第19話 Who are me
カエルの吸魂鬼との邂逅から三日が経過した。カエルの吸魂鬼が言っていた彼が吸血鬼部を誘き寄せる為の餌であることはフェイクであることが谷嵜先生から告げられる。もしそうならば、初日にとっくにやっているはずだ。初日に遭遇したバラの吸魂鬼は、彼のことを知らなかった。つまり、ショッピングモールで遭遇したカエルの吸魂鬼は、彼のことを知っていたとしても、生き残っていることは偶然と言える。
電車内に、あれだけ多くの乗客がいたのだ。一人の食べ残しがあれば、痕跡も色濃くつく。
報告書を書くことになれていない彼は、旧校舎で暁に教えられて無事に作成を終えらせた。大方の状況は説明しているが、彼の空想がまだハッキリしてない状態も加えて、二回連続で吸魂鬼の出現は警戒どころの話ではなくなった。吸魂鬼が活発化している今は、暫く調査などは控えて様子を見ることになった。
谷嵜先生曰く組織ぐるみでゾーン内を徘徊しているらしく、下手に吸血鬼部と遭遇すると争いを引き起こす可能性があるらしい。
勿論、吸血鬼部の活動内容が少し変更されるだけで部活自体に支障はない。ゾーン内の学校で空想の強化をするように告げられている為、暁と二人、旧校舎の屋上で彼の空想を明確にするために訓練をしていた。
やはり空想と呼ばれるだけあり、夢見がちな人の方が空想の再現率は高かった。
「空想は、一人に一つ宿されています」
「え? じゃあ、もう他の空想は、発現しないの?」
「発現はしますが、その以前に所有していた空想は薄くなります。イマジネーションとは、その一つに集中するからこそ完成度が高くなりますからね。俺の場合は完全無欠の結界をイメージしています。吸魂鬼に防がれることのない鉄壁の結界。でもま、ジョン君には、簡単に壊されてしまいましたが」
「そ、その節は……すいません」
二つの空想を同時に二つ発現させることはできない。
とんでもないほどに夢見がちな人ならば、不可能ではないだろう。それこそマルチタスクを完璧にこなす人しか複数の空想を持つことはできないだろう。頭で考えながら空想するなんて個人の価値観を確立させた高校生には不可能に近い。
「流星とか、なんとか。あれは違うの?」
「あれは結界の応用ですよ。小さな結界を無数に生み出して、吸魂鬼にぶつける。相手にとっては小石をぶつけられている程度のちんけなもの。俺の空想はあくまでも、吸魂鬼を拘束するためのもので、消し去るには適していないんですよ。何にしても想像力を有します」
「想像力によっては、吸魂鬼を一網打尽できる空想を持っている人がいるかもってこと?」
「平和主義の貴方からそんな物騒な言葉が聞けるとは」
「そ、それは……! 二人に悪影響を……!」
僕は平和主義なんです! と慌てふためくが暁は気にせずに話題を続けた。
「誰かに害をなす空想は、相手の精神状態が余り良くないかもしれないですね。俺は現実主義だから、結界をどれだけ想像しても、あの程度の事しかできないんですよ」
誰かを傷つけても吸魂鬼を倒す強い意思を持ち、殺し方までも想像できてしまう人でしかそう言った力を持つことは出来ない。もっとも一部では普通の空想で吸魂鬼を倒すことが出来る人たちもいるようで、その限りではないと教えられる。
「あ、じゃあ新形さんは? 僕、新形さんの空想を知らないんですよ。教えてもらおうとした時に吸魂鬼が現れちゃって」
「ああ、彼女は簡単な話ですよ。彼女の空想は変身です」
「変身。女の子だから、魔法少女とかに憧れるやつですか?」
「魔法少女? まさか、動物変身ですよ」
暁は新形が魔法少女などありえないと笑いながら空想を教えてくれる。
新形の空想、動物変身。新形が想像した動物になる。大小は新形が想像したままに、巨大になったり極小になったりと極端であり、人を乗せられるほどの大きさだったとしても、本人は「谷嵜先生しか乗せるわけないでしょう」と言ったらしい。
そして、実在する動物から新形が頭の中で生み出した動物まで幅広いという。
「じゃ、じゃあ! 僕が見たトラみたいな獣って」
「はい。あれは断言して新形さんです。見た目を変えることも出来れば、その力だけを借りることも出来ます。足が速くなりたいなら、その動物を想像して、ひと蹴りで一キロなんてことも新形さんには出来てしまう」
