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第14話 Who are me

 暁が部室に戻って来ると同時に綿毛が部室を飛び出してきた。

 部室を出ていこうと扉に手を伸ばした直後に、ひとりでに扉が開いたことに驚いたが、綿毛は暁を押しのけるように廊下を駆けていった。「廊下、走らないでください」と言っても相手は聞く耳を見たない。


「まったく、どうして誰もルールを守らないんですか?」

「おっ。オリジン来た」

「はい?」

「あ、えっと……綿毛さんが暁さんの二番煎じだって新形さんが」

「雰囲気似てるじゃん? やっぱり兄妹だったりする?」

「俺は三人兄弟の末っ子で、妹はいないと思いますけど?」


「特にルールを破るような妹はね」と付け足して言う。


「って言うか、何を言ったんですか? 泣いてましたよ。彼女」

「さあ? 自分の不甲斐なさに嫌気が差したんじゃない?」

「先生が、入部を拒否したんだよ」


 彼は谷嵜先生と新形が綿毛と話した内容を説明すると「なるほど」と納得した顔をする。


「納得しちゃうの?」

「ゾーン入りしていない生徒を入部する意味がないですからね。吸血鬼部は、第一に通行料を取り返すのを目的に、第二に迷い人の保護となっています。条件で言えば、ゾーンに入れるのが最重要条件で、彼女はゾーンに入ったことがないのなら幽霊部員となる。だけど、彼女の本来の目的とは乖離している。無理にゾーン入りして、厳しい通行料ならば、またこちら側が面倒を被ることになりかねない。わざわざお荷物を抱えてあげる必要はない」

「無理に良好な関係を築かなくても、平和的解決になるってこと?」

「平和的……彼女が何も失わなかったんだし、平和的ではあるかもしれないね」


 無理にゾーン入りする必要はない。通行料で命を奪われてしまうかもしれない。奪われていないのなら、ゾーンや吸魂鬼に関わらないに限る。

 ハウスに関わっている以上、ゾーンに触れないのは無理だとしても今すぐに関わる必要などない。大切なものを奪われるくらいなら、大切なものを通行料にするくらいならば、何も知らない無垢な高校生で構わない。


「たく、余計な客人の所為で予定が狂ったな。お前ら、明日は調査に行ってもらう。準備しとけよ」

「はい!」

「はーい」

「は、はい」


 綿毛が文句を言いに現れなければ、今日にでも調査をして土日は休日にしたかったが仕方ないと休日返上で調査をするために、明日は部活動として親に伝えておくようにと言われる。


「それと浅草も呼んでおけ。念のためだ。前回、吸魂鬼の出現したことで俺たちの調査範囲に現れる可能性が高くなった」

「なら、私がやっときまーす。一応書記と会長だし」

「ん。任せる」

「任せちゃってよ! そんでもって、もっと好きになって」

「解散。とっとと帰れ」


「冷たいなぁ」と新形は笑うのを彼は、ぶれない彼女に感心すらしてしまう。


「俺は、ここを片付けるので、二人は帰ってもいいですよ」

「んじゃ! お疲れ! 帰るよ、後輩君」

「えっ、わわっ」


 彼の腕を掴んで新形は廊下に出ていく。扉が閉まると部室の中から話し声が聞こえた。


「もしかして、新形さん。暁さんが先生に話があるの知っていたんですか?」


 旧校舎の昇降口を目指しながら彼は横を歩く新形に尋ねた。今までの新形を見ていれば、一分一秒と谷嵜先生と離れたくはないと思っていたが、こうもあっさり部室を後にするのは少しだけ違和感を感じていた。


「私だって! 谷嵜先生とイチャイチャしたいよ!! だけど、先生と二人っきりの教室とか心臓爆発しちゃったらどうするの!?」

「え、えぇっ」


 彼の勘違いだと気づくのはすぐだった。あっさりと教室を出たからてっきりちゃらんぽらんなことを言っても部長、生徒会長としてみんなを見ているかと思ったが、全然そんな事はなかった。


