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第16話 Who are me

 新形、彼、暁の順番にゾーンに入る。ゲートを閉じて暫く、彼は灰色の空間を見渡した。


「ここは、お店ですか?」


 営業準備中の三つの谷のショッピングモール。

 いつも近くのスーパーで買い物をしてしまうため、ショッピングモールに足を運ぶことはない。開店前の店なんて、普通の人は経験できない。物珍しそうに灰色のショッピングモールを見回す彼に「田舎者ですか」と暁に突っ込まれてしまう。


「僕、こういうところ来たことなくて……なんかテーマパークみたい!」

「テーマパークだったら、絶対に暁じゃなくて谷嵜先生と来る」


 不機嫌な表情をして周囲を見回す。異常がないのを確認して「暁、良いよ」と許可を下す。


「に、新形さん。なにか不機嫌?」


 それを口にすると暁が「俺がいるからですよ」と手を練りながら言う。以前やったように暁は結界を生み出して膜を張る。

 おかしい感覚だ。膜が張られているのになんともない。自身の身体をぺたぺたと触れる。

 新形は谷嵜先生とちゅさが出来ると期待していたが、暁が起きてしまい、我儘を口にしたことでいつものメンバーとなったことが気に入らないのだ。

 それでも調査はしなければならない。ショッピングモールに来たということは何かしら吸魂鬼の痕跡があったと考えられる。


「ショッピングモールでの調査。先生の要望出てますね」

「無言でも何してほしいかわかる。愛だね」

「要望?」


 ぺたぺたと顔を触っていると聞こえてきた声に彼は顔を上げる。

 谷嵜先生の要望とは何なのか首を傾げると「空想の要望ですよ」と告げられる。


「空想は、いわばいち個人の強い感情をもとに形成されるものです。イマジナリーフレンドがいい例ですよ」

「イマジナリー谷嵜先生って、素敵だけど、私が想像する事しか言わないんだよね~」

「と言う感じで、思い通りに使えます。想像ひとりで、身体を変えることも造作もありません。動物になってみたり、虫になってみたりと、もっとも人間の天敵である虫なんてなりたいと思う人もいないでしょうが」

「あとは、途轍もない想像力を持っていたら神様にだってなれるだろうね」

「神なんて人間が考えた虚像なので、明確にソレになることは不可能ですよ」


 文字通りの事が出来る。使い方によっては極悪人になる事も夢じゃない。この空間では想像力を持つ者ならば、何にでもなれて、何にもなれない不確定な場所。

 もっとも余り過度に空想を使うと脳内神経が切れて死んでしまう可能性もある。まさに諸刃の剣である。


「暁さんの空想が結界なら、新形さんは?」

「あれ? 知らない?」

「伝えていないですからね」


 じゃあ、今から教えると言って新形が空想を発動しようとした刹那、周囲の明かりが突然消えた。ブレーカーが落ちたよ点々と照明が消えて、仄暗いショッピングモールが広がる。灰色の従業員たちは、何事かと慌てふためく。あと四十分ほどで開店しなければならないのに、突然の異常事態に困惑する。


 新形と暁は表情を変えて身構える。


「吸魂鬼の仕業ですか」

「でしょうね。停電なんて報告は受けてない」


 新形はスマホを傾けて言う。


「それなら俺が行きます。名誉挽回します」

「名誉挽回しなきゃいけないほど、失態してないでしょう」

「遅刻をした。俺にとってそれは罰せられる」

「はいはい。そう言うのはあとで先生の手伝いでもして挽回してね。今は、そんな場合じゃないから、ミスタージョン。君はこれから偵察系の空想を所有すること。やり方は、頭の中で強く想うこと。イメージ。……えっとオープンワールドのゲームとかであるでしょう? 画面右上とかにあるマップ画面。あれでも何でもいいから、千里眼を想像してみるの」

