第22話 Who are me
結論から言えば、綿毛が吸血鬼部を仮入部した。
翌日に新形は、部室に気に入らない女子生徒がいることに「なんでいるわけ?」と早々に喧嘩腰になったのを暁が制したのは言うまでもない。
「綿毛、お前は家族まとめてハウスとサブハウスから追放が決定した」
「え……」
谷嵜先生は黎明家に綿毛の状況を説明すると規定を破った愚か者がいる綿毛家との繋がりその物を無にした。呆気なく、無情にも白紙にした。
「なにを、言ったのよ」
「俺が見た事実だ」
「それを……。ハウスは信じた……」
「不都合なことは早々に切り捨てる。よくある手口だよ。まあ、気にすることはない。完全に路頭に迷うことなく吸血鬼部に入部出来た。おめでとう」
(既視感だ)
彼はその光景を見ていることしかできなかった。
忌々し気に谷嵜先生を見ている綿毛は怒りで震えている。怒りを向けられている谷嵜先生は、ソファに座って歓迎しているのかしていないのか分からない表情をしている。くわぁと欠伸をして、心底どうでもいいと興味を余所に向けている。
「んで……浅草は、良いんだな」
「ロンロン!」
「ん。じゃあ、受理した。お前は正式にうちの部員だ。今後は、調査に同行しろよ」
「御意!」
敬礼する浅草は嬉々と言う。正式な吸血鬼部に入部出来たことが嬉しそうだ。
二人の新入りの温度差に苦笑いをして、ふと気になっていたことを彼は浅草に尋ねた。
「浅草先輩はどうして突然、正式に加入しようと思ったんですか?」
「うい? おー、直感!」
「直感? まさか、第六感で決めたんですか?」
第六感で吸血鬼部の入部を決めることに驚愕していると彼のスマホが振動する。チェインからの通知だった。
『浅草先輩から新着メッセージがあります』と文字が表示されている。すぐ目の前にいるのにどうしたのかと顔を上げると浅草はニコニコと満面の笑みを浮かべてスマホを振っていた。
『ジョン様の初任の日、副部長様がお怪我をなさってから、常々考えておりましたの。少しでも皆さまのお役に立てる空想を持っているのなら、幽霊部員などと安全圏にいてはいけないと。ジョン様が保健室まで私を呼びに来てくださって、その表情は新入りでありながら真っすぐとしておりました。二度目の調査の際、ショッピングモールで閉じ込められてしまったと聞いたときは、生きた心地が致しませんでした。私の決断が付かぬままお二人を亡き者にしてしまったのかと……。故に私は、この空想を吸血鬼部の方々に使いたいと思っております。不束者ではございますが、何とぞよろしくお願い申し上げます』
「そ、そんな丁寧な……」
「ういうい!」
あの短時間にかなりの長文を打ち込む辺り、かなりスマホを使いこなしている。
(なんで、こんなに温度差があるんだろう。そして、浅草先輩も僕の事をジョンって呼ぶんだね。別にいいけど)
現実では不機嫌な綿毛と上機嫌な浅草。そして、スマホでは浅草の能天気な雰囲気とは一変して礼儀正しい文字とどちらにしても温度差を感じて風邪をひいてしまうのではと彼の口もとが引き攣った。
「せんせー! こんな敵対勢力を引き入れるなんてやだー」
黙っていた新形がついに口を開いた。挙手をして文句を口にした。
浅草は大歓迎だが、宣戦布告してきた女に、少しの歓迎もできるわけがない。不機嫌な顔をして睨み合う二人に暁は「なにをバカなことを」と辟易していた。このまま流れがわかっているようで「勉強してきます」と部室を出ていく。
「待って! 僕も行きたい!」
その場にいたら飛び火してしまいそうだと暁と一緒に部室を出ていこうとすると「待て」と谷嵜先生に呼び止められる。
新形、浅草、綿毛、彼が此処に残される。逃げきれなかった彼は怯えた様子で振り返る。
「お前ら四人で調査に出てもらう」
「新任!!」
「ジョン・ドゥはもう三度目か? それくらい積めば何となく要領を得てるだろ。新形と二人で新人のサポートをしてやれ」
「が、頑張ります!」
「せんせー。暁は?」
「この後、客が来る。その迎えだ。暁の空想なしでも吸魂鬼の痕跡を追えるように、ジョン・ドゥの空想を鍛える」
