウィンクした後、携帯電話の吸魂鬼に視線を向ける。新形のお陰で少しは弱っている。空高く飛ぶ新形だったが片翼しかない。

 サングラス越しに「こいつァ早くclear推奨かァ?」と呟いた後、サイコロを見て「oh! Lose!?」とサイコロの出目に驚愕するがすぐににやりと笑った。


「けど、ゾロ目だ! オレの勝ち」


「goodby」とぱちんっと心地良い音を響かせて一言残すと携帯電話の吸魂鬼は苦しみながら消滅した。後に残ったのは、失踪していたはずの学生たちが現実世界で意識を失って倒れていた。その学生たちの中には、行方不明だと報道された学生も含まれている。

 男性は、失踪者に近づいて容態を見る。目立った外傷はないが、すぐに病院に連れていかなければとスマホを取り出して救急に連絡を入れていた。

 救急車が到着したら、誰が呼んだかもわからないままに意識不明の学生たちは保護されるだろう。


「ジョン君、綿毛さん、怪我は?」と血相を変えて駆けてきた暁は彼と綿毛の心配をする。「あの、隠君」と不安そうな顔をして顔を上げる。


 彼らを隠していた水が弾けると少し髪を濡らして表に出て来る。吸魂鬼の危機が去ったのだとやっと理解できたが、現れた人物が何者なのか分からずに困惑する。


「あの人は味方です。ハウスやサブハウスとは関係ない。谷嵜先生のお知り合いの吸魂鬼狩りの一人」

「Hey! ガイズ! ダメだぜ? 空想を惜しみなく出したら、相手に筒抜けで対策されちまう」


 片腕喪失した新形は、動物変身が解けてふらふらと降って来るのを男性は、簡単に受け止めてしっかりと抱き上げる。


「ふーあーゆー」


 浅草でも知らないようで「あんた誰?」と不思議な表情をする。

 暁の言葉を信じていないわけでは無いけれど、吸血鬼部で幽霊部員の事は知っているが、大人は谷嵜先生しか知らない。吸血鬼部は何かと嫉まれて疎まれてと忙しない部活で、大人の介入があるとしたら、九割がた面倒事である。学生でさえ綿毛で一目瞭然だ。


「誰でも良いけどよ! 彼女、早いところ部室に連れていかねえと危ないぜ」


 男性の腕の中で右腕を負傷している新形は痛みの余り気を失っている。早く安全なところに連れていって腕の調子を診なければとゲートに向かう。


「に、新形さんの腕が……」

「大丈夫です。彼女の腕は取り戻すことが出来る。さ、俺たちも部室に戻りますよ」


 男性がゲートを通過して部室に戻っていくのを一瞥して暁も彼と綿毛の背を押した。浅草は周囲に異常と忘れ物がないか確認して最後尾を歩いた。


 三回目にして吸魂鬼と対峙する事も、ゲートを通過する事も慣れてしまったが、必ず誰かが怪我をしていると彼は悲しい気持ちになる。

 はじめは、暁。二回目は、彼が軽傷、そして今回は新形が重傷。次はいったい誰が怪我をするのか心配になる。通行料を取り戻すためには仕方ないとしても、もっとなにか方法があっていいはずだと思っても新参者である彼では何も思い浮かばない。


 部室に戻って来るとソファの上で寝ている新形と、簡易椅子に座り様子を見ている谷嵜先生が目に入る。


「あれ……新形さんの腕、どうして」


 右腕が腹に乗せられて寝ている新形に彼は驚愕する。確かに携帯電話の吸魂鬼に切断されていたのに、綺麗に残っている。


「ゾーン内で取られたものは、取り返すことが出来る。新形は、腕を奪われて、取り返した」

「取り返した……でも、どうやって」

「吸魂鬼の詳細が未だ明らかになっていない不思議の一つですよ。手に入れようとしたものを執拗に追いかけては、手に入らないと理解するとごく稀に諦めて手放すんですよ。手放されたものは、持ち主に返される。そうして、新形さんの腕は元通り」