「げ、ゲーム?」


 ゲーム。千里眼。と彼は呟いてもいまいち把握できない彼だったが、必死に頭の中で想像する。周囲の偵察。周囲にあるものを。

 例えば、壁などの障壁をすり抜けて向こう側が見えるようになる。吸魂鬼や現実で過ごしている人たちを見る。話している会話が聞こえる。千里眼は何でも見通す。

 突然そんな事を言われても感覚を掴めない。


「例えば、貴方の未来。もしくは、過去。貴方が見たいものを、見たいだけ見られるとしたら、どうですか?」


 暁の言葉を素直に咀嚼する。彼の目が僅かに色を変えた。黒い瞳が徐々に紫色に代わるのを暁は見た。


「救いを求めている相手をすぐに見つけられる。迷子を見つけられる。善行を積める空想ですよ」


 彼は静かに目を閉ざした。


 暁は再度、今度は通常よりも強固な結界を張り彼の集中を邪魔しないように離れた所に移動する。

 新形は、周囲を見回す。照明が消えたショッピングモールは現実世界では混乱を極めている。早いところ吸魂鬼の正体を突き止めて、人を傷つける前に阻止しなければならない。


「谷嵜先生が求める空想。それを彼に与えるんですか?」

「私たちじゃあ得られなかった。だから、ミスタージョンに期待してる」

「……っ」


 期待されている。数日前に現れたばかりの新入りに期待させてしまうほどに自分は不甲斐ないのかと暁は拳を握る。その様子を一瞥して、新形は辟易する。

 確かに期待されないのは悲しいことだが、全てにおいて自分たちが谷嵜先生の期待に応えらえるわけではない。人それぞれ得手不得手がある。暁は結界をメインとして、他のサポートに徹している。暁でしか吸魂鬼の有無を調べることが出来ないのだ。全てを担うのは自分たちは、想像力が足りない。


「先生はね。多分、試してるんじゃないかな~。暁の空想が、ミスタージョンを吸魂鬼だって出した。吸魂鬼が人間の真似をしている。だからこそ、夢を見ない吸魂鬼が空想を手にした時、吸魂鬼はどうなるのか。あの時、暁の状態は確かに良好だったのは私も知ってる。だから報告書にもそれは書いた。先生の見解としては、ミスタージョンは吸魂鬼じゃない。本当にそうなら、空想を所有して本格的に活動する。それはあくまでも人間だと思っているから」

「……つまり、人間と仮定して、なぜ俺の空想が吸魂鬼と出たのか知りたいってことですか」

「そう言うことだけど、今回ので、はっきりしたのは、連続で吸魂鬼の痕跡を追うことが出来た」


 簡単に見つけることが出来ない吸魂鬼を見つけることが出来るのは、捜索系の空想を持つ者のみ。生憎と吸血鬼部にはそう言った空想を持つ者はいない。谷嵜先生は、新入りである彼に何かを見つけ出すことが出来る空想を宿してほしかった。戦闘向きではない為、吸魂鬼を見つけた瞬間に逃げ道を確保できる。

 そして、痕跡があるところには被害者がいる事が多い。見つける事が出来れば、少しでも誰かを助ける事が出来る。


「まさか、先生はそこまで見越して?」

「それはどうだろうね。運任せって事はあるけど、打算もあったかも……無駄を嫌ってる先生だからこそ、どちらでもいいように対策する」


 特に連日の予定変更で苛立っているのは、目に見える。だからこそ、期待に応えなければと気持ちが急くのは当然のことだ。今まで二人でやって来られたのに今更新入りに期待されてしまうのは、プライドが許さない。分からないことではないにしても、下手なことをして吸魂鬼に足を掬われるようなことはできない。


「みえ、ました……」


 彼は両目を押さえて膝をついていた。暁は新形と顔を見合わせてどうしたのかと駆け寄る。


「っ!? 新形さん!」


 暁が彼の手を退かすとそこには、充血した紫色の瞳から血を流していた。


「空想を具現化。それがこの空間で起こること、現実では決して出来ないからこそ、順応するのに時間がかかる。痛みを感じるようなら、すぐに目を閉じて」


 新形が冷静に言うと彼は「いえ、痛みはないです」と返す。

 はっきりとは見えない。しかし朧げにだが、それが見える。


「カエル」

「カエル?」

「僕が、見た。駅で見たんです。その電車の中で、見たカエルの頭をした」


「たぶん、吸魂鬼」と言えば二人は言葉を失った。


「どこにいるか分かる? 数とか」

「暗くて……。いや、電気が点いてないから……すいません、わかりません」

「意図的に吸魂鬼が電気を消してる可能性があります。そのカエルの吸魂鬼は管理室でしょうか?」

「無駄に広くて、真っ暗な店内で管理室を見つけろって? 随分じゃない。それじゃあ、手分けするわよ」

「わかりました」

「え? 手分けって……」


 彼は分かっていない様子で首を傾げる。

 今から吸魂鬼を見つける。カエルの吸魂鬼と言うことは多くの人が死んでしまう可能性がある。それを未然に防ぐしかない。もとよりそれも仕事の一環でもある。二人の瞳が覚悟に代わる。

