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第140話 Who are me

 新形は約三年半は何も覚えていないが、僅かに夢を見ていた感覚はあった。自分であり、自分ではない誰かが吸血鬼部と言う部活に所属していた。

 病院で入院していた新形だったが、異常がないためすぐに退院することが出来た。両親が泣いて「おかえりなさい」と言っていた。まるで夢から醒めたような感覚だ。実際そうなのだろう。


 記憶を頼りに新形は三つの谷高校に足を運んだ。校門を通過しても違和感がなく、当たり前だと身体が覚えている。そして、本校舎ではなく旧校舎に足を運んだ。初めてきた所なのに知っている違和感を抱えながらそこには必ず人がいると直感していた。


「霊感が強いのも困りものですね」


 殴られていた谷嵜先生は上半身を起こして口を拭った。


「私、前はかなり霊感が強かったんです。だから、谷嵜さんに助けてもらったことがあって」


 新形は谷嵜先生との出会いを語る。吸魂鬼に好かれやすい体質をしていた新形を偶然谷嵜先生が助けたのがきっかけで好意を寄せるようになった。花咲と谷嵜先生が知り合ったのも、新形が紹介したからであり、谷嵜先生が自発的に花咲に近づいたわけではないことを告げる。

 誤解で、全て新形が悪いのだと言えば、律歌は「そう」と短く言った後に続けた。


「全て覚えているわけでもないんでしょう? 君があの空間に触れた際の詳細までは知らされていないはずだよ」


 何も知らされていない。何も知らないまま、何があったのかも覚えていない。

 最後に覚えているのは、親友が交通事故で瀕死になっているものだった。


「ごめんなさい。私が零を巻き込んだの……谷嵜さんは悪くない」

「……」


 新形は頭を下げた。ごめんなさいと何度も謝罪した。取り返しのつかないことをしたのだと反省しながらその罪が消えるわけでもない。


「くはははっ……あはははっ! 女の子にここまでしてもらって痛む心もないんだ! ああ、傑作だよ。此処まで来ると本当にどうしようもないね」


「頭をあげてよ。十虎君」と律歌は新形の顔を上げさせた後、谷嵜先生を見る。


「もう君とは会うこともないと思うけど、次にぼくの前に現れたら、今度こそ殺すから、生半可な覚悟でいないことだよ」


 新形にも「またね」と別れを告げて部室を出ていく。

 きっと妹を探しに行ったのだろう。どこにいるのか、何をさせられているのかも分からない。ただ助けたい。その一心で行動をする。きっと次に向かう先はハウスだろう。

 その怪物的な行動力と思考力に谷嵜先生もさすがに引いてしまう。


「すいません。あの、邪魔しちゃった?」

「いや、君が来なかったら俺は未だ殴られていただろうから助かった。ありがとね」


 口の中が血の味で満ちていることに不快感を抱きながらソファに座り直す。

 新形を見て「身体の調子はどうだ?」と尋ねる。寝て起きた状態で、まだはっきりとはしていないが特別異常があるわけがないと言えば、谷嵜先生は安堵したような表情を僅かにした。

 花咲を吸血鬼にしてしまったが、その結果新形の身体に異常が見つかったらその対処をしなければなかったのだが、吸血していない花咲は、そのまま吸血鬼の性質を全て引き受けたのだろう。もっとも吸血鬼の適性があったのは、新形ではなく花咲の魂のため、新形が戻ってきたら、それはもう人間として元に戻っているだろう。


「あの、零は……?」

「……あの日、死んだよ」

「っ……うそ、ですよね?」

「五十パーセントは真実だ」


 花咲は事故で死んだ。肉体は修復不能で死亡か確定している。けれど、その魂だけは生きていた。この世界の不具合だ。死んでいるが生きているという不具合。


「現実的じゃないことを言うが、花咲は生きてる。心を閉ざして現実に戻ってこないが、生きてる」


 魂を宿す肉体が見つかれば、またこの世に戻って来る。けれど、花咲自身がそれを望まない。ずっと赤の他人を装っていたのだ。本当の自分すら分からなくなった。もう振り回されることを嫌うから、完全に閉ざされてしまった。

 新形が呼びかけてもきっと目を覚ますことはないだろう。


「えっと、谷嵜さんは……この三年、零と一緒だったんだよね? 零、怒ってた?」


 酷いことを言った自覚はある。無責任で、相手の気持ちを理解しないで言葉を言ったっきりの喧嘩別れだった。それを新形は気にしていた。その姿に谷嵜先生はふっと微笑を浮かべた。


「お前らは本当に自分の事を二の次に考えるんだな」

「え……」

「花咲も、君の事を考えてたよ。悪いことを言った、謝りたい。君の身体を出来る限り傷つけたくないと言い続けていた。俺の所為で君の身体には残らない痕があるかもしれない」

「なんかね! お腹にあった!」


 なんて言って腹部を撫でる。

 花咲が戦場で何度も怪我をした。ゾーン内での怪我で消えないなんて事はほぼないが、ごく稀に傷跡が現実に残ってしまう。その後遺症が新形の腹部や腕に残ってしまっていた。もしもその事を花咲が知ってしまったらまた自分を責めてしまうだろう。