わざわざ動物になる必要はないが折角日常では出来ないことをできるからこそ空想と言うのだ。動物に変身して好き勝手に行動するのが新形のやり方で咎めたって言うことを聞かない為、調査中は常に単独行動だ。もっとも谷嵜先生がいる時は、その限りではない。常に可愛く見せたい新形にとって、ナマケモノになんて変身しないし、綺麗に見せる為に翼だけを背中に生やすこともあるという。
「それって、獣になりきってるんですか?」
「まさか。もしそうなら、俺は今頃、新形さんの胃袋の中ですよ。先日の件で、新形さんは管理室からメインフロアまで兎の脚力を用いて降ってきています。彼女の容姿をわざわざ変形することなく、誰かの力を譲渡するんですよ。一体全体どう言った空想を抱いているのか。あの人の空想は、変身のはずなんですが規模が超越していますね。きっと例外なのかもしれませんね」
忌々しいと暁は顔を顰めた。
彼が暁を見ていて、わかったのは「例外」や「特別」と言った基準を逸脱したものが苦手だと言うことだった。彼が吸魂鬼と断定したと言うのに、谷嵜先生が処罰を止めた。部員として受け入れたときから警戒していた。
「隠君は、新形さんの通行料って知ってるんですか?」
「いいえ、俺は教えられていません。多分、谷嵜先生しか知らないと思いますよ。浅草さんとか、吉野さんのは知っています」
「えっ……吉野先輩も部員なんですか!?」
「そうですよ。俺のことを知っている吸血鬼部の一員は、互いに通行料を打ち明けています。それによって互いの意思を表明しているんですよ」
「まあ、当然幽霊部員ですが」と言って自身の空想を練る。
校外も吸血鬼部に協力してくれる人がいる為、校内活動よりも校外活動がメインの部活である。
今は、正式部員が彼を含めて四人だけで、これから何かの拍子にゾーン入りして活動に参加したいという人たちが出てこないとも限らない。勿論、未然に防ぐことが出来れば、そんな不幸も起こらない。
二度目の調査で、カエルの吸魂鬼はショッピングモールを襲撃しようとしていたのは断言できる。多くの従業員が廃人となることを意図していない方法でも阻止できたのだ。谷嵜先生もその点においては評価してくれていた。
「どうして僕の空想は調査と兼用だったの?」
今のように旧校舎の屋上でゾーン入りして、空想を習得したらいいのではと彼は尋ねる。
「いつでも訓練できると思われてはいけないからですよ。危険な場所で会得したことで、出来ないなんて言わせない。やるしかない状況を与えて、無我夢中で空想を発現させる。それが谷嵜先生の教育です」
「す、スパルタですね……」
「でも、無事に手に入れられたでしょう?」
まだ完全には掴み切れていない。火事場の何とかで空想を発現させた。
もっとも火事場で脳内空想に浸っているのはなかなかに精神が図太い人だ。
「どうして、僕は千里眼なの?」
「谷嵜先生がずっと必要としていた空想ですよ。吸魂鬼よりも先に見つけることで、作戦が立てやすく、尚且つ危険性が減り、安全に行動できる。俺も一度は偵察系の結界を想像してみたんですが、視力が伴わず、副産物として流星結晶が生まれました」
索敵目的で結晶を生み出しても、結晶の映し出している映像を暁が視ることは出来なかった。その代わり小さな結晶に限っては自在に操れることを知り、吸魂鬼に隙を与える手段として用いていると教えられる。
「千里眼の副産物ってなんだろう」
「ビームとか?」
「目からビーム! 光線銃。憧れるけど、僕には似合わないかも」
「そうですね。貴方の目からビームが出たら少し迷惑です。混乱して辺り構わず放射しそうですね」
ぽんっと結界の形を変えて、結晶が生まれるのを「綺麗ですね」と言ったり形を提案して話をしていると不意に暁のスマホが音を立てた。集中力が途絶えて、封印結晶は割れて消滅してしまう。消滅する最後の時まで綺麗さを保ち続けていた。
「谷嵜先生からです」
そう言って、万が一がないように彼の周囲に結界を貼り護りを固めて通話に出る。
「はい。暁です。…………! わかりました。すぐに、え? はい。一緒にいます。わかりました。すぐに向かいます」
徐々に表情が険しくなり、彼を一瞥した後、通話を終了する。