 三つの谷駅での惨劇を繰り返してはいけない。


「危険は百も承知。貴方は俺と一緒に行きます。貴方の空想を使いながら吸魂鬼に見つからないように、俺の結界で拘束します」

「そ、そんな、僕まだ空想を使いこなせて」

「使いこなす時間なんてないです。今はまだ被害が出ていないですが、電車の中の二の舞になるのが嫌なら、もう被害者面をしないことです」


 使いこなせていない。いま発現したばかりだ。血涙を流している。

 これ以上使えば本当に失明するかもしれない危惧を伝えようと彼は口を開いたが、遮られてしまい言葉を失った。


「……!」

「こわーい。んじゃ、あとよろしく。私が管理室を探して先に行くよ。君たちは、良い感じに透視でも、千里眼でも使って、私の位置を随一把握。吸魂鬼が近づいたら、二十メートル以上は離れるように。ミスタージョン、私が吸魂鬼に何かされたのを目撃したら、構わず暁と一緒に部室に戻って先生に報告。それ以外に行動は許さないからね」


 新形は、仄暗いショッピングモールを駆けていった。「待ってください」と言っても足を止めることはなかった。


「さて、俺たちも行きますよ。貴方の空想が要です」

「そんな……」

「弱音など言わせない。此処で貴方が出来ないと一言言えば、大量の人が死にます」

「は、話し合いで」

「貴方は、目の前で大量虐殺した人物に話し合いで解決できると思っているんですか? 話し合いで解決していたら、なぜ大勢の人は殺されなければいけなかったのか。結局のところ、規則に逸脱したいと言う傲慢な人々の尻拭いをさせられているだけ」


「嘆かわしいことだ」と暁は嘲笑する。

 彼は目を伏せた。どうしてそんなことしか言えないのかと悔しくなる。


「知らないだけかもしれない」

「なんて?」

「生まれたばかりなら、善悪なんてつけようがない。僕たちが教えてあげればいい。それはいけない事だって言えば、相手も悔い改めてくれるかもしれない」

「ハッ! 悔い改めてくれる? 教会に通っていたんですか? もしかして、クリスマスになれば、教会で歌っていたとか? 住む国、間違っていますよ。罪を憎んで人を憎まずとはよく言ったものですね」


 滑稽だと暁は嘲るばかりで彼の言葉を鵜呑みにしない。それもそのはずだ。彼自身、吸魂鬼と出てしまっている以上、暁は彼を信じることはない。空想を所有してしまった吸魂鬼だと断定する。


「話の通じない分からず屋さんに教えてあげますよ。同族意識が高い吸魂鬼は、俺たち人間を食い物にしか思っていない。だから、俺たちは対話なんてしないし、話しかけられたら逃げるしかない。それが本来あるべき姿であり、覆りようのない事実。だと言うのに、貴方と来たら、和解だ対話だと正直、反吐が出てしまう。それだって俺が結界を張っているから比較的安全と言うだけであり、危険物を完全除外出来ているわけじゃない。愚者も此処までくると鬼才極まる。理解しろ。貴方が此処までくるのに、何一つ貴方の力で行っていないということを」


 彼がゾーンに入る事が出来るのは、暁がゲートを開くことが出来るから、暁と新形が見つけてくれなければ吸魂鬼に魂を食われて殺されていた。偶然にも三つの谷高校に入学希望していたから吸血鬼部に入る事が出来ただけで、それも谷嵜先生の手によって入学させてもらったに過ぎない。どれだけ建前を並べたところで彼は口先だけで実行できていない。