「なぁーる。で? その女は?」
「浅草の指導の下、空想の発現だ。不本意だろうが、なんだろうがゾーンに行き来できる様になってしまった以上は、空想も合って損じゃないだろ。大人しく幽霊部員で留まる気もなさそうだしな」
人数が増えて、彼の調査も三度目。谷嵜先生がゲートを開放する。
新形は偵察として先に侵入する。その先がどこであれ、今回も吸魂鬼の危険を考えて気を引き締める。
彼はゲートに入る。灰色の空間。そこは公園だった。寂れた公園。ブランコとベンチが二つ。ベンチで挟む様に街灯が一本、ぽつんと立っている。
まだ日が高いため、明かりは点いていない。日が高いと言ったが灰色の空間では朝なのか昼なのかもわからない。
「うぃ~」
「……!」
彼に続くように浅草と綿毛が入って来る。綿毛は景色が変わったことに驚愕している。彼も最近、その感覚になったため、親近感だ。
「ミスタージョン。頑張って透視して、周囲に異変を探して」
「はい!」
彼は公園の周辺に集中。目に熱を感じる。
住宅に囲まれた公園。遊具が危険となり排除された公園は、子供たちが立ち寄らなくなった。寂れて忘れ去られた公園。
彼は来たことがなかった。公園の外、名前が書かれているところまでいけば、『三つの谷第四公園』とところどころ錆びているが、読める文字で書かれている。
公園内では綿毛が空想を習得するために浅草が「激励! 激励!」と応援らしき言葉を送っている。これでは綿毛が空想を習得する事が出来ないだろう。
「なにかあった?」
新形がこちらに来る。公園の表記を見て「此処って」と新形は憶えのある場所のようで彼は新形を見る。
「此処で学生が失踪してるのよ。えっと、二三か月くらい前に」
「失踪?」
「そう。私はその調査を先生に頼まれてたんだけど、生憎情報らしい情報は得られなかった。だから暫くは保留扱いだったんだけど、今度は千里眼の空想で何か痕跡を見つけろって事なのかな」
谷嵜先生の思惑を理解しようと新形は周囲を見回す。失踪事件は、度々ニュースでやっていた気がすると彼はスマホを取りだし、少し前の失踪事件の記事を探す。
学生が失踪している事件がニュースになっているのを見つけると「それそれ」と新形はスマホを覗き込む。
「事件その物は、まだ吸魂鬼の仕業と決まったわけじゃない。ただ曰く付きの場所って結構あやかし者が集まりやすい傾向にある。負の感情って言うの? そう言うのが集まって、結果人ではないナニカが生まれる。吸魂鬼の出生はまだわかってないけど、多分、人間の恐怖心とかが勝手に具現化したんじゃないかな。まあ、仮にそうだとしたら人間の恐怖心が人間と仲良くするって言うのもなかなかに変な話だよね~」
「ってそうじゃなかった」と本題に戻る。
「失踪してるのは、高校生。時期的に新学期、新生活で鬱憤溜まる時期だから、吸魂鬼の餌になりやすい。ゾーンに引きずり込まれる民間人も少なくない。挙句に魅力的に感じれば、見た目、声、瞳、細部であっても、吸魂鬼の好みにピン決めしたら狙われる。欲しいと思ったものを相手は問答無用を人間から奪っていくからね。それが、肉体であっても。私が吸魂鬼だったら谷嵜先生を放っておかないもん」
「先生サイコー!」と拳を突き上げた時、新形は不意に視線を鋭くして公園の外、路地の先を見た。雰囲気が変わったことに気づいた彼は、「新形さん?」と名前を呼ぶとシッと静かにするようにジェスチャーをした後、小声で言う。
「脅威はそれほどでもないけど、吸魂鬼がいる」
「え……」
彼は新形の視線の先を見る。街灯の真下で突っ立っているのっぽの男。黒いスーツに頭部を携帯電話にした異形。彼が電車内で見た異形だ。
「アレは、スタンダードタイプで……結構な数、量産されてるんだよね」
「量産」
「古いものに執着する。吸魂鬼は仮説によると人の想いを口にしている。だから、物に宿る想いに執着する」
「あっ、だから吸魂鬼は人の魂を?」
「たぶんね」
新形は、彼を公園内に戻して「他にいないか空想よろしく」と命じる。彼は頷いて空想で周囲を視る。
