第20話 Who are me
「浅草さんは、確かに吸血鬼部の部員ですが、いつも部室に来ない理由として本来は、浅草さんは吸血鬼部として活動するべき人じゃないんですよ」
浅草は厳密に言えば、幽霊部員だという。
幽霊部員は、保護リストに記録するために、呼称しているだけであり、正式に入部しているわけじゃない。
幽霊部員には選ぶ権利がある。正式な吸血鬼部として、入部の意思を谷嵜先生に言うことで調査に参加するか、危険を回避するために幽霊部員をしている。必要以上に関わらない。その為、空想を持っている者は、必要になった時だけ呼ばれる。
本当ならば、関わることもしたくないはずだが、通行料を回収すると言う約束のもと手を貸している。
「……承認」
浅草は、正式に吸血鬼部に入部する意思を見せたのだ。谷嵜先生が都合よくも保健室に来てくれたことで届け出を出すことが出来ると思っていたが、タイミングを見事に逃していた。残念だと俯くと暁が用紙を受け取る。
「事が落ち着いたら先生に伝えておきます。多分、先生の方から何か言ってくれると思いますよ。貴方の覚悟に敬意を」
そう言って暁は微笑を送ると「ういうい」と笑った。
「えっと……じゃあ、改めてよろしくお願いします。浅草先輩」
「ンヴィ!」
「それじゃあ、初任として彼女を部室に運び入れましょうか」
意識を取り戻すことを期待しながら彼は運ぼうと言えば「筋力が最弱なんです。俺」とカミングアウトする暁だったが、だからと言ってまさか副部長が綿毛を運ばないなんてことはないだろうと彼は訴えると苦々しい表情をさせて「く、車椅子を」と保健室内を見回した。
「車椅子とかないんですか? 寝ている彼女を連れていくのに、この体力のない人数では余りにも時間がかかります!」
「No!」
両腕でバツを作る浅草にうぐっと声を詰まらせる。車椅子はない。
「いえ! 確か教員専用玄関に車椅子があったはずです! 持ってきます」
暁が保健室から出ていこうとするのを彼は引き留める。
「そんなことしてるより、三人で運んだ方が早いよ。隠君」
「うっ。で、でも!」
「それにその車椅子って来客用でしょう? 良いのかな? 生徒が無断で使って、もし壊しでもしたら」
「っ……わ、わかりましたよ。なら、五分交代で背負っていきますよ」
「そんなにかかる?」
「俺はボールペンを超える重さを持つと筋肉痛になるんです!」
「絶望!」
「浅草先輩」
けらけら笑う浅草に彼は苦笑する。彼も力に自信があるとは言えないが、話を聞くと暁よりはある気がしてくるが、暁は仮にも用務員として仕事をしているのだから、筋力はあるのではないのかと疑問が浮上する。
押し問答をしてる間に綿毛が目を覚ますかもしれないと彼は「僕が運ぶよ」と言いながらベッドで寝ている綿毛を背負った。
「うぉ! マッスル!」
むきっと浅草は拳を作り両腕を上げて力持ちのポーズをする。
綿毛を背負って、時々昇降口の閉じられている扉を開いてもらったりと、暁と浅草のサポートのもと旧校舎に連れていく。放課後と言うこともあり、部活に入部している生徒以外は会うことはなかったし、部活に集中している為、こちらに気づいている様子は、多分なかっただろう。
「大丈夫ですか? 俺、変わりますよ。五分、いや三分交代で」
「それじゃあ、いつまでも到着しないよ」
暁は自分の不甲斐なさに行き場を失くした手を彷徨わせている。暁の提案を受諾していたら、いつまでも旧校舎に到着せず、生徒に見つかって怪しまれてしまう。まだ校舎に谷嵜先生がいるだろうが、迷惑をかけたくはない。彼は暁の提案を断って、旧校舎に運んだ。
旧校舎の部室に到着してソファに横にする。
階段でも「大丈夫ですか? か、変わりますよ?」とひ弱な先輩の言葉を耳にしながら登り切った。たまに後ろに倒れそうになるのを浅草と二人で支えてくれただけありがたいことだ。
(このソファって寝る以外に使われることってあるのかな)
今のところ、谷嵜先生が仮眠の為に使っているところしか余り見ない。もっとも使われいるのはわかるが、頻度が座るよりも寝るの方が多い。
