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第18話 Who are me

「よくある話ですよ。一人の若者が地獄に落ちた。単純明快で、笑い話にもならない。自業自得の愚者。規則を侮り、親兄弟を消し去り、最後には自分自身をこの世から抹消した。俺、暁隠とか言う十八歳の男子高校生は、存在しない。戸籍もなければ、出生届もない。俺って存在は、通行料として消えた。父も母も、二人の兄も消えた。俺が全部消した」


 規則を嘲り破った結末は、自分自身だけではなく親兄弟の抹消。それがどれだけ苦痛か。感じられるわけがない。

 無事に帰って来られたと思った。家路を目指した。長い道筋、辿り着いた先には、実家である暁家は、跡形もなく空き地が広がっていた。

 誰一人として暁家は憶えていない。交流があった近所の住人、親しかった友人、ハウスやサブハウス、いたるところに掛け合った。けれど、どこの、だれもが「暁家などない」と一蹴する。少しの熟考もなく、追い払われた。ゾーンを知る部外者は、門前払い。サブハウスに入り込もうとする恥知らずだとして、相手にされなかった。


「ゾーンに入る際に決められたこと、三人以上。必ず三人一組でゾーン入りすることを義務化されていた。けれど、それは、各々の空想が弱いからと思っていた。俺ならば、一人でも吸魂鬼を殺すことが出来ると慢心して、一人で挑み死にかけた。その結果、全てを失った。こんな事ならば、一人でゾーンになど入らなければよかった。こんな事になるくらいなら……何度も自分を呪った。死ねばいい。消えてしまえばいい。俺一人だけが消えて、全てが元通りになればいい」


『俺が見てきた中で規模がデカいのは、一人の人間の存在を生きたまま消すことだ。通行料が自分の存在だった奴がいる』


 谷嵜先生が通話で言っていた。


『あぁ!! あなたは、かの有名な透明人間君でしたかぁ』

『知っていますとも! 全て奪われて、首の皮一枚しか残らなかった可哀想で、愚かで、規則破りの透明人間君!!』


 バラの吸魂鬼が暁に向かって言っていた。


『あの時だってそうだ。どうして、彼なんだ。俺がなにをした。いや、俺は何もしていない。僕がいけないんだ。そうだ。僕が悪いに決まってる。だから時計が停まって……停まってほしいのは、僕の方だ。時計じゃなくて僕を止めてくれ』


 あの自己嫌悪全てが。


(暁さんの事だったんだ)


「一人でゾーンに入り、帰り道を見失った俺を助けてくれたのは、巡回調査していた谷嵜先生だった。生意気で規則破りをした俺と言葉数が少ない先生では当然、意見が食い違った。それでも先生は、問答無用で現実に帰して「問題があれば、戻って来い」と言ってくださった」


 当時の暁にとって谷嵜先生は、可笑しな女子学生を連れている無愛想な不良教師と言う印象だった。その女子学生が新形だった。その時には既に新形は谷嵜先生と吸血鬼部に片足を付けていただろう。


「誰も助けてくれなかった。何かあれば相談に乗ると言っていた親戚みなが、俺たち家族を忘れた。こんな薄情なこと、あると思いますか? 昨日まで、いや、数時間前まで仲間だった方たちから向けられる視線が冷たいんですよ? 俺に向けられる視線が、赤の他人に向けるものだった。俺がたった一度の規定違反をしたから、通行料なんて取るに足らないものだと思い込み。全てを無にした。これが俺の罰ですよ。だからこそ、俺は規定違反をする者を許さないんです。同じ悲劇を繰り返させない為に、厳守する。自業自得な人間の末路を再び第二第三が引き起こさないように正す」


「どうですか? 笑えるでしょう?」と自嘲する暁。


「じゃあ、今日。旧校舎にいたのって……」

「俺は旧校舎に住み着いている用務員ですからね。未成年だとしてもバイトが出来ると思うでしょう。俺は存在していないんですから、まともな仕事はできない。谷嵜先生とカモノ校長のお陰で俺は野宿しなくて済んでいる」


 衣服は制服とジャージをローテーション。食事は学食や用務員の仕事で得た小遣いで自炊。旧校舎の用務員室が寝泊まりする部屋。


「学費も生活費も全て、谷嵜先生が面倒見てくださっている。俺はその恩を返さなければならない。俺が取り戻す通行料は、家族だけで良い。他は何も望まない。俺自身が消えても、家族が戻って来るなら文句はないですよ」


 消えると言うのは死よりも辛いことなのだ。人の記憶に、もとから無かったことにされる。遺体も残らず墓すらない。人は二回死ぬと言うが、暁は親兄弟を一度に二度殺したのだ。


 どんなことがあっても、どんな手段であっても、暁は絶対に家族を取り戻さなければならない。自分を思い出してほしいわけじゃない。自分の罪は自分だけに受けられるべきであり、他者に向けられるべきではない。