「すぐに本校舎の保健室まで来るようにと」
「なにかあったの?」
「一年C組の綿毛最中さんがゾーン内で発見されて、意識がないそうです」
「えっ!?」
一時間ほど前、谷嵜先生は暁に彼の空想強化を命じて、自身はゾーンの中にいた。灰色の世界で吸魂鬼の痕跡を追っていると人が倒れているのを見つけた。三つの谷高校の制服を着ていることに驚きながら駆け寄れば、新入生であり、吸血鬼部に喧嘩を吹っかけてきた黎明家一派であるサブハウスの一員。綿毛最中。サブハウスが単独でゾーンに入れるわけがないと急いで保護したが、意識はなく魂を喰われた後なのかもわからない。保健室にいる浅草をゾーンに連れて行き治療をしたが、外傷がない以上、浅草ではどうすることもでない。
ゾーンに精通していた家系に身を置いていた暁ならば、この現象を知っているのではと呼びだした。彼に関しては同級生と言うこともありついでだ。
そうして、綿毛を保健室に連れてきた谷嵜先生のもとに二人は雪崩れ込む様にやって来る。
「暁、お前はどうみる?」
「彼女以外に人は?」
「いなかった。争った形跡もな」
「考えられるのは二つですね。一つは、吸魂鬼が綿毛さんの魂を欲してゾーンに引きずり込んだ。もう一つは、規則を破り、一人でゾーン入りしたか」
「一人って……それって」
「ええ、俺と同じ末路ですね。ただ一つ違うのは、彼女は別に組織体制を疑っていたわけではないと言う点です。以前、谷嵜先生からお聞きした内容によると規則重視していたようですから。吸魂鬼に狙われた可能性があります。特にハウスとサブハウスの関係の者ならば、強者を誘き寄せるのは十分でしょう」
吸魂鬼は人間を嫌悪しているが、人間を餌に生きている。誰でも良いイメージだったが話を聞いていると選り好みしているように聞こえた。
「ごく稀に、人間の魂。性格、人格や素質、性質に興味を持つ吸魂鬼が現れます。ほら、吸魂鬼は同族意識が高いですが、吸血鬼は、同族を裏切る個体もいます。そう言った……特殊な例……が存在するんですよ」
溜めて呟いた暁に彼は苦笑する。
谷嵜先生は、椅子に座って面倒だとあらわにしている。喧嘩を吹っかけてきた綿毛がゾーンに入り、その代償が何なのか分からない以上、好き勝手に行動すれば、組織に目を付けられて潰されてしまう。保護したはいいが、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。
「俺はこれから連中に呼び出される。お前らは、そいつを部室に連れていって、正常な状態なら、どうしてゾーンにいたのか訊いておいてくれ」
「わかりました」
「御意~」
「はい。……ん? 連中って?」
「吸魂鬼狩りの総本山、俺、暁家の上層部と言ったところですよ。それがハウスです。ハウスには、暁家、黎明家、平明家の三家があり。その派生がサブハウスです」
もっとも暁家がない以上、今は黎明家と平明家が主に活動しているだろう。
「そう言うことだ。頼んだよ」
谷嵜先生は、そう言って保健室を出ていってすぐに「あ」と彼は声を漏らした。どうしたのか暁と浅草は彼を見る。
「あの新形さんにも、綿毛さんの事伝えておいた方が……部長っていまどこにいるの?」
「生憎と彼女は欠席ですよ」
「え、そうなの?」
「ういうい」
新形は、家の事情で欠席であると伝えられている。いま、連絡をしたところで学校に来ることはできないだろう。本人は絶好調で一日一回、谷嵜先生に愛のチェインを送っているらしい。「谷嵜先生自身は目覚ましの代わりにしていると言っていましたが」と簡単に言う。
新形がいないと言うのは、違和感を感じるが、今は暁が吸血鬼部を指揮することになる。
もしも此処に新形が居て事情を知っていれば、「私も付いていく!」とハウスに道場破りよろしく谷嵜先生と同行していたことだろう。
「あっ!!」
「っ!?」
「ど、どうしたんですか? 浅草先輩」
今度は、浅草が大きな声を出した。珍しく驚いた声を上げた浅草に「認証! 認証!!」と何かを訴えている。なんだと言うか、浅草を見ていると一枚の用紙を差し出してきた。
「これって……浅草さん、まさか入部するつもりですか?」
「え? もう浅草先輩って吸血鬼部じゃ……」
用紙には『吸血鬼部入部希望』と書かれていた。