頭の中でイメージする。携帯電話の吸魂鬼以外にも吸魂鬼がいないか彼は、ショッピングモールでしたように使う。
痛みの中に微かに浮かび上がる先ほどの携帯電話の吸魂鬼。ただ突っ立っているだけでどこを見ているかはわからない。
それをジッと見ているとパカリと開いた携帯電話。その小さなカメラのレンズがフラッシュの光と共に音を立てる。携帯電話の吸魂鬼に向かっていた新形を撮影した刹那、フラッシュを全身に受けた新形は姿を消した。
「……え?」
「ジョン?」
「……!?」
彼はハッと我に返る。そこにはまだ姿を消す前の新形がいた。
新形は彼の異常にいち早く気づき声をかける。なにか見えた。
「何を見たの?」
「携帯。開いて、新形さんがカメラで撮影されると姿を消しました」
新形が撮影された瞬間、何かが起こったのだ。周囲を視る為に使ったはずの力は、思っていた光景じゃなかった。吸魂鬼と対峙する新形が消えた。
そのことを不安を滲ませた声で告げると新形はぽんっと彼の頭を撫でた。
「心配してくれてありがとう。ジョン」
気を付けるから、と新形は再び街灯の下にいる携帯電話の吸魂鬼に向かう。
新形は携帯電話の吸魂鬼を睨みつけながら様子を見ていると帰宅途中である中学生ほどの少年が向こうから公園に向かって歩いてきていた。ゾーン内ではない。現実でだ。
「まずっ」
「えっ、新形さん!?」
新形はなにを思ったのか地面を蹴り公園を飛び出す。彼の驚愕の声に、浅草と綿毛が気づき近づいてくる。少年と携帯電話の吸魂鬼の距離が縮まる。凡そ五十メートル。徐々に近づくその距離。
(ジョンの言う通りなら……最悪今回は写真タイプ)
新入りが二人と準新入り一人。空想が使えるのが三人であり、一人は空想を発現すらさせていない。どれだけ低レベルの脅威だとしても相手は吸魂鬼。問答無用で魂を奪う。見て見ぬふりはできない。
新形は向かいながら携帯電話の吸魂鬼を観察する。攻撃する意思は感じない。相手は、なにを考えているかわからない吸魂鬼。たとえスタンダードの形だとしても油断できない。純粋に人を痛めつけるのに長けている生き物。考えていることなど、人間の思考の外だ。
人間の顔を持たない吸魂鬼は、物によっては、こちらに意思疎通を試みる個体もいる。決して慎重と言うわけではない。こちらの癇に障る言い回しをする。携帯電話の吸魂鬼は、意思疎通を試みるタイプではない。純粋に欲望のままに動いている。
「ちょっとなにしてるのよ」
綿毛の疑念の声が聞こえるが新形は止まっている暇などない。携帯電話の吸魂鬼がパカリと開きディスプレイが光る。映し出されるのは、少年。ピントが徐々に合っていく。
(あ、あれって……)
彼はその現象を知っている。千里眼で見た現象だ。新形が消えてしまう光景を見た。フラッシュの光とシャッターを切る音が聞こえてしまったら相手は消える。彼が視たのは、新形が標的だったが、今はこちらに歩いてくる中学生が標的になっている。中学生に被害が及ぶ前に新形が動き出したのだ。
その手を握ると右腕が輝き形を変える。
鋭い爪が剥き出しになり携帯電話の吸魂鬼に突き立てられる。
「……ッ!」
見ていられず彼は目を背けた。悪さをする吸魂鬼だとしてもその先で待っている痛みを共感してしまう恐ろしさに彼は事が終わるのを待っているとカシャとシャッター音が耳に届いた。そして「長ッ!」と浅草の声。顔を上げると新形の片腕が喪失していた。
すっぱりと切り取られた断面。血液が吹き出す。
奥歯を噛みしめて、痛みに耐える新形は、攻撃の手を休めずに携帯電話の吸魂鬼のディスプレイを左の拳で破壊した。
「柳! 水ッ」
「御意!」
浅草は持っていた二リットルのペットボトルの水を撒いた。すると水は空中で停止して新形に向かった。切断された腕に水の球体が覆う。
小さな水の球が新形の周囲を浮遊する中、携帯電話の吸魂鬼は割れたディスプレイに手を伸ばしてどうなっているのか確認する。ディスプレイの欠片が手に突き刺さると、不思議そうに首を傾げた。