「不穏分子が現れたら困るんですよ。見ているだけで結果が変わる世の中です。少しでもこちらに不利になるようなことに傾いたら、死ぬ。そう言う業界です」


 暁隠は存在しない。だからこそ、隠れ蓑として三つの谷高校の旧校舎に身を置いている。用務員として仕事を熟すことで、少しでも何かを返せると思い込む。

 学生のはずなのに、制服を着ていなかったり、不審な点はいくつもあった。暁だけが部室とは違う道を進んで後から来ることも。


「谷嵜先生は当然のこと、新形さんも俺が旧校舎に寝泊まりしていることを知っています。此処で生き埋めにでもなれば、俺の罪も無くなるんでしょうかね」


 立っているのも疲れたのか暁は、床に座る。


「ダメだよ」

「ハッ……そうですね。こんなところで終わりにしようだなんて、都合がよすぎる。罪をしっかりと償って、親を、兄たちを取り戻してから死ななければ」

「そうじゃない! どうして、諦めるの? 暁さんにも友だちがいたんだよね? その人たちに忘れられて寂しかったよね? なら、取り戻そうよ。全部。暁さんの家族も、暁さん自身も全部」

「簡単に言いますね? 話し合いで解決しない。貴方が望む結末ではないのに」

「僕、バカだから先輩たちがどれだけ重く苦しい過去を持っていても、的ハズレなことを言って怒らせてしまうかもしれない。でも、やっぱり……一人で諦めるのは、寂しい」


 一人で消えてしまおうなんて。考えてほしくない。


「辛いって、一本線を足したら幸せになるでしょう? 僕はその一本線になりたい」


 彼は慌てて「ば、万人を幸せに出来るわけじゃないけど!」と訂正する。


「ただ……吸血鬼部の人たちにとって満足のいく結果であってほしい。その為に、僕が役に立てることがあるなら、全力を尽くしたい。吸魂鬼が僕を餌として生かしていたなら、僕の近くにまだ来る。その時にこっちが、吸魂鬼を一網打尽にしてやろう!」


 数秒の沈黙、彼は随分と小っ恥ずかしくなる。カッと顔を真っ赤にさせて慌てふためく。


「ぷっはははっ――……!」


 暁は吹き出して笑った。顔を歪めて、いつも不機嫌な顔や、不敵な笑いをしているわけではなく純粋に心から笑っている。


「喧嘩も出来ないのに、一網打尽とは随分と強気ですね。それにわかっているんですか? もう相手は必要ないと言っていたんですよ? 貴方はもう吸魂鬼から見限られている。今後、現れるかもわからないのに、貴方に利用価値なんてないんですよ」

「うっ……そ、そう言えば、そうだった」


 よっと。と声を出して起き上がる暁は彼に近づいた。


「今まできつく当たってすみませんでした。ごめんなさい。八つ当たりです。今まで何も進展していないから、気が立っていた。貴方も奪われた者。好きで生き残ったわけでも、好きでゾーンに迷い込んだわけでもない。不甲斐ない俺だけど、これからよろしくしてくれますか?」

「っ! も、勿論です」


 暁は、憑き物が落ちたような表情をしていた。ふにゃりと笑った。



 その後、新形の救援によって谷嵜先生と浅草が救助に来た。

 背中を少しだけ怪我していた彼を浅草が「お湯~」と水をかけて、治してくれた。


 部室に戻って彼は「お、お弁当! 作ってきたんです!」とショルダーバッグからサンドイッチの入った保存容器を出した。みんなで食べようと提案する。

 怪我人を労うはずが、どう言うわけか怪我人が周囲を労っている。

 サンドイッチは好評で新形と浅草がもぐもぐとハムサンドとチキンサンドを堪能していた。


「お茶、買ってきますね」

「あ、私もお願い。ソーダね~」

「あちゃー」

「ソーダと熱いお茶。暁さんは?」

「俺も行きますよ」

「え、大丈夫だよ?」

「人数考えてください。谷嵜先生は、なにか入りますか?」

「ブラック」


 五人の飲み物を一人で運ぶなど出来ないことはないが、熱いものと冷たいものが混在してはぬるくなって美味しくないだろうと暁は立ち上がり、谷嵜先生から千円受け取り、暁は彼と共に部室を後にした。


「仲良くなったね~」

「ういうい♪」


 新形と浅草はニコニコと笑ってサンドイッチを口にする。


 旧校舎の廊下を歩く彼と暁。太陽は真上にあり、あれだけのことがあってもそれほど時間は経過していないのだ。スマホのニュースサイトで三つの谷ショッピングモールが原因不明の崩落事故で休業中となっていた。


 彼は何を言えばいいのか分からず、口を開いては、閉じるを繰り返していた。


「ジョン君」

「え……」

「そう、呼んでも?」

「う、うん! あのクラスの友だちにはナナって呼ばれてる」

「どちらが?」

「どっちでも! あの、僕も隠君って」

「隠先輩です」

「え……」

「貴方、俺に敬意を示していないでしょう。この際です。正してください。俺は、三年。貴方は一年。年功序列は弁えてください」


 ズイっと彼に指を向ける暁に彼は「は、はい」と少しだけ落ち込んだ表情をする。仲良くなった気がするが、気がするだけなのだろうかと俯くと微かに笑う声が聞こえた。


「……なんて、冗談ですよ」

「え、えぇ~」

「お好きにどうぞ。呼び名程度で文句を言うこともない。個を証明するものならば、俺は何だっていい」


 自分の存在がない。だが確かにそこに存在する。だからこそ、名前を手に入れる。

 名前を奪われた彼も同じように個を証明してくれるものがある事に安心する。


「隠君、これからもよろしく!」


 満面の笑みを浮かべる彼に暁は口角を少しだけ上げた。

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