「呼吸音までもが過呼吸をひき起こす可能性があるし、先生って人がいても問答無用で寝ちゃうじゃん! 寝込み襲われる心配とか考えないのかな!?」

「せ、生徒に襲われるなんて思ってないと思いますし、そんな発想に至ることもないかと……」

「だから、先生って詰めが甘いんだよ! 心から愛を拡声器で叫んでいる私を前に平然とするなんて!! 添え膳だよ! 食えよ!!」

「食えよは違うと思うし、それじゃあ、強要になりますよ」


 前提として教師なのだから生徒に手を出すなんてありえないと思わないのだろうか。新形はそんな思考回路はないのだろう。


 その後、彼らは互いに帰路を目指した。

 明日は、二度目の調査。また吸魂鬼が襲って来るのだろうかと既に緊張していた。心臓がドクドクと鼓動する。次こそは足を引っ張らないように頑張ろうと息を吐いた。



 ――――



 翌日、彼はいつもよりも早く目を覚ました。遠足前の子供よろしく緊張で寝付けずに寝たり起きたりと一時間事していると朝日が昇り、鳥の声が気持ちよくも窓の外から聞こえてきた。

 彼自身清々しい目覚めとはいかないが、緊張するのは当然だと、コップ一杯の牛乳を飲み切る。

 谷嵜先生から登校する時間に旧校舎に来いと伝えられていた彼は、手ぶらで学校に行くのも、心許ないと思い。外出用の軽いショルダーバッグの中に、昼食にサンドイッチを食べようとお弁当を作る。無事に帰ってきたらみんなで食べられると吸血鬼部の分も作る。もし食べないと言われても、持って帰って勉強の合間に食べられる。

 もっとも本当に一人も食べないと断られると彼自身少しだけ寂しいが、ないよりあった方が良いに決まっていると、吉野の時のように保存容器をショルダーバッグに入れて、学校に向かった。




 早朝から野外運動部が練習する掛け声が聞える。学校を周回する声は活気で満ちている。それを聴いていると彼も高校生なのかと一週間と少し経過した今でも実感を得てしまう。さすがに普通の高校生とはいかないが、それでも憧れだった三つの谷高校に入学して、その敷地に足を踏み入れることが出来る事実に喜びを隠せない。


「うぉおお!! おっ!? そこにいるのは!! ナナー!!」


 そんな雄叫びに似た呼び声に彼は振り返ると全力疾走する剣道。高速バスのような速さで彼に近づくと急ブレーキをして立ち止まる。


「おはよう!」

「お、おはよう。剣道君。今日、土曜日だよ?」


 ぴたりと止まるため、こちらが一歩後退りしてしまう。

 普通の登校日ではないのに、どうして剣道がいるのか分からず彼は戸惑いながらも尋ねるとよくぞ訊いてくれたとばかりに満面の笑顔を浮かべる。


「おう! 実は、昨日ボクシング部を見学してたんだけどよ。俺の腕っぷしと脚っぷしに惚れ込んだって言うわけよ! だから、明日もぜひ見学してくれてって誘われちゃってさ! これは、もう男としては断ることはできねえじゃん!?」


 腕っぷしは聞いたことはあるが、脚っぷしとは何なのか。それを疑問として尋ねたとして「強いってことだ!」と答えられそうだ。


「じゃあ、ボクシング部に入部することにしたの?」

「いや、それはまだ。まだあと十三個も部活が残ってるんだぜ? 残りも見学しないとわからないだろ! どれが俺に向いてて、向いてないのか。直接お邪魔させてもらって、連日連夜、その日得た体験を思い返して俺自身を活かせる部活を見つけるんだ!」