「……通行料も同じ原理ってわけ?」


 綿毛が呟くと「そう簡単なら世話ない」と谷嵜先生は立ち上がり、戻ってきた生徒を見る。目立った外傷はない。失踪していた学生たちも、男性が連絡した救急車で搬送されているだろう。午後のニュースで話題になるのが想像に難くない。


「佐藤。来て早々に悪かったな」

「良いってコトよ! んで? 新人研修はうまくいってる感じ?」

「見ての通りだ」


 谷嵜先生と知り合いだというのは暁から聞いていたが、彼、綿毛、浅草はその人が誰なのか分からず首を傾げるばかりで、その様子に谷嵜先生が不思議な顔をした。まさか説明していないのかと鋭い瞳が向けられる。


「おぉっとそうだった! オレは、佐藤さとうひとみ。所有空想は、マイルール」


 睨まれた恐怖で慌てた様子を見せて、男性、佐藤は自己紹介をする。

 佐藤は、空想を伝えると、持っていたサイコロを二つ放った。

 床を弾くよう一回二回とバウンドして転がるサイコロは、『3』と『5』が出る。


「オレの空想は、ダイス(コイツ)を投げて、奇数とぞろ目が出ればオレの勝利ってわけよ! ルールを順守して対象物に実行される代物よ!」


 先ほど吸魂鬼に対して『奇数は優に、偶数は劣に』と言っていた。そして、今出た数字は合計で『8』だ。吸魂鬼を前にしていた時は、二のゾロ目で『4』だ。どう考えてもどちらも偶数で完璧に佐藤の負けである。空想を発動した本人には一切のデメリットは発生しないのだろう。

 彼はその事を指摘すると「Nice! クエスチョーン!」と良いボールを投げたようで彼はきょとんとした表情をする。


「オレの空想はそれだけじゃないってコトよ! 一番の利点と言えば!」

「後出しじゃんけんだ」


 額に手を当てて天を仰ぐ佐藤を無視して谷嵜先生は説明をした。


「発動者しかルールの変更はできない。佐藤のしてるのは、公平性無視。後出し規則だ」

「自分の有利に持ち込むから、マイルール」


「じゃんけん勝負で勝敗を決める」とルールを定めれば、相手は通常ルールのじゃんけんをする。

 佐藤がパーを出して、相手がチョキを出した場合、佐藤の負けが確定するが、「オレが負けたからオレの勝ち」だと負けを勝利の条件にすると相手の負けが決まる。

「負けが勝つなんてルールはなかった」と反論したとしたら「勝った方が勝利とも言っていない」という屁理屈がまかり通ってしまう。


 完全無欠の後出し勝負。


「卑怯……」


 綿毛が呟くと「おっと、感心しないぜお嬢ちゃん」と佐藤はちっちっちっと指を振って空想の欠点を口にする。


「オレが負けを認めてしまえば、そこでオレは負けってワケよ」

「は? 適当な言い訳がしたらいいんでしょう?」

「佐藤の空想の欠点は、言い負かせなければ負けってところだ」


「勝った方が勝ちとは言っていない」を「負けが勝ちとも言っていない」と反論されてしまえば、ルール改定が行われない。使いどころによっては役に立たない自滅空想となる。


「それで? そんなとても素晴らしく卑怯な空想持ちが、なぜここに来たの?」


 綿毛が知りたいことを尋ねると「教えてねえの?」と谷嵜先生を見ると「調査してる最中だったろ」と面倒くさそうに呟いた。


「今は部長の新形が負傷してる。お前ら、明日また部室に来い」

「説明はなしですか」

「同じことを二度も言いたくねえ。わかったら解散だ。散れ」


 手を振って部員たちを追い出す谷嵜先生。その傍らで「オレのコト知りたかったら、早く来いよ」とウィンクをする佐藤にしぶしぶ彼、浅草、綿毛、暁の順番で部室を出た。

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