 バラの吸魂鬼を前にしても命令を聞かずに、会話を試みた。最悪、死んでいたかもしれない。


「谷嵜先生が何を期待しているかわかりませんが、俺は貴方のように無神経で、簡単に規則を破り人の神経を逆撫でするような人間が大嫌いです」


「今は、先生が入部を許可したから同行を許しているだけで本来なら生かしておけない」と暁はスマホを取り出してチェインを開き新形と情報を交換する。


「俺に物申したいなら吸魂鬼の一人でも懐柔させてください。勿論、規定範囲内で」


 こちらを一瞥もさせずに淡々と言う。絶対に不可能だとわかっているから言う。

 規定範囲内の中に吸魂鬼と交流することを許可する項目は存在しないと無知な彼でも分かった。


「流星結晶。舞」


 暁の手で小さなキューブが舞い暁と彼の周囲をふわふわと浮遊する。

 準備が出来たようで「行きますよ」と歩き出してしまう。


 けれど、彼は不甲斐なさに立ち尽くすしかなかった。

 悔しいが事実だ。何も出来ていない。吸魂鬼を前に彼は震え上がる事しかできない。逃げたって誰も責めたりしない。吸血鬼部の幽霊部員として静かに暮らすことだって……そう、何度も言われてきた。知らぬ存ぜぬではいられなかった。知ってしまったら、放っておけなかった。


「何をしているんですか。早く来てください」


 暁が一向に動こうとしない彼に痺れを切らして立ち止まった。こちらを見ている目に優しさなどない。


 今まで二人でやってきたんだ。新形と暁の二人で吸魂鬼と渡り合っていた。そんな中、突如現れた不穏分子は警戒するのは当然だ。

 彼は言われるがまま暁に近づくと空想で吸魂鬼の位置を視るように命じられるが、すぐに発動できるわけもなく。彼は視えた時と似たような感覚を思い出しながら必死に発動した。紫色の瞳になるが、彼の眼球がジクジクと痛み咄嗟に閉ざす。朧げの空間が彼の暗闇に浮かび上がり、目を開くと熱を帯びていることに気が付く。


「に、新形さんが……管理室をみつけ、ました。中に、一人。カエルの吸魂鬼がいます」


 双眸の余りの痛さに言葉を失いかけながらも彼は言う。


 彼は必死に役に立とうと視線を巡らせる。

 管理室ような場所は、真っ暗で、暗闇の中で見つけるのは、難しく。ブレーカーがどれなのかすらわからない。ただ電気系統を管理するスイッチがいくつも並んでいる装置の前に吸魂鬼が立っている。

 緑色の頭部。カエルは面倒くさそうに頭部をゆらゆらと左右に揺らす刹那――


「ッ……!」


 カエルの吸魂鬼を凝視しているとゆらりとこちらを振り返った。


「なぁに、みてるんですかー」

「っ!?」


 直後、ソレは現れた。彼の背後で囁く声。恐怖が強張る身体で必死に振り返る。まるで潤滑油が必要なブリキ人形のように、ゆっくり顔を上げると自分よりも頭二つ分ほど大きなカエルの顔が見えた。


「ゲコォー」


 抑揚のない声で鳴き真似をする吸魂鬼に彼は立ち尽くしていた。


(どうして、管理室から、距離はだいぶあるのに……それに部屋の外に、新形さんがいたはずなのに)


 音もなく、風もなく、その場で瞬間移動したかのように現れた。


「あれー。あんた、どっかで見たことがありますねー? どこだったかなー。どこでもいいですかねー。此処にいるってことは、食べ損ねたんですかねー。あんたから来てくれて嬉しいですー」


「どもー」とぺこりと頭を下げて再び、上げた時だった。


「何しているんですか! 吸魂鬼から二十メートルを維持だと言われているでしょう!」


 暁は彼の襟を掴み強く引き寄せた。


「二十? その程度ですかー。吸血鬼部さん?」

「知ってるなら都合がいいです。流星結晶! 撃ッ!」


 彼らの周囲に浮いていた。キューブがカエルの吸魂鬼に向かっていく。その様は、まさに流星の如く勢いだ。キラキラと青い光を放ちながらカエルの吸魂鬼に直撃する。結晶が粉々になるが、カエルの吸魂鬼には一切のダメージを及ぼすことはできなかった。


「ま、待って。まだ」

「寝言は家で寝てから言いなさい! 相手を見誤ることが死に直結する」

「まだ寝てない人がいるってマジですかー? 大丈夫ですよー。人間は、みんな、起きることも諦めるほどの夢を見せてあげますからー」

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