「いやあ、でもどこも俺を活かしてくれるんだよなぁ!」と腰に手を当てて悔し気に首を傾げる。


「だから、今日は休日返上で、ボクシング部とレスリング部の見学を頼んでるんだ!」

「か、体張ってるね」

「男は身体が資本!! 剣道一矢は何事にも挑戦あるのみだと思ってんだ!」


 剣道はきっと冬でも熱い男なのだと彼は思う。


「で、そう言うナナはどうしたんだ?」

「僕も、見学みたいな感じ」

「おぉっ! ついに! 消極的なナナが!! どこの部活だ! 俺がまだ行ってないなら一緒に体験しようぜ!!」

「え、あ……えっと、文化部で、剣道君が見学したのって……なに、かな?」

「おっ? 俺か。えーっと、吹奏楽、技術木工、ボランティア、パソコン、茶道、文芸、ゲー部」


 剣道に部活を訊いたら一生終わらないのではと指折り数えるのを彼は苦笑しながら「ぼ、ボランティア部なんだ!」と嘘を言う。心苦しいと彼は苦笑いをする。剣道の親切心は彼おも凌駕する。


「おぉ! ボランティア部か! 確かにナナは良い奴だからな。ボランティア部でもお前の個性は活きるんじゃないか!」

「僕の個性? そう、かな?」

「自信持てよ!! ロクだって、ナナだから声を掛けたみたいなところあるだろ! 絶対そうだって!」

「羽人君とは、廊下でぶつかっただけ……」

「おっと! もう行かねえと! それじゃあな! 見学でも部活動、頑張れよ!!」


 元気ハツラツの剣道は「うぉおお!!」とまた全力疾走をして校門に向かっていく。


(元気をもらったのか、元気を取られたのか)


 剣道との邂逅にドッと疲れを感じる。だがその疲れも嫌というわけではなく中学では味わえなかった楽しさがあった。


 校門を抜けて、本校舎の脇を抜けて、林を抜けて、旧校舎に到着する。誰か来ているだろうかと彼は部室を目指す。時間で言えば、まだみんなが登校する少し前だ。

 明かりが点いていない昇降口。以前暁が「既に俺たちしか使われていない旧校舎に割る電力は最小限に! 俺たちはおこぼれに与っているだけですから」と口を酸っぱくして言われた。もしも不満があるのなら自ら懐中電灯でも持ってこいと言われる始末だ。

 昼間、廊下が見えている状態での点灯は原則禁止となっている。もっとも新形は問答無用で行く先々で明かりを点けている。その度「西側の廊下は使わないでしょう!?」と暁に咎められていた。


(そうだ。まだ時間があるなら、少し見て回りたいな)


 旧校舎など滅多に歩き回れるわけじゃない。今後何かの授業で旧校舎に来るかもしれないが、今知りたいのだと彼は好奇心と共に遠回りをして部室に向かった。



 暁が隅から隅まで掃除しているのか。廊下は旧校舎とは思えない程に綺麗だが、教室側の壁には、長い時間、掲示物が張られていた日焼けの痕が残っている。これが夕暮れならば、ノスタルジックになるだろう。


 不意にジャーと水音が聞こえた。誰かが水道の蛇口を捻ったのだ。もう既に誰かが旧校舎に来ていたのか彼は時間を確かめると暁あたりが早めに来ていると推察した。早く来たから掃除をしているのかもしれないと彼は音のする方に向かう。


 曲がり角を曲がればすぐだろうと彼は廊下を進む。


「……え」


 そこには確かに暁がいた。けれど、彼が想像していた通りの姿ではなかった。


 暁は、学校指定の体育シャツ、下は学校指定のジャージ。スポーツをした後のような姿をして、まるで風呂上りのように首にタオルを下げている。いつもふんわりと綺麗に整えられている髪は、ぺしゃりと、どういうわけか濡れて潰れている。そのまま水道で歯を磨く姿は、いつも見ているようなインドアで読書家のような雰囲気からだいぶ乖離していた。


「……は?」


 無意識に暁は周囲を見回したとき、誰もいないと思っていた廊下に彼が立っていたことに放心した。

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