 そして、花咲は谷嵜先生に「だから嫌だって言ったのに」と糾弾するに違いない。


「何年経っても谷嵜さんはカッコいいね! 最高!」

「もうお前十分だろ? 家族とも和解できたなら、俺を使うのはやめなさい」

「わっ! なんか先生みたい」

「先生だからね」


 新形と両親の間には埋まらない大きな溝があった。勉強が出来なければならない。友人関係は管理されて、時間厳守、習い事も休まずに参加、そうして、模範的、優等生を求めて、世間に見せて良い子を演じる。

 そして、新形となった花咲は闇を知って、自己嫌悪に陥って、身体を返すその日まで頑張ってきた。身勝手に不自由を知らない優等生だと思っていた花咲にとってその家庭環境の劣悪さは目を背けたいものしかなかった。


 両親は新形が本物ではないと気づいて、気味悪がってしまった。それでも花咲は新形を演じ続けていたが、本物と変わったとき、家族は本物が戻ってきたことに安堵して溝が埋まった。

 もう谷嵜先生を好きであるように見せなくいいのだ。不良となったふりをして、溝を埋めようとして失敗した。


「私ね、谷嵜さんのこと好きだよ。大好き。でもそれってlikeなんだろうね」

「それを聞いて安心したよ」

「どうして?」

「お前の友だちが本気になってるから……さっきその兄貴に殴られたばかりだ。これ以上面倒なことは増やせない」

「なにそれ! 先生モテテモじゃん! さっすが」

「お前が先生言うな」


 谷嵜先生はガシガシと髪を掻いて何とも言えない表情をする。

 新形十虎の件は終えた。通行料となっていた少女は無事に現実に帰還した。

 けれど、谷嵜先生は自身が巻き込んでしまった少女を想う。


「あのね、これは本当に夢かもしれないけど、谷嵜さんの奥さんに会った気がするんだ。優しくて、ふわふわで、ぽかぽかで、あんな暗い場所にいるなんてあり得ないくらい気持ちが良い雰囲気だったの」


 夢の奥深く、谷嵜先生の妻がいた。まるで全てを包み込む太陽のような人だと新形は言う。

 火の鳥が新形を掴んだ時「いってらっしゃい」と見送ってくれた。もう戻ってこないと知っていながら見送って背中を押してくれたのだ。


「……アイツはそう言う女だからな。君たちとよく似てる。自分のことを二の次にして誰かの為にしようとする。今のご時世、自己犠牲なんて何の為にもならない」


 けれど、もう嘆きの川に留まっても寂しくはないだろう。終わりない喧嘩をするバカが二人もいる。


「谷嵜さんは、まだ奥さんのこと好き? 愛してる?」

「……どうだろうね」


 谷嵜先生の通行料は戻ってこなかった。何度も削った感情も戻ってこない。通行料として剥奪された感情や想いは、戻らなければ執着を失う。大切にしていたものだというのに、忘れてしまうのだ。

 暁のように心を強く持つことは谷嵜先生には出来なかった。諦めてしまっていた。


 愛している。

 その言葉を軽はずみに言うものではない。


「大丈夫! きっと谷嵜さんは、零が助けてくれるから! あの子、一度決めたことは絶対にやり通す子だからさ」


 嬉々という新形。


「やっぱり」

「ん?」

「似てないよ」


 谷嵜先生は微笑を浮かべる。新形は新形であり、花咲は花咲だったのだ。似ていない。両親が気づくのも納得だ。

 その真実を花咲に言えば、きっと逃げるだろう。自身への失望と共に消えたがるはずだ。親友も完璧に模倣出来ない。


「似てない方がいいよ」


 花咲は、谷嵜先生に恋する女子生徒として、新形を真似た。

 けれど新形が本当に愛していたのは――……。


「さてと、私もそろそろ帰ろうかな。今日は、カレーだってお母さん言ってたし」


「先生、零のこと任せたよ」と自分では出来ないとわかっているから出来る人に頼む。自分では親友を救うことが出来ないから、出来る人に頼む。


「お前が紛らわしいことをしたから零がこちらに気を向ける。勘違いさせるようなことをしなければ、もう少し楽な立ち回りだったはずだ」

「谷嵜さんは、私がlikeだって気づいてた?」

「さっき知った」

「ならそれでいいじゃん。別に全てが嘘ってわけでもないしね。霊感が強い所為で、そう言うのを護ってくれないと困るし」

「打算があっての行為か。策士だな。それで親友も巻き込んだのか」

「通行料だっけ? それになったのは、正直不本意だよ。零を巻き込む気なんてなかった。殺す気もなかったんだよ。ただ、谷嵜さんに護ってほしかった。それだけ」


 表側にはもう花咲がいた。裏側の悪意から護ってくれる人を探したかった。

 事故に遭ってしまった花咲を見た時、新形の中で崩れたのも事実だ。

 花咲になりたくて、追いかけ続けて、守られていた自分からの脱却を願った。護りたかった。助けたかった。


「私は二人とも大好きなんだよ」


 気づかなければ、明日も明後日も、その人はその人のまま、けれど、気づいてしまえば、昨日と明日の人は別人だ。


 嘆きの川で長い眠りについていた新形を起こすために花咲はその身を嘆きの川に投じた。花咲を犠牲にして通行料をすべて現実世界に弾き出す。花咲からしたら結果は良好だっただろう。


「悪女か」

「酷いなぁ~。本心なのに。だから絶対に助けてね」


 そう言って新形は、本来の生活に戻っていった。

 部室を出た時からもう新形は此処に関わる事をやめた。親友が戻って来るその日まで、親友の席を未来永劫空けておくのだ。

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