「これからどうするの?」
「クエスチョン!」
「彼女が起きないことには、どうもできませんが、二人は下校しても良いですよ。あとは俺がどうにかしておくので」
暁は旧校舎で暮らしているから、綿毛が目を覚ましても状況を説明できると言えば、心配は残るため彼は「僕も残ります」と告げると暁は目を見開いた。
「どうしてですか?」
「今は僕、一人暮らしで、ここに残っても問題ないって言うか……その、空想の事とか知りたい。もし隠君が許してくれるなら、僕も此処に残って、教えてもらえたらなって」
「おぉ! ミー!」
なら、浅草もすると挙手するが、「浅草さんはダメです」と断られてしまう。当然「なにゆえ!?」と驚いている。
「まだ正式に部員ではないので、帰ってください。それに貴方には親御さんがいるでしょう」
「ぶぅ……」
「ふてくされないでくださいよ。新形さんだって同じことを言うと思いますよ」
「浅草先輩。また明日、朝いちに来たら良いと思います。僕、朝早く来たら隠君の歯を磨いてる姿を見ることが出来たから」
「おぉ! りょっ」
ぴしっと敬礼の真似をして浅草は「おつ鍋~もつ鍋~」と部室を出ていった。それで満足したのだろう。足音が遠ざかると同時に暁が彼を見てげっそりとした表情をさせる。
「なんてこと言うんですか」
「こうでもしないと……帰らないかなって……」
「そうしなくても素直に帰ったと思いますけどね!」
自分の恥を他人に知られることがどれだけ屈辱的か暁は顔を真っ赤にして訴えると「ぶ、部員の人と仲良くなりたいから、ごめん」と告げられる。
「……誰かを陥れてまで親しくなりたいんですか?」
「い、いや。そうじゃなくて……えっと、隠君も他の部員の人と仲良くなってほしくて」
「は? 俺は、いつも通り」
「部活内容だけで深くは関わってないでしょう?」
「それは……」
彼は何となく気づいていた。暁は、吸血鬼部の副部長としては、幽霊部員との交流はしているが、それ以上はしていない。ゾーンを知る者として、多くを説明する立場な為、部員以上友人未満の関係だ。
彼はそれがどこか寂しいと思った。いい意味ではない部活でも、参加したからには、楽しくやっていきたい。みんなそれどころではないのは、彼自身よく知っている。だが、焦ったところで何も変わらない。焦って変化があるのは悪い方向にだけだ。
華々しい生活は出来なくても構わないから、せめて顔を合わせたら楽しく世間話をするだけでも、出来たらいいなと言う理想を語る。
「お節介は身を滅ぼしますよ」
「大丈夫ですよ。僕、運は良い方だから!」
だから、見つけて貰えたのだと言えば、暁は照れたのかため息を吐かれて「着替えてきます」と部室を後にする。
彼は、暁が戻って来るまでお茶を淹れて待っていることにした。簡易椅子に腰かけて谷嵜先生に提出する『空想特訓報告書』を作成する。ゾーン内の旧校舎の屋上で空想の特訓。彼は千里眼を確実に習得するために目を酷使した。
過度な使用は、失明の恐れがあると言われている為、痛みを感じたらすぐに使用を中止すると言った今後の注意を書き記した。
「……始祖ってなんだろう」
吸魂鬼が言っていた。「始祖」の言葉。
始祖とは何なのか、彼は考える。言葉的には、始まり。物事を始めた人と言う意味だが、吸魂鬼の原初と言うことならば、王様だ。その人と会うことが出来れば、もしも始祖を見つけることが出来たら、互いに良い関係に……なんて無理だと彼は頭を振った。
あまりにもお人よしが過ぎれば、誰にも見向きもされずに言葉も届かない。優柔不断のままではいけないのだ。傷をつけられてしまった。話を聞いてくれなかった。それが決定的証拠。ペン先が僅かに震える。
彼が優柔不断を続けていたら、いつか部員の誰かが手遅れになってしまうのだろうか。本当に死んでしまうのだろうか。綿毛のように目を覚まさないこともあるのだろうか。
暁が、新形が、浅草が、もしかしたら同級生が標的になんてこともあり得る。
(谷嵜先生は僕に覚悟があるって言ってくれたけど、本当にあるのかな)
綿毛を吸血鬼部に入れない為の理由の一つだったのかもしれない。
不意にスマホが振動した。なんだろうと持ち上げると未登録者からのチェインだ。
『こんばんは、突然のメッセージ。申し訳ございません。私は、浅草柳と申します』
「えっ……浅草先輩!?」
ぽんっと効果音が付いたメッセージの吹き出し。浅草柳。
それは先ほど、別れを告げた先輩だ。
『困惑していることと思いますが、このアカウントは、浅草柳本人のものでございます。副部長様にジョン様のIDを紹介していただきました。ご不快でなければ、今後ともよろしくお願いしたいと思っております』
なんて丁寧な人なんだろうか。ムードメーカーと言われる浅草からは感じられない文字に本人かと疑うばかりだ。けれど、彼のチェインを知っている人でこんな丁寧な文字を送って来る人など考えつかないし、何より本人が浅草だと言うのなら本当なのだろうと彼は信じて『浅草先輩、こちらこそよろしくお願いします』と文字とお辞儀をしている犬のスタンプを送信する。
「お待たせしました」
スタンプを送信した直後、部室の扉が開き暁が入って来る。
少し疲れた様子で入室してくる暁にお疲れの意を込めてお茶を淹れる。
「凄い疲れてるみたいだけど……。どうしたの?」
「実際、疲れているんですよ。貴方が泊まるというから、準備をしていたんです」
用務員室にもう一つ布団の準備をしてきたのだという。お手数をおかけしますと浅草とのチェインをしていた所為で言葉が似てしまった。
その事に気づいた暁は「ああ、浅草さんから連絡がいきましたか」と確信を持って言った。
「さっき偶然スマホもってうろうろしているのを見つけたんですよ。だから、教えました。ダメでしたか?」
「ううん! ダメじゃないよ! 嬉しい」
彼は、ほわほわとした表情をして「ありがとう!」と喜んでいた。スマホに部活の友人が登録されたのが嬉しいのだ。暁はどうしてそんなに嬉しいのか分からずに首を傾げる。
「谷嵜先生ともチェインで繋がっているでしょう?」
「先生は、担任だから生徒とすぐ連絡が付く様にしないとならない業務的なものだと思ってるから、隠君とも登録出来て嬉しいんだよ!」
親戚以外の連絡先が登録されていない彼にとって高校生活は、友情も築いていきたいという目的もあった。名門校である三つの谷高校に入学したら勉強が出来る人が多い為、追いつくのに一苦労だ。だからと言って勉強ばかりしていたら息苦しくなってしまう。友だちが多いに越した事はない。何よりも彼は、中学の友だちが誰も三つの谷高校の受験に受けなかったため寂しいと感じていた。
同じ境遇の人と共感したい。部活で知り合った人たちの話を聞いたり、過去に体験したことを参考にしたいと思うのは必然だ。
「ジョン君、貴方、ご飯はどうしますか?」
「ご飯、考えてなかった」
彼はえへへっと照れたように頬を掻いた。暁は、しかたないと吉野からの差し入れがあるから、それを一緒に食べようと提案する。
吉野は、暁が旧校舎で暮らしていることを知ってる幽霊部員の一人。吉野の好青年というよりはオカン振りは、カンストしていると思えてしまうほどにタイミングよく保存容器に入れられた食べ物を持ってくる。倹約気味で、余らせているらしく困っていた。彼からの突然の提案のお陰で折角の料理を無駄にしなくて済んだと内心、いい誤算だった。
「ここで食べますか? それとも下に?」
「えっと、ごはんの匂いで起きてくれるかも……ここで大丈夫かな?」
「平気ですよ。去年は文化祭の打ち上げで新形さんが鉄板焼きをしてますから」
暁は頷いて用務員室で二人で向かった。
レンジで簡単に温めて食べることが出来るパックライス。保存容器に入れられていたのは、カレーだ。日持ちすると言っても、限度がある。吉野は善意でやってくれるのだが一日に消費できる量が、一般男子高校生の食生活よりも少ない暁では時々余らせてしまう。
その際は、新形や谷嵜先生に頼んで減らしてもらっているが、それでも吉野の善意は底を